鴻巣麻里香のレビュー一覧

  • 自他の境界線を育てる ――「私」を守るバウンダリー

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    ネタバレ

    独身未婚中年男性の自分が読んでみました。
    いろいろ考えさせられました。

    毒親、ではないですが。親が子どもにイライラをぶつけてしまうと、やはり子どもへの影響は甚大なようです。「親がイライラしていて、その原因が子どもにないときは、親が自分の責任でイライラに対処しなければいけません。そこで子どもに当たり散らしたり、態度でイライラを示したりすると、子どもと親の間の境界線は薄くなって、子どもは「私が悪いんだ」と考えるようになってしまいます」(p25)とのこと。
    これ、親子関係以前に、大人は、自分の責任でイライラに対処しないといけないと、自分は考えているのですが、自分のこの考え方は、他罰的なのかなと悩みます。

    この本は、人間は本来バウンダリー(境界線)を厚くしたり薄くしたり調整できる、とのことなのですが、自分はこれがバグっていて、自己の危機の時に厚くできなくて、親密な関係を築くべきところで厚くなってしまいます。なので、特に職場で、同じ部屋にイライラしている人がいると、それだけでメンタルに支障をきたしてしまいます。バウンダリーを厚くすれば全然問題ないのですが、どうやってもそれができない。改善しようと努めましたが、結局はできず、自分の心身を守るためには仕事を辞めるしか方法がなく、苦しんでいます。(もっとも、職場の人のイライラの原因が、自分の仕事のできなさにあったりすることが多いので、やはり原因は自分にあるわけで)
    「「きいたふりして心の中でスルーする」」(p126)ができないのです。
    また、「親子・家族あるいは教師と生徒といった関係から抜け出すことは容易ではありません」(p136)とありますが、これは職場も同じ。自分は幸い、独身独居で養う妻子がなく、貯金も少しあるので、短い間なら仕事を辞める選択は取れますが、それでも男性というのもあって、仕事を降りるという選択はまだ当分できません。

    上記の、親が説明するというのもありまして、「「今、私(親)は仕事で疲れている。疲れの原因はあなたとは関係なくて、だけど普段のようにご機嫌ではいられないかもしれない。いつもより無口でイライラしているように見えて不安にさせてしまうかもしれないけれど、それはあなたのせいではないし、あなたに向けた者ではない」というように」(p26)説明することも有効だとしていますが、親のイライラがたとえ自分起因でなくても、子どもにとって親がイライラしている姿を見るのは気持ちのいいものではありません。子どもが、親も人間だと思ってくれればいいですが、幼い子ではそれも難しいと思うので、そうすると、やはり大人として、イライラした姿は子どもだけではなく、他人に見せないようにする(他人を不快にさせない)ことは必要な気がします。

    「子どもが嘘をつく、必要な相談ができず苦しさを抱え込んでしまうとき、まずは大人の側が「もしかしたら私がこの子の信頼を損なうことをしたのではないか」と振り返る必要があります」(p102)、子どもが話してくれないのは、心配かけまいとする子の優しさもありますが、それってそもそも親に甘えられていないということですし、心配かけまいならまだしも、親が聞いてくれない、話したところで否定されるから言っても無駄、と思っていることがほとんどでしょう。

    学校の、みんな仲良く、も幻想であると喝破しているのは痛快です。とりあえず最低限の礼儀だけ通しておけば深い付き合いはせずともよいとあり(p138)、本当にその通りと思います。ちなみに、自分の知り合いには後期高齢者男性に、嫌いな人には挨拶もしないという人がいますが、さすがにそれは、その年になってもそういう人はそりゃ孤立するわな、と思って、反面教師にしたいところです。

    でも結局、自分は心の中でスルーできない「「自分の中に問題がある」」(p150)と思いますし、それは性格で、治す努力はしますが、おそらく治らず、一生苦しみそうです。「「変えなければならないダメな部分」」(p167)であることに変わらないです。

