神舘和典のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
体内でどのように排泄物が作られるか、という内容ではなく、体外に出たあとの排泄物の行方について書かれた本。
現在の事情について丁寧に書かれているだけでなく、歴史的な経緯もしっかり書かれており、非常によい本だと思います。
現代は、「死」と「排泄物」を生活から遠ざけてしまった、という類の記述がありますが、まさにそのとおりで、排泄物については、体外に出してしまったら、まるでなかったことのようにされがちです。
現代の日本においては、100%近くの排泄物が、水洗トイレによって下水道に流れ込み、その後、適切な処理を経て、河川や海へとたどり着きます。
しかし、ほんの50年ほど前までは、日本でも、排泄物の臭い等に悩まされていました。
この間の技術の進歩に、我々は感謝すべきですし、その進歩の過程も知るべきかと。
そのためにも、この本は、多くの方に読んでもらいたいです。
ただし、食事時に読むのは避けた方がよいと思いますので、その点については、ご注意ください。 -
Posted by ブクログ
これはめちゃくちゃ面白い。確かにテレビなどでは決して扱われることのない題材である。当たり前だ。それゆえに一般的には見えないものとして意図的ではないにせよ隠されてしまっているわけだ。下水処理に微生物が使われていること、マンションの下水処理が単なる確率論だけで保たれていること、貧困問題環境問題差別問題に直結する事項であること。
ドキュメンタリーでも映画でももっと扱っていい素材だ。
おまけに文章がセンスのいい笑いを交えて読みやすく、うんこにまつわる歴史的空間的事項を余すことなく教えてくれる。登山や災害時など考えてみれば排泄問題は当たり前なのだがそこに想像は至ってなかった。
堂々たる良書。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ仕事としてメールを出す場合には、好感度をあげるのではなく、従うべき方式があると思います。
個人でメールを使う場合には、実像と違いすぎるメールは、幻滅をもたらします。
何がしたいかで、どういうメールをだすべきかが決まるのであって、好感度をあげればいいわけではないと思います。
メールでは、すごくいい感じなのに、直接本人と話をすると、すごく偏屈だったり、すごくわがままだったり、
メールで好感度をあげるための表面的な技術だけ磨かれていて、会話の奥深い技術がおざなりになっていることがあります。
もし、メールでの好感度をあげるのであれば、会話では奥深い議論ができるような技術も身につけてほしいと思います。
そのために、何を読めばいいかは、ちょっと思いつきませんが。 -
Posted by ブクログ
■はじめに
新書は世相を敏感に映す。“今”を知るには手っ取り早く、それでいて財布にも優しい。そう思うのは、僕がシニア世代だからか…。
書店の新書棚を眺めていると、『60歳からの◯◯』というタイトルがやたらと目に入る。新書市場の主な読者がミドル〜シニア層であることの証ってこと。本書もまさにその一冊。
僕自身も、60歳で広告会社との契約が切れ、現在は“ひとり広告代理店”としてフリーの身。売上の多寡に関係なく、コピー1枚から交通費・事務所代等経費はすべて自弁。だからこそ、著者がハローワークの門を叩くに至る事情が痛いほどわかる。
今回の読書は、僕自身の“身の置き方”と“これからの振る舞い方”について、あらためて考えさせられる時間となった。
■内容
本書は、〈定年後もまだ働きたい63歳のライターが、さまざまな仕事に挑戦する体験型職業ノンフィクション〉である。
著者はキャリア40年以上のフリーライター。政治・経済からスポーツ、文学、音楽まで幅広く手がけ、著書も多い現役の書き手。
しかし、還暦を境に仕事が激減。背景には出版市場の縮小、SNSの台頭を受け活字離れにますます拍車がかかり、そして編集者から見た「年上ライターの扱いづらさ」。言わなくてもいい指摘をしてきたり、必要以上に気を遣わなければならず、つまり“面倒くさい存在”になりがち。
そんないくつかの理由と事情が重なり、執筆依頼が減り、著者はついにハローワークを訪れる。そこで提示された仕事の多くは肉体労働。資格は自動車免許のみ。やはり現実は厳しい。でも著者は「選り好みしなければ仕事はある」という事実に気づく。
ただ頻尿とお腹を下しやすいという肉体的不安も抱えており、実際、タクシードライバーや路線バスの運転士にトライしようとするも長時間トイレに行けない現実を知り断念。
以降一年間、さまざまな職に挑んでいく。ゴミ収集・ラブホテル清掃・解体業のパトロール・宅配会社の荷分け・山小屋への歩荷(ぼっか)・グループホームでの調理・ファストフード店員・オートレース場警備・沖縄のマンゴー農園…。
とりわけ過酷だったのが「山小屋の歩荷」と「沖縄の農作業」。歩荷は20キロ以上の荷物を背負い険しい山道を登る仕事。登山経験の乏しい63歳に、息切れ、動悸、めまいが容赦なく襲う。獣臭が漂う熊出没の危険性もある山道をひたすら歩く。
一方、沖縄のマンゴー農園は真夏のビニールハウス。入った瞬間から滝のような汗。ひたすらしゃがみ続けて雑草を抜く作業に、熱中症寸前まで追い込まれる。
そんな中で「向いているかもしれない」と感じたのは、宅配倉庫の荷分け・ファストフード店員・グループホームでの調理だった。共通点は大手企業であること。労働環境と受け入れ体制が整っていたからだという。
肉体労働の現場で著者が感じたのは、意外にもそこに流れる明るい空気だった。叱られることはあっても、同じ失敗を繰り返さなければ気持ちよく働かせてもらえたと語る。
■感想
フリーランスとはいえ、著者が直面したのは会社員の定年問題とほとんど同じだった。それでも彼はライターという肩書きに固執せず、一年間、数多の仕事に身を投じていく。
その末にたどり着いた結論は、驚くほどシンプル。年齢が上がるほど選択肢は狭くなる。誰もがやりたい仕事に就けるわけではない。そして何より重要なのは「体力」。体力さえあれば、仕事はあるだけに「餓死」は免れる。体力は事務系、肉体労働系に関係なく、必要であると。
そう、汗にまみれた一年の末にたどり着いた答えは、どれも当たり前すぎるほど真っ当なものだった。正直に言えば、道徳的で面白みに欠ける。だが、その“当たり前”は、決して軽い言葉ではない。肉体の駆使から生まれた境地…。
価値観がゴリゴリに固まったおじさんが、体力の衰えと向き合いながら、新しい仕事に挑み続け、また、著者には「誰かの役に立ちたい」という尊い思いまであり、それは奮闘であり、激闘であり、ときに死闘でもあった。
■最後に
読んでいる途中、何度か胸が熱くなった。そして62歳のおっさんである僕も、しばらく行方不明だった「やる気スイッチ」を見つけた気がする。だから著者に、こう言いたい。—ありがとう!そう思わせてくれる一冊だった。