岡本真一郎のレビュー一覧
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●読んだ理由
この本の内容とは少しずれるかもしれないが、職場内での人の悪口(面と向かってでない)、会社のコンプラ研修のトピックスとなってた部落、最近の日本・韓国関係のお互いの罵り合いから、コミュニケーションにおける悪意に興味をもったことから。
●感想
8つある章のうち7章は、コミュニケーションの説明でうっかり発言、クレーマーとセクハラ、嘘、ヘイトスピーチなどなど...でかなり細かく丁寧に説明されてる、最終章が対処法。
この説明部分がとても興味深かった。普段何気なく行っているコミュニケーションについて、話し手の意図と聞き手の受け取り方、ミスを起こしてしまう要因がわかる。記載されている内容を知っておくと、悪意に接してしまったときに、それにもろに反応してしまうのではなくて、相手がどんな心理状態なのかを考慮したり、言葉の裏側を読んだりして、適切に対処できるようになるのでは、自分の発言・対応がどう相手にとらているかを思い図り配慮した行動ができるのではと思った。 -
Posted by ブクログ
普段のコミュニケーション、とりわけ日本人話者のコミュニケーションは多層構造の前提があってこそなんとか成り立っている、バランスをかろうじて保てている会話テーブルであると思った。自分の言葉遣いを見直すきっかけになった。
個人的に印象的だったのは、ペンを借りたい時どのような表現をだれに使うかの頻度表をまとめた図。「ペンを貸していただけますか」などと丁寧な言い方が並ぶ中で唐突に出てきた「ペン」「ある」(通常は両親や兄弟に対して使う)という選択肢を見た時思わず吹き出してしまった。すごく乱雑な言い方だが、たしかに、親に借りたい時はペン!って言うなあ。 -
Posted by ブクログ
仕事上よく出くわす場面として、部下に対して自分なりに出来るだけ詳しく噛み砕いて指示したり、注意したつもりが、全く伝わっていなかったと感じる事は多くある。私の意図とは全く違う方向で検討を進めていたり、注意したはずが繰り返し同じミスを繰り返してしまったりと、内心では相手の無反省や能力について疑問を感じてしまう。だが実際に自分の発した言葉が分かり辛くて、誤解を招く原因になっていたり、そもそも指示する側が十分知っている事柄を、相手の理解度に合わせて説明できていたか反省することも多い。実際にIT業界にいると、自分のテクニカルな領域や経験と、相手方のその領域•技術分野は全く異なっていたり、SEの私と経理総務畑の役員では背景に持つ情報は全く違う。
話し手である私は常に自分の部下相手でさえも、経験も年齢も性別も技術も全く同一でない共通認識の下で話をしてる事を意識しなければならない。逆にありえないがその認識内容が全くの同一であれば、誤解は生じにくいのは当然だ。きっと恐らく、冗談や皮肉でさえも、正しくその意図を理解するだろう。勿論、人によって察しが良い悪いの差もあれば経験も違うから、ほぼ100%正確に伝わることなどありえない。
それを更にややこしいものにしているのは、人の心理である。日本人は欧米人に比較して謝りやすい民族と言われる。ドアを開けてもらっても「ありがとう」ではなく「すみません」、道や席を譲っても「すみません」と、なぜか周りから謝罪の嵐である。実際これは謝罪ではなく、「◯◯させてしまって、すまないですね」と相手にかけた苦労に対して「申し訳ない」という気持ちが謝意と共に現れたのだから、間違いではない。
日本語の発音と内容•意図が実際に異なる例は他にも沢山ある。本書はそうした日本語の発言と、話し手の本来の意図が何であるかについて解析している。必ずしもそうした意図ではない発言も多くあるだろうが、それをどのような意味で受け止めるかは、話した相手次第だ。
