鵜月洋のレビュー一覧
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ネタバレ私が読んだのは、『日本の文学 古典編 雨月物語 42』ほるぷ出版であり、角川ソフィア文庫ではない。しかし、ほるぷ出版の方は登録しようにも、見つからなかったので代わりにこちらで登録した。
上田秋成によって、1776年(安永5年)に刊行された、怪異小説であるが、「白峰」「菊花の約」「浅茅が宿」「夢応の鯉魚」「仏法僧」「吉備津の釜」「蛇性の釜」「青頭巾」「貧富論」と、確かにどれも不気味な話であった。
私のお気に入りは「青頭巾」で、日本の昔話独特のおどろおどろしさを感じることができ、また、何かに固執し続ける人間の執念のすごさを感じることができる。 -
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ある男が素直で心優しい妻と暮らしていた。ある日、男は「俺は京に出て商売で成功するのだ」と言って家から出ていった。その後、男は京都で暮らしはじめ、1年、2年と経っていった。男は「妻はもう死んでいるだろう」と考え始めていた。7年経ったある日、男は妻の元に帰ることにした。妻は生きており、痩せ衰えた姿になっていた。妻は男の帰りを喜んだ。翌朝、男が起きると、妻の姿がどこにもない。家は荒れ果てた廃墟に変わっていた。浅茅が宿。千葉県
和歌山(紀の国)に若い男がいた。大雨の日、絶世の美女に出会い、一目ぼれ。家に帰った男は女の夢を見て、夢の中で女と交わる。次の日、女の家に行くと、夢で見た家と同じだった。男は”あの美女は化物ではないか”と疑いつつも夫婦になり、現実の世界でも交わる。ある日、旅行先で一人の老人があらわれ、美女の正体は蛇であると見破る。美女だった蛇は姿を消す。若い男がその後、別の女を妻にしたことを知った蛇は、男の妻に憑りついて殺してしまう。蛇性の婬。
貧福論。金は本来倫理とは関係ない。経済は国家の基本である。富める者は必ず心がねじけている、富める者の多くは愚者である、というのは間違い。孟子の言うように、一定の生業・財産のないものは定まった善心もない。
春の夜の闇。妖しくも美しい。
上田秋成『雨月物語』1776 読本
※溝口健二。映画、雨月物語。
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京の水で顔を洗うと、色白になるって話だぜ。十返舎一九『東海道中膝栗毛』1802
〇弥次郎兵衛。50歳。軽薄。教養はある。絵を描く。神田八町堀に住んでいる。喜多八と江戸から東海道を通って伊勢神宮、京都、大坂を旅する。
〇喜多八。30歳。奉公先で女主人を口説いて解雇される。弥次郎兵衛の家に居候中。巡礼中の若い娘に夜這いをかけようとしたら、間違えてヨボヨボの婆さんの部屋に入ってしまう。
賢い者、愚な者。邪しまな者、正しい者。貧しい者、豊かな者。貴い者、賤しい者。だれも風呂に入るときは裸になり、産まれたときのように自然の姿になる。欲垢と梵悩を洗い清めれば、旦那も下男もどれがどれやら見分けがつかない。式亭三馬『浮世風呂』1809
滝沢馬琴『南総里見八犬伝』1814
※化政文化 -
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内田樹さんが、たしか村上春樹さんの書評??書いてるのを読んだときに、
雨月物語の吉備津の釜との関連を挙げていた気がして、それで気になって読んでみた。
もともと小学校の時に読んだことがあって(もちろん小学生用に訳されているやつね。)読んだ気になってたんだけど、まぁ年月を経て読んでみるとまた違った見え方がして面白いというか。
多分、小学生の頃は「ちょっと怖い怪談昔話」くらいに読んでいたと思う。もっと子供を怖がらせる手法にとんだ現代の怪談話はもっとたくさんあったから、雨月物語が特別怖い話なわけではなかった。
今読んでみるとどうだろう。村上春樹になぞらえて考えながら読んだのもあるかもしれないけど、
