【感想・ネタバレ】ドリフターズとその時代のレビュー

あらすじ

国民をテレビの前に集合させた男たち
視聴率五〇%を超えた「全員集合」はどのようにして生まれたのか。ザ・ドリフターズを気鋭の論者が舞台・演劇の視点から読み解く。

...続きを読む
\ レビュー投稿でポイントプレゼント / ※購入済みの作品が対象となります
レビューを書く

感情タグBEST3

このページにはネタバレを含むレビューが表示されています

Posted by ブクログ

ネタバレ

多くのバンドがめまぐるしくメンバーや名前を変えて活動していた時代。
ドリフターズという名を付けたバンドが日本にできたのは1956年。
坂本九や小野ヤスシもドリフのメンバーだったことがある。

いかりやが参加するのは1962年(31歳)。同じころに加藤も加入(19歳)。
1963年は、小野ヤスシ、いかりや、加藤、その他5名の8人構成で、木の実ナナも参加していた。
当時はクレイジーキャッツのようなコミックバンドが数多くあり、ドリフもその路線を継承することになる。

1964年に小野ヤスシら主力メンバー4人がドンキー・カルテットを結成して離脱する。
ドリフはバンド存続のためにメンバー探しに奔走し、64年に高木(31歳)、荒井(36歳)が加入する。
何人かメンバの入れ替えがあり、65年に仲本(23歳)が加入。
間もなく、いかりやをリーダーとするお馴染みの5人組で新生「ザ・ドリフターズ」が始動する。

1966年、ハナ肇が酔った勢いで芸名をつけた。
ベース 35歳 碇矢長一 → いかりや長介
ドラム&ボーカル 23歳 加藤英文 → 加藤茶
リードギター 33歳 高木友之助 → 高木ブー
キーボード 38歳 荒井安雄 → 荒井注
ギター&ボーカル 25歳 仲本興喜 → 仲本工事
当時は知らなかったが、メンバの年齢差が15もあるグループだった。
後に加入する志村は、いかりやと19もの年齢差がある。

そして、1969年10月に「8時だよ!全員集合」が始まる。
裏番組が、巨人戦の中継と人気絶頂のコント55号であり、視聴率を稼ぐには厳しい時間帯であった。
ちなみに、前後の番組は「お笑い頭の体操」と「キイハンター」。

1974年の荒井注の脱退に伴い、見習いだった志村けん(24歳)が正式メンバに昇格する。
キーボード奏者がいなくなり、コミックバンドとしての役割が終わった。
1985年に「全員集合」が終了し、その後は月に一度の「ドリフ大爆笑」がドリフの代表番組になる。

ドリフ大爆笑では、「威勢のいい風呂屋」とか「長介・工事 バカ兄弟」「長介・工事・ブー おなじみ雷様」が印象に残っている。
沢田研二と志村けんの「鏡」のコントも面白かった。

今でも「ドリフ大爆笑」スペシャルや、過去の再放送をやっているので時々観る。
いろんな笑いが生まれ、漫才ブームなどで言葉の笑いが中心になっているためか、ドタバタしたナンセンスコントには希少価値がある。

0
2022年09月09日

Posted by ブクログ

ネタバレ

<目次>
第1章  遅れてきた青年いかりや長介
第2章  天才・加藤茶誕生
第3章  『全員集合』スタートと志村けん
第4章  高木ブーと仲本工事の「居場所」
第5章  主役交代『全員集合』の栄枯盛衰
第6章  志村けん「喜劇王」への道

<内容>
ドリフターズの評伝。ある意味淡々とした筆致で事実が積み重なっていく感じ。まあ、ドリフはいかりやと加藤茶が前半、後半は志村といかりやの確執なのだろうから、こんな感じでいいのかもしれない。もう少し詳しく知りたい人(例えば作り込んだ大道具とか荒井注のこと)は、巻末の資料から探せばいいのだろう。

0
2022年07月08日

「ノンフィクション」ランキング