ルル・ミラーのレビュー一覧
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Posted by ブクログ
ネタバレ2026-04-18
凄まじき本。内容の紹介にこんなに困る本もなかなかない。
基本的には、20世紀初頭の分類学者デイビッド・スター・ジョーダンの評伝。ナードな少年時代から、膨大な魚類を収集分類し、スタンフォード大学初代学長にまで上り詰めた科学者。幾度もの災害で膨大な標本を失いながらも、決して収集を諦めなかった科学者。
著者は個人的な挫折から立ち直るモデルとして、ジョーダンの生涯を追いかけていく。そして明らかになるジョーダン晩年の様々な醜聞。殺人を隠蔽した疑惑。生物を分類することと不可分な優生学思想。彼が生涯を掛けた「分類」は、果たして正しき行為だったのか?
そして、1980年代に明らかになった「魚類という分類に意味が無い」という事実。それはすなわち、分類はたんにひとつの価値観を押し付けるものでしかないということを意味する。ダイバーシティの本当の意味。視点にこだわるのをやめた時に手に入れられる、何か。
これは、評伝であり、科学の本質を描いたサイエンス本であり、挫折から救われる私小説でもある。圧巻。 -
Posted by ブクログ
19世紀末、生涯をかけて魚類を収集・分類した科学者についてのノンフィクション。
「カオスに勝つのは不可能だとはっきり突きつけられていたにもかかわらず、それでもなお、カオスに縫い針を通すという作業をジョーダンに続けさせたものは何だったのか。」
なんかもう凄かった。読書というより「体験」だった。おもしろー!
文献研究と取材をもとに組まれた実話。ちりばめられた哲学や心理学についての引用が伏線みたいに戻ってくる。これはただの取材記録じゃない。「信仰を持たず、それでも何かを信じて生きていく方法が、この世にはあるのではないだろうか」という問いに対して、筆者のひとつのこたえが書いてある。
タイトルの意味回収も鮮やかでした。えー!魚類、存在しなくなったんだが!笑てなった。
読み応えあるけど、1週間かからずによみきれちゃったな。
あと装丁がめっちゃ素敵。表紙箔押しでかっこいいし、小口とか上下(天地?)にまでデザインが入っててめっちゃかっこいい。しかもそのデザインが11章のイラストなのも意味深でよき。
目に見えるものを疑うこと、正義を振りかざす怖さとか、月並みだけどどんなに些末な存在でも「存在する意味がある」ということが印象に残ったな。
以下ネタバレというか本文一部引用して整理
当時の本人の試算によれば、当時分かっていた魚類のうちおよそ2割をジョーダンとその弟子達が発見したと言われている。度重なるカオスによって魚類のコレクションは2度も失われるが、それでも立ち上がり収集を続けた。
家族や仲間を失っても、何度も立ち上がり精力的に活動した。
大学の権力争いのなかでちらつく殺人の影、優生学を熱烈に支持し、アメリカ国内での優生学的不妊手術を合法化させた一面。(1907年。世界でも初めてだった。)
彼をそうさせたのは、「楽観主義の盾」と「自然界にははしごがある、と信じ続けたこと」。彼にとっての預言者、アガシが言った「自然界のはしご」とは、全ての生命は上に行くほど優れているという神聖なヒエラルキーがある、とするもの。
かつて星や草花など「取るに足りないもの」を慈しんだ少年は、優生学を熱烈に支持し「取るに足りないもの」を喜んで抹殺するようになった。
疑うことをしなかった。
ダーウィンは種の起源で、カオスが猛威を振るっても種が生き延びるための最善の方法を、「変異」だと述べている。遺伝子プールが多様なほど健康で強い種になっていく。そして、絶対的なはしごなど存在しないとも。
でもジョーダンは、「自然界のはしご」を信じて追求することしかできなかった。それを手放したとたん世界は牙を剥き、彼はカオスに握りつぶされてしまうから。
11章の挿絵はこのことを描いているのかなと思ったなぁ
優生学的不妊手術を強制的に受けさせられたアナに取材した場面もすごく印象的だった。
「あなたはどうしてつぶれてしまわずにいられるんですか?」()しばらくして、マリーが割り込んだ。「あたしがいるからじゃない!」()「マリーがいるからよ」
外から見たら些末な、でも確かにそこにある細やかな気配り、愛情、フレンドリーなやりとり、人と人のつながり。そこには生きた人がいる。存在している。ジョーダンが否定した「不適者」のコミュニティに、誰かがつぶれないように支え合う愛が、そこには確かにある。「自分の存在に意味はない」けれど、「あなたにも(自分にも)意味がある」
最後に、魚の死を体験させてくれた分岐学というものも、この本で初めて知った。
分岐学とは、生物の系統解析をする学問。すごかった。鮮やかに魚類が死んだ笑
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Posted by ブクログ
これは凄いものを発見したなー!
