談志は理屈をこねまわすだけではなく、実践家であった。実験し、経験したことを書いた。言いたいことが山ほどあって、それを吐き出したような内容だ。ストレートな物言い。建前を抜きにして本音で書いている。だから、読者の心をつかみ、ベストセラーになったのだろう。
オリジナル版の『現代落語論 笑わないで下さい』 (三一新書、1965年)との違いは2つある。
一つ目は、章立ての題名が違うことだ。章のタイトルが違うだけで、内容自体は同じである。下記に双方の章タイトルを挙げておく。
【章立て】三一新書
その一 落語の観方聞き方
その二 真打になるということ
その三 昔の噺家・今の寄席
その四 観客・芸・人気ないしは笑について
その五 わたしの落語論
【章立て】中公文庫
その一 落語の豊かな世界
その二 修業時代
その三 噺家と寄席、今と昔
その四 観客と芸人
その五 わたしの落語論
『現代落語論』、その後
書き下ろしリレーエッセイ
二つ目は、巻末に、「『現代落語論』、その後」と「書き下ろしリレーエッセイ」が加わっていることである。「『現代落語論』、その後」は、『立川談志遺言大全集(10)落語論(一)現代落語論』のために書き下ろされたもの。この文庫版は、全集を底本としているため収録されている。この文庫本で初出となるのは、立川流の直弟子17名による「書き下ろしリレーエッセイ」である。1人あたり1ページの分量となっている。
個人的な感想を加えると、リレーエッセイに目立って良いと思えるものはなかった。談志が書いた本編のように、書きたくて書いたのという気持ちが感じられない。書けと言われたから書いたというような文章であった。もちろん、出版社からの依頼で書くようにいわれたのだろうから、それも当然ではある。それに、この人たちは噺家であって、作家ではない。このような経緯で面白い文章は書けなくて当然だ。書けるのであれば、第二の談志のようになっていたかもしれない。