牧野雅彦のレビュー一覧
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牧野雅彦 精読 アレント 「 全体主義の起源 」 ナチズムなど 全体主義の歴史を分析した本。衝撃的で ハードな読書だった
なかでも 衝撃的なのは、全体主義が暴力を用いずに、人間の法的人格やアイデンティティを抹殺し、死体になる前に「人間として死せる身体」となっている点
国家利益や体制維持のために行う政治活動と異なる点で、全体主義は 国家や体制を乗り越えた現象であり、人間に対して破壊と支配を進める点で、悪の極致だと思う
反ユダヤ主義、人種主義、帝国主義が 全体主義に結晶し、プロパガンダにより組織化された大衆により、全体主義が成立する姿を 歴史の中に見出している
全体主義を通して、人間の恐ろしさや愚かさを随所に感じる
*国民国家体制の崩壊、反ユダヤ主義、人種主義、帝国主義が 全体主義に向かって結晶していく恐ろしさ
*階級脱落分子(モッブ)の思い通りに 組織化され、全体主義が自己破壊するまで気付かない 大衆の愚かさ
全体主義を 大衆を組織化し支配することで 国民や国家を破壊する運動と捉えている。
全体主義が国民を破壊する論理的プロセスは衝撃的
法的人格の剥奪→道徳的人格の破壊→人間の個性の抹殺→死体になる前に死せる身体と化す
大衆を組織化し支配化するためのプロパガンダ
*反ユダヤ主義を自己規定の原理に転換し、孤立した大衆に自己規定と自己同一化を与えた
*目的は人々を説得するのでなく組織すること〜暴力を用いず権力を蓄えること
*指導者に必要なのは、官僚的組織技術でなく、構成員間の陰謀や闘争を操る才能
大衆
*政治的に無関心な市民、組織されない巨大な個人の集積としての大衆
*階級社会の解体によりバラバラにされ、共通の利益をもたない
*自らを組織する能力を持たない
国民国家
*政治的に平等の市民権を与えられる一方、構成員の社会的地位は階級による
*ユダヤ人は国民国家を構成する市民、階級の例外
ユダヤ人=抜きんでたマイノリティ
*母国を持たないマイノリティ〜どこでも少数であり、どこでも多数になれない〜無国籍者
*ユダヤ金融網〜国民国家の国際体系と不可分、ユダヤ人金融業者と国家の癒着
*ユダヤ人が社会に受容されるには、個人として例外的存在であることが必要
1部 反ユダヤ主義
*反ユダヤ主義は、帝国主義や古い政府形態の破壊手段として行われた
*国民国家の衰退と反ユダヤ主義の興隆の相関関係を検証することが一部のテーマ
*ドレフェス事件〜反ユダヤ主義が政治の舞台に登場した最初の実験場
ヨーロッパの国民国家は 政治的平等に基づく国家と階級によって編成された社会のバランスの上に成り立っている
モッブ
*偉大なリーダーを追い求めるあらゆる階級の残滓(階級脱落分子)
*主なナチス指導者や幹部はモッブ
2部 帝国主義
*帝国主義の目指すところは 国民国家の利益や領土拡大てなく、権力の拡大そのもの
*帝国主義的拡張の原因は、資本の過剰生産と余剰貨幣〜もはや国内では生産的な投資先を見出せない
*帝国主義とは 資本とその担い手のプルジョアジーによる政治権力拡大運動である
*帝国主義の原動力は資本輸出〜国内市場の飽和、原料不足、恐慌
人種主義(人種を支配装置として用いる)
*人種に基づいた支配〜政治的な組織化のための人種主義
*プルジョアジーを引きつけ、モッブを組織化する原理は 人種主義
*人種主義は帝国主義のイデオロギー
*人種主義は人間文明全体の破滅〜人種は政治的に、人間性の始まりでなくその終焉であり〜人間の自然は誕生でなく、不自然な死である
