あらすじ
私は冴えない大学3回生。バラ色のキャンパスライフを想像していたのに、現実はほど遠い。悪友の小津には振り回され、謎の自由人・樋口師匠には無理な要求をされ、孤高の乙女・明石さんとは、なかなかお近づきになれない。いっそのこと、ぴかぴかの1回生に戻って大学生活をやり直したい! さ迷い込んだ4つの並行世界で繰り広げられる、滅法おかしくて、ちょっぴりほろ苦い青春ストーリー。
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そうだ森見登美彦の京都、行こう。
過去を振り返って、あの時ああしていればあるいは…。と考えることは誰しもよくあることだと思います。
この小説ではそんなもしものルートで一体何が起きていたか、いや何も起きていなかったか…。そんな様子を覗き見ることができます。
たらればの道を歩むのもまた自分なのだとすると、実は何をしていても大して現状は変わらないのかもしれない…。
森見作品の京都っていいですよね。先生の作品を読んでいると京都に行きたくなります。
地図にしるしをつけて、作品に登場した聖地の巡礼を行ったこともあります。
そうしてから読み返すと、さらに良い読書体験をすることができますよ。おすすめです。
本作に登場する樋口氏は、別の森見作品『夜は短し歩けよ乙女』にも登場します。
私は、『四畳半神話大系』と『夜は短し歩けよ乙女』のどちらから読むかによって、読者が想像する彼のビジュアルは変化する説を提唱したい…!
紙版の『夜は短し歩けよ乙女』のあとがきにマンガ家・羽海野チカ先生のイラストが寄せられていたので、羽海野先生は『夜は短し歩けよ乙女』から読んだのではないだろうか…と思いました。
どちらも未読で、樋口氏のイメージがどう変化するのか気になる方は、『夜は短し歩けよ乙女』から読んでみるとよいかもしれません。
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Posted by ブクログ
何食ったらこんな設定が生えてくるのか、きっと魚肉ハンバーグと猫ラーメンに違いない。
軽妙な、知的なようでどう考えても知的でない会話が心地いい。意味のない会話がいちばん楽しいんだから。
最後に、ファンデルワールス力と分子結合は別物だろ。ぎょええええ
Posted by ブクログ
結局この物語は「今ある自分の人生を生きてみろ」という話だったのではないかと思う。
「もっと別の選択をしていれば」「あのとき別の道を選んでいれば」と考えることは、いかにも前向きな反省のように見える。しかし、この小説で「私」が四畳半を無限にやり直していく姿を見ていると、可能性というものは、必ずしも人生を豊かにしてくれるわけではない、むしろ「まだ別の人生がある」と思い続けることで、目の前の人生を生きることから逃げられてしまう。
樋口師匠の「可能性を無限に使ってはいけない」という趣旨の言葉が、この小説の核心なのだと思う。
これは妙に逆説的で、だからこそ好きだ。普通なら「可能性は無限大だ。何にでもなれる」と言われる。しかし、この小説はむしろ逆で、可能性には限りを設けたほうがいいと言う。何にでもなれると思っている人間は、結局何者にもならない。何者にもなれない。だからこそただ時間を無駄にする。
「私」は、別のサークルに入れば、別の女性と出会えば、別の学生生活を選べば、もっと素晴らしい青春が待っているのではないかと考え続ける。しかし、どの四畳半へ行っても、結局そこには似たような「私」がいる。人生を変えようとしている本人が変わらないのだから、世界だけを取り替えても仕方がない。考えてみれば、かなり身も蓋もない話である。四畳半を何度引っ越しても、住人が自分なら、結局また自分である。
そして最終話の「八十日間四畳半一周」では、そのことに「私」がようやく気づく。四畳半から出られなくなったことで、逆説的に、それまで自分が見ようとしなかったものが見えてくる。自分の部屋、自分の大学、自分の友人、そして自分自身。ずっと「もっと別の何か」を探していたけれど、振り返ってみれば、すでに自分の周りには、それなりに面白いものが転がっていた。
だから最後には、物語からこんなふうに言われた気がした。「案外、今の自分も、今の環境も、捨てたもんじゃないぜ。」
これは単純な現状肯定ではないと思う。嫌なものは嫌なままでいいし、人生に不満があってもいい。ただ、存在しない理想の人生と現在の人生を比較し続けるのは、少し不公平なのだ。理想の人生は欠点がない。なぜなら、まだ存在していないからである。一方、現実の人生には退屈も失敗も気まずさもある。だから現実だけが、いつも理想に負けてしまう。けれど、人間が実際に生きられるのは、結局この欠点だらけの人生だけだ。
