赤瀬川原平のレビュー一覧
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ネタバレ新解さんを楽しむ会。
『ゆる言語学ラジオ』で紹介されていて、ようやく読めた~!
やっぱり特殊で気になる新解さんによる日本語の説明。
ずっと、買おうか迷っている…
(いまはGeminiに単語の意味と語源を聞いてしまっている。買うなら紙の辞書欲しいけど、携帯するのには不便だし、家で果たして引く(読む?)のだろうかという懸念が…)
紙がみの消息。1990年代の紙にまつわるお話。
コンピュータの普及により電子化され、紙は不要になっていくのでは?と書かれていますが、2020年代のいま、あえて“紙”がキテますよ!って伝えてあげたい。
あえて紙である必要がある。紙よ永遠に… -
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「犬は風景を
見ているのだろうか?」
素朴な疑問から始まる
四角形への旅。
犬は食べ物などの
物件を見ているだけで
風景はぼんやりと
しているのではないか。
赤瀬川はそう考えた。
それでは人間は
いつから風景が見えるように
なったのだろうか。
それは窓の発明によってだと
赤瀬川は想像する。
自然界は曲線ばかり。
直線はめったに見られない。
しかし、人間は
同じものを並べるという
行為から直線を認識。
それを重ねるようになり、
そこから四角形が
生まれたと考えられる。
そして、洞窟から
石造りの家へ。
四角い窓が生まれる。
直線から四角形へ。
洞窟から石造りの家へ。
長い年月をかけて
人間は窓を手にする。
風景までもう少しだ。
ある雨の日。
狩りにも出かけられず、
家のなかで
ボーっとしていたとき、
人間は突然に風景に出合う。
しかし。
それを確かに認識し、
絵画として描き始めたのは
印象派まで
待たなくてはならない。
こうして、人間は
四角形から風景へと
たどりつく。
ゆるいイラストと
短い文章で
展開するこの旅。
軽やかでありながら、
哲学的でもある思索は、
雨の日、
私たちがふと眺める
窓の外の風景に、
新鮮な驚きをもたらしてくれる。 -
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赤瀬川原平のエッセイ『新解さんの謎』を読みました。
赤瀬川原平の作品は昨年10月に読んだ『老人とカメラ―散歩の愉しみ』以来ですね。
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辞書の中から立ち現われた謎の男。
魚が好きで苦労人、女に厳しく、金はない―。
「新解さん」とは、はたして何者か?
三省堂「新明解国語辞典」の不思議な世界に踏み込んで、抱腹絶倒。
でもちょっと真面目な言葉のジャングル探検記。
紙をめぐる高邁深遠かつ不要不急の考察「紙がみの消息」を併録。
たとえば──[ばか]人をののしる時に最も普通に使うが、公の席で使うと刺激が強過ぎることが有る。
[実社会]複雑で、虚偽と欺瞞とが充満し、毎日が試練の連続であると言える、きびしい社会を指す。
[凡人]マイホーム主義から脱することのできない大多数の庶民の意にも用いられる。
ぼくはまだ新解さんという人物に会ったことはないのだけど、間接的に、おぼろげに、空気を介してその人物に接している。
いちど仲介者を通して会見を申し込んだこともあるのだけど、「まぁ会わない方がええでしょう」というご返事をいただいたそうで、いかにも新解さんらしいなと思った。
お会いしてもどういう会話をしたものか、見当もつかなかっただけに、やんわりお断りされてホッとしたことも事実である。
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1996年(平成8年)に刊行……三省堂の『新明解国語辞典』のユニークな語釈や用例を紹介した作品『新解さんの謎』に、紙をめぐるエッセイ『紙がみの消息』へ併録した作品です。
■新解さんの謎
・第一章 言葉の森の奥へ
・第二章 深まる謎
・第三章 見えてきた新解像
■紙がみの消息
■あとがき
■<対談>原平さんの謎 豊田由美・岡野宏文