最初に見かけたのは児童文学のコーナー.
次に見かけたのは科学分野の生物の棚,そして思想・哲学の棚.
なるほど,生物学のエッセイ的なものかと思って読み始めた.
でも読み進めるごとに物語はどんどん姿を変えていく.
生命科学であり,歴史であり,伝記でもある.
そして中盤以降の急展開からの政治倫理,生命倫理へ……なんと言う作品だ!
読んでいるうちに,この本が扱っているのは単なる生物分類ではないことに気づく.
人は物事を理解するために「分類」し,「名付け」る.
しかし名前がついた瞬間,そのものの本質からは遠ざかってしまう.
精神分析で言うところの signifiant の構造そのものだ.
対象に近づこうとして言葉を重ねれば重ねるほど,本質は言葉の外側へ逃げていく.
フロイトは言った.
人は,他者を理解する為に,言葉を積み重ねていく.言葉を持った瞬間から,あらゆるものを言葉で理解していく.完全な理解を求めることは完全な「一体化」を目指すことなんだけども,当然,人は対象と完全に一体化することはできない.
言葉を持つ限り,対象そのものには届かない.
言葉を重ねれば重ねるほど,本質は遠ざかる.
もし究極の一体化があるとすれば,それは主体の境界が消えるとき,つまり死の瞬間だけなのだと.
だとすれば,人間は言葉を手に入れた瞬間から,永遠に世界の本質から遠ざけられているのかだ.
この本のタイトルにもなっている「魚が存在しない」という言葉もそうだ.
自然の側に「魚」というまとまりがあるわけではない.
それは人間が世界を整理するために作った分類に過ぎない.
人間は世界を理解するために分類の棚を作る.
生き物を並べ,名前をつけ,秩序を与える.
しかしその棚は,いつのまにか「価値の梯子」へと変わっていく.
人間はその梯子の最上段に,自分たちを置く・・・とても都合のいい分類.
分類はそこで終わらない.人間はさらに人間自身をも分類し始める.
優れた人間と劣った人間.
価値のある人間と価値のない人間.
こうして分類は序列になり,序列は差別へとつながっていく.
この本が暴いているのは生物学の誤りではない.
人間が世界を理解するために作った「分類の棚」そのものの危うさだ.
それでも物語は,そこで終わらない.
作者は,再び混とんの世界に放り込まれる.それでも,やがて見つける「生きる意味」.
「誰かに大切にされ」,「誰かを大切に出来た」時,作者は,生きてていいんだと,価値があっていいんだとようやく確信に至る.
そして読者に突きつけられる『君が生きる意味』とは?
意味のない世界,Chaosの世界に生きる意味.
誰かから与えられる「君の生きる意味」ではない.
意味付けなんてしなくても,本来そこにある「君が生きる意味」はなんだ?と.
意味は,目的は,最初からそこにある訳じゃない.
意味がない世界の中で,それでも自分で意味を引き受け,選んだ道を信じて,迷いながら進むのだ.Chaosの世界を,僕たちは生きている.
読み終えたあと,何かとてつもなく大きなものに包まれる浮遊感と,それでもここにいていいんだと言う安心感.
世界は,Chaosで,anarchyだ.でも,それがいい.
だって,最初から意味があったら,「生きる意味」なんて,与えられるだけのものになってしまうから.
人生なんて一瞬の出来事,与えられた時間は無い.
