清野由美のレビュー一覧
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★日本の都市計画の限界。それは分かっているのだが‥★隈研吾流れで。現代の日本の都市開発は巨額の資金を必要とするためにリスク管理が最大のポイントとなり、収益性を高めるために容積率を上げ都市としては成立しない、と指摘する。これを「経済的に開くと空間的には閉じる」と表現。その稀な反対例が、朝倉家が自身の資金だけで30年もの長い月日をかけ、優れた坊ちゃん建築家である槇文彦に設計させた代官山だという。これは「経済的に閉じる(自己資金で完結する)と空間的には開く」とする。ただそれも、そのユートピアが皮肉にも呼び水となって代官山アドレスのような巨大開発も引き込み、やはり街を凡庸にしてしまうとのこと。金融とデ
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Posted by ブクログ
[ 内容 ]
景気回復の実感はいまだ薄い。
にもかかわらず、東京では空前の大規模再開発が進行中だ。
林立する高層ビル、変貌する街の風景。
これは、本当に"東京の再生"につながるのだろうか?
「都市は失敗の集積にほかならない。
失敗を重ねた都市ほど偉大な都市だ」と語る建築家が、二一世紀TOKYOを象徴する、五つのスポットを巡った。
汐留、丸の内、六本木ヒルズ、代官山、町田。
そこに見えてきたのは、どんな「失敗」と「未来」の姿だったのか。
[ 目次 ]
都市開発の手法を概観する
第1回 汐留―悲しい「白鳥の歌」が響き渡る二一世紀の大再開発
第2回 丸の内―東京の超一等地に三菱 -
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Posted by ブクログ
汐留・丸の内・六本木・代官山・町田の5都市を
建築家の隈研吾が語る本。
この本では、汐留・丸の内・六本木という
にょきにょきとした21世紀の開発に対して、
代官山の「ブランド化」したユートピア的開発イメージや、
町田の「リアル」なのか「フィクション」なのか
なんだかよくわからない開発イメージを対比させている。
この本で学んだ視点は「リスクマネジメントと都市空間」
汐留の「細切れ街区」や、丸の内の「あんこだけ超高層」は
短期的なリスクは回避できそうだが、
果たして都市のストックとなるのだろうか?
六本木ヒルズはミッドタウンが出来た今、
開発の個性で生き残る -
Posted by ブクログ
ネタバレゾーニングという制度を見直さないと、都市という抱擁的存在は再生できないと思う
→日本のゾーニングの配慮は女子供には向いておらず、商店街に破れた制服の女子高生のポスターが貼ってあるパチンコ屋さんがあってこどもに見せたくないなあと思う。そういうゾーニングのされ方は都市的議論にあがらないのだろうか。何が規制してくれるのだ?景観だと思うけども。
日本社会独特のプレッシャーの中で、女性たちが生き残るために、男性には知られないところでひそかに磨き上げてきたものです。
→隈研吾と清野由美の恐らくお互いにわかっていてスルーし合うジェンダー観が非常に日本社会的でもはや面白いなーと思った。
すぐ読める。軽い本 -
Posted by ブクログ
アレックス・カー氏の著書はもう何冊か読んでいるので、既視感がある記述も多いんだけど、何度読んでも納得できる指摘が多い。
文字だらけ(禁止文言だらけ)の観光地や電線だらけの町並みは、見ていて気持ちがいいもんじゃない(東南アジアなみにカオスになるとあれはあれで面白い 笑)。
〈商店街が観光地されることで、それまでの町とは関係のない業者や商品が入ってきて、その地域全体の文化や個性が消えてしまう〉ことはしばしば起こる。
横浜の中華街が典型か。店の人が中華街の中に住まなくなったことも背景にあるようだ。同じ神奈川だと鎌倉の小町通りも。最近は駅の逆側の御成通りも観光地仕様になってきている。
一時期、 -
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隈研吾は、家を私有することに対して、否定的な意見を述べる。
しかし、その問題を解決する解を持っていない。
コーポラブティブ住宅によって、みんなで作ろうとするが、
結果私有であったために、それは失敗の要因だったとする。