辞書の中から立ち現れた謎の男は、魚が好きで苦労人、女に厳しく、金はない……「新解さん」とは、はたして何者か? 三省堂「新明解国語辞典」のページをめくると、あなたは濃厚な言葉の森に踏み込んでしまう、、、
【恋愛】【合体】【火炎瓶】【浮世】【動物園】……数々の、あまりに親切な定義に抱腹絶倒しながらも、「新解魂」に魅せられていく、言葉のジャングル探検記。
“紙”をめぐる高邁深遠かつ不要不急、非パソコン的世界からの考察『紙がみの消息』を併録。
赤瀬川原平のユニークな視点とユーモアが存分に楽しめる一冊でしたね……『新解さんの謎』は、新明解国語辞典の面白い語釈やユニークな用例を解説したエッセイなのですが、読んでいると新解さんは辞書ではなく、人格が与えられた謎の人物のように感じてくるところが魅力ですね、、、
新解さんの独特な人格や、彼が辞書の中でどのように存在しているのか、その謎に迫る……そんな展開でした。
『紙がみの消息』は、紙にまつわるさまざまなエピソードや視点を綴った興味深いエッセイ……お札からチラシまで、日常生活に欠かせない紙の存在を探求し、ユニークな視点で紙の意味や役割を考察し、その由緒や性格、効用を語られていました、、、
トイレットペーパーや千円札、チラシ等、私たちが日常的に目にする紙の裏側に隠されたストーリーや謎に迫る作品でしたね……赤瀬川原平の独特の視点が存分に愉しめました。 -
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ネタバレ辞書にも個性があって、辞書を作る人の見ている世界がじんわりと染み出てくるのだな、と思うといとおしく思えてきた。三浦しをん「舟を編む」の世界ですね。
新明解国語辞典はミスを恐れず、日本語を明解にするためにどんどん解説サービスをする。辞書の読者(?)は実感をもって日本語を理解することができる。
今は辞書を引かずに言葉の意味をネットで検索する時代だけれど、新解さんのような一本筋の通った辞書を使って自分の言葉を形成していくと、ほかの人とは違う自分なりの言語世界ができるかもしれない。
用例で、金周りに困っている内容が多かったり、自分の好きな食べ物の解説にはすなおに「美味い」と言ってみたり、チャーミングな新解さんが好きになる。
女性蔑視の気にはムッとしてしまうけれど…。 -
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ゆる言語学ラジオで紹介されていたのをきっかけに気になってしまったコチラ。
赤瀬川原平さんのお名前は存じあげていたものの、詳しくは知らなくて、読売新聞で人生案内の回答してなかったかな…って思ってたけど調べたら出てこなかった。たぶん誰かと間違えてるんだろうな。
さてコチラの本。
大きく前編と後編に分かれていて、前編はタイトル通り新解さん…三省堂から出ている新明解国語辞典の内容、おもしろい用例などに独自の視点で愛あるツッコミを入れていく、というもの。
これがまた本当に面白い。
ゆる言語学ラジオでも紹介されていて、わりと詳細にこの辞典の出来上がった背景などを知っていたので、何も知らずに読むよりはかなりの深さで面白かった。
それにしても今の版にはここまでドラスティックな用例はないのかな。
三版、四版あたりの新明解国語辞典が欲しくなってしまう。
この本の内容についても当時は話題になったようだけど、そらこれをリアルタイムで読んでたら三省堂の辞書買うわって思った。
ちなみにわたしが面白いなーと思ったのは、お魚関係のところと、動物園についてのところ。
さて後編は紙についての考察。
30年くらい前の文章で、その頃の記憶を引っ張り出しながらタイムスリップしてるみたいな気分で読んだ。
赤瀬川さんにとってなのか、この時代特有のものなのか、環境問題の重心が今の時代とズレているのが不思議な感覚でおもしろい。資源の無駄遣いについて、真剣に考えて書いているのか結局のところよく分からないけど、30年後の今振り返ってこの当時の状況を見てみると的外れに感じるところもあるけど、いや逆に意外と的を得てるのかと思えたりもする。
後編は余白の考察が特に興味深かったな。
リズミカルでときに皮肉が効いた文章で、前編とはまた違う魅力ある内容だった。