何かを探しに行こう! -
Posted by ブクログ
羽田空港に行く機会があり、改造社という初めて見る本屋さんに入ってみました。
そこで表紙と小口が特徴的な装丁のこちらの本が目に付きどんな内容の本なのかくるくる回しながら(遊んでる訳ではなく表紙を見たり、裏表紙を見たり)天、地にもイラストが描かれていて素敵だなぁと結局内容は分からないまま購入しました(๑≧з≦))プッw
魚が存在しない理由は、おそらくみなさん一度は疑問に思った事がヒントになっています。変なの〜とか不思議〜で片付けていた事が解決されて感動しました。この本をきっかけに種の起源を読んでみたくなりましたが、難しそうでなかなか手が出ないです。それよりも今、星界の報告というガリレオガリレオの本が気になって気になって仕方ないんですよね☆
サイエンスと哲学、サスペンス、ミステリー、伝記の複合技で構成されていて作者はあらゆる分野の書籍を読んでいるんだろうなと感じました。
また読むかは分かりませんが、本棚に置きたくなります。
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Posted by ブクログ
すごい。遠い国の、遠い時代の話とは思えない(実際には同じ地球の、100年ほど前の話である)というのが直感的な感想で、そんなお伽話を読んだあとみたいな感覚になってしまったのは、あまりに自分の知っている現実と縁がない話だったからかもしれない。内気な少年があらゆる学位を取り、「カオス」と呼ばれる災難に見舞われながらも研究に明け暮れ、学長まで登りつめる生命力のようなものに圧倒される序盤。そして、後半はそれらの出来事を可能にしていた彼の異常なまでのポジディブシンキングと、その末にたどりついた過ちに絶句する。しかも、淡々と語られるのではなく、筆者の迷いと苦悩にあふれた人生の中で、ジョーダンの所業は明らかになっていく。
作者の周囲(父や姉)や、取材した人の言動が小説のセリフかな?と思うくらい悟りきっていて、ロールプレイングゲームの登場人物に、その世界の伝説を聞かせてもらっているような、そんな壮大な入れ子構造だった。
ところで、20世紀の終わり頃にポジディブな妄想で自分を騙して自己認識を薔薇色のものへと書き換えること(ストーリー編集、リフレーミング)が推奨された結果、今度はそれが暴走して人生に意味なんてないというフェーズに入りつつあるの、「歴史は繰り返す」すぎるかも。筆者は自分の人生に意味がないことについてショックを受けて、意味を見出したくてジョーダンを調べ始めたわけだけど、人生に意味を見出しすぎるから辛いという意見に納得したばかりだったので、筆者はなんというか、使命感にあふれた人だなあと思う。(p.167あたり)
けど、彼女が魚を手放して、自分をはじめとする人間が何度でもまちがいつづける(しかし幸せにもなれる)ということを見つけられてよかったと思った。
・苦しみの渦中にある人にとって、何かを収集するという行為は、甘美な慰めになる(そして一線を越えると人を破滅させる) p.29
・攻撃をする人は往々にして自己評価が高い(と思いたい願望が強い人)p.180
・「不敵者」とみなす人間の生殖機能を取り除けばいい、そうすれば「その血がそこで途絶えてくれる」として絶滅を実現させるジョーダンのアイデア、進撃の巨人すぎるがな p.226
・カオスに怯える無力な子供になりたくなかったから、まちがいを間違いと認めて再び混沌へ飛びこむことができなかった。ヒエラルキーにこだわるのは、存在に意味がなきことを恐れるから。p.257
↓
自分がタンポポであることを知り、それを喜ぶべき事実として捉えることで克服できる。p.284
・直感を信じる心地よさを真実とトレードしたがる人などいない
陰謀の話?p.308
・人は何かに名前をつけると、もう本当の姿をちゃんと見ようとしなくなる、そのことに同情する。p.317
・大人になるっていうのは、人が自分に向ける言葉をうのみにするのをやめること。p.320
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Posted by ブクログ
ネタバレなまじ知識のある人は、読む前から「どんな内容かだいたい想像がつく」と思ってしまう。しかし断言してもいいが、この本は想像を超えてくる。
著者は小さい頃、科学者である父親に教えられた。「世界に意味などない」。でも彼女は意味がほしかった。自分が存在していい意味が。
やがて彼女は一人の科学者に傾倒する。デヴィッド・スター・ジョーダン──魚類の分類で知られ、スタンフォード大学の初代学長でもある。彼の不屈で自信に満ち溢れた生涯にあこがれたのだ。
だが、調べていくうちに衝撃の事実を知る。ジョーダンは優生思想の布教者だった。著者は震え上がる。なぜなら彼女はバイセクシュアルだからだ。優生思想の時代であれば、間違いなく断種手術を強制されていただろう。こんな人間に心酔していたなんて……。結局、ジョーダンの自信は傲慢でしかなかったのだろうか。やはり世界に意味などないのだろうか。
ところが、著者に大切な存在ができたとき、すべてが変わる。その「自分にとって大切」という意味は──たとえ宇宙の中ではどれほどちっぽけな意味だろうと──何ものにも奪うことはできない。
思えば自然科学は、つねに外部に意味を求めてきた。たとえ神が存在しなくても、真理は自己の外側に客観的に存在していると教えてきた。だが著者は自分の中に意味を見出したのである。世界を変える必要はない。自分を変えればいいのだ。ジョーダンは自分の見方に固執するあまり、世界の方が間違っていると見なした。その結果が優生思想だった。
