中村隆之のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
カリブ海・フランス語文学の専門家による人種差別についての研究結果をまとめたもの。15世紀以降の西洋を中心に学術的にまとめられている。現在の価値観からすると、ごく最近まで甚だしい人種差別が当たり前のように行われていた事実は確認でき、とても役に立った。ただし、差別イコール「悪」と捉えて全体に論理が展開されているように感じられ、一方的に体制批判的なところには違和感があった。
「圧倒的多数は戦争に反対でしょうが、戦争がこの世界から消滅したことは人類史上ありません。私たちのうちに民族・宗教・性別・文化などの差異がある以上、つまりは私たちが他者と共に生きている以上、他者を差別したり排除したりする言説は永続的に付きまとうと考えるべきでしょう」p19
「自民族かどうかの区別は自分と言語を同じくするかどうかにあるということです」p25
「(サイード『オリエンタリズム』)我々はヴィーコの「人間は自分自身の歴史をつくる」そして「人間が認識しうるのはみずからのつくったものだけである」という達見を真剣に取り上げて、それを地理にまで敷衍してあてはめてみるべきだろう」p31
「ヨーロッパ人が新大陸を領有するにあたり先住民を「野蛮人」のように捉えて記述してきた事例は枚挙にいとまがありません。航海士、宣教師、医師、征服者、入植者たちが書簡や日誌などのかたちで当時の見聞を残しており、それらの記述から、私たちは彼らの認識をとおした先住民をめぐる記述をたどることができます」p43
「アリストテレスによれば、支配/被支配の関係はさまざまに確認できる自然な現象である以上、肉体労働などの仕事に向く人間は支配されるほうが望ましい人間であり、「生まれつきの奴隷」がいるのだ、と結論されます」p44
「(ラス・カサス)(エスパニョーラ原住民について)キリスト教徒はそのような人びとを獣よりも劣るとみなし、粗末に扱ってきたし、それどころか、彼らを広場に落ちている糞か、それ以下のものとしか考えなかったのである」p48
「(西洋による植民地化(土地の所有))ジョン・ロックが所有権の範囲を労働に定め、少なくともインディオは土地を共有地として用いているだけで私的に所有していない、と論じたことにあります。オランダの法学者グロティウスが、その戦争論の中で、「野蛮人」が住む土地は「無主地」であると捉えうる考えを示しています」p56
「土地を耕さない者、労働をしない者を「野蛮」とするロックのような見方は、モンテスキューにも引き継がれます。モンテスキューは『法の精神』で「野生人」と「野蛮人」を分類し、前者は狩猟民を典型とし、団結できない小民族、後者は牧畜民を典型とし、団結できる小民族としました。これらの野生/野蛮の段階と対置されるのが文明であり、野生/野蛮の段階にある民族は土地を耕作しないとしました。文明と野蛮の構図は、ヨーロッパの法思想の中でほとんど自明のこととして反復され、強化されていくのです」p57
「奴隷貿易によって数世紀にわたってアメリカ両大陸・カリブ海に連行されたアフリカ人の数は、現在の記録では、約1250万人におよぶとされています。このうち「新大陸」まで生き延びることができたのは1070万人だと『環太平洋奴隷貿易歴史地図』(2010年)の序文は伝えます」p68
「プランテーションの労働力としては当初は先住民や白人貧困層の契約移民が使役されたのですが、経済的利潤を考えた場合にもっとも効率が良かったのが、アフリカで奴隷を調達することでした。この奴隷制を一定の期間正当化するために、黒人を劣等だとする人種差別がヨーロッパの言説空間で生じてきたのです。「奴隷制は、人種差別から生まれたのではない。正確にいえば、人種差別が奴隷制に由来するものだった」(『資本主義と奴隷制』)」p68
「(ホッテントット・ヴィーナス)ロンドンでの黒人見世物興行(1810年)イギリスの奴隷貿易禁止の3年後」p113
「(ダーウィンの「生存闘争」)環境に適応した優位な個体が子孫を残します。優位な個体は新種となる一方、適応できなかった個体は絶滅します」p142
「(ベルギーによるコンゴのゴム生産)1888年にはゴム原料の収穫量が80tであったのに対し、1901年には6000tに達します(車のタイヤとしての需要大)」p205
「(コンゴでの大量殺戮)この驚くべき大量虐殺をアフリカ人以外の人間のほとんどが知らないという事実こそ、私には、もっとも異様なことに思われる(『「闇の奥」の奥』)p209
「(優生学)優生学の基本視座は、医療、公衆衛生、倫理観の発達により自然淘汰が機能しなくなる「文明国」による「逆淘汰」と呼びうる現象を抑制し、進化論という「自然の摂理」に適った、より強い個体を増やしていこうとするものです」p251 -
Posted by ブクログ
経済学は弱者を切り捨てる傾向があるが、その点を批判し、弱者救済の必要性を誰もが求める「必要」に社会が応えるべきとのアプローチによって話を展開させている。私は、新自由主義が本来あるべき姿だと思っているので、著者の考え方とは違うのだが、多様性の視点は、社会の発展に必要ではあり、何が将来の社会発展に寄与するのかはわからないので、著者の考え方も否定して良いものか考えさせられる。頭に置いておきたい。
