【感想・ネタバレ】八日目の蝉のレビュー

あらすじ

直木賞作家・角田光代が全力を注いで書き上げた、心ゆさぶる傑作長編。不倫相手の赤ん坊を誘拐し、東京から名古屋、小豆島へ、女たちにかくまわれながら逃亡生活を送る希和子と、その娘として育てられた薫。偽りの母子の逃亡生活に光はさすのか、そして、薫のその後は――!? 極限の母性を描く、ノンストップ・サスペンス。第2回中央公論文芸賞受賞作。

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Posted by ブクログ

ネタバレ

p.343
それは違うかもね。八日目の蝉は、ほかの蟬には見られなかったものを見られるんだから。見たくないって思うかもしれないけど、でも、ぎゅっと目を閉じてなくちゃいけないほどにひどいものばかりでもないと、私は思うよ

p.352
手放しくたくなかったのだ、あの女とのあり得ない暮らしを。ひとりで家を出てさがしまわるほどに、私はあそこに戻りたかった。

p.354
病院に調べにいったときも、その場で手術の日取りを決めるつもりだった。だけどね、千草、おじいちゃんの先生がね、子どもが生まれるときは緑がさぞやきれいだろうって言ったの。そのとき、なんだろう、私の目の前が、ぱあっと明るくなって、景色が見えたんだ。海と、空と、雲と、光と、木と、花と、きれいなものぜんぶ入った、広くて大きい景色が見えた。今まで見たこともないような景色。それで私ね、思ったんだよ。私にはこれをおなかにいるだれかに見せる義務があるって。海や木や光や、きれいなものをたくさん。私が見たことのあるものも、ないものも、きれいなものはぜんぶ

p.359
その子は朝ごはんをまだ食べていないの。
そうだ、彼女は私を連れていく刑事たちに向かってたった一言、そう叫んだのだ。
その子は、朝ごはんを、まだ、食べていないの、と。
自分がつかまるというときに、もう終わりだというときに、あの女は、私の朝ごはんのことなんか心配していたのだ。

なんて一ーなんて馬鹿な女なんだろう。私に突進してきて思いきり抱きしめて、お漏らしをした私に驚
いて突き放した秋山恵津子も、野々宮希和子も、まったく等しく母親だったことを、私は知る。

p.368
なぜだろう。
希和子は歩きながら、両手を空にかざしてみる。なぜだろう。人を憎み大それたことをしでかし、人の善意にすがり、それを平気で裏切り、逃げて、逃げて、そうするうち何もかも失ったがらんどうなのに、この手のなかにまだ何か持っているような気がするのはなぜだろう。いけないと思いながら赤ん坊を抱き上げたとき、手に広がったあたたかさとやわらかさと、ずんとする重さ、とうに失ったものが、まだこの手に残っているような気がするのはなぜなんだろう。

‪⚪︎とにかく読んでてしんどくて辛い話。二人が幸せに一日でも長く一緒に暮らせますように、と願いながら読むのを止められなかった。「薫」が希和子のことを「あの人」と言う度にとても切なくなった。でも、本当にあの二人は等しく母親だったんだと思うよ…(解説少しモヤッとした)

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2026年02月08日

Posted by ブクログ

ネタバレ

コインロッカーベイビーズをもう少し上品にしたような作品だった。引き込まれる面白さ、最初から最後まで不幸なお話。いや、ラストに希望はあったのか。個人的にはその希望のような終わりがフラグのように感じてたまらない。ただ、どうか幸せに生きてほしいと他人として感じた。

瀬戸内の島の事を聞くと、凪良ゆうの作品を思い出す。汝、星のごとくもたしか瀬戸内だったかな。違うか。小川糸のライオンのおやつの舞台は瀬戸内だった事は覚えている。やっぱりいいところなんだなぁってしみじみと思い、いつか行ってみたいと憧れも強くなった。

登場人物に女性らしさがとてもあった。男性には体感しづらい心情。女性という性を持ち、妊娠と出産ができる女性にしか抱くことのできない感情がある。それは分かりやすくしんどいという事ではなくて、もっと奥深い言葉にできない繊細なものが、文章の中に滲みでていたように感じた。ただ、それは本能のように感じたものであって、男性がどうのこうの、女性がどうのこうの言いたい訳ではなく、罪を背負った人間の等身大の苦しさがこの作品にはあった。1番の被害者はあの妹だと思う。

