ク・ビョンモのレビュー一覧
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最近にない美文かつハードボイルドな文体だった。冒頭で主人公が仕事を終え地下鉄駅から地上に出る際の表現、『地上の輝ける闇を目指し進んでいく』を読んだ瞬間、僕の意識は開高健さんの『輝ける闇』に一瞬飛んで行ったが、それはオマージュでもなんでもなかった…。
そう、65歳の女主人公爪角の仕事とは殺人だ。これが日本人作家による小説だったら嘘くさくて世界観に入り込めないが、翻訳小説だと想像の範疇に入ってくるから不思議だ。女性であることと、年老いて能力の衰えを自覚するに至ったハンディを抱えながら仕事を続けている。年齢を重ねると、運動能力だけでなく感受性にも変化が現れることは同年輩の私も理解できる。端的に言うと情緒的になるのだ。そこを突かれて彼女は反撃を喰らう。かつての仕事の因縁がらみで死闘が描かれる。
朝鮮戦争後の混乱期から主人公が殺し屋になる状況に触れられているが、詳細は続巻の『破砕』に続くようだ。 -
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『破果』の爪角の若き日を描く短編。
本は小さくて薄いが、『破果』が出た後で作者が書いたもので、作者はこれ以上爪角の小説を書かないと言っているからこの形の出版は仕方ないかなと思う。ぜひ文庫化するとき『破果』の中に入れて欲しい。
爪角がリュウと山に一カ月ほど籠り、殺人と身を守るノウハウを身につけるという話。(ちなみに名前は出てこない)
爪角のリュウに対する、こう言ったら元も子もないが「恋心」のようなものを、絶妙な感覚で描いており、グッとくる。決して口にすることはなく、相手もわかっていることを感じさせまいとしている。それでも漏れてしまいそうで、でもその寸前で何とか止めるという切なさに。
この文章の妙は、訳者の小山内さんの力もあるのだろうが、本当に素晴らしい。ここで書き出すのは憚られるほどだけど、一つだけ。
「彼は気づくことができない。口を開いたら、声を発したら…口の中でひらめいている蝶に、はばたくことを許してしまったら。彼が知ってはならず、知る必要のない、だが、とうに知られているかもしれない想いが突然あふれ出しそうになる恐怖に、彼女が囚われていることを。それはおそらく、流れ出すとか漏れ出るとかいうおとなしくて行儀のよいやり方ではなくて、荒々しくジグザグに縫い付けてあった部分が引きちぎられ、こじ開けられ、もつれ出るような恰好だろう。そこには拾われることの叶わない言葉が、千切れた蝶の翅のように散乱するだろう。」(p59) -
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殺し屋になる修行のため師匠と森に籠る… 傷だらけになりながら、魂のやり取りを力強く描く物語 #破砕
■きっと読みたくなるレビュー
前作『破果』において、女性で高齢ながらも殺し屋として生活していた爪角(チョガク)。時間軸は彼女が殺し屋になる前、若かりし十代の物語で、師匠と二人で山に籠り、厳しく鍛えられるという筋立て。本編自体は80頁の短編のみで、作者のインタビューや深緑野分先生の解説付きです。
前作を読んでない方のために軽く『破果』のあらすじをご説明。
60代の女性殺し屋の爪角(チョガク)は、殺戮の依頼を失敗してしまう。引退を思い至る彼女であったが、様々な人との出会いの中、それでも殺し屋の信条や心得は忘れずにいた。ある日、同じ殺し屋である若い男から、因縁をつけられるようになってしまい… といったお話。
今回のお話自体は短いのですが、これが味わいが深い作品なんですよ。暴力小説でありながら、表現力豊かで純文テイスト。文法的に良い悪いでなく、単語ひとつひとつに粘り気があって、油分が強いんですよね。読ませることよりも、伝えることを優先しているような感じ。んー、わかるかなー。
とにかく最初の3ページほどを読んでいただければ、言いたいことは分かってくれるはず。小説の冒頭なんて説明しがちですが、いきなり『破果』の世界に引きずり込んでくれる珠玉の導入です。
登場人物は二人だけ、まだ弱っちい爪角と殺し屋の師匠。この二人の師弟関係がいいんすよ、メインの読みどころです。滅茶苦茶にも見えるのですが実はそう単純ではなく、特に中盤から終盤にかけて、気の利いた変化でさらに奥行きを感じさせる。どこか羨ましくもありますよね。
小さく短いのに内容が濃い、手元に置いておきたくなるような一冊でした。しっかりと堪能させていただきました!
■ぜっさん推しポイント
殺し屋っていうと、男性ならクールでカッコイイ、女性ならスタイル抜群の美人。脳みその切れ味がよく、運動神経抜群!なーんてのがイメージできるんですが、本シリーズは登場人物たちがボロボロなんすよ。
いつも負けそうでカッコ悪く、殺し屋には馴染まない「人情」にやたら弱いんです。
そしてこの負の表現が濃厚なんですが、その中に生命力だけは眩しく光ってるんすよね。ぜひ魂を感じ取ってください。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ一文が長かったり、突然場面が切り替わったりと、視点が明言されないまま物語が進む部分が多く、正直読みにくかった!ただ、訳者あとがきによれば、その読みにくさは作者の意図とのこと。「邪魔をするような文章で読者の行手を阻み、一気読みさせないため」だそうで、作者の狙いを自力で汲み取るのは難しかったものの、結果的にはその意図どおり、時間をかけてじっくり読むことになった。
殺し屋として生きてきた主人公・爪角の一節、
——「確固たる日差しのもとで根を張る人々を見るのは、気持ちがいいことだ。長いあいだ見つめているだけで、それが自分のものになるのなら。ありえないことでもほんの一瞬、その場面に属している気分があじわえるのなら。」——
という言葉には、生き残るために脳内を“効率・論理・無機質”で埋め尽くさざるを得なかった彼女のプロフェッショナルな生き様と、その奥底に少しだけ残り続けた「平凡で幸せな“普通”への憧れ」が歳をとってより滲み出てきていることに人間みが溢れていた。私にはこの一節がとても印象的で、切なく、胸に沁みた。
高齢×女性という、社会的弱者とみなされがちな存在をプロの殺し屋として描く発想にも驚かされた。自らの老いを誰よりも自覚しながら、ひとりの女性として抱いてしまった恋心に悩み、それでも最後は理性で処理してしまう彼女の姿に、境遇は違えど、同じ女性として共感し、また切なさを覚えた。
誰ともコミュニティを築けない殺し屋としての孤独。爪角をその世界へ導き、師であり唯一の相棒でありつつ、彼女に恋心を抱かせたリュウ。彼は「大切なものをつくらないように」という言葉を残し、結ばれることもないまま先に逝ってしまう。爪角の想いはどこにも行き場がなく、記憶だけが残り続ける。好きな人が自分のせいで生きづらくならないよう、仕事でもプライベートでも徹底して理性的に振る舞う爪角。リュウの奥さんに対しても心から気遣う彼女の姿を見ると、殺し屋とは思えないほど根が純粋で、誰よりも優しい人なんだと感じた。
そんな爪角の生き様を綴ったこの小説は、私にとってただただ切なく、胸に重く残る一冊だった。