    さいごに。あとがきで、著者の鴻巣先生が、ご自身の吹奏楽部経験は理不尽だったと語られているのは、いいことだなと思いました。特に「顧問の教師の誕生日には、部員がお金を出してプレゼントを買いました。練習の出来が良くないと顧問が不機嫌になって指導をやめ、部員が謝罪しないと再開しないということもありました」(p172)とあり、自分が通っていた高校の吹奏楽部で、吹奏楽部の友人がまったく同じ事を言っていたので、全国的にそうなのかと思いました。
    理不尽な目にあったことを直視するのはつらい事実(p176)とあり、部活動の体罰が肯定されてしまう構造も指摘されています。

    鴻巣先生は演劇への道を、親ブロックで諦めたそうです。現在はソーシャルワーカーとして、こうして本も出されて、多くの人の役に立っているかと思います。この、親ブロックをどう捉えるか。体罰肯定の文脈との関係を考えると、なかなか難しいところです。他人へ価値観を押しつけることはよくないものの、自分の中の咀嚼としては、変えられない過去はやはり、意味を変えるしかないよなと思う自分もいます。
    これはもう、人間が存在する限り、永遠の課題なんでしょうね。
    死ぬとき笑って死ねればいい、とは思います。

    多くのお子さん、親御さん、先生方に読んでもらいたい本です。

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    2026年06月24日
  • あなたのフェミはどこから?

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    19人各人のフェミニズムがどこから始まったのかを綴ったリレーエッセイ。

    フェミニズムが様々な差別を社会構造の問題として認識しているということを初めて知って、目からウロコの気分。

    女性と男性、マジョリティとマイノリティ、そんな対立構造や、個人としての問題と考えていたが、この本で見方が変わった。

    これまで味わった対応に理不尽だと感じても言語化できていなかったものが、フェミニズムという言葉を理解したことによって言語化できた。

    時代が変われば立場も変わる。
    誰であれ、自分が他者の権利を不当に奪っていないか?を考え続ける必要があると思う。

    もっとフェミニズムについて知りたいと思った。

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    2025年11月06日
  • あなたのフェミはどこから?

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    様々な分野の19人のフェミニストによるエッセイ。自分がフェミニズムに目覚めたきっかけについて語っています。

    はっきりとコレ!というきっかけがあるひともいれば、子どもの頃からなんとなく世界に違和感があった…という人まで、きっかけは様々だ。

    自分には理解が及ばないような苦しみからフェミニズムに辿り着いた方もいれば、自分の感覚と近くて分かる分かる!と思いながら読んだ方もいるのですが、鴻巣麻里香さんのエッセイは特に自分の感覚を言語化してくれたような感覚になりました。
    若いときは「女性として抑圧を受けているという文脈が内面化されていなかった」という鴻上さんが、子どもを産んで仕事をしているときに、子育てに専念したらどうかと諭されて、これって私が「女だから」言われたのだと、男性優位主義の現実に気づいたとき「それは生まれてはじめて眼鏡をかけたときの感覚に似ていた。こんなによく見える!という驚きに勝る「今までほとんど見えていなかった」ことに気づいた衝撃」と書いていますが、自分自身の経験とも重なりました。

    バックラッシュもあるし、一部のフェミニストたちがトランス差別をしていたり、落ち込むことも多いですが、フェミニズムは社会を良くするものだと信じていますし、同じように思っている人たちがこんなに沢山いることが心強い。

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    2025年09月18日
  • あなたのフェミはどこから?

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    ネタバレ

    自分の無意識さ、に気付かされた本だった。無意識とも言えるし、考えてもどうせ何も変わらないし、と諦めというか、考えようともしていなかったんなあと。フェミニズムって女性の不平等をなくそうっていうことだろうという浅い知識だけだったけれど、そうではなく、男性やあらゆるマイノリティの人も含め全ての社会の問題なんだなあと思った。男とか女とか、いろんなラベリングで人を評価したり判断せずに、ただの人間、として個人が見られる社会だったらいちばんいいけど。果たして自分はそれが出来ているか?他人を色んな物差しで測っていないか?偏見はないか?と問われたら自信がない。でもちょっと意識を持つだけでも、それだけで何か変わる気がする。

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    2025年08月23日
  • あなたのフェミはどこから?

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    自分がいかに男性優位性や家父長制を内面化してしまっているか痛感するし、違和感がある時に無理に合わせたりしない、を実践できるようになりたいと思うばかり。まだ名乗れるほど理解できていないし、世間的には「強者女性」側になりうる自覚も忘れてはならない。

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    2025年08月03日