大平健のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
精神科医が、いくつかの症例を紹介した本で、キーワードは「純愛」。
「理想の恋愛」や「運命の出逢い」といった言葉に
呪縛されているかのような人たちの姿が浮かび上がる。
自分に相応しい人が必ずどこかにいるはずだから、
手近で間に合わせないで積極的に探しに行こう――でも、
探したけれど見つからない……で、不具合が生じる、と。
自分には人間としてこれだけの価値があるのだから、
充分、釣り合いが取れる相手でなければ、
恋する意味がないという発想に基づいているらしい。
それはつまり他者に対して強く承認を求めるということであり、
裏返せば過剰な自己愛の現れなのではないだろうか。 -
Posted by ブクログ
人は一生の間、
内省的な時期と行動的な時期を繰り返す
人生に区切りをつけながら新しい人生を歩む
失恋した人
亡くなった人とのつながりを
静かに考える
そして、
その人を失った後の
新しい世界に備えるために
人は休む
人はしばしば自分のことが決められない
誰かに決めてもらいたがっている
事柄によっては
誰かの責任にしたい
人はときに自分の置かれている状況を
つかめなくくなる
自分の状況を説明してもらいたくなる
相談するのは、
人に理解してもらおうとすることで
整理がつき
自分の状況が見え解決するから
そんな人が
診療所にくる
赤ずきんの話をしてくれる
先生のところへ
自分のこと理解するには
人と話してみることだと思った -
Posted by ブクログ
精神科医である著者が、患者さんに語ったお話の事例を元にした本です。
患者さんの心の悩みを聴いて、昔話を語り始めます。
患者さんの疲れた心を癒す一方、そのストーリーが
自分の抱える問題と不思議にリンクしていて
患者さん自身が、はたと気づきます。
主人公が自分であったり、オオカミ側であったり…。
そして、気付くことで新たな一歩を踏み出していきます。
読んでいて、上手くリンクするもんだなぁと感心しちゃいました。
もちろん、先生の選択が合っているからなんですが
昔話って、生活に密着していたんですね。
教訓めいたものではなく、物語の中に同化することで
すっと気付くようです。
改めて、物語のもつ力も感じました。
最後に著者は、こう書いています。
「人には誰にでも 「自分の物語」 があるのです。
過去に限る必要はありません。人生の節目節目に自分に合った
童話や昔話を見つけてください。
誰の心の中にも小さな主人公たちがいて、皆さんに呼び出されるのを待っています。」
私の物語は何だろう… -
Posted by ブクログ
物語で治る? なに?
というわけで 読んでみました。
凝り固まって 見えなくなっている自分の「気持ち」を
物語の主人公になぞらえることで、
客観的に見ることができるという内容のようです。
たとえば ひきこもってしまった人には
「3年ねたろう」をすすめています。
人は何か悲しいこととかがあったりしたときに
内静的になって、じっと自分をみつめる静かな時間をもちたくなる
それは あらたに飛び立つための準備期間。
そういった意味で
「ねたろう」 つまりひきこもっていたあなたの時間は
飛び立つための準備、チカラをたくわえることができるための
大切な時間だったのだと読み取っているようです。
これを 実際の人間にあてはめて
それでうまくいくのかといえば
本当はそんな単純なものなんかじゃないとは思うけれど。
私は病気で休職して2年間自宅療養していた
「2年ねたろう」でした。
あの病気から5年たってやっといま、
あのとてもとても孤独で焦りつらい日々は
自分のために必要だった期間だったのだ、と考えられるようになったけれど、あのつらいときにこの話をきいて本当に腑に落ちたかどうかは疑問です。
渦中にいるときは出口が見えなくてとてもとてもとてもつらい。
いつその苦しみが終わるのか
自分でもわからない気持ちの波に翻弄されて
その苦しみが永遠に続く気持ちがしてしまう。
ほかにも同じような人がいるとか
もっと大変な人がいるとか、
理屈でわかっても気持ちは理解なんかできない。
ただ ただ 暗い闇と
脳みそからわしづかみにされて
内臓をひっかきまわされるような不安が時々襲う。
そんな渦中の人間に
「3年ねたろうの時間は必要な時間だったんだよ」
といってもそんなの 一瞬のなぐさめにしかならないんですから。
どちらかといえば周りの人間があの人は準備期間なのだと自分を納得させるために必要な物語なのかもしれません。