反ユダヤ主義も人種主義も〜重大な結果をもたすのは、特定の政治的な問題と結びつき、すでに存在する対立を政治的な問題に先鋭化させたときである
種族的ナショナリズムの特徴
政治的に常に「敵の世界」を想定し、自民族の特質を強調し、共通の人類の存在を否定する〜やがて人間性の破壊にまで行き着く
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ネタバレ『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』と言えばマックス・ウェーバー。
世界史専攻だったんで、一問一答式にこの組み合わせは覚えました。それがなんなのかは知りませんし、当時から知る気もなかったと思います。
ただ、なんか予期せぬところでこの単語と出会い、その度に、ところでこの本なんなの?と思ってました。良さげなの見つけて読んでみました。
感想。結構面白い。でも前提知識が足りず、この本について語れるほどのモノは身に付けられず。あんま宗教のこと考えたことないし。一つ教養が身に付いたかも。
概要。
間違ったこと書いてたらごめんなさい。あくまでも私が読み取ったことです。
まとめると、キリスト教の中でも禁欲的なプロテスタント。その主流派カルヴァン派。彼らの教義『予定説』。絶対的な創造者である神、神の被造物である人間(アダムとイブ)は禁断の果実を食べて追放される。神が人間を許しすか許さないか、救うか救わないかは、人間側の努力でどうにかなるものではない。誰を救うかは、絶対的な創造者である神の意志のみによる。神はご自分の栄光を示すため、堕落した世界の救済を計画し(予定し?)、それを神が選んだ一部の人間に携わせる。神の道具として選ばれた人間は、一生懸命働く。だから、信者は一生懸命働くことで、自分は神に選ばれている、救われていると信じるのだ。?。働く目的は神の栄光のためであり、私利私欲のためではない。だから、ただただ禁欲的に労働に従事する。結果として貨幣がたまる。でも禁欲的。たまった貨幣は神の栄光のため、労働の拡大に運用される。この精神?思考が資本主義の形成に影響を与えたのでは。ということ。
以上が『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』の概要で、それを他の学者との対比も含め解説している。
あとがき、おわりにの著者の主張はよくわからない。 -
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ネタバレ[ 内容 ]
第一次世界大戦は、アメリカの参戦とドイツ帝国の崩壊を経て休戦が成立し、パリ講和会議が開かれる。
だが、「十四箇条」に基づく「公正な講和」を求めるドイツ、「国際連盟」による世界秩序の再編を目指すアメリカ大統領ウィルソン、そして英仏の連合国首脳の思惑には大きな隔たりがあった。
それまでの講和のルールになかった「戦争責任」をドイツに求めるべきなのか。
人類初の世界戦争の終結をめぐる息詰まる駆引を描く。
[ 目次 ]
序章 問題の所在
1章 アメリカの参戦とウィルソンの講和構想
2章 ドイツ帝国政府の講和戦略
3章 革命から講和会議へ
4章 講和問題とウェーバー
5章 講和条件案の形成
6章 受諾か拒否か―ヴェルサイユ講和条約の調印
7章 ウェーバーとヴェルサイユ条約
[ POP ]
[ おすすめ度 ]
☆☆☆☆☆☆☆ おすすめ度
☆☆☆☆☆☆☆ 文章
☆☆☆☆☆☆☆ ストーリー
☆☆☆☆☆☆☆ メッセージ性
☆☆☆☆☆☆☆ 冒険性
☆☆☆☆☆☆☆ 読後の個人的な満足度
共感度(空振り三振・一部・参った!)
