ニック・チェイターのレビュー一覧
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ネタバレ私たちが五感で感じていることは、実感ではなく錯覚であるという。錯覚には2つある。一つは、われわれは断片的にではなく総合的にとらえて実感しているということ。もう一つは、心というものがあり、実感としてとらえてものを心が感じているということ。つまり、五感で得た断片的な情報を脳がもっともらしく私たちが感じるように創作しているというのだ。読んでいるうちにこの世界の何がリアルで何が脳のフィクションなのかわからなくなる。どうして脳はこんなことをするのだろう?と考える。ヒトの脳は高度に発達しすぎたゆえにこうなったのだろう。ヒトが生きている世界は、理路整然としたことよりもなんだかよくわからないことばかりである。脳はなんとかしようとするが、理論ではなんともなるはずはなく、むりやり物語をつくりだして処理しようとしたのだろう。そうでもしないと脳は情報処理できずにパンクしてしまうからだろう。ヒトがこの世界で生きていくためにとった脳の進化であろう。そして、ヒトはAIでどれだけ高度な知性をもったところで、意味を求めずにはいられない「生物」の枠からは抜け出すことはできない。
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ネタバレ心はこうして創られる
「即興する脳」の心理学
序章 文学の深さ、心の浅さ
第一部 心の深みという錯覚
でっち上げる力/現実という実感/インチキの解剖学/移り気な想像力/感情の創作/選んだ理由の捏造
第二部 即興が「心」を作る
思考のサイクル/意識の経路の狭さ/無意識的思考という神話/意識の境界/原理ではなく前例/知性の秘密
終章 自分を創り直す
心理学や認知科学の実験結果をもとに著者が導いた結論は、人の心は外部環境や過去の記憶から瞬間ごとに解釈しているインタープリターであって深遠な深層心理や無意識はないということ。
この結論を視力、聴力、感情などの実験結果をもとに脳の思考のサイクルは一つのことしか認知できず、絶えずそれを脳は実行しているだけであることを説明していきます。
マービンミンスキーの「心の社会」で、人の心は様々なエージェントにその場でスポットライトがあたるようなものと言っていますが、ニックチェイサーは、エージェントはバックグラウンド処理はせず、スポットライトがあたったときに即興で様々な認知と判断を行っているというもの。
結論では、人は過去の経験をもとに想像力を働かせてリアルタイムに処理を行っているだけなので、深遠な真実や思想・信条などないため、その想像力をフルに働かせて常にアップデートしていくことが大切と述べています。
過去の因習、過去の経験にたよることなく、新しい情報や考え方を元に最善を尽くすということが大切だということを肝に銘じました。
竹蔵 -
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ネタバレ心はこうして創られる、というタイトル通りの一書。「心などなく、あるのは巧妙にストーリーを紡ぎ、何かを解った(知った)ように思い込ませる脳の働き」。
原題はMind is flat、心には奥行きも闇もなく、ただ表面を漂う、その時の気持ちのみ。
私がいままで自己啓発本や能力開発本を読んできたのと重なるところを列挙すると、
「本を読むとき目に入っているのはせいぜい1語。それを順に追いかけているにすぎない。その一語以外は視野にも入っていない。ページ全体が見えているように思うのは、脳が超高速で視覚画像をつなぎ合わせているから」…これだと速読法の根拠がひっくり返る。速読では、「ページ全体を写真を撮るように」頭に送り込む、としていた。
無意識の力の利用も同様。脳がそのことを考えていないときも無意識のレベルで、PCのバックグラウンド処理のように答えを探すわけではない。しばらく休んだあとに答えが見つかりやすいのはそのような理由ではない。もし、無意識が答えを運んでくれるのなら、難問が解ける割合は休憩の後に上がるはずだがそうなっていない。
同様に直感の正しさ、も単に過去の情報から目の前の事象と類似したものを拾い上げる能力が優れているだけ、ということになる。ユングのいう、広大な無意識や人類共通の記憶など幻想、ということになる。
それを一読しただけ受け入れられるかというと…今まで信じてきたものが崩された、ということ、なかなか受け入れられない。しかし…この本をもとに自分の思考を再構成すること、時間がかかっても必要なように思える。
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チョムスキー帝国を瓦解に導く強力な一撃。キーワードは、ジェスチャーゲーム、即興、ボトルネック、チャンキング。なにも難しい概念ではない。これらをもとに、人間の言語に関してまったく新しい視点が提供される。
人間どうしの意思疎通の基本は身振りや音声を用いた即興的なジェスチャーゲーム。クリスチャンセンとチェイターはそう主張する。そのゲームが何度も繰り返されて様式化し(簡素なものへと変化し)、多数の人々の間で共有されれば、それが言語になる。世界に何千という言語があるのも、それぞれの人間集団が即興的なやりとりのなかでそれぞれの言語を生み出し、受け継いできたからだ。
読みどころは4章と5章。チョムスキーのいう普遍文法も、言語の生物学的説明も、再帰性こそ言語の特徴だという彼の主張も、ことごとく粉砕される。読み進むにつれて、チョムスキー説についていままでぼんやり疑問に思っていたことが解消されてゆく。
言語は文化だ。なるほど、言われてみればその通り。その主張や説明の8割は納得できる。ただ、あとの2割は(もう少し考えてみる必要があるので)保留かな。それに言語習得の臨界期にも言及してほしかった。
(7章、デンマーク語が母語話者にとってもひじょうに難しいという話はおもしろい。デンマーク語は著者クリスチャンセンの母語だ。) -
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タイトルから少し重たい本かな?と思い、ついつい積読をしていたのだが、読み始めると止まらず一気に読んでしまった。言語という文化への視野が増えたように思える。
単語の意味を覚えたり理解するのではなく、如何にチャンク(かたまり)で前後と共に覚え、互いの背景、フィールドを理解してコミュニケーションをするのか。単語の意味に囚われていた私にとって、考え方を180度変えてくれた。
AIの大規模言語モデルも、AIに一つ一つの単語の意味を教え込むのではなく、その文脈の確率を覚えさせているのだと言う。例えば「空」という単語の前に付く形容詞は「青い」が多く、「黄色い」が少ないように。そうやって、文脈の単語間の組み合わせの確率を覚えていき、あたかも意思があるような自然な文章を生成する。この不安定さが言語であるのだ。
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就活中に考えた「人生の目的」とか、流行中のMBTI診断とか、Strength Finderとか、本当の自分(の強み)を見つけよう、とか、全部疑わしく思えてくる。
本書に照らして言うならば、個性とかアイデンティティとか言うものは、今日まで生きた過程で得た経験の解釈(意味の押し付け)の中で最も馴染んだもの、程度のものであって、必ずしもそれらに基づき一貫した行動をする必要はない。
にも関わらず、どうして就職活動や転職活動では「あなたの軸は?」とか、過去から今、これからやりたいことへの一貫性とかを問われるのだろう?
思うに、わかりやすいストーリーなんか無くて、実際には都度都度の解釈で生きている、と言うことを、面接程度の時間で他人に説明することの難しさ(と言うか恐らく殆ど不可能)からきているのかも。
本音と建前ではないが、他人に対する自己紹介と、自分の意思決定との間の整合性なんて、考える必要もないと思えば、だいぶ楽になった。
そう言う意味では、就活生とか中高生とか、「本当の自分は何者なんだろう?」とアイデンティティに悩んでいるような人にこそ読んで欲しい一冊だ。 -
Posted by ブクログ
ネタバレコミュニケーションについて興味、関心があれば読むべき本。認知科学者二人による。事例