ヘンリー・ジーのレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
おもしろかった
数十万年前に他人類が滅亡した時点ですでに人類の衰退は始まったと断言
人類史上初めての人口急減がすでに始まっていて、絶滅しない生き物はいない、我々もいつかは絶滅する、と言いつつ最後の章でめちゃくちゃガッツのある仔細な人類復興計画を上げててすごい(全部論文がある)
光合成の効率の悪さ(最近日本でも導入されたとニュースのあった東南アジアの熱に強い稲はC4型という機械みたいな仕組みで熱に強く進化したやつだそう)も読んでて面白かった
バイオスフィア2の失敗(ビオトープを作って住んでみたけど生態系がうまくいかなくて低酸素状態になった)、全く知らなかったんだけど当時ニュースとかやってたのかな -
Posted by ブクログ
子どもの頃理科が得意で、理科博士って呼ばれてた私としては非常に興味深く読むことが出来た。(まぁ、実際は学位も持っていないですが)
それにしても、知らんことばかりだった。
パンゲアは知ってたけど、ロディニアは知らなかった。考えてみれば当たり前だけど大陸の移動にはサイクルがあって、2億5000万年後には再度、超大陸が生まれて中心部は砂漠になり生命は住めなくなるんだそうな。
地球の公転が楕円形で伸縮していて、その周期は10万年で地球があったまったり冷めたりしてることも知らなかった
氷河期に二酸化炭素が関係しているという話までは知っていたけど、なんで二酸化炭素が減ったのかまではやはり知らなかった。
生物全史というと恐竜とかアウストラロピテクスが出てくるのかなと思ってたんだけど、いや、まぁ出てきたんだけど、そこより衝撃的だったのはバクテリアから単細胞生物が生まれるあたりだね。バクテリアを祖にしていると考えると、人間からサボテンまで全部親戚っていうのは、いや、これも考えればわかるんだけどちょっと驚く。
遠い昔にバクテリアがくっついて単細胞生物が生まれたみたいに、遠い未来に多細胞生物が共生からさらに発展して融合し、未知の超生命体が生まれるってのは、ここまでの話を読んでいると無くもない気がした。
何だろう、あと翻訳がいいんだと思うんだけど、SFを読んでるみたいな微妙な酩酊感がよいな。現実から離れる感覚というかなんというか。 -
Posted by ブクログ
ヘンリー・ジーを続けてもう一冊。
『ルイス・キャロルの「鏡の国のアリス』で、赤の女王がアリスに言ったように、「この国では、同じ場所にとどまるためには全力で走り続けなければならない」のだ。ヴァン・ヴァレンは、この理論から「ある種(または種のグループ)がどれだけ長く存続するかということと、その絶滅の仕方やタイミングには必然的な関係はない」と結論づけた。直線進化、すなわち「種の老衰(種族衰退説)」という考え方は幻想にすぎないはずだった。ところが、実際にはそうとも言い切れなかったのだ。古生物学者たちは何度も同じ現象を目にしてきた。ある種(あるいは、より一般的には近縁種のグループである属)が地球の歴史のある時点で出現し、その後に多様化し、優勢を誇るようになる。ところが、やがて衰退し、ゆっくりと絶滅へ向かっていくのだ。』―『プロローグ』
古生物学概論の最初の講義でK教授は「生物を種(属)のレベルで見ると大概の種は約100万年で絶滅します。地質学の年代を現す単位がMa(Mega annum)であるのはそういう理由からです」と宣[のたま]わった。化石による年代推定の名残なのか、あるいは地層の解像度の問題なのか、当時は何も考えずに、なるほどね、と思った記憶が残っている。昔の話ではあるけれど、もちろん当時であっても放射性物質による絶対年代測定は広く行われていたということは急いで付け加えておきたい。それでも「一つの種は約100万年で絶滅する」という言明は呪文のように脳にこびり付いた。