豊永浩平のレビュー一覧
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「なーら白紙むるちぬわらばー」は琉球方言で「まだ白紙もどきの子ども」という意味。なかなかタイトルが覚えられなかったんだけど、意味がわかったから忘れなくなった。
最近歌舞伎を見ながら感じた、同じ日本語だから、まったく意味がわからないわけではない、でもすべてを言葉のまま理解することは難しいって感覚が、読んでいる最中に似ていた。
この若さでこれを書けるの凄い才能すぎる。太字とひらがなの使い方が独特。なんでこの単語をわざわざひらくんだろう?って箇所がままある。
以前ドラマ「フェンス」を見たときに、沖縄にはいろんな立場の人がいるから、それぞれを尊重するために、各々の環境や考えをわざとぼかして言語化 -
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ネタバレ自分は沖縄出身じゃないから、外様の感想しか出てこないけれど、この本を読んだ沖縄に生きる人たちはどんな事を思うのだろうか。
現代と戦中戦後の時間が交差する手法は前作もやっていたけど本当にこれはすごいと思う。(これは写真表現にも似ているところがあると思っていて、さまざまな時系列の事物を一つの文脈に編んで世に提示する表現だ。写真家によってテーマはそれぞれあれど、この本にも似たものを感じた。)世界が地続きである事が直感的に感じられる。
そこに今回はぼくらやきみといった人称が混じる事で、一体だれがこの現実を見て語っているのかがわからなくなり、俯瞰的でありながら行生や修二など人物に潜っているような主観 -
Posted by ブクログ
同い年の書き手だった。やばすぎる。勝てなすぎる。もちろん同い年だからこそいろんな要素が刺さった、という側面もあるが。
ぼくたちの「傷」をめぐる本だった。ぼくたちは生きていくなかで様々なカルチャーや歴史に触れる。それらは単なる好みの問題ではなくて、自分の生き方とか、もっといえば傷によって何に触れるかを選んでいるような気がする。あるいは作り手たちはそうした傷を抱えながら自分の芸術作品をつくって、同時代の人や未来の人々に影響を及ぼしていく。
『AKIRA』もTHE NORTH FACEもTikTokも屋良朝苗も傷だ。時代の傷だ。僕たちとスレスレのところ確かに彼らは存在していたし、彼らがいる世界で -
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ネタバレ2024年に『月ぬ走いや、馬ぬ走い』で群像新人賞を受賞した著者の2作目。ファミリー・ヒストリーに沖縄と戦争にかかる歴史を織り合わせていくスタイルは前作と同様だが、ポップカルチャーとストリート文化の援用がより前景化されていることが目を引く。
ストーリーは、戦時下の沖縄でも沖縄語を使い続ける徴として「赤インコ」と呼ばれた少年と、彼の死によって生きることができた修二の縁から始まった時間を縦軸に、その孫世代の少年少女が「高い壁」が立ちはだかる現代の沖縄の「生きづらさ」に取り込まれ、対峙していくかたちで展開する。酷い苛めの被害者だった行生がグラフィティ・アートの担い手として想像力にこの島に「タグ」 -
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自分の苦手なザ・文学だったけど(いわゆる芥川賞ノミネート作品系)、自然と引き込まれていく内容と構成だった。
時代もシチュエーションも目線も時代をジャンプしていったり来たりするなかで、それでもつながる一本の線。その根底というか背景に横たわるのはあの戦争の記憶と惨禍。直接的な被害も間接的な被害も、そこから次世代までつながる哀しみも。
時代は変われど変わらない、変われない、消せないものもある。
僕らにできることは知ることと忘れないこと。ありきたりだけど。
あ、最初にも言ったけど、これ芥川賞ノミネートで良くない?と思うほどの、今年読んだ中でも上位の刺さり度だった。 -
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またものすごい新人登場。
作者がどんな人物なのか知りたくなる
ほどの傑作。
今年読んだ中でNo.1。前回の芥川賞の候補にあがらなかったのはなぜ?少し遅かった?芥川賞はこれでしょう。
章の最後を数珠繋ぎにすることで、世界の連環を示唆し空間と時間を自由に行き来する。
このアイデア!
沖縄が舞台なのが、またいい。
大戦のおそらく最も悲惨な現場であり、現代のおそらく最も困難な現場である沖縄。マジックリアリズムが生き続け、リアリズムが人々を翻弄し続ける沖縄。
矛盾を抱えた沖縄が重層的に語られる。
しかも、この切れ味。
この読みやすさ。
この人はどんな話し方をするのかな。
どんな人生を生きてきたのか -
Posted by ブクログ
戦争や男性性といった圧倒的な暴力によって蹂躙されてきた/されている沖縄に堆積した声が語る少年少女たちの青春が痛みを伴って胸に重く響きました。と同時に、この物語は沖縄という限定的な土地だけで完結するものではなく、あらゆる場所に現在進行形で生きている未完と完成の狭間の子供たち=はくしむるち(白紙擬き)の傷と抵抗の物語でもあると私は思うのです。《対等じゃないのに、勝手に守るとか、守れないとかいって都合よく扱うのは、サギの言葉でしょ!?》。解放してくれた者が隠していた打算や傲慢さをあらわし新たな暴力として留まり支配しようとする苦しみの連鎖に、真のヒーローなどいないのだと絶望の中で絶望しながら、それでも