日比野コレコのレビュー一覧
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Posted by ブクログ
ネタバレ書き出しの「異食の道化師」で「誤植かよ」と思ったが、間違いではなかった。普通の食物を食べられない薗(その)は、時計台で異食を見せ物にしていた。その時計台の側には池があり、飛び込めばどこかにある“出口”にいけるという。薗はフリーハグをする女性のハグと知り合う。薗は花の雌蕊が好物で、雄蕊を陽根、雌蕊を陽蕊と呼んでいる。これは性器のメタファーとなっている。ハグの陽蕊が軟派師の弘愛(ひろめぐ)の陽根に侵害され、ハグと弘愛は池に飛び込む。残された薗は···。生と死と再生(輪廻)を感じさせる時計台。薗はどのような状態になるのか想像するのが読みどころなのかなあ、と正解のない読解をしてみた。
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Posted by ブクログ
著者は、2003年生まれの大阪の女の子らしい。文体が、数珠繋ぎのようにつながって異様な世界を生み出す。主人公は、薗というこだわりを持った女の子である。なんとなく、大阪万博のマスコット、ミャクミャクをイメージする。ミャクミャクは、「脈々と受け継がれてきた人間のDNAや知恵や技術、歴史や文化を未来に受け継ぐ」といった意味を込めて「脈々=ミャクミャク」と名付けられた。読んでいると薗がミャクミャクに見える。様々な言葉が、文章の中に転がっている。無造作な言葉たちが漂う。それが文学だと錯覚しているように。その転がっている言葉を食べていくような錯覚に陥る。
薗という存在も、どんなことがあっても生き抜いていく力があるようだ。食べるのは、まともな食べ物ではなく、自分の髪や爪、そして主食が氷だ。栄養分は、ほとんどないけど、園は食べる行為が重要であって、美味しいとか不味いとかという基準はないのだ。薗は「異色の道化師」と自称する。とにかく食い繋いでいくのだ。そして、美容整形外科の「痩せることで世界が変わる」という看板がかかっている。食べることで、自分の変容を期待する。とにかく、あとはねぐらがあればいいのだ。道端にさく花の雌蕊と雄蕊を食べることが好きだった。
生存することに意味があるような薗。大阪の食い倒れというあくなき食欲の世界で、ただ氷だけを食べている。生活様式が、食べることを拒絶する。ただし咀嚼はし続ける。その舞台が大阪であることに、薗の存在の意義が生まれる。そして、その食べている姿が見せ物とする。生きていることが、傷つけられるのだ。
大阪の時計台を舞台とする。爆発までの時を刻む緑青の時計台。檻のような螺旋型の展望台で、大量の観光客(生活者)を見込んで、少年少女たちによる個人商売が行われている。彼らはその商売を「とび商」と呼ぶ。そこで、生き抜く薗。 そこで、ハグが繰り返される。ナンパ師の子供の弘愛は、ナンパをし続ける。弘愛はナンパをする行為が、市民の抵抗だと刷り込まれている。そして「おれはそういううつくしいものに向いていないんだろうな」と思っている。弘愛は、クローゼットの暗闇の中で成長した。はぐむと呼ばれるハグは、フリーハグをし続ける。そして、そこには愛が存在しない。ただ、ひたすらハグをする。結局、ハグも弘愛も、性行為を撮影して、ネットの中に売られていく。
著者の作品で『ビューティフルからビューティフルへ』がある。うつくしいものの羨望もある。
そして、薗は、ハグの部屋で、食べきれないほどのひかりの雨に撃たれて、光を存分に浴びる。そして、「わたしはなにもまちがえなかった」と言い、それが薗の人間宣言だと思った。
薗は、ミャクミャクくんになるのだ。設定から、終わるまで、異世界の中に生きている。 -
Posted by ブクログ
面白かった。
配信者の方が薦めていたことから読んでみた。
パンチラインと評されるそれぞれの表現は、このようなものを書けるひとはいるよね、という印象。短文SNSで日々、名も知らぬ一般人が名言を生み出す世の中では。
