NHK広島取材班のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
マネー資本主義が危機を迎えると、対抗運動がしばしば力を持つ。昔はそれが「共産主義」一択で、マルクスがその頃よく読まれたりするが、「里山資本主義」も含めて選択肢が増えているのは良いことだと思う。
2022年現在のような、国際情勢が不安定な時はエネルギーや食べ物を海外に頼るのはリスクが高い。それを国内にある使われてない「資源」=耕作放棄地、手付かずの山林、空き家などを活用していくのは共感できた。
里山資本主義はマネー資本主義を補完するサブシステムと紹介されている。しかしそれは資本主義を一度通すと、ただの里山への回帰に留まらず、一段洗練された姿(スマートシティのような)になるのかなと思い、将来主流になって行く可能性も感じた。否定の否定みたいに。 -
Posted by ブクログ
資本主義とか政治とか年金とか
日頃なんとなく感じている「将来への不安」
そういったものに対して
新たな考え方「里山資本主義」
=コストや環境負荷を抑えた経済(物理的に持続的)
=手触りのある経済(精神的に持続的)
が必要ではないかと投げかけていると受け取った。
ここ数年でSDGsがCSRの枠組みを越えて、SDGs達成に貢献しなければ企業として傾くという水準までになっている。
そのようななか、個人的にはきっと本書のような生き方、経済がスタンダードとなる時代が来るのだろうと思うし、自分もそのような考え方にキャッチアップしていきたい。
確かに筆者は要するに「自然の中でで人との繋がりのある金銭消費の少ない経済を拡大せよ」と言っており、読者としては
はいはい地方で農業林業やれって言うんでしょ
となりがちだ。
だが、実際にコロナで都市で働く意味を問われるなかで、果たして本当にどれだけ都市にいる意味があるのかは経験した人しかわからないのでは…と思う。 -
購入済み
地方力の活用ってことかな
一言で言ってしまえば、地方力の活用ってことかな、と思いました。
本書で取り上げられている個々の事例、オーストリアのCLTや真庭のバイオマス発電などは、テーマとして面白いです。地方には地方でしか成しえないイノベーションがあって、それをうまく使って生き延びていこうということですね。
別に「マネー資本主義との決別」って大上段に振りかざす必要はないと思うけど、これから人口が減少していく日本でかつてのような経済成長を夢見ることはできないのはまぎれもない事実なんですから。
-
Posted by ブクログ
ネタバレ「里山資本主義」の言葉を初めて聞いたが、とても魅力的な考えだと思った。今の社会はお金が最優先になっているけど、能登半島や東日本の震災のように、いざという時お金はただの紙切れとなってなんの役にも立たない。しかし、里山暮らしでは食べ物やエネルギーを自分達で自給した暮らしが可能なので、災害があってもあまり影響を受けない。もちろんお金は大事だからある程度稼ぐ必要はあるけど、里山の恩恵も利用する。出来ないことはお金に頼り、自給できるものは自給する。この二刀流の生活が1番基盤が強くて良い生き方だと思いました。自分も今ベランダ菜園をしておりゆくゆく田舎暮らしをする予定なので、とても参考になりました。お金だけに頼る都市型の生活は脆く壊れやすいので、うまく自給する割合を楽しみながら増やしていきたいと思いました。
◎メモ
・お金を適度に稼ぐけど、畑で野菜を自給、田んぼで米を自給、ライフラインを自給できると二刀流が1番強い生き方だ。
・たくさん働いてお金を稼いだとしても、時間がなくなり外食や家事代行など必要のないお金を使う必要が出てくる。そしてさらに稼ぐ必要が出るといったお金のループにハマり、本質的に自立した基盤の強い生き方と言えない。
・自分で薪で煮炊きし、ソーラーパネルで電気を自給し、食べ物も畑や田んぼで自給する。この生活ができたら、災害が起きたり物流が止まっても生きていける。お金ばかりに頼る生活は、いざとなったら脆い生き方だ。災害に遭ったときにお金なんてなんの役にも立たないが、水や食料は生きていく糧になる。
・エネルギーを外部に頼りすぎると、いざという時に弱い。
・里山資本主義は、マネーだけに依存しない生き方。自然の恵みを最大限生活に活かすことで、お金を使う割合を減らせるし、自分達で生活を作っていく楽しさを感じれる。
・お金は出来ないことを得たり達成するための交換ツールでしかない。自分達で出来るものは、自分達で自給する。
・山をエネルギー源にしたら、無尽蔵にエネルギーを得ることができる。 -
Posted by ブクログ
率直に、理想論すぎると感じた。田舎の良いところだけに目を向ける田舎礼賛のきらいを感じた。マネー資本主義のサブシステムとしての里山資本主義を掲げながら、途中でマネー資本主義の上での日本の未来を語り、主題がよくわからなかった。経済換算できない価値を大事にするという意味では賛同できる考えであったが、マネー資本主義を知らないとこのシステムの妥当性は判断できないと感じた。これはタンザニアの彼がいうシステムからの脱却とほぼ同義だと思う。結局のところ個々人が何に幸せを感じるかであり、里山資本主義が正しいというのは、お金で物を買うことに幸せを感じる人の主義を否定し、彼らの生きるところを奪うことになると感じた。マネー資本主義で発展してきた以上、里山資本主義はサブシステムでしかないと感じた。
-
Posted by ブクログ
斉藤幸平「人新世の資本論」を読んだ流れで、この本を読んだことを思い出す。当時とにかく就職をする前で、関東から旅行以外で出たことのなかった自分がしばらく島根に滞在する機会もあり、田舎の人、食、風景の中に生きる豊かさ、美しさに打たれた。そこから翻ってみると東京の資本主義経済という不健康な巨大歯車の中、イチから下っ端としてお願いしてまで入れてもらって、わざわざ働きたくもない。この先明るい未来があるとも思えない。オルタナティブがあり得ないのだろうかという希望を持って手に取った本だった。
ところどころに光が差すこともないではないのだが、最後まで読み進めた結果は、「メインは今まで通り以外あり得ないから、まあ他の選択肢は予備電源程度に備えとこうよ」という大人なところに落ち着いていて、現実はまぁそうだよな、という諦め混じりの納得と、途中で見えたあの希望の光は何だったんだ、というやるせなさで読み終えた。→「人新世の資本論」に続く。