この作品は飛躍した感情が一切なく、いつまでも等身大のしんどさがずっと続く。だからこそ読んでいて辛いものもある。しかし、自分の子供を授かり育てるという事は、どれほど尊く愛おしい事なのか実感した。

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2026年01月16日

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ネタバレ

何回読んだか…大好きな本。
独身の時に初めて読んだ時も感動したけど、娘を持った今、ラストに向かうにつれ、離れ離れになる運命に涙が止まらない…!!
作品の疾走感がすごくて、引き込まれて夢中になって読んでます。読後は母娘2人の幸せをひたすら祈りたくなります…。映画もドラマも好きです。

自分が親になってから、印象が変わったこと。
若い頃はえりなの実母がすごく嫌な(いじわるな)人だと思ってたけど、夫に不倫され、あげく自分の子供まで奪われて(それも可愛い赤ちゃん期〜成長著しい幼児期)それは卑屈にもなるよね…とかなり同情心がうまれました。。帰ってきたえりなは実子なのに、自分に懐かないわ、知らない方言喋るわ、そりゃ気も狂うよ。。とにかく諸悪の根源は、父親!!

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2025年12月26日

Posted by ブクログ

ネタバレ

女を騙してやることに、快感を感じる父親たち。
騙される女、騙されても最低男と離れられない女たち。
生まれたばかりの子が殺されることが後を立たない。
ニュースは、流れ続ける。
これが、この国の良心なのだろうと思う。
毎年、12万人強、中絶がおこなわれている。
彼女らを見捨てているのは、僕達、大衆なのかもしれない。

犯人ばかり肩入れしてしまう。
希和子の薫への愛情が切ない。
この事件がなければ、不倫していた両親のもとで、
薫は、幸せになったのだろか?

社会が女たちを見捨てるから、
エンジェルホームは、あり続けると思う。
たくさんの母親たちと共に。

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2025年12月14日

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ネタバレ

序盤のサスペンスフルな逃走劇から、終盤の誰もが胸を打たれる重厚なドラマまで、本当に濃度が高い読書体験だった。
最重要のテーマとして、「母性」が扱われる。すべての人間に等しく「母性」が備えられているという願いが込められた、とても優しい作品だった。また、舞台となる1980年代の世相や時代背景(宗教施設等)を丁寧に描くことで、完璧な世界観を構築していた。
7日しか生きられない蝉の一生と、複雑な生い立ちを背負う女性の一生を掛け合わせた作品名が秀逸。これだけ複雑な再生の物語を、「八日目の蝉」としてまとめあげる作者のセンスと着眼点に脱帽。
終盤の、薫(恵理菜)が希和子の生涯を追体験しながら、人生の意義や家族の在り方を見直していく過程が切なすぎた。
そして何より、小豆島の描写の美しさ。島の自然・海・祭り・醤油の香り等の風土の魅力がありありと伝わってきた。島特有の濃くて優しい人間関係もとても丁寧に描かれている。
ラスト、フェリー乗り場でギリギリ交わるようで交わらない薫と希和子がもどかしい。ただ、お互いにとってこれがベストなのだと頷くしかない幕切れだった。
小豆島、行かなくちゃな。

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2025年11月08日

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ネタバレ

序盤は、ハラハラしすぎて、犯罪だし早く捕まって欲しい、、、と言う気持ちでいっぱいだった。
後半、成長した薫(恵理菜)のその後や、千草が調べ上げたいろんな事実がわかるにつれ、何が正解だったのだろうと考えるようになった。
元の両親のところへ戻らず、希和子と逃げ続ければ薫は幸せだった?でも誘拐している以上普通の生活は望めないわけだし、どうすればよかったのだとずっと考えてしまう。
自分にも幼い子供がいるので、母の愛に涙が止まらなかった。