思い返せば自分も、自分自身の人生に「もっと別の何か」を日々どこかで考えている節がある。もっと良い別の環境、もっと別の自分。そういう「ありもしない可能性」を追いかけているうちに、今持っているものを十分に味わっていないのかもしれない。
幸せになるには、何ができるかを考えるだけではなく、何ができないのかを知ることも大切なのではないかと、樋口師匠の言葉から、そう思った。
人間は可能性を減らすことを、敗北のように考えがちだ。しかし、できないことを受け入れ、選ばなかった道を捨てるからこそ、選んだ道に集中できる。人生の意味を探し続ける必要があるのは、今が幸せではないからなのかもしれない。小さなことで満足できているとき、人は「自分の人生にはどんな意味があるのだろう」などと、わざわざ四畳半の外へ探しに行かない。
そう考えると、「可能性を無限に使ってはいけない」なる言葉は、人生を諦めろという言葉ではなく、人生をちゃんと始めるための言葉なのだと思う。
何度やり直しても同じような自分に戻ってくるなら、もう一度やり直すより、その「同じような自分」で思う存分生きてみればいい。
『四畳半神話体系』は、理想の人生を手に入れる物語ではなかった。最終的には、理想の人生を探すことをやめて、等身大の自分の人生を、案外悪くないものとして引き受ける物語だった。そしてそのほうが、ずっと難しくて、ずっと人生らしい。
Posted by ブクログ
森見節の見える、すばらしい小説でした。
面白すぎて二日ほどで一気読みしました。魅力的な人物がとにかく多く、明石さんに至っては、何故か『あ』『ほ』のくだりだけで既に可愛く見えだしていました。恐るべし乙女。また、羽貫さんも樋口師匠もどことなく惹かれるところがあって、とにかく愛すべき阿呆とその周囲の、理想的ではないながらも不思議と充実したように感じる青春を描いた小説でした。
欲を言えば、明石さんと私の進展をもっと掘り下げて欲しかったとは思いました。しかし、作中にある、成就した恋ほど語る価値はないというのは、非常に的を射た言葉であります。
読み終えてすぐに、「四畳半タイムマシンブルース」に手を出しました。彼ら彼女らのおかしなやりとりがまだ見れると思うと楽しみです。
ヒロイン明石さんが魅力的。
TVアニメ化もされた名作。文豪調の語り口がとにかく面白い。
平行世界のSFオムニバス集ともいえるが、全編でヒロイン明石さんのクールキャラと悪友小津のひょうきんさが光る。
続編?から先に読んだので、こちらのほうが倍くらい長くて驚いた。実質2巻分くらいあるかな。
Posted by ブクログ
『四畳半神話大系』は、とても新鮮な読書体験だった。
まず印象に残ったのは、独特な言い回しと世界観である。現実と幻想の境界が曖昧で、どこか夢を見ているようだが、京都ならどこか納得できてしまうのは不思議だ。
四つの章は繰り返し構造になっている。
気付いた時は率直に面白い試みだと思った。同じような文章や出来事が何度も現れる一方で、そのたびに少しずつ違う部分が見えてくる。その差異を探しながら読む楽しさがあった。
一方で、四章目だけは異なった雰囲気を感じた。
これまでの章とは違い、主人公が世界の歪みに巻き込まれ、不安定で不穏な雰囲気が漂っていた。
しかし、繰り返し構造や過去を語るモノローグ、「八十日間」という題名などから作品全体の構造は維持されていると信じ、最後まで安心して読み進めることができた。
その安心感は、『夜行』や『熱帯』の読書体験から生まれたものだと思う。これらの作品では、登場人物や読者自身が不思議な世界に飲み込まれる不安感があった。
それはそれで非常に魅力的だったが、『四畳半神話大系』では最終的に主人公が現実へ戻り、明石さんとの関係も含めて着地点へ辿り着く。
そのため、世界の不思議さを残しながらもどこか安心できる読後感があった。
また、この作品には学生時代特有の卑屈さやこじらせた感情が描かれている。私自身の学生生活は森見作品に描かれる京都の学生文化とはかなり異なるのだが、大学という場所に漂うどこか退廃的な空気や、心から楽しんでいるように見える人たちを羨ましく思いながらも素直になれない感覚には共感する部分があった。
それは「みんなそんなものだよね」、と言える程度の感情なのだが、そう感じれば安心もできる。
京都という街に根差しつつも現実と幻想を行き来するような不思議な世界観、モノローグ、独特の語り口調、文章のリズム…『四畳半神話大系』は、それらの魅力がもっとも親しみやすい形で表れている作品だった。