読書の速度(時間がかかった・普通・一気に読んだ)
[ 関連図書 ]
[ 参考となる書評 ] -
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ヴェーバーのもっとも有名な著作である『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』の入門的解説書です。
すでに数多く刊行されている「プロ倫」の入門書と差別化する意図もあるのかもしれませんが、ニーチェやシュミットの議論との関係に触れ、また『古代ユダヤ教』へとヴェーバーの問題意識が発展していった経緯についても、立ち入った考察がなされています。
山之内靖の『マックス・ヴェーバー入門』(1997年、岩波新書)では、ヴェーバーが「精神なき専門人、心情なき享楽人」と述べた社会批判を、ニーチェの「末人」に対する批判とかさねることで、ポストモダンふうのヴェーバー像を提示しました。これに対して本書では、山之内とは異なる観点から、ニーチェとヴェーバーの関係をめぐる問題に切り込んでいます。
ゾンバルトは「資本主義精神」の誕生にかんする考察のなかで、ユダヤ人と資本主義の関係に触れていますが、そこには『ヴェニスの商人』のシャイロックに典型的に見られる、ルサンチマンをうちに秘めた高利貸しのような人物像と、貨幣獲得を自己目的とする資本家像のあいだの分裂が存在していると著者は指摘します。そのうえで、ゾンバルトとは異なるしかたで「資本主義精神」の誕生をめぐる問題に取り組んだヴェーバーは、ユダヤ教のうちにニーチェが見てとったルサンチマンの精神から資本主義が生まれたのではないかという議論から、どのようにして距離をとろうとしていたのかという問いが立てられます。
こうした問いに対するこたえを求めて、本書の議論は『古代ユダヤ教』を中心とするヴェーバーの宗教社会学的な考察に検討をくわえていきます。そのうえで、世俗内禁欲の確立において、生活に秩序をもたらすことで明朗な精神を手に入れることができるというヴェーバーの考えが、ニーチェの「超人」思想に通じる面をもっていると論じています。 -
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精読とあるものの、アーレントの言葉をアーレントの言葉で解説している(つまり解説になってない)ところが多いように感じた。また、想定する読者像や執筆の経緯、著者と『人間の条件』(以下HC)との出会いといった、本書の立ち位置についての前置きがどこにもない。そのため、HCをこれから読む/すでに読んだ一般読者むけに噛み砕いて講義する入門書というより、著者自身のための読書ノートという印象を受けた。
一方で、HCの引用時に牧野訳と志水訳の両方の参照ページを載せているのは親切。また、志水訳の誤りの指摘・修正も参考になった。
【action をどう訳すか問題】
①志水訳 action「活動」; activity「活動力」
・これだと action と activity の区別があいまいになりかねない。
②牧野訳 action「行為」; activity「活動」
・行為と活動をはっきり訳し分けることで①は解決する。
・でも、これだと action「行為」と behavior「行動」が似ていてまぎらわしい。
・また文脈によって、action が「観照」と対比される意味での「活動」 を指す場合は「活動」と訳さざるを得ない場合がある。そのため、action「行為」(たまに「活動」)となって表記の揺れが生じてしまい、誤解を招きかねない。
☆個人的な思いつき action「ふるまい」; activity「活動」
・上記①②のいずれも解決する。
・さらに、action「ふるまい」ないし act「ふるまう」の語感は、公的空間における action の演技的な性格をもよく表せているのでは?
(と素人なりに閃いたんだけど、アーレント学会では action の訳語をめぐってどういう議論が交わされているんだろう?)