あとがきの対談を読んだら赤瀬川原平さんについてますます興味がわいたので、機会を見つけてまた他のも読んでみたい。 -
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『トマソン』で有名な赤瀬川原平の初期のエッセイにシュルレアリスティックなイラスト付きで。
大分に疎開した小学校時代の赤瀬川少年は、おねしょが治らず修学旅行にも行けなかった。おねしょによって、少年のネル場所だけ、畳が変形してしまうほどに。
赤瀬川原平だから、愉快なエッセイに違いないと決め込んで読み始めたら、妙に純文学的なひねくった言い回しに、面白い方向に行きかけたままテーマを忘れて拡散するように終わってしまう。電子書籍でせいぜい10ページというエッセイなのに、おねしょの話くらいしか頭に残らないという不思議な本である。
それもそのはず、赤瀬川原平名義ではなく、小説家としてのペンネーム尾辻克彦(芥川賞受賞)で、元々は詩の雑誌に寄稿したエッセイなのだった。
エッセイとして内容を読み込むというよりも、ガロ的なイラストに合致するような謎の表現との出会いを求めて読むものなのかもしれない。「真鍮の閉じた蛇口が、淋しげなシルエットで垂れ下がっているのです」コレもおねしょの話ね。
あとがきで「(尾辻名義で出した)単行本は600冊しか売れなかった」と言う割に、古本でそこそこ有るようだ。また、「言葉がちょっとごてごてになりすぎた」と書いているが、これもそのとおりなのだと思う。
まあこの本で一番びっくりしたのは、尾辻克彦が赤瀬川原平のペンネームだったってことだ。まだ読んでないけど。 -
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ネタバレまとめ
自然界には四角形がほぼ無い。四角形に近い形であっても曲がっているものが多い。四角形は生活の整理整頓から直線が生まれ,その重なりが四角形として生まれた。
現在自分達の身の回りにある物,大きいものから小さいものまでが四角形である。家やビル,携帯や教科書。 つまり生活の基盤となる物の形が四角形なのであり,人間が合理的に考えて,生まれた形が四角形なのである。
その四角形が「窓」として現れたとき,人間は初めて風景を見た。それまで意識していなかった奥の方にまで意識が向くからであろう。絵画の「フレーム」として現れたときは人間は余白を知り,また風景を見た。大昔のラスコーの洞窟壁画には周りにいた動物は描かれているが,風景は描かれていない。フレームが無く,目の前の物だけを描くことだけに集中している状態だからである。
例えばある野原に立つ人物を描くときに,真っ白なキャンバスに人物を描くと,キャンバスには白い余白が生まれる。フレームがあるとこのような現象が起き,そして人は余白を認識し,野原という風景を見て描いたのだ。この時に余白から風景を見たのだ。
感想
犬は風景を見るのだろうか?人間はいつから風景を見るようになったのだろうか?という問いから始まり,四角形の歴史を著者の考察を交えて振り返る。物の見方が少し変わったような気がして,面白い体験ができた。 -
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タイトルで手に取ってしまった。
駐輪禁止の立札の前に止めるたくさんの子供連れを見て、
正直、日本に未来はないなと思っている。
老後に関しては不安しかなく、早く老衰したいとさえ思ってしまうようになった。
赤瀬川源平という名前は知っていたけど、
現代芸術なるものが好みに合わないので素通りしていた。
でも、誘いに負けてしまった。
老人力とは、人生の酸いも甘いも噛み分けた後の
ゆるゆるでいいではないか、と楽しめる心境で、
まだまだ若い者には負けんぞという、年寄りの冷水的な頑張りでは
ないらしい。
そういったことを、中古カメラに例えたりして、
繰り返し語っているが、途中からもう話題が尽きた感が否めないのが残念。
老人力の講演会は、ご年配の方が多かった様だけど、
読んだ感想としては、定年前の50代(ラッキーな人)、60代の方が読んでみて、
きたるべき定年後ライフを楽しみにするのが良いかも。