牧野雅彦のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」の解説というスタンスで出版されているが、内容は濃い。
「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」を分解するにあたって、プロテスタントに関する歴史解釈が非常に興味深かった。
少々長いが、以下は引用。
「ローマ・カトリック教会の伝統を打破する宗教改革の試みはルターに始まって、カルヴァンや禁欲諸教派の「宗教」によって徹底されて、これはやがて宗教・教会だけではなく政治体制そのものの変革に結実する。
イギリスのピューリタン革命から名誉革命、フランスの大革命はその実現であったという理解はわれわれヨーロッパ史・世界史の常識的な理解とも対応します。
これに北アメリカに渡ったピューリタンによる民主主義の実検、そして北アメリカの独立革命がひるがえってフランス革命に影響を与え、このフランス革命がヨーロッパさらにはラテン・アメリカ諸国へと波及する「環大西洋革命」へとつながる観点を入れたとしてもウェバーの見方はこれとさほど大きな齟齬無く適合することになります」
今日われわれが自明のものとしている近代世界の成果である、自由や平等、あるいは民主主義をはじめとする理念やそれに基づくさまざまの政治制度や文化的事物は(もちろん古代ギリシャ・ローマの遺産や様々な要素ですが)その多くはキリスト教、とりわけプロテスタンティズムに起源をもっている
以上が、マックスウェバー・ニーチェ・カールシュミットらが一致しているプロティスタンティズムに関する価値評価である。
では、プロテスタンティズムとは何か?それを端的に表しているのが
「ユダヤの神観念を再興することによって、呪術(カトリックにおける秘蹟)の復活に終止符を打った」ということである。
つまりプロテスタンティズムはカルヴィニズムに代表される禁欲的プロテスタンティズムは「世界の魔術からの開放」という古代ユダヤ教に始まる宗教史的過程の終着点として位置づけられる。
「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」の改訂時に大幅な加筆がなされたのが「世界の魔術からの開放」であるため、Mウェバーの重要な論点のひとつと考えられるのである。
ニーチェの「ツラトゥストラ」との対応もよく言われるようですが、
「かなしいかな。やがてその時は来るだろう、人間がもはやどんな星も生み出さなくなる時が。ななしいかな。もっとも軽蔑すべき人間の時代が来るだろう、もはや自分自身を軽蔑することのできない人間の時代が来るだろう」
ニーチェの言葉を自著の「自分たちこそが人類最高の段階に達したと自惚れる末人」に対応させているということから、ルサンチマンに見られる心の疚しさを、カトリックにおける「罪の感情」に対比させつつ、それらとの対決の糸口を「世界の魔術からの開放」に求めたのではないか?というのがこの本の主題となっている。
「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」というと、プロテスタントの歴史や考え方を解説している部分に重きを置いているように錯覚する方も多いと思うが、
ここではきちんと宗教的態度や、倫理的精神的態度こそが本旨といえます。
最後にルター派とカルヴァン派、それぞれの神の寵恩に対する考え方の違いをうまく整理してあったので、抜粋しておく。
ルター派
神の寵恩は、神の力強い働きに対する信頼と、それによる罪の感情の苦悩からの開放であって、人間の側の能動的な意思や信仰に基づく善行や功徳は何らかの意味を持たない。
カルバン派
人間の救済はあくまでも「神の栄光」のためである。神は自分の栄光を示すために世界の救済の計画をあらかじめ立てられた。人間のために神が存在するのではなく神のために人間が存在する。信徒はひたすら神からの救いを受動的に求めるのではなく、「神の栄光」のために神の僕となって働かねばならない。 -
Posted by ブクログ
「そしてこの巨大な発展が終わる時、まったく新しい預言者が現れるのか、あるいは、かつての思想や理想の力強い復活が起こるのか、それとも_____
もしそのどちらでもないとするなら______、一種異様な病的尊大さで粉飾された機械的化石化に行き着くことになるのか、それはまだ誰にも分からない。だがもしそうなれば、こうした文化発展の『末人』たちにとっては、次の言葉が真理となるだろう。すなわち『精神なき専門人、心情なき享楽人。この無に等しい者たちは、自分たちこそ人類がいまだかつて到達したことのない段階に到達したのだと自惚れることになるだろう』と」『ツゥラトゥストラ』
ウェーバーは、貨幣の貯蓄、利潤の追求が自己目的化してしまっているような意味での資本主義の精神ではなく、資本主義を支えるような精神態度、エートスの起源は、むしろ直接的に利潤を目的としない精神、利潤の追求そのものを拒絶するような精神態度に由来するのではないのかという問題設定をした。おそらく、本書の価値は、その由来が禁欲的プロテスタンティズムによるものだという考察よりむしろ、先人の研究者の誰もしなかった角度から問題提起をした点にあるといえるだろう。 -
Posted by ブクログ
プロテスタント(カルバン派)では、「神の道具」としての働きは「救いの確証」になるとして、禁欲的で勤勉な労働者が尊ばれたとある。一方で(神から)与えられた財産が大きければ大きいほどその責任が重いものとなりそれを増やすことが使命となる。
このような考えから、『「資本主義の精神」は営利活動を「天職」とすると同時に、職務に忠実で勤勉な労働者を企業家が搾取することを「合法化」することによって近代資本主義の前提条件を作り出した』とはとても上手くできていると感心してしまった。
また、プロテスタントとユダヤ教の類似性(このあたりの宗教的な解説がとても辛いのですが^^;)についてもとても興味深い、ロックフェラーがWASP(ホワイト・アングロサクソン・プロテスタント)でロスチャイルドはユダヤ系だ。
「新書で名著をモノにする」とあったので、もう少し易しいかと思ったが、私にとってはかなり難しくあった。日経BPクラッシクスによる原著の翻訳がとても良いとの評判なので、今度はそちらに挑戦したい。 -
Posted by ブクログ
新書ならいくらか読みやすいと思っていたのだが、十分難しい内容であった。読んだのであるが、理解したとは到底言い難く、読まされたというよりも字面を追ったという言い方が正しいのかもしれない。ウェーバーが書いたこの本は、経済指標を表しているようで実は宗教視点から書かれたものである。カトリックではなく、プロテスタントの側に資本主義を彷彿させる芽が芽吹いており、それが倫理をまとって万人に訴えかけるものになったように思う。もう少し時期をおいて、再度読み直すしかない。とてもじゃないが、言葉にするにはあまりに乏しいものになってしまったことをお詫びしたい。
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Posted by ブクログ
人は自然には生きてはいけない、本能の壊れてしまった動物である、それ故、言葉と理性で相手を説得し、「共通の利益」を守らなければならない、相手といかにして共存するべきか、政治とは「共存の技術」に他ならない−−。
専門用語も難しい概念もほとんどなし。ややこしそうな説明も、ムリヤリわかりやすいように仕立ててある。
政治学の説明でオーソドックスな「権力」の説明からはじまり、政治は身近なテーマなんだとこれまたありふれた結論(まあ仕方ないわな)で締めくくる。
入門書ならもっとブックレビューなり、ガイドをしろよと思うのだがそれは追求しないでおこう。
なんとなく分かったような気にさせてはくれるから、社会科をサボった学生には、自信を付けるといった意味でもってこいか。
でも、「はじめての政治学」から、イキナリ古典の案内を始めてしまうんだから、ほとんどの初学者は、「はじめてーー」の段階で躊躇してしまうんではないか。
これじゃダメだよ、やっぱり。