そこに、自分と相手の立場や人間関係、例えば上司と部下、店員と客、教師と生徒などが大きく影響するだけでなく、発言者が何を意図して発言したか、それまでの状況や背景などが深く関わってくる。様々な要因が重なり合って「言葉」としてぶつかり合うのだから、様々な誤解やコミュニケーションミス(ミス•コミュニケーション)があって当たり前だ。
特に相手と一定の距離感を保ちたい場合の敬語表現、ミスした部下に対する皮肉っぽい言い方、顔にも態度にもある程度は出るだろうが、やはり発言した音としての言葉の持つ意味合いは大きい。最近はメールの絵文字なども色々な意図•意味を込めてつけられている。
この様な様々な意図でコミュニケーションが成り立っている中で、本書内では皮肉についてかなり深く研究されているようだ。忍ばせた意図、間接的な表現、真意と真逆の褒め言葉(その逆も)など、それらは会話を益々ややこしくしているだけで、ある意味無駄に感じられる。だが友人や恋人の間で登場するそうした皮肉は、しばしば笑いやユーモアとして捉えられ、友情を深める結果に繋がることも多い。
本書はコミュニケーションとして人々が発する言葉が、相手や周囲の人間、時には自分自身にどの様に作用するのか、そしてその発言を引き起こす集団•社会の中にある人間の心理などに触れ、私たちつまらない争いから解放するヒントをくれる。もともと相手の発言を真に受けたりせず、背景にある相手の心理ばかり窺ってしまう嫌な性格の私だが、頷ける点も多くあり読みやすい事この上ない。そして嫌味や皮肉っぽい言い回しを、そこかしこで多用する自分に改めて気付き反省することしきり。
本書を読み終わる頃には(相手の意図を探ろうと)話すペースが相手と噛み合わないか、やたらと無口か、若しくは指示も注意も明確なスーパー上司になっていそうである(最後のは恐らく無い)。 -
Posted by ブクログ
「差別」を扱った本。
ヘイトスピーチ、セクハラ、皮肉などの差別がなぜ起きるのか、またどう対処してくべきなのか説明している。人種や血統に関する社会問題として差別やクレーム、皮肉など日常内のコミュニケーションにおける侮辱や悪口など類型化すると際限がないとことが分かった。クレームの対応や正しい批判は興味深かった。
以前から差別はなぜなくならないのかが気になっていて購入。人によって言葉の受け取り方は様々ということを改めて認識した。多様な価値観が尊重されるべき現代においては非常に大事なこと。ただそんな時代にもかかわらずなぜ差別がなくならない原因はまだよく分からない。 -
Posted by ブクログ
心理学というよりは、言語表現と意味の考察の方が比重高いかな。
ま、セクハラで、人間の心ってのは案外自覚が難しくて、自分の行動で判断するところがあって、一旦拗れると、当時は「恋愛」だったのが、「やむなく」だったと自然に信じるとかはなるほどなあと思う。
世の中、巻き込まれたくなかったら関わらないことですな。
ヘイトスピーチって、定義上、マイナリティに向けられるもの、っていう政治用語だったのね。
だから、マジョリティに対しては、どんな罵詈雑言もヘイトスピーチではないのだ、という主張は正しい。
だが、それが言わんとしてることは、心の底から間違っている。
この本が述べている、「悪意」の一つに当てはまると思うのだけど。
後そのヘイトスピーチね。
具体的には日本にいる特定民族に対するものにかなりこだわっているが、批判を全て「差別」と一括りにしたがるのは思考停止ではないか。
「ネトウヨ」という言葉を安易に使って幅広く囲い込むのも「ヘイト」ではないかね。
14歳の若造が、マスコミは左翼界隈だ、というのを聞いて問題視するのはいいけども、新鮮な情報に触れると無批判にそれを信じ込むというのもいいけども、であれば真っさらな子供の頃から「教育」されて無批判に信じて来たことを再検証する必要ばないのかって思わないところも。
なんだかなあ。
と思った。
ちなみに、学会も「左翼」だと思われてますよ、「ネトウヨ」からは。
もう一つ言うと本来的には「左翼」って言葉に特段批判的な意味はないと思うんですけど。