モンドくんのレビュー一覧
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谷川俊太郎さんとブレイディみかこさんの一年半に及ぶ往復書簡
みかこさんの散文に、谷川さんが短めの文章と詩でお返事する。
といったスタイルでしょうか?
とは言え、みかこさんからの問いはあまり気にせず、好きに返事を書く谷川さん。
自由で軽快なやりとりのおかげで、こちらも肩の力を抜いて文章を楽しめる。
しかし、あくまでも〝手紙〟なので当然だが相手に向けて書かれた文章で、そこには敬意が感じ取れるのが素敵。
谷川さんの詩より
「この世とあの世のあわいに
その世はある」
──【その世】より一部抜粋──
「この世は他人だらけである
他人でないのは自分だけだと思うと
寂しい」
──【自分だけ】より一部抜粋──
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Posted by ブクログ
とっても軽快で面白かった。
谷川俊太郎はもう言わずと知れたレジェンドで
ブレイディみかこは両手にトカレフをいつか読みたいと思ったまま..この作品が初めましてな作品になった。
谷川俊太郎へ手紙を書く...
って凄いなって単純にとっても俗な感情で。
もちろんそれがファンレターでどこの誰とも分からない面識もない読者がただ個人的に宛てるものなら簡単かもしれないけど
作家として仕事として書くっていうのはスゲー!
のっけからの谷川さんの「あるとない」の詩から
ユーモアは正しく無邪気なものでないといけないという世界的な風潮や
みかこさんの住む英国のブリティッシュユーモアについての説明でもうぐいぐいみかこワールドにのめり込んでしまった
その後の谷川さんの返信文もキレッキレで!
とか書く自分の言葉の乱暴さにげんなり..してしまうくらいに
手紙のやりとりはとても丁寧で無邪気なおふたりがとっても新鮮に感じられました
その後もみかこワールドはセックス・ピストルズやビートルズなんとドストエフスキーまで登場する...
そのあとのちょっと内容についていけなかった感じの谷川さんの返信「その世」が完璧にこの本の核になっているから不思議でしょうがない!
少なくとも私にとって「その世」は音楽を浴びたあとの気持ちにビタ沿いしてくるものだった
そして初めて聞いた「トランスヒューマン」
もうここまでいくと映画化してほしいレベルの
イヤ、映画化されているような気もするけど
体があることの不自由さから解放された世界のこととかデータとして生きること
内と外からデータと幽霊という独特な世界観(みかこワールド)
でもエネルギー不足で停電したらデータより幽霊が強くね?って相手に思わせる前に書いてしまう人間性にも思わずニヤつく。
ページをめくるとバッと描いてある絵も
久々に好きな感じだなーと思いました。
谷川さんの「好き嫌いの判断を、知的な善し悪しの判断よりも信用している気配が私にはあるんです。」というところがとっても好きです。
私もあーだこーだより好き!でいいんだって思って生きていきたい。
そして最後にこの本に掲載されている谷川さんのたくさんの詩...最後の1行がどの詩もとってもステキ!!!
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Posted by ブクログ
ネタバレ内容もとても面白いのだけど、谷川俊太郎さんの詩が読めたのが何よりも良かった。
「この世とあの世のあわいにあるその世」というものがどこか知っている、と誰もが思うのではないかと感じた。
「ここではない世界で、行ったこともないのになぜか知っている場所」とか、なんとなく懐かしいものが詰まっている。
消費の現代の我々には幽霊になる体力はない、という部分に笑いながら深く頷き、イギリスの若者の「人類は少しずつ体を失っていく途上にあるのだから」というトランスヒューマニズムのポジティブさににやりとしたり。世の中どうなるのでしょうね。
人は、どうなるのでしょうね。
トランスヒューマニズム、その世の生き物なのかな、人の形を必要としないことは私にもとても便利で素敵なことのように感じる。「体がなければ病気も怪我も老いもない。人間が体を持っていることは人間に苦しみしかもたらさない」。
でも、「ぬくもりや体感に対する郷愁をどうするのか、必要なくなるのか」、とプレイディさんも仰っていた。どうやって生まれてどうやって育つんだろう。面白い。
プレイディさんのお母様の予期せぬ遺し物もかわいらしい悪戯好きの少女のようで、私も是非そうなりたい、と強く拳を握ったのでした。 -
Posted by ブクログ
こんな風に文章のやり取りができたら素敵だなぁ,と素直に思った.