これは他人事ではない。「知る」ということは、自分を変えることである。本を読んで「つまらなかった」「知ってた」と思ってしまう人は、自分を変えたくないのだ。自分が変わることは敗北や屈従と同じであり、相手を否定すれば自尊心が傷つかずに済む。だがそういう人間には何も知ることはできない。この本に何度も出てくるではないか。「このように見れば、生命は壮麗である」。それはジョーダンがついに見ることはなく、著者は見ることができた壮麗さである。 -
Posted by ブクログ
ネタバレストーリーテーリングが巧み過ぎて、ノンフィクションなのに、よくできたサスペンスをみているような中盤の急転直下の展開が半端なかったですね。
伏線の張り方も、こちらの疑念を起こさないような書き方で進められるのに、後からみると、デイヴィッドの優生学に至る道筋が、しっかりと描写されている。
物事の一側面だけをみると本質がみえなくなる、という『アナザーラウンド』の授業のシーンを、なんとなく思い出しました。
一側面だけを切り取って、覆面させた人物たち……生徒たちに、どの人を支持するかを問います。一番よい側面を持っていたと思われる人物……残念、それは、実はヒトラーだよ……。といったシーン。
デイヴィッド・スター・ジョーダンがいかなる人物か知らず、優生学の歴史、生物学、双方の知識がないフレッシュな状態で読んだことが、逆によかったのでしょうね。
作者の卓越した筆致のせいで、優生学に対して、作者と同じような怒りを覚えます。
ただ、最近読んだ朝井リョウさんのインタビューの表題「一冊の本で人生観が変わるのは危険」も、頭をかすめます。
この一冊を読むだけで、自分の感情が乱高下して、それはそれはすごいのですが、それ自体が、思考の硬直化じゃない?とも。
そういう意味で、デイヴィッド・スター・ジョーダンのストーリーの結末として、「魚は存在しない」のタイトル通り、彼の信じたものは、そもそも存在しなかったという帰結は、すごい綺麗なんですけれど、ざまあ系にちょっと思えてしまった気もしました。
この小骨の引っかかりも、自分の気持ちとして大事にしたいです。
エピローグでは、自分の常識を放り出すのはこわいけど、世界の見え方がすこし変わることもある、『秩序』にとらわれ過ぎてはいけない…という言葉が書かれていました。
これは、十二分に自分の腑に落ちました。
自分語りは、別に要らなかったと思います。
全体としては、すごい面白かったと思います! -
Posted by ブクログ
ネタバレ魚類分類学者デイビッド・スター・ジョーダン(スタンフォード大学初代学長)の生涯について様々なエピソードとともに知ることができた。
彼はポジティブ・イリュージョン(自己肯定感)が高く、30年にわたる研究の結晶が壊れた時でさへ挫折することがなかった。
でも人間性は最悪だった。
あとダーウィンが偉大すぎる。
人間の感覚で自然を測ろうとするのが間違いだと言ったらしい。
自分が普段目にしているものでも、自分はその物について全てを知ってる訳ではないんだなあと実感させられた。
科学の進歩も疑うことから始まるらしい。
私もダーウィンのような姿勢で生きていきたい。
新種を発見することの楽しさがなんとなく分かった。
自分が名付けることによってその種が世界に存在することになり、秩序が現われるというのは万能感やばいやと思った。
デイビットが必死にしがみつくのも理解できるような気がした。
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Posted by ブクログ
人は名前をつけると、そのものの本質を見ようとしなくなる。魚と名付けたことで、魚というグループは前提条件となる。それは、魚同士よりも哺乳類に近い特徴を多く持つといった魚という分類に不都合な事実を無意識に理解しようとしなくなることにつながる。見ているようで見ていない、グループや定義が成り立つための都合の良い事実だけを見ようとしてしまう。
前半では、デイビッドの半生として度重なるカオスから立ち上がりへこたれないメンタリティを知り、後半ではそんな鉄人のような彼の非倫理、非科学的な側面を知る。
この本ではカオスとの向き合い方を書いているようで、カオスからの立ち直り方、回避方法といったものは書かれていない。
ただ、カオスというのは、必ずしも悲劇だけを恣意的に引き起こすものではないし、予想外の出来事に直面するからこそ、人は変化し成長できるものでもある。自らの知識や前提条件が覆ることが新たな視点や考え方のきっかけとなりうるように。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ内容は難しくて、100%全てを理解するのは私にはまだできない。気づけば文字だけ読んでて、内容が入ってこなくて、読み返すことがしばしば。
知らない単語や聞き馴染みのない言葉もたくさん出てきたので、気になったものは都度調べたりした。
友達と一緒に買った本。1人1つずつ。
表紙がキラキラしてて、みとれてしまう。
けど内容は美しいと思える話ばかりではない。
生物分類学、優生学から私たち人間の価値を見出す。誰も「無価値」な人など存在しない。
何事も視点を変えれば価値のあるものになる。
「海」の中にいるから「魚」と人間によって位置づけされた生物たち。
「魚」という分類は生物分類上ない。
「山」に住んでるいるから「ミッシュ(マウンテンのフィッシュ)」と分類されないように。
読めば読むほど、理解を深めれば深めるほど面白くなる本だと思う。
私がもう少し成長した時にまた読みたい本だ。