「すべてを経済成長で解決していこう、さまざまな「必要」はあるだろうが、それは経済成長による成果を分配することによって解決していくだろう、という考え方は、もはや採れない」p37
「(アダム・スミス)自由競争に反して、ある分野に特別に儲けさせるために、独占権を付与したり、補助金を出したりすれば、社会を富裕化する道を外れることになる。スミスはこのような論理で、市場に恣意的に介入する重商主義政策を批判したのである」p56
「(既得権益)政治権力とのコネクションこそが利益確保の命綱となる。経済活動とは本来、どうすれば顧客に買ってもらえるかを互いに競い、それに買ってこそお金儲けができるというものであるはずだ。会社は顧客の方を向いていなければならない。どうすれば顧客に受け入れられるかを日々、必死になって考えなければならない。しかし、政治的なコネが大切となれば、顧客ではなく政治権力の方を向いて仕事をすることになる。規制があれば安泰だと思っていれば、事業環境の変化に対応する能力も落ちる」p132
「(イギリスの貧民救済(スピーナムランド法))貧者を救う制度があるから怠けるようになるのだ、と言われるようになった。人々は自由競争市場の中で稼げるように努力するべきだ、努力が足りない人々を救う必要はない、むしろ補助を与えることで怠け心を誘発してしまうから本人のためにならない。隣人愛を説くキリスト教の信者であっても、本人のためにならないことはすべきではない、と考えるようになった」p145
「(ポランニー)スピーナムランド法が失敗したのは、補助を成り立たせる地域コミュニティーが壊れてしまっていたから」p148
「(責任の社会的つながりモデル)構造的不正義は、特定の悪者によって引き起こされているのではないので、悪い事態を引き起こした原因者に責任を取らせる「帰責モデル」は機能しない。そこでヤングは、「責任の社会的つながりモデル」を提起する。構造的不正義に立ち向かう政治的責任が誰にでもある(私のせいではない、誰か他の人の責任である、という態度を許さない)とすることで、構造的不正義を多くのプレイヤーが関わる政治の主題にする」p177
「途上国の工場で働く労働者は低賃金で、また劣悪な労働環境下で働かされていた。NGOがこの問題を告発した。ヤングはこの問題を、現場の工場の責任者が悪い、多国籍企業の経営者が悪い、といったかたちで終わらせてはいけないと考えた。問題を生む背景には、さまざまな要因がある。安い製品を求める先進国の消費者、利益至上主義の経営者、先進国の直接投資を歓迎する途上国、等々」p178
「NGOの告発を重大と受け止めたアメリカの市民は、多国籍企業に対して批判的な目を向けるようになった。この問題に適切に対処しないならナイキなどの製品を買わないぞ、という行動を取る者もいた」p179
「(構造的不正義の是正のために発生する負担の分担割合)構造的なプロセスに対する影響力の強さ、構造から特権を得ている程度、それぞれの利害関心の大きさ、集団の力をどの程度活用できるかによって、関与すべき程度、つまり負担の大きさが異なる、とヤングは考えている」p181
「(責任の社会的つながりモデルを実現するための条件)第一は、構造的不正義を是正するために生じる費用を負担するプレイヤーが出てくること。第二は、構造的不正義によって抑圧されている側が持っている切実な「必要」を、社会にわかるかたちで示す仕組みを持つこと」p184
「(負担に対する2つの責任)①企業の利益が、社会的に正当な方法によって得られたことを説明する責任。②企業の富の一定割合を公共の目的のために使用する責任」p185 -
Posted by ブクログ
アダム・スミスにはじまり、ミル、マーシャル、ケインズ、マルクス、さらに現在の市場主義的な常識の形成に影響をあたえたハイエクやフリードマンの思想についてわかりやすく解説している本です。
著者は「はじめに」で、「本書では、あえて経済学の歴史を一筋のストーリーとしてとらえたいと思う」と述べています。著者はまずスミスの思想について解説し、資本主義経済を正当とみなすことができるための条件として、「自由競争市場がフェア・プレイに則った競争の場であること、特に資本を動かす人間がフェア・プレイを意識する人間であること」「資産を事業に活用するのではなく、貸し出して利益(利子・地代)を得ようとする場合、その行動が資産をよい用途に向けていく助けになり、全体の富裕化を促進すること」「強者が弱者を支配せず、相互利益の関係を結び、弱者の側の能力も活かされること」の三つの条件をあげます。そのうえで、その後の歴史的展開のなかでこの三つの条件を回復する試みとして、ミル、マーシャル、ケインズ、マルクスの思想を解説しています。
わかりやすいストーリーに載せて経済思想史を解説しているので、著者自身の立場にそった解説となっており、どうしても一面的な見方になっているようにも感じますが、「はじめに」で述べられている著者のねらいは十分に果たされているように思います。