【目次】
はじめに──地球からの脱出と「人間の条件」の変容
序章 マルクスと西洋政治思想の伝統
1 古典的政治哲学の成立
2 ソクラテス──自己の内なる対話
3 存在への問いとプラトン
4 近代の転換──ヘーゲルからマルクスへ
5 自然と人間の物質代謝
第I章 観照的生活と活動的生活
1 アウグスティヌスと古代世界の没落(第2節)
2 不死と永遠(第3節)
第II章 公的なものと私的なもの
1 アテナイにおける古典的ポリスの成立(第4節)
2 古代における公私の区分(第5節)
3 社会的なるものの勃興(第6節)
4 公的領域の光の喪失(第7節)
5 私有財産の意味(第8~9節)
6 公私の区分の意味(第10節)
第III章 労働──自然と人間の物質代謝
1 「労働」と「仕事」(第11節)
2 「世界」と労働、仕事の位置(第12節)
3 人間の生と労働の意味(第13節)
4 労働と生産力(第14節)
5 私有財産の源泉としての労働(第15節)
6 労働の労苦からの解放は何をもたらすか(第16節)
7 大衆消費社会という不幸(第17節)
第IV章 仕事と制作
1 産業革命における「消費」の無限拡大(第18節)
2 制作過程の変容(第19~20節)
3 功利主義批判(第21節)
4 工作人と交換市場(第22節)
5 世界の永続性と芸術(第23節)
第V章 行為
1 第二の「出生」(第24~25節)
2 行為と人間事象の脆さ(第26節)
3 ギリシア人の解決としてのポリスと「権力」概念(第27~28節)
4 ヘーゲルからマルクスへ──「潜勢力」概念の継承と断絶
5 行為の代替としての制作(第31節)
6 人間関係を修復する「奇蹟」としての「許し」(第33節 その一)
7 行為の「予測不能性」に対する救済としての「約束」(第34節)
8 自然過程への「行為」の介入(第33節 その二)
第VI章 近代の開幕と活動のヒエラルキーの転換
1 近代の起点──三つの「出来事」(第35節)
2 ガリレオによる望遠鏡の発明──アルキメデスの点の発見(第36節 その一)
3 近代数学と経験からの解放(第36節 その二)
4 デカルトの懐疑──内面世界への逃避(第38節)
5 デカルト的内省と共通感覚の喪失(第39~40節)
6 観照と活動の伝統的なヒエラルキーの解体(第41節)
7 制作から過程へ(第42節)
8 「工作人」の敗北と功利主義の限界(第43節)
9 労働と生命の勝利──キリスト教と近代(第44節)
10 展望──「労働する動物」の勝利と行為の行方(第45節)
注
文献一覧
あとがき -
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「100分de名著」ならぬ、「100頁でハンナ・アーレント」という挑戦的な一冊。
ハンナ・アーレントを100頁にまとめるというのは、なかなか難儀な挑戦だが、それでも「全体主義」というキーワードを中心に据えながら、できるだけ簡潔にまとめようという著者の意図は伺えた。またこの挑戦はある程度奏功しているように思われた。
ただ強いて言えば、展開される議論の全体における位置づけが不明瞭に感じられる所があったり、(これは著者の文体の癖かもしれないが)「〜ではない」といった否定語で議論を進めている箇所が散見され、これが読みにくくさせているように思われた。全体のマップを示しつつ、思い切って肯定文体で踏み込んでゆけば、全体がもう少し明瞭になったのではないか。
いま私たちの社会には、体に纏わりつくような湿っぽく生暖かく重い風がゆっくりと吹いている。「空気を読む」というときに使われる「空気」、まさにその均質で重い空気が社会に垂れ込め、私は窒息しそうな苦しさに悶える。ある人は「新しい戦前」と言ったが、全体主義的社会に傾くこの空気を打破する小さな小さな営みの一つとして、わたしはハンナ・アーレントを読み続けようと思う。難解な書物が多いけれど、少しずつ 少しずつ読み続けようと思っている。 -
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欧米人の基盤というか本質を為す環境の理解が深まる。キリスト教、ユダヤ人という存在の大きさを改めてわかった。
西洋思想、西洋史はなんとも理解しずらいとずっと思っていた。明らかに根幹が異なっており、表面的なことを教わっても本質が見えてくることは無かった。本書ではその点に資本主義、キリスト教、哲学の面から切り込んでいる。
特に欧米では、過去を批判し、言い換えることで歴史は進んできたが、結局は根っこは変わっていない。明らかに見た目も違う多様性を持った人達が集まる欧米では、集団の形成や離散は頻繁に起こる。その際にその理由を宗教や哲学に求めているようにも見える。
こらまでは、その切り口についての知識がなく漫然としか理解していなかったが、欧米と日本の違いを理解するためのひとつの視座として理解した。