大好きな二人の手紙のやり取り.
・・・「鋼鉄爺さんvsパンク姐さん」笑
僕の中では谷川俊太郎さんは「鋼鉄爺さん」だし,ブレイディみかこさんは「パンク姐さん」なのだ.
谷川俊太郎という人は,本当に不思議だ.
とても優しく,含みを多分に持ち,いくらでも解釈できる余白を残した詩を書く.
なのにその奥には,社会を見通す鋭さと,人間への冷静な観察がある.
人間という生き物を,どこか冷徹に捉えている.
そして最後には必ず,「それでも生きろ」と言う.
ただ漂って生きていればいいわけじゃない.
しなやかに,鋼の魂で生きろ.
そんな檄を飛ばしてくる.
だから僕の中ではどうしてもメタルな感覚になってしまう.
優しい言葉の奥に,鋼の芯が通っている.
一方のブレイディみかこさんは,相変わらずパンクだ.
地べたを這う生活者としての怒りや違和感を,力強く言葉に紡ぐ.
思想を語るときでも,必ず生きる者の感覚を手放さない.
現実の泥の中から,言葉を引きずり出してくるような強さがある.
そんな二人が語る「あの世とこの世」.
音楽,人生観,死生観・・・
あの世の代表=谷川俊太郎?
この世の代表=ブレイディみかこ?
え?なんて大変失礼かつ不謹慎なことを思って,ちょっとニヤニヤしながら手に取った一冊だったけど・・・
読んで良かったなぁ.
ますますお二人が好きになりました!
人を思い,自分を思い,言葉にする.
出来そうで出来ないこのシンプルな難題に,二人はまったく違う方法で答えてくれている.
メタルとパンク.
方法論は違うけれど,どちらも同じ方向を向いている音楽だ.
お二人のやりとりは,言葉という楽器でセッションしているのを見ている気分だった.
この往復書簡は,論争でも対話でもなく,
生きることについての熱い共同戦線のように僕には映った.
こんな会話を続けながら歳をとれたら,きっと悪くない人生だと思う. -
Posted by ブクログ
谷川さんの関わるものは、詩集以外にもいくつか、触れたことがある。
エッセイや対談等々、それぞれに発見があり面白い。
ブレイディみかこさんの作品も、読んだことがある。この取り合わせはちょっと不思議で、どんな化学変化が起こるのかと興味があった。
往復書簡の体裁を取るやりとりで、谷川さんからの返信にはいつも、詩が入っている。詩という形が、彼にはきっと一番、自分を表現できるツールなんだろう、というよりも、彼自体が詩の一部のような感じなのかも、と想像してしまうようなやりとりだった。
何かを論じるというのでもなく、と言ってブレイディさんが無理に合わせるというのでもなく、それぞれの発したものにそれぞれが、それぞれの感性で受け取ったものをそのまま、反射して跳ね返したら、また違う光が予想もしないところから当たって違う色を見せてくれるような。
ブレイディさんのエピソードは、なんとなく、うんうん、そうだろうなぁ、という感想。対する谷川さんの反応は、これまで読んできたものから私が勝手にイメージしていたものとはちょっと違って、意外で、面白かった。
ゆるやかなちぐはぐさが却って、2人をそれぞれに際立たせているような気がする。
なんだか、新たな谷川さんに出会えたような気がして、これまで出会ってきた作品とも出会い直せるような気がして、嬉しくなった。 -
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時間、空間を超えてさまざまな現場を自由に飛び回る、おしゃべりで“しなやかな黒猫”のようなブレイディさん。それを温かな眼差しで「言葉にしか現場のないわたしは劣等感を抱いてる」と子どものような素直さで机上で紡いだ詩で応える好々爺、谷川さん。本質に迫るアプローチもアウトプットも異なるけど、表現の奥にある魂は一緒で、その“あわい”の世に引き込まれそうになるのをもんど君の挿絵が“この世」に引き戻してくれる。「うりゃ〜なんとかなる」が個人的な座標としては好きかな…。先日、再放送で観たETV特集「ぼくは死んだ」も感動したが、谷川さんのリクエストに応えたもんど君、大変だったろうなあ。
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Posted by ブクログ
