軽部謙介のレビュー一覧

  • 官僚たちのアベノミクス 異形の経済政策はいかに作られたか

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    第二次安倍政権の誕生とともに金融政策が大きく変わったが、それに至った政治、役所、日銀の攻防が非常に丁寧に、かつドラマティックに描かれていた。当時を知る資料として価値が高いと思う。

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    2018年06月06日
  • 官僚たちのアベノミクス 異形の経済政策はいかに作られたか

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    金融政策を政党の、そして政府の最重要課題に明記したという点で異形の政策である「アベノミクス」。本書は、時事通信のジャーナリストである著者が、延べ約120人へのインタビュー、公文書、議事録、メモ、日記、備忘録など様々なソースを駆使して、「アベノミクス」という政策について、いつ、どこで、誰によって形成されていったのかの原点を記録しておこうという試みである。
    安倍内閣を陰で操っているとも言われる今井尚哉秘書官の影がほとんど見えないなど、安倍内閣の政策決定過程の全てを明らかにできているとは思えなかったが、実力あるジャーナリストらしく、安倍内閣における政策決定の舞台裏を多角的かつ克明に描き出しているという感想を持った。政策決定過程のダイナミズム、また、政治家、経産省、財務省、日銀など、それぞれのプレーヤーの特性がよくわかって、興味深かった。

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    2018年05月16日
  • 官僚たちのアベノミクス 異形の経済政策はいかに作られたか

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    ほーって感じ、日銀と政府のバトルの裏側が覗ける。小説を読んでいる感じ。経済の知識はあまり増えなかったが、政策がこのように根回しされて作られているんだなっていうのが勉強になった。ニュースだけだと何やってるのかわからないけどこういう裏側を除くことは大事な気がする。

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    2026年08月15日
  • アフター・アベノミクス 異形の経済政策はいかに変質したのか

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    本書は2022年12月発行なので、既に安倍元首相は退陣していたばかりではなく、凶弾に倒れ、亡くなられていたタイミングでの発行である。本の内容は、アベノミクスを振り返り、それが、途中で変質したとし、その背景を探ったものである。本書は、下記のように紹介されている。
    【引用】
    水面下で大きく構造転換していたアベノミクス。金融政策から財政政策へのシフトは、いつ、どのように起きたのか。日銀は何を考え、財政当局はどのように動いたのか。財政再建特命委員会や財政政策検討本部の全議事録を独自に入手、内部資料、各種証言なども材料に立案過程を詳らかにし、毀誉褒貶激しい政策を徹底検証する。
    【引用終わり】

    第二次安倍政権は、「三本の矢」という政策を軸に運営を開始した。「三本の矢」は、「大胆な金融政策(異次元の金融緩和)」「機動的な財政政策」「民間投資を喚起する成長戦略」である。政権当初、安倍元首相はリフレ派ではなく、どちらかと言えば、財政規律派であると少なくとも私は理解していたし、また、「成長戦略」も、これといったものは打ち出されずに、政策の中心は「異次元の金融緩和」であり、本書を読んでも、金融政策だけで、脱デフレが可能であると、政権に近い人たちは考えていたようである。
    しかし、「異次元の金融緩和」は、うまくは機能しなかった。脱デフレが達成できたかどうかは、物価上昇率2%が達成できたかどうかで判断することと理解されていたが、それは、いつまで経っても達成されなかった。そのような中、「金融政策では」あるいは「金融政策だけでは」、脱デフレは達成できないと安倍元首相は考えるようになり、財政政策に舵を切ろうとしていた、その経緯と実際の動きを描こうとしたのが本書である。
    安倍元首相は、「財政規律派」というよりは、「小さな政府派」だったのだと思う。それでも、増大する社会保障費用をまかなうために、2度に渡り、消費税増税を行った。「金融緩和」によって、お金をマーケットに余らせてインフレを起こそうとしたのであるが、財政は緊縮のまま、更には消費増税まで行ったため、消費が冷えてしまい、マネーに対しての需要が起こらず、景気は冷え切ったままだったというのが、「アベノミクス」の結果だったのではないだろうか。
    コロナになり、ようやく財政出動を大幅に増やしたが、それも緊急避難的な対策であり、今では元に戻りつつある。
    本書を読んでいて、安倍元首相が、もう少し早く財政を緩めるアクションを起こしてくれていたら、日本経済の姿も、少し違ったものになっていたのではないかな、と思ってしまう。