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2025年11月05日

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ネタバレ

『八日目の蝉』感想

『八日目の蝉』は、日野OL不倫殺人事件をモチーフにした作品だと言われている。実際の事件では、女性Aが不倫相手Bとその妻Cの子ども二人を焼死させている。そして、BはAに二度の中絶を強要し、精神的にも身体的にも深い傷を負わせたうえ、CはAに対して「子どもができても簡単にかきだす」と侮辱した。
この事件を知るとき、簡単に善悪で切り分けられない「誰もが被害者である」という視点が浮かび上がる。

もちろん、何もしていない子どもを奪ったAの行為は決して許されない。しかし、Bが恋心を踏みにじり、希望をちらつかせながら追い詰めた過程を知ると、胸が締めつけられるような、ただただ惨く悲惨な現実に向き合わざるを得ない。
Aの中に渦巻いた嫉妬や憎しみを、私が安易に理解しようとすることでさえ、踏み込んではいけないと感じると同時に、それでも、理解しようとしてしまうほどの複雑さがある。

小説の中でAは子どもを誘拐し、逃亡生活の中で無償の愛を注ぐ。服役後、外の世界に戻っても、彼女は薫の姿を思い浮かべ続ける。
そして実際のAもこの小説を読み、数日間体調を崩したと聞いた。私はその事実に触れたとき、「彼女は何を思ったのだろう」と考えずにはいられなかった。

もし、ガソリンをまくのではなく子どもを連れて逃げていたら。彼女もまた、薫に向けたような愛を注ぎたかったのだろうか。それとも、BとCの存在が憎悪となり、愛と復讐が入り混じった末路だったのか。
考えても答えは出ず、ただ言葉にできないやるせなさだけが心に沈んだ。

そして、最も強く感じたのは、この事件で最も悪いのはBであるということだ。
なぜ、Aが無期懲役となった一方で、Bは平然と生きていけるのか。
こんな非人道的な男になど、絶対になりたくない。
不倫の末路にあるのは破滅だけだと痛感させられた。


タイトルについて ―「八日目の蝉」

「蝉は七日で死ぬ。もし八日目まで生きたら、孤独なのか。それとも、自分だけが見られる景色があるのか。」
小説の中で問われるこの言葉に、私はAの存在を重ねてしまった。

すべてを失い、人生が終わってしまったとしても、もしAが八日目の蝉になれたなら。
世界は残酷だったけれど、それでも八日目にしか見えない景色がきっとある。
そんな希望を、この物語は差し出しているように感じた。

もちろん、子どもを奪った加害者に軽々しく同情してはいけない。
それでも、私自身もまた、何もかもが終わったとしても八日目の蝉でありたい。
自分にしか見えない景色を求めて、もう一度生き直す力を持ちたい。

そう思わせてくれた、小さくて強烈な生の衝動をくれた作品だった。

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2025年11月03日

Posted by ブクログ

ネタバレ

その子は朝ごはんをまだ食べていないの。
そうだ、彼女は私を連れていく刑事たちに向かってたった一言、そう叫んだのだ。
その子は、朝ごはんを、まだ、食べていないの、と。
自分がつかまるというときに、もう終わりだというときに、あの女は、私の朝ごはんのことなんか心配していたのだ。(p359)

この小説を読んでいると、誘拐犯であるはずの野々宮希和子の方が、いい母親であるような気がしてくる。この物語は、血のつながりだけで、人は親になれるわけではないのだと訴えてくる。では、血のつながりでないのだとすれば、人は、何によって人の親になれるのだろうか。それが、「もう終わりだというときに」、目の前の子どもの「朝ごはんのことなんか心配」できることなのだというのが、この物語の結論である。
少なくとも、誘拐犯に育てられたことによって、「ふつうの家族(p274)」になれなかった恵理菜/リカ/薫は、最後にそう気づく。

なんてーーなんて馬鹿な女なんだろう。私に突進してきて思いきり抱きしめて、お漏らしをした私に驚いて突き放した秋山恵津子も、野々宮希和子も、まったく等しく母親だったことを、私は知る。(p359)

読者が野々宮希和子に、感情移入してしまう理由の一つに、薫を連れて逃避行を続ける一章が、育児日記の体を成していることがあるように思う。希和子の薫に対する視線は、誘拐したという事実を除けば、「普通の母」のそれと変わらない。熱を出した薫の様子に気がつく場面に現れているように、希和子の薫に対する視線は細やかだ。