アウストラロピテクス属からホモ属が分岐した時点をもって第四紀は始まると定義され、当時の知識では約100万年前に始まったと続けて習い、それなら人類には既に賞味期限が来ているのでは? と漠然と思ったことも記憶の残滓。地質年代についても当時一生懸命暗記したものだったが、その後どんどん改定され、今現在第四紀の開始は約260万年前とされる。つまり人類と呼ばれる種(正確にはヒト属。生物の分類は一般に、大括りから詳細に向かって、界、門、網、目、科、属、種、とグルーピングされます。ヒトと一般的にいう生物は端折って言うと、動物界 脊索動物門 哺乳綱 霊長目(サル目)ヒト科 ヒト属[ホモ]ヒト[サピエンス])が誕生してから既に平均以上存続し続けているという訳だ。ただし第四紀の始まりの年代が改定される度に、人類の賞味期限というような考え方は記憶の片隅に押しやられていったけれども。
『すでに述べたように、野生のチンパンジーの小さな群れの中に見られる遺伝的多様性のほうが、ホモ・サピエンス全体における多様性よりも大きいのである。しかもこれはチンパンジーに限った話ではない。ゴリラやオランウータンといった、個体数が少なく絶滅の危機にある霊長類でさえ、人間よりもはるかに多くの遺伝的変異を持っている。このことが意味するのは、ホモ・サピエンスという種が「ボトルネック(遺伝的な狭まり)」と呼ばれる事態を経験したということだ。つまり、人類の大部分が何らかの理由で絶滅し、遺伝的な多様性のほとんどが失われた』―『第2部 凋落/第6章 病弱で、寄生虫まみれ、感染症にも悩まされる』
バナナ、ソメイヨシノ。と並べてピンと来る人は、ジャレド・ダイアモンドの著書の読者かも知れない。この単語の流れの文脈の中にまさかホモ・サピエンスが並んでくるとは少なからず衝撃。もちろん、バナナ、ソメイヨシノは人工的に多様性が失われている種ではあるので、ホモ・サピエンスの置かれた状況とは異なるけれど、チンパンジーやゴリラの遺伝子レベルでの多様性に比べてホモ・サピエンスの多様性が極端に小さいというのは知らなかった。そして人類の起源をアフリカ大陸に求める説を受動的に肯定してきてはいたけれど、その必然の結果として、アフリカ大陸における人類の多様性より、エクソダスを経て広がった人類の多様性の方が限定的ということは意識していなかった。むしろより広範囲の自然環境に適合するために多様性が増しているのかとすら考えていたのだが、これは潜在意識下の差別的視点が自分にあることの証明に違いない。ただ、言いたいことはそこではなくて、多様性の観点からも人類が極めて環境の変化に対して脆弱な生物種であるということの衝撃の大きさ。今求められているのはひょっとすると多様性を踏み出せる生命科学技術なのかも、と少々怖いことを考えてしまう。
感染症やいわゆる生活習慣病と人類の歴史の関係も、本書を通して改めて認識したことの一つ。文明と食物との関係についてはジャレド・ダイアモンドの著者やユヴァル・ノア・ハラリの著書でも学んでいたところではあるけれど、ヘンリー・ジーの見通す時間軸の長さが、問題の本質により鮮明に迫ることが出来ているように思える。「銃・病原菌・鉄」や「サピエンス全史」が人知と環境の関り方というような総括に寄って行きそうであるのに対して、ヘンリー・ジーの視点は生物の本能的な因子に大きく要因を求めている違いがあるように思う。間違った喩えであるかも知れないが、ゲームの理論で全プレーヤが「論理的に必然な行為」を取るとするのか、短期的な利を求めて「非論理的な行動」も取り得るとするか、の違いと言ったら良いだろうか。自然科学を学んだものとしては当然後者の味方に与する訳であるけれど。 -
Posted by ブクログ