我々は、140字の中で足し引きし、主述をぶっ飛ばし、語尾で畳み掛け、書き言葉と話し言葉のバランスをせめぎ合い、最も良い語を最も良い順番で並べるための、特殊な訓練を受けてきた。
作者はもう一つ二つ若い世代のはずだが、どこでそれをやってきたのかしら。
というわけで、言葉遣いが巧みですね!という点よりは、捻れたままのそれらを積み重ねて、全体で像を形づくれる方に技量を感じた。
狂気と正常。本当にくるっていたら、商業作家にはなれない。
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Posted by ブクログ
ネタバレ言葉に勢いがあり、独特で面白い小説だった。いろんな文学的技法が使われていそうだが、自分に知識がないのでうまく説明することができない。ただ、こういう表現をする小説は読んだことがなかった、とは言える。「絶望をドレスコードにして」とか、「性根の腐敗は、腐ったリンゴ方式で舌の根にまで及んでいた」とか、言葉遊び的な表現が最初から最後まで続く。間違いなくこれは自分には書けない文章なので、ただただ凄いと思う。ポンポン飛び出すフレーズのような言葉、それらを最初から最後まで盛り込んでいる。作者のコレコさんは自然とこういった文章を書ける人なんだと思うし、そういった意味ですでにご自身の作家としての個性を確立されているのかもしれない。
ではなぜ星3にしたのか。
ストーリーの展開があまりなく、表現は面白かったが自分には作者が何を伝えたいのかがちゃんと理解できなかったからだ。この『ビューティフルからビューティフル』は高校生3人の独白という形をとっている。3人の独白がテンポ良く切り替わるのと、軽快で詩的な表現のため、どこかポップな感じを受ける。『ビューティフルからビューティフルへ』を読んで、思春期の高校生ってこんな感じなのかもしれないと思った。でもそれだけだった、というしかない。
自分が物語から受け取りたいのは普遍的な哲学だったり思想だったりするのかもしれない。それなら哲学書読めよといわれそうだが、物語のなかに落とし込まれたものを読みたいのだ。『ビューティフルからビューティフルへ』には「ビューティフルからビューティフルへ」というタイトルそのままの言葉が出てくる。これは主人公三人に共通する考え方とでもいうべきもので、僕はよく理解できたわけではないが、もしかしたら美意識のことを言っているのかもしれない。多感な思春期、死にたい、疎外されたくない、自分の個性がないなどいろいろな悩みを抱える高校生たちにとって、唯一誰にも譲れない自分だけの美の感性、価値観、判断基準、これに最後にすがるということなのだろうか。ことばぁという老婆の家に3人は集まるのだが、老婆が言った言葉が、最後は「ビューティフル」で締めろというものだった。長年生きてきたことばぁが人生から得た教訓を若者に伝授したとも考えられる。だけれどもこの「ビューティフルからビューティフルへ」の哲学がいかんせん僕には、物語にとってつけたものにしか感じられなかった。ことばぁもそうだがその存在にもっと意味を持たせて、肉付けして、読者を納得させる必要があるのではと思った。もしくは僕の読者としての理解度の低さというか限界なのかもしれない。 -
Posted by ブクログ
決してつまらなくはないし、面白いとは感じるんだけど、読解力が足りなく十分に理解できなかった気がする。
でも読む気が失せたりするようなことはなくて惹かれるけど、表層的な意味しかわからない違う言語を読んでる感じ。
個人的にはヒップホップは好きだけど、所々出てくるその要素がどこかあからさまに見えてグッとは来なかった。でもこれも年齢の差による、特定の文化に対する馴染み方の差なのかなと思うと、結局は受け取り方の問題なのかなと。あとそこが本筋ではないし。
でも終盤にかけてのそれぞれの物語の収束の仕方や最後の仕掛けのネタバラシは好きだった。
自分はこの作品が好きなのかそうでもないのか、共感できてるのか理解できないのか、とにかくいろんなことがわからないまま、なにもできないまま目の前を疾走していった感じ。
感想も全然まとまらない。
読んだ人と感想や意図を話し合いたい。