高橋啓のレビュー一覧

  • 遠近法

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    16世紀のフィレンツェを舞台に、画家の殺人事件を追うミステリー。謎の解明の依頼、アリバイ探しなど、全てが書簡でやり取りされる。まだイタリアとかの国としての概念もなく、お金持ちな都市国家が抱える工房の画家達の苦悩が垣間見れる。少し前に読んだ作品と同じ時代なのでなる程と思う点も多かった。

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    2026年09月13日
  • HHhH プラハ、1942年

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    2014年、第11回の
    本屋大賞・翻訳小説部門第一位受賞作。

    ナチス第三の男/金髪の野獣と言われた
    ラインハルト・ハイドリヒの暗殺作戦を軸に描いたノンフィクション・ノベル。

    ナチスドイツについては外側の情報が強すぎるせいで、
    なかなか手の届かないその内側の一端に触れてみたくて読んでみた。

    率直な感想としては、これは小説というジャンルに分類していいのか、というところ。
    作者の意識を仮託した「僕」が当時の場面を垣間見ていく。
    資料に対して肉付けしていく作業が作家の見せ所だと思うのと、歴史小説を書くときに作者の主観が混ざる葛藤は、それを乗り越えてこその歴史小説じゃないの?というのが個人的な所感。

    ナチスドイツという人類最悪の題材のひとつが真摯に向き合うことを要求するので、
    作家の作品に対する姿勢が顕著に浮き彫りになるのだろうとは思った。

    実際の人物の言動について多く触れられていて、
    当時の息遣いはしっかり感じられる作品。

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    2026年03月30日
  • 言語の七番目の機能

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    ポスト・モダンの論者達は名前は殆どは聞いたことあるなあという程度。とりあえず本書に手を出してみた。
    ポスト・モダンの小説や、映画、絵画をテキストして扱う論評、作家や芸術家の意図など無視して、テキストと扱うあのやり方がクダラナイと思っている。成程、ロラン・バルトがその首謀者なんだな。
    それ以外にもミッシュエル・フーコーやドゥルーズ、カタリ、クルスティーヴァ、エーコと沢山登場。僕の知らない名もあるから、どれが実在している記号論者か、架空の人物か不明。しかし、本当に名誉棄損で訴えられないかね。サウナのハッテンバでのフーコーとか、コーネル大学での打ち上げでのエーコーとか酷いもんだよ。ちょっと女性にはお勧めできないなあ。
    前の世代の輝きに対する著者の恨みが反映されているらしい。それにしてもねえ。

    さて、探偵役はバイヤール警視と学者シモン・エルゾク。後半、シモンがロゴス・クラブに乗り込み、討論対決する場面が面白かったかな。
    主人公2人をほったらかしにして著者が話を進める箇所があったり、やや関係のないヴェネチアに関する歴史の記述があったり、シモンが自己を小説内存在であったら、どうなのかと頭を悩ませたりと、変な記述が其処此処にある。

    だけど、前半で怪しい人物を尾行していった理由は何だったんだ?それに危機の場面で助けに駆け付ける日本人2人って何なんだ。
    じっくり読み返したほうが良いのかなとは思うんだけどねえ。まあ、止めときましょう。

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    2026年03月19日
  • 7

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    ネタバレ

    ・エリセエンヌ:精神だけが若返るドラッグ
    ・木管:不思議な楽器には過去のあらゆる名曲が刻まれ〇サンギーヌ:スーパーモデルと対になる傷を負った男
    〇永久革命:共産党を離党した老人性医師が1973年に革命が成就した世界と現在とを精神になって行き来する。
    ・宇宙人の存在:宇宙人を研究する兄とその恋人
    〇半球(ドーム):同じ原理主義思想の者同士が通信を遮断したドーム内で暮らしドームの中に更に分派のドームという分断社会。
    〇第七:何度も生まれ変わり、公務員、ノーベル賞学者、革命家、宗教家、極悪人、作家を生きる。7回目に不死性を失うが、恋人に。

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    2025年11月15日
  • HHhH プラハ、1942年

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    ネタバレ

    ◼️ ローラン・ビネ「HHhH プラハ、1942年」

    タイトルの奇抜さに気が惹かれ、やがて来るその瞬間に向けて集中力が高まっていく。

    書評と受賞歴で評判はなんとなく分かり、読みたいと思っていた。本を読む前に予備知識はあまり入れない。単純に知らない方が楽しめるから。今回も最初の方のページに書いてある紹介文にはほとんど目を通さなかった。ナチもの、という程度の認識だった。