『風や天候は、玄武岩だけでなく、炭素を含んだ膨大な量の堆積物を酸素の届かない深海へと洗い流した。炭素が酸化して二酸化炭素になると、温室効果で地球が温められる。しかし、炭素がなくなってしまうと、温室効果が止まって地球は冷える。このような炭素と酸素と二酸化炭素によるダンスが、その後の地球とそのうえで蠢く生命の歴史にリズムを刻んでゆくのだ(訳注:実際には、水蒸気が最も温室効果が高く、気温の上下のメカニズムはきわめて複雑である)』―『2章 生物、大集合/超大陸の分裂』
学校を卒業してから四半世紀以上も経つとかつての常識が塗り替えられてしまう。それをアップデートするという訳ではないけれど話題の著者の一冊を読むことにする。解っていたようで解っていなかったこともあるけれど、職業地質技術者として漫然と捉えていたことに対する、今更ながらの事実確認も出来て面白い。
これは地質学というものに初めて触れた時に実感したことでもあるのだけれど、地球史の中の変化のダイナミクスと時間感覚が、随分と日常生活の中のそれとは異なっているようであって実はその延長上にあるという奇妙な感覚を思い出しながら読みすすめる。その連続性を実感するにはこうやって映像の早送りのように物事を捉えなければならない。そんな映像の早送りは石油探鉱の思考の中では無意識の内にやっていることではあるのだけれど、それを改めて実感する。
その上で、言い古されたことではあるけれど、人類の誕生などというものが、ホモ・エレクトス以降だとしても極々最近のことであるという事実を圧倒的な事実の積み重ねで思い知らされる。ましてホモ・サピエンスとしての歴史、そして有史以降積み重ねて得た感覚などというものが如何に限られたものであるかを教えてくれる著者の視座に共感する。
中学、高校教育の中における地学の位置付けは自分が学生の時にも高いものでは無かったけれど、もっと多くの人の常識となって良い知識だと思う。多少我田引水ではあるけれど、余りに高慢になり過ぎた人類の有り様を見るにつけ、そう思えて仕方ない。そんな人類に対する警鐘のような最終章が刺激的に響く。古生物学を学んだものとして数多の生物の栄枯盛衰を見定めた著者の告げる、人類の反映もまた束の間の出来事である、という予言の重さを噛みしめる。 -
Posted by ブクログ
原題:THE DECLINE AND FALL OF THE HUMAN EMPIRE
本書は「ローマ帝国衰亡史(The History of the Decline and Fall of the Roman Empire)」になぞらえて、ホモ・サピエンスの起源から絶滅の予兆までを描いた、壮大な叙事詩である。全体は「台頭」「洞窟」「脱出」の3部、全12章からなり、各章の冒頭には「ローマ帝国衰亡史」からの引用が記されている。
第1部「台頭」では、人類の祖先である初期ホミニンの登場から始まり、他の人類たちの特徴と、その中でホモ・サピエンスがどのようにして他の人類を凌駕し、最終的には地球を支配するに至ったかを描く。10万年ほど前から始まった、生物学的な変化や行動の変化、そして人口の増加といった要素が少しずつ積み重なり、何万年もの時を経て、気づけばホモ・サピエンスが世界中を席巻する存在になっていた、そして少なくとも4万年前にはホモ・サピエンスは地球上に残された最後のヒト族となり、地球の隅々まで拡散した。これが「ローマ帝国衰亡史」の書き出しとなるもっとも繁栄した時期に相当するホモ・サピエンスの進化のひとつの到達点であるとしている。
第2部「凋落」では、ホモ・サピエンスが唯一の生き残った人類種となった瞬間から、不可避の衰退が始まったとしている。「家畜化」と「農業の誕生」から、感染症、遺伝的多様性の少なさ、人口爆発と地球環境の限界、気候変動など人類のリスクについて記している。
そして、第3部「脱出」では、宇宙的・技術的進化によって、人類が絶滅を免れる可能性を模索する。そのためには「1つの種」であることをやめ、多様な「ポスト・ヒューマン」への分岐を果たすことが必要だと主張する。