「あっちの世界」と「こっちの世界」のつながりが曖昧で、それをふと超えてしまった日常の話、というようにとらえたって感じかなぁ。
最近、思うのよね。そんなに「あっち」も「こっち」も隔てのあるものではないと。それは「死」を軽く考えてるとか、そういうわけじゃなくって、やっぱり「こっち」で生きてる人が、「あっち」に行ってしまうことは大きなことで、どんなに灯が潰えてしまいそうでも、そこに足を踏み入れそうになっている人に、簡単に行ってほしくはない。二度と「こちらの姿」では会えないというのは、大きなこと。
ただ、「あっち」も「こっち」も、分断された世界なんかじゃなくて、ふと踏み入れられるような身近さを、近頃感じる。
だから、「そういう話には慣れているの」という意味じゃなくて、もっと自然に「そういうこともあるわよね」という感じで、このお話を読んだ気がしました。
とりわけ夜。「あっち」と「こっち」が混ざり合って、この世ならざるものがふとそばにいると感じるあの感覚。
私は、幽霊的な意味で金縛りを信じてはいないのだけど、小さいころからよく金縛りにはあっていて、あれは脳が目覚めてるのに、体が眠っている感覚だから、無理やり体を動かそうとすると元に戻ったりとか、そういうのは普通にあったのよね。あの感覚「トレインスポッティング」で、確か主人公が薬でトリップするときに、ベッドに沈んでくようなシーンがあったんだけど、あれに似てる。ただあのまどろみの中で、普段とは違う金縛りの感覚で、おなかから太ももあたりがずしって重くなって、何か視線のようなものを感じる時とか、耳鳴りがするときとか、「あ、これは目を開けちゃダメなやつだ」とか、思う時があったのを思い出す(今もないわけではないけれど)。
幽霊とか見たことないし、そのくせ嘘だってわかっていても、怪談話とか大嫌いだし、「世にも奇妙な物語」とか未だにトラウマの人間だし、「幽霊が見える」という知り合いがあんまりに胡散臭いので、「そういうのって自分の見えたものを都合のよいように合理化する一種の思い込みだよ」とか思う人間なのだけれど、
「見えないけどいる」という感覚や「その人を離れて場所に残る思いの強さ(私は多分これを幽霊と呼んでると思う)」は、信じてる。
あら。オカルトみたいなレビューだな。 -
Posted by ブクログ
一気読みした!!
でもばたばたと読むのは勿体ないので、ゆったりと(笑)
どの作品も妖しさと愛おしさに満ちていて、あぁよく一冊にまとまったものだ、と感心。
「白峯」での崇徳院にまつわる話にまず一気にわくわく。
「夢応の鯉魚」や「蛇性の婬」は原典を読んでいたからか、話の先は見えつつも引き込まれてしまった。
一番は「菊花の約」。義兄弟の契りを交わした二人の想いが、めちゃくちゃ切ない。
解説では「反封建的」「反俗」と言われているけれど、確かに一方では自由に焦がれながら、それでも社会的規範から離れられない人間の哀しい愛しさも描かれていると思う。
字面が読みやすく、現代語訳と原文がどちらも網羅されているので良い。
味わいはやっぱり原文の、少し湿った風が流れてゆくようなリズム感が好きだな。 -
Posted by ブクログ
前半に現代文(冒頭で簡潔にあらすじを紹介してある)、後半に原文、というかたちで収録されている。
現代語の方がすらすら読めるだろうが、やはりどうしても原文のもつ不気味さ、妖艶さは劣ってしまう。
したがって、まず最初はぜひとも原文で読むことをおすすめしたい。
『源氏物語』など平安時代の作品を原文で読むことと較べれば、この『雨月物語』は圧倒的に読みやすい。
しかも脚注がかなり詳しいので、おそらくさほどの困難を感じずとも原文で読めるのではないかと思う。
また、そのように読みながら意味が取りにくいような箇所だけ、前に載っている現代語訳を参照されると良いだろう。
全九作品のうち、
不気味といえば「吉備津の釜」
そこに妖艶さを加えるなら「蛇性の淫」
切ないのは「菊花の約」
そこに不気味さを加えたら「青頭巾」
この四作品はとりわけ面白かった。
「菊花の約」なんかはベタな話なのに、思わずほろり。