    ナチスの大物幹部、ハイドリヒ・ラインハルト。天才的な実行能力と、狂気とを併せ持ちドイツ第三帝国領内のユダヤ人を絶滅させようともくろみ実行した男。チェコを統括する地位に就いたハイドリヒを暗殺すべく、ロンドンの亡命政府が刺客を放つー。

    作者の分身である「僕」が常に顔を出し、膨大な資料や先行書籍、映画まで検分して、歴史に向き合い叙述することの手法や是非をチェックしつつ、自作の執筆に悩みつつ、物語を進めていく。新スタイルの歴史ものとして世界的に評価され、日本でも本屋大賞の翻訳小説部門で2014年の第1位となった。文庫化はおととしと遅かったのが意外だった。

    最初はどこに向かうのか分からず、どうももったいをつけてて冗長だなと感じていた。でも暗殺実行者のガプチーク、クビシュがチェコ領内にパラシュート降下をするあたりから集中力が高まって、暗殺の実行そして後日談へと早く読みたいと気が急いていた。

    ナチの残虐性を代表する金髪の野獣、ハイドリヒはナチでどのようにしてのし上がったのか?ヒトラーその他の幹部にどう受け止められていたのかも興味深いが、なにより暗殺は成功したのかどうか?鉄槌はくだされたのか、段々とクライマックスに迫っていく感覚。特殊な読ませる文章にゾクゾクする。まだか、と思わせるのも手法の1つだなと再認識。そして暗殺決行時に起きる偶然にはドラマ性とともに現実感が強く伴う。

    なにせ従わなくば殺せ、従っても殺せ、という土壌。暗殺後のヒステリーのような悲劇は痛ましい。大きな裏切りとレジスタンスたちの最後の抵抗を経た後の喪失感。エピローグも短めで好感が持てる。

    映画にはドキュ・ドラマというジャンルがある。この作品はドキュメンタリーでもなく、歴史的出来事を扱うノンフィクションでもない。スタイルという面での賛辞は多かったようだ。私としては、僕、の登場と語り、という手法そのものよりはやはり、やがて来る決定的なシーンに読み手を惹きつけ、その過程で知識とシンパシーを深めていく筆力そのものに感嘆した、と思っている。リーダビリティ、読み応えが半端ない。

    おもしろい読書体験、良い読書でした。

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    2025年05月28日
  • HHhH プラハ、1942年

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     1942年のプラハで、ナチのゲシュタポ長官であるハイドリヒを暗殺しようとした「類人猿作戦」を描いた小説、を描こうとした「僕」が何を調べて、何を伝えたくて、何をためらい、何を取り上げたり取り上げなかったりしたのかを逡巡していくうちに、歴史の出来事の記述がコントロールしづらくなっていく様を描く小説。原書はフランス語。
     ある事件を描いた、というだけだったら歴史小説として読めばいいのだけど、「僕」が一体何なのかを理解したり慣れたりするのに少し時間がかかる。なんかこれまでに読んだことのない感じの小説で、割と前半は、「僕」の話と何人かの登場人物の整理がつかなかったり当時の政治状況に関する無知のせいで、やや忍耐力を強いられる感じがするが、それでもだんだん慣れてくると後半は割とスムーズに読めた。p.139に書いてある通り、「ハイドリヒのついての僕の本」。メタ的な構造になっている。この『HHhH』という不思議なタイトルは、"Himmlers Hirn heisst Heydrich"、つまり「ヒムラーの頭脳はハイドリヒと呼ばれる」(p.180)ということらしい。
     10年以上前にチェコとポーランドに行って、本書にも登場するテレジンの収容所にも行ったり、アウシュヴィッツにも行ったので、その時にナチスやホロコースト、ユダヤ人に関する本は割と読んだ記憶があって、結構人よりは知っているつもりだったけど、ここに書いてあることはほとんど知らなかった。そもそもチェコのプラハ城の下でこんな劇的なことが起こっていただなんて、この本を読んでからプラハを訪れたら、いろいろ感じ方も変わりそうだ。例えばドイツがポーランドに侵攻した際のラジオ局襲撃のエピソードとか。強制収容所から特別に外に出された囚人(「缶詰」と呼ばれる)にポーランド兵の制服を着させ、「ポーランド軍による襲撃であることを具体的に示す証拠を残すために心臓に止めの一発を撃ち込んだ」(p.152)とか、知らなかった。他にも今ロシアの侵攻で話題になるキーウでのユダヤ人の残酷な運命のこととか。「おばあさんの谷」(p.186)の話。あとはリディツェ村(p.400)の話とかも。
     解説を読んでハッとしたのは、確かにこの「僕」はもともとは「作者」ではなく、この「僕」も作者の創造であるという事実。この新しい形が完成させているこの著者のすごさを改めて感じた。そしてこの著者はこの後、『言語の七番目の機能』とか『文明交錯』とか、これらは「歴史改変小説」らしく、これも読んでみたいと思った。(25/05/06)