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    2025年03月02日
  • 官僚たちのアベノミクス 異形の経済政策はいかに作られたか

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    淡々と書いてある。
    今に通じる芽がわかった。
    正体が明らかになってきてよかった。
    当初はさぞ辛い思いをした人がいたことだろう。
    完全に✖️の評価が広まって欲しい。

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    2023年12月14日
  • アフター・アベノミクス 異形の経済政策はいかに変質したのか

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    安倍元首相の進めてきた、アベノミクスの変遷と、今後の懸念が示される。
    強引な手法で、周りをイエスマンで固めて進めてきたアベノミクスの出口戦略はあるのか、クラッシュしない事を願う。

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    2023年04月25日
  • 官僚たちのアベノミクス 異形の経済政策はいかに作られたか

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    アベノミクスのスタート時期を描いたルボとしてよくまとまっている。登場人物が多すぎて把握できないが、当時の空気が思い出せる。アベノミクスが始まってから10年近く経過したが、環境が大幅に変化。円安は生活に悪影響を与えるレベルで進み、生活品の値上げニュースが毎日のように発表される。一方で収入は一向に増えない。この先どうなるのか、誰かわかる人がいれば教えてほしい。

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    2022年05月14日
  • ドキュメント 強権の経済政策 官僚たちのアベノミクス2

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    前作『官僚たちのアベノミクス』はドラマとしてなかなか興味深く読みましたが、こちらは前作のようなドラマ性が薄く中身も薄く、ダラダラした感じしか受けないのは、アベノミクス自体がグダグダになってしまったから…ですかね…
    まあ、経済・金融政策の決定における舞台裏をそれなりには興味深く垣間見させてもらいました。

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    2020年09月23日
  • ドキュメント 強権の経済政策 官僚たちのアベノミクス2

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    ネタバレ

    30代男性
    コロナ対策において、二転三転している内閣をみて、どのようなプロセスで意志決定されるのかを知りたくて、読みました。
    日銀の人事や賃上げ介入から始まって、消費税増税延期までの政府、官僚(+経団連)の動向が記載されていました。
    その場にいたのかと思うほど、細かいことが記載されており、複雑な思惑を経て、政策が決定されることがわかりました。

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    2020年09月13日
  • 官僚たちのアベノミクス 異形の経済政策はいかに作られたか

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    アベノミクスが問うたのは、中銀の独立性という古くて新しい問題。安倍総理は、「私の金融政策」とまで言ったのに、いまや物価に関心を払わず知らんぷり。この尻ぬぐいを、いつか誰かがしなければ行けないときがある。

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    2020年06月27日
  • 官僚たちのアベノミクス 異形の経済政策はいかに作られたか

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    民主党の失敗は、官僚の使い方の間違いも大きいということだろう。
    イケイケどんどんな政策の方が官僚もやりがいを感じやすいのだろうが、財政的には配分政策をやらざるを得ないのだから、官僚の姿勢にも問題がある。
    ところでアベノミクスの第三の矢はどこに行った?