彼の頭の中には、サハラ砂漠の中での住居のように、
簡単に建てられ、自然と境界線を置くことなく、私有しない
原始共産制のようなユートピアが、あるのかも知れないが、
現実的に 持ち家制度を 否定しても解決できない。
夢の中での、住処を模索しながら、都市ではなく
村ではない「ムラ」のイメージを掻き立てるが、
そこでも私有制を否定することはできなかった。
隈研吾は、自己矛盾に堕ちて、不満 -
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共に都立小石川高校から早稲田大に進学。ひとりは、事の本質を寸鉄釘刺す毒っ気溢れるコラムを主戦場に相田みつをを「便所の神様」(まさに言い得て妙)と称し、時に物議を醸す社会風刺の名コラムニスト小田嶋隆、方や電通クリエィティブ部長の席を辞し、部下3名を引き連れ日本初のクリエィティブエージェンシーを立ち上げる。還暦過ぎても、今なお第一線で活躍するクリエィティブディレクター岡康道。
このふたりが五十路から還暦越え街道へと向かう途上に忍び寄る病・仕事・家族…の「諸問題」に対し、どう立ち向かい、どう対処するかを存分に語り合うふたり。そこに進行役の清野女史が、慈愛にあふれた絶妙なツッコミを入れ、独特のグルー -
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全体的にはすごく面白いんだけど、男性原理・女性原理みたいな話を持ち出すこと自体が、今やとても「おっさん臭い」し、とはいえそれについてすごく勉強しているというわけでもなさそうなので、中途半端で直感的な思いつきに過ぎないもののように感じる。
加えて、斜めからものを言ったりするのはもうやめたとこの本で言っておきながら、小布施での試みには結構斜に構えているように見える。自覚的なのかどうなのか(自覚的なら、「あえて皮肉めいたことを言うと」とでも言って欲しかった)。
隈研吾さんは基本的に好きだし、話も態度も面白いと思って注視しているが、こういうところはいただけないと思う。 -
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20世紀は分断の世紀であった。高層ビルは、人間を土地を分断する装置であった。土地から遊離した人間は、その土地に住む人間同士の絆をつむぐことができず、無縁社会と呼ばれるような現状を作った。
21世紀は融合の世紀である。もう一度、人間が土地と融合し、住民同士の絆を創出する必要がある。しかし、これは「三丁目の夕日」の時代に帰るということではない。
21世紀にふさわしい、多様性を認めるコミュニティを本書では「ムラ」と表現する。
下北沢、高円寺、秋葉原など、都内にもムラはある。そして小布施などのムラが地方にもある。
東京の生きづらさ、働きづらさを解消するヒントがここにある。 -
Posted by ブクログ
東京という街が今後、どう発展し、変化していくべきかという問いからこの本を読んだ。著者は日本を代表する建築家、隈研吾氏。
最も興味深かったのは、都市がテーマパーク化しているという件。日本には統一された様式の都市はない。そこで日本人が求めたのは、海外の街並み。ヨーロッパの街並みを見るために海外旅行をした。そして、もう一つがテーマパーク。統一感のあるディズニーランドでバーチャルな街並みを楽しんだ。
しかし、いま再開発などで新しく作られる街並みは、このテーマパークの様式だという。
本物の街に似せて作ったテーマパーク。逆にそれを真似て、本物の街を作るという矛盾。
そもそも都市とはカオスである。統一されて -
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隈さんの新書の2冊目。
今度は、ムラ論らしい。
都市計画について、雑談していておもしろい言葉。
(1)都市計画というのは一種の運動神経だと僕は思うんですよね。永遠に正しくあり続けられる都市計画というのはないわけで、ある時期に何をやったか、後でどう効くか、ということなんです。(p33)
(2)先ほど、都市計画というのは「闘い」のことだ、って言いましたけど、利害が反する相手の立場がよくわかって闘ったときに初めて、豊かな結果を生むんだよね。(p63)
(3)日本って、中心部はひどく空虚だということ。中心にいるエリートは馬鹿ばっかりだっていうこと。(笑)その虚ろな中心の周りにある場所の輝