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    2025年05月06日
  • HHhH プラハ、1942年

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    その名はラインハルト・ハイドリヒ
    「第三帝国デもっとも危険な男」、親衛隊将軍、国家保安部長官、ユダヤ人虐殺の司令官。

    強制的に併合されたチェコの総督となったハイドリヒ。
    暗殺すべく、チェコ人、スロバキア人のパラシュート部隊員がプラハに送り込まれる。

    ノンフィクションでありながら、フィクション。
    独特の手法で書かれたディティール。
    作者、ローラン・ピネのデビュー作であり代表作。

    タイトルの「HHhH」は「ヒムラーの頭脳はハイドリヒと呼ばれる」の略だ。(ヒムラーは親衛隊のトップ)

    (ちなみに「ヨーロッパでもっとも危険な男」と当時呼ばれたのは、これまた親衛隊のオットー・スコルツェニー大佐。幽閉されていたムッソリーニをグライダーで強襲し、奪還に成功。)

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    2024年06月26日
  • HHhH プラハ、1942年

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    歴史小説の新しいスタイルで評価は高く、文学的意義もありそうだが、単純に私にはちょっと読みづらかった。没入しづらい。でも終盤は集中して一気に読める展開で面白かった。諦めず頑張って読んで良かったな、という感じ。ナチの歴史ものだが知らなかった史実もあり、興味深く勉強にはなった。

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    2024年04月11日
  • HHhH プラハ、1942年

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    ’14年に単行本で購入(検索したら文庫でしか出て来なかった)。構想を練り、物語を構築する過程も物語の内という奇妙な小説。
    初読時、ナチスドイツへのズデーデン地方割譲の経緯経過が、ロシアのクリミア併合と被って見えたことを思いだした。

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    2023年09月07日
  • 認知アポカリプス――文明崩壊の社会学

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    ネタバレ

    文明・技術の発達で自由時間が圧倒的に増えたはずの人間だが、得られた自由時間はネット漬けにされている。商売や自己顕示欲を満たすという目的からネット空間やメディアが人々の注目を奪うための戦略に特化していった結果、脳が生理的に注意を向ける仕組みに沿って刹那的な注目→満足を繰り返すことばかりで時間が浪費されるようになり、人類の進歩を促すような長期的な利益が得られなくなっているというのが趣旨だと思う……のだが、広くいろいろな分野の関連情報を次々並べたてているのと結論が弱いためにまとまりがない印象を受けるかも。
    そういった状況に陥っているのは清き人間本性が資本主義や特定の人物・団体の陰謀に歪められているのではなく、むしろ人間本性の正常な発露であることを認めるべきというのは非常に納得できる。それでも結論が「あとはただ自分たちの潜在能力を発掘していけばいいのである」というぼんやりした楽観論なのがちょっと謎だった。民主主義って失敗する運命ですよねとは絶対結論したくないっぽいのだが、この流れだとそれが自然な結論にならない?もう開き直っちゃえばいいのにと思わんでもない。

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    2023年05月28日
  • 編集者とタブレット

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    主人公はフランスの編集者。紙の本をこよなく愛するが、このごろは電子ブックに押され気味。原稿もデータで渡され、タブレットで読むように言われる。打ち合わせは、ビストロではなくスシ・バーで、飲み物はワインではなくビールとコーラだったりする。世の中の変化に苛立ちながらも、タブレットと悪戦苦闘する。
    私のような紙の本大好き人間には、共感の嵐だった。フランスらしいエスプリの効いたストーリだった。

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    2022年07月08日