先月逝去された谷川俊太郎さんと、個人的に大ファンなブレイディみかこさんの往復書簡。
ジャンルは異なれど物書きとして一流であるお二人、ただの読書好きである私との次元の違いを思い知らされました。
谷川さんはご自身で散文が苦手と仰っており、なるほどブレイディさんへのお返事もかみあっているのかいないのか凡人には判断が難しい部分もありますが、添えてある詩は当然ながら素晴らしいものでした。
タイトルにある「その世」とは谷川さんの詩によると
「この世とあの世のあわいに」あり
「騒々しいこの世と違ってその世は静かだが あの世の沈黙に与していない」そうです。
「その世のつかの間に人はこの世を忘れ 知らないあの世を懐かしむ」とのこと。
これに対する返信でブレイディさんが彼女の言葉で「その世」を表現しており、ここまで読むと私にもははぁ、なるほどあの感覚かと理解できたような気になれました。
老いや介護、音楽などお互いの暮らしを背景にやり取りされる手紙たち。
私が彼らの意図するところを全て読み解けているか自信がありませんが、何とも面白く良いものを読んだなという満足感があります。
他の作品からは窺い知れない側面を垣間見られたようで幸せでもありました。
また、谷川さんの晩年の思いや様子も少し知ることができるのですがそれは何とも切ないものでした。
特に印象に残ったのは
「この世は他人だらけである
他人ではないのは自分だけだと思うと
寂しい」
という谷川さんの詩の一部。
改めてご冥福をお祈りします。
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Posted by ブクログ
ネタバレところどころに刺さる言葉が。そしてそこはかとないユーモアが。二人のお人柄なのでしょうか。
p93プレイデイさんの「幽霊って元気ですよね」に吹き出しました。しかしその理由(?)言われてみると確かに。
生きてる人間は日々起きてくるアレヤコレヤに対処するだけでだんだん一杯になって行き、余程のことでなければそんなにねちねちじっとりと恨んだり妬んだりを持続できなくなってくるように思います。特に年取ってきたら(笑)
何事にも体力がいるというのは本当に実感しかない今日この頃で。それどころじゃない、からそんなことどうでもいいになってくるというか。
p132谷川さん「生きる上で意味のない笑いがもしかすると訳ありの涙より強力である証」という言葉もこの一遍の中では流れるように読めてしまう一節ですが、なかなか大事な真理のような気がしてならない箇所です。
奥村門土さんという絵描きさんを知りませんでしたが本書で知ることができたのも良かった。上手い下手より感性で描いていると感じます。お若い人なのですね。
谷川さんの最後の詩に絶対的な個というようなものを感じます。孤独ともちょっと違う。孤独には感情が入る余地を感じますがこの詩には乾いたものを感じます。(ビールとか妻とかウェットを感じさせる言葉は出てきますが)
他人ではないのは自分だけ、というのは言葉にすれば当たり前なのだけど誰とも取替えのきかない、どんなに親しくても愛していても信頼していても成り代わることは不可能な絶対の一つと考えたらなかなか壮絶なものがあります。(かけがえのないという言葉はありますが、その言葉はここではウェットに感じられます)
アタマで意識することはあっても、実感としてそう感じることは日常ではなかなか稀なのではないでしょうか。日々そんなふうに感じていたら生きるのがしんどくなってしまいます。
この詩を読んで、谷川さんはまさに本書でいう「その世」へ向かいつつあるのかもと感じました。
トランスヒューマンなどという考え方が若い人の中に生まれているんですね。
驚きました。肉体が存在することの苦しみ、身に沁みるというよりは体に沈むと表すほうが馴染むと感じること、幽霊は足がないけどおばけは足があることなどの本書の考察(?)を通じて体がなくなって心と思考だけの存在になるというトランスヒューマンについて考えてみたけれども、自分にはとりとめなさすぎて想像できませんでした。
逆に死なないことの苦しみもあるのではと思いましたがどうしたっていつか死ぬ生身の私では想像できなかった。
自分の生きてる間には多分実現しないだろうなと安心して思考停止しようと思いました。