本書では、ホモ・サピエンスの衰退はすでに始まっており、生物種として絶滅は不可避であると述べている。しかもそれは今後1万年以内に起こりうるし、それを回避するには、これからの数百年が重要であるという。今世紀中にホモ・サピエンスは、パンデミックなどを除いて初めて人口減少へと転換する。現代の科学技術は数十億人という人口があるから進化を続けているのであり、少ない人口ではそれは不可能になるため、手遅れになる前に宇宙への進出が必要であるというのが著者の主張である。
本書は人類の誕生、興隆、衰退への道、そして絶滅を回避するための方法について、わかりやすくまた豊富な実例で解説している。
まず、進化生物学、人類学、人口統計学、気象科学など様々な研究に裏付けられた事実とその語り口など読み物として面白い。
また、人類(ホモ・サピエンス)を生物種としての視点から描いているため、より大きな視点で考えることができる。
人類の歴史をたどるだけではなく、未来を考えるうえでも示唆に富む本である。 -
Posted by ブクログ
タイトル:人類という「帝国」が支払うべきツケの記録
古生物学の世界的権威が、ホモ・サピエンス30万年の歩みを「栄光」ではなく「絶滅へのカウントダウン」として描いた衝撃作。
地球を支配した現生人類は、実は過去のボトルネックにより遺伝的多様性が驚くほど乏しく、農業革命以降は過密と環境搾取によって「絶滅債務」を膨らませ続けてきたという事実に背筋が凍ります。現在起きている世界的な少子化や環境危機も、単なる社会問題ではなく「種の収容限界」に達した生物学的必然として腑に落ちました。
単なる終末論ではなく、冷徹な科学的知見に基づいているからこそ説得力が段違いです。「人間中心主義」の傲慢さを粉砕し、私たちが生きているこの繁栄がどれほど奇跡的で危うい「借り物の時間」なのかを突きつけられる一冊。知的好奇心を満たしつつ、深い内省を与えてくれます -
Posted by ブクログ
壮大なスケールの人類史。過去のホモ・セクトスからネアンデルタール人、デニソワ人などと分岐し、他が滅んでいった中で唯一残ったというホモ・サピエンス。なぜネアンデルタールは滅び、ホモ・サピエンスが残ったのか?そしてホモ・サピエンスの未来の滅びも予想し、それはネアンデルタールの最期にヒントを得られるという。DNAの解析から人類史が明らかになってきているということ、他のホモ・セクトスとの関係性など、その解明の進歩ぶりに驚いた。地球規模の人口が21世紀末には減少に転じること、そして温暖化などの気候変動が人類にどのように影響していくのか。その説明は異次元のレベルまで広がるがあまりにも説得力がある。今の自分自身の、そして世界の将来への悩みが非常にミクロな世界だと気づかされる。
-
Posted by ブクログ
ミステリーではないですが、若干ネタバレというか、そういう内容です。
「あなたは月へ行くだろう」
アポロ計画により、人類が月面に降り立った時をピークに、宇宙開発への希望をのせたこの言葉。
しかし、本書を読むとそんな、輝かしい未来へのメッセージではなく、人類が滅亡への道を辿る暗鬱たるメッセージとなりえてしまう。。。
本書によると、現生人類、いわゆるホモサピエンスは一万年以内に滅んでしまうらしい。それは、よく聞く環境破壊や災害などではなく、遺伝子レベルの生物学的な問題が多い様だ。
ただそれだけが原因ではなくもちろん、それ以外の要素にも言及している。
そんななか印象に残ったのが、イースター島住民の絶滅。イースター島では、2メートル以上の木や植物はないらしく資源が乏しい。伐採し尽くしてしまったのだ。最後の木を切り倒した木こりはなんと言ったのだろう?という話。
また、スフィア2実験。