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    2018年10月11日
  • 官僚たちのアベノミクス 異形の経済政策はいかに作られたか

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    2012年11月14日(野田‐安倍の党首討論)から2013年7月1日(日銀短観発表)までの期間、政治家・官僚・日銀・財界・国内外の関係者達が何を考えどういう発言をしてきたかの記録。
    アベノミクスの実現(反対意見を排除し、スピード感の強い方針決定)に、人事という飛び道具が重要なファクターとなっていることがよくわかる。
    アベノミクスをはじめとする政策の良し悪しについては、各自で考えてくださいというスタンスであるが、安倍政権の国会運営には苦言を呈している。

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    2018年07月11日
  • 日米コメ交渉 市場開放の真相と再交渉への展望

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    大詰めを迎えるTPP交渉だがこれと似た交渉が行われたのが1993年のガット・ウルグアイラウンドの日米コメ交渉だった。協議開始から6年、期限とされる12/15に向けてジュネーブのガット本部では交渉が繰り返され多くの分野でメドがつき始めていた。しかし、コメは違った。

    多国間交渉と言いながらそれぞれ2国間交渉の積み重ねで成り立っている。この時の焦点が日米のコメ市場開放だった。関係者の多くはコメは交渉期限ギリギリまで決着がつかないとみられていたが10/13日に日米が合意したとのスクープが流れた。「日本は関税化を認めない代わりに、ミニマムアクセスを受け入れる。」

    当時の首相は細川護煕、一方のアメリカは1月にクリントン政権に変わったところだ。米国の関税交渉は通常USTR(通商代表部)が表に出るが、農業分野では生産者団体と密接な関係を持つ農務省が前面に出る。米国でも農業分野には手厚い保護が与えられており、多大な補助金が交付されている。消費が減った牛乳を支えた結果が大量に消費されるチーズを生んでいる。

    クリントンは国内景気の回復を最大の公約にしており、「輸出を成長のエンジンにする」ためにラウンドの成功は必須のものだった。多くの人は日米欧がラウンドを主導するとみていたが、コメを抱える日本は何らのリーダーシップを示さずひたすら防御に徹していた。

    米国は着々と日本のコメを研究していた。そしてコメ交渉を最後に残し他の分野を決着させ最後にコメ開放かラウンドから去るかを突きつけると言う戦略をとった。ブッシュ政権のとった「例外なき関税化」を捨てミニマムアクセスを認めさせるという方向に舵を切る。一方で通商法301条をちらつかせ、コメ開放を認めないなら対抗措置として日本製品の輸入に制裁を科すと揺さぶりをかける。

    この年の特殊事情が冷夏によるコメ不足で、緊急輸入したコメは259万tとコメ開放反対派には大きな打撃を与えた。農水省は8月末には「関税化の猶予を条件にミニマムアクセスの受け入れやむなし」の結論を出した。関税化を認めるといくら高率であってもいつかは税率が下がる。それに為替によっても実質的な税率が変わるので政府としては認められない。ラウンドを壊さずに妥協する方法はミニマムアクセスを受け入れるしかなかったのだ。国内向けには政府は最大限の主張をしたが受け入れられず、やむなくガット事務局に調停を依頼する。そこで出てきたミニマムアクセス案を受け入れるという手順が重要視された。同時に進めていた政治改革法案成立のためにはコメ交渉の実態を明らかにして政治的な混乱を生み出すことはできなかったからだ。

    10月のスクープについて米側は認めているが日本政府はこの合意を認めていない。過去に国会で拘束力はないものの3度にわたってコメの完全自給体制維持が全会一致で決議されている。結局政府は原則的には関税化を受け入れながらも、特例措置という文言を盛り込むことで国内的には関税化の導入は交渉により回避できるという言い訳を作った。米国やガットは特例を認めたのではなく、あくまで関税化の実施を先延ばししたと解釈している。条約が英文と日本語で違う意味に取れるというのは日本の外交の得意技だ。

    ラウンド受け入れに伴い用意された対策費は6兆円、そのうち3兆円が農業農村整備事業に使われた。これはそれまで公共事業費で対策されたものと同じだ。1兆円の構造改革費もあるが構造が変わったとは思えない。

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    2015年09月01日