朝から薫の元気がない。ぐったりしていて、朝食もほとんど食べない。おかあさんに連絡を入れ、一日休ませてもらう。働きはじめて一ヶ月もしないのにもう休暇なんて優雅なご身分だねと、ずいぶんストレートな嫌味を言われたが、ぐったりしている薫をハナちゃんに預けて、人の汚した部屋を掃除するなんてできない。遅番のカヨさんに体温計を借り、熱を計る。七度三分。まだ高くはないが、薫の様子を見ていると、これからもっと上がっていきそうだ。(p176)

物語の最後は、明るい思い出のある小豆島へ渡ることができず、岡山のフェリー乗り場で船を見送る希和子の視点で終わる。希和子は、薫を失ったことで、生きる希望も失ったはずなのに、まだ一杯のラーメンを美味しいと思い、生きていけるかもしれないと感じる自分に打ちのめされている。
彼女が、生きる希望を失わない理由は何なのだろうか。それでいながら、小豆島へ渡ることができない理由は、何なのだろうか。

なぜだろう。
希和子は歩きながら、両手を空にかざしてみる。なぜだろう。人を憎み大それたことをしでかし、人の善意にすがり、それを平気で裏切り、逃げて、逃げて、そうするうち何もかも失ったがらんどうなのに、この手のなかにまだ何か持っているような気がするのはなぜだろう。いけないと思いながら赤ん坊を抱き上げたとき、手に広がったあたたかさとやわらかさと、ずんとする重さ、とうに失ったものが、まだこの手に残っているような気がするのはなぜなんだろう。(p368〜369)

その理由は、希和子自身に分からない。しかし、一つだけ言えることは、彼女の手に残ったものが、薫の「あたたかさ」と「やわらかさ」と「ずんとする重さ」だったということだ。少なくとも二年半、彼女は一人の子どもを育て上げたという思い出があった。
考えてみれば、子はいつか親ばなれする。薫こと恵理菜が一人暮らしを望んだように。だとすれば、母にとって「育てあげる」とは、どこからどこまでのことを言うのだろうか。
希和子にとっては、それが産むところから始まらず、四歳になるまでだった、というだけである。そして彼女は、その二年半の母としての役割を間違いなくやり切ったのである。

手放しくたくなかったのだ、あの女とのあり得ない暮らしを。ひとりで家を出てさがしまわるほどに、私はあそこに戻りたかった。(p352)

これほどのことを、自分の手で育てた子に言ってもらえたならば、満足なのではないだろうか。この物語は、一人の女が一人の母を、きちんとやり遂げる話である。そんな単純な物語が、誘拐という形をとったからこそ、わたしたちに、本当に自分たちが一人の親たり得ているのかどうかを、問いかけてくるのである。

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2026年01月08日

Posted by ブクログ

ネタバレ

随分前に映画を観ていたのですが、小説もやっぱりおもしろいですね。角田さんの書かれる作品はそれぞれの登場人物の感情がとても細かく表現されていて読んでいて嬉しくなったりハラハラしたり時には寂しくなったり、といとも簡単に感情移入させられてしまいます。

希和子と薫が路頭に迷ったり危機が迫ってくると「早く逃げて」と焦り、ようやく落ち着ける場所を見つけると自分もほっと胸を撫で下ろす。希和子は母として薫の成長を心から喜び、一見すると美しい親子の物語のようにも見える作品です。希和子が捕まるまでは2人の生活がいつまでも続きますように、と応援している自分もいたはずなのに後に薫が実の両親の元へ戻されて恵理菜としての新しい生活は恐怖と混乱が繰り返されるところでは希和子を簡単に非難する自分がいました。
恵理菜の実の母親だって恵理菜が誘拐されていなかったら、夫が不倫さえしていなければ、生まれてきた子供を希和子がしたように大切に育てていたかもしれない。そこには幸せな家族があったのかもしれない。この家族を、そして成長した恵理菜を苦しめているのは全て希和子が悪いんじゃないかと強い憤りすら感じました。
ただ千草の言う「ずっと抱えてきたものを手放してここから出ていけるように」恵理菜も希和子もそして恵理菜の母親もそれぞれに抱えているものを徐々に手放していけるように祈ります。

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2025年10月26日

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