アメリカで行われた人工的に人間が住める環境を作れるか?という名目なか、行われた実験だが、結果としては失敗。酸素は微生物に大量消費され、植物に必要な二酸化炭素はコンクリートに吸収されてしまうという結果に終わったらしい。失敗要因としては、規模が小さすぎた事があげられるらしい。
現生人類であるホモサピエンスは約45000年前。
先輩であり、体格や脳の容量でも優っていたといわれるネアンデルタールは30万年前。
物凄い年月の差があったにも関わらず、ホモサピエンスはネアンデルタールを駆逐し、唯一の人類になり得た。やはり、そこは本書のテーマである人口減少が大きかった。
人が減ると脳が減る=知識や技術が減る。
子供を生まれるには村が必要だが、アインシュタインが産まれるためには文明が必要である。
この言葉はしっくりくる。
地球規模で起こるであろう人口減少。
まだ、動けるうちに宇宙へ進出しなければならない。
そう、あなたが「月にいくかもしれない。」
-
Posted by ブクログ
ホモ・サピエンスは多様性に乏しい。チンパンジーの群れの方が遺伝的に多様。
他のホミニンと違って、ホモサピエンスは自分たちに都合よく環境を変え始めた。足を踏み入れた場所では、たいてい破壊が続いた。
その結果、大型の動物は姿を消していった。中型犬より大きな動物のほとんどが絶滅した。
第1部
私たちの共通の祖先は、約20万年前に生きていたひとりの女性。「イヴ」アフリカ出身の母
他の種との交雑。
今日、アフリカ以外のルーツを持つすべての人には、ネアンデルタール人由来のDNAが2%含まれている。
デニソワ人も、現代人にわずかながらDNAを残している。東アジアや東南アジアにその傾向が見られ、高地でも生き延び活動できるチベット人の遺伝子などがその1例。
第2部
野生のめぐみによって生きる生活様式では、地球全体でせいぜい1000万人しか養えない。
農耕は、人類の収容力を高めた。
1968『人口爆発』(ポール エーリック)
出生率を低下させる政策に影響を与えた。
人口増加率 1960年代が最高
1964 2.24%、現在 0.88%、2086 マイナス予想
104億人で頭打ちの見通し
マレーらの研究
2100年には、ナイジェリアが世界で2番目に人口の多い国になる予定
2100年の労働人口の多い順:インド、ナイジェリア、中国、アメリカ
人類は 地球上で生み出される有機物のうち、25-40%を利用している。
ホモ・サピエンスとその家畜は、地球上の全ての哺乳類の質量の96%を占め、目にする鳥のうち、10羽に7羽は家畜化された鳥。
緑の革命(1950-1960スタート
1960年 世界の穀物生産量10億トンに達した。
2000年 倍増した。
稲 小麦 とうもろこしに焦点。この3種で摂取カロリーのおよそ半分をまかなっている。
手付かずの自然という幻想。
田園風景は人間の手によって維持されている
動物や植物は、ただ存在しているだけで自分たちが生きる環境を変えていく。
生態学的に言えば 全ての種はそれぞれに、自らの「ニッチ(生態学的優位)」を作り出していることになる。 -
Posted by ブクログ
地球の誕生から地球上の生命の行く末まで1冊にまとめられていた。サピエンス全史や銃•病原菌・鉄と同じような内容かなと思っていたが、それよりも全然もっと広い範囲が書かれていて興味深く読むことができた。ただ、古生物学や進化生物学などの知識がある程度ないとちゃんと楽しめないなと思った。カンブリア紀あたりから生物の名前が徐々に出てくるようになるが、その生物の見た目が分からないとイメージが全く沸かず、画像検索でもしながらでないと、ただのカタカナの羅列を読む作業になってしまう。自分は大学院まで生物を専攻していたので少しは分かったが、それでも途中で知らないカタカナばかりが出てきて、途中で投げ出しそうになった。(日本語版の本書は、途中でいくつか図が差し込まれているが、原作は図が一切無いそう)
画像検索しながら読めるような時間的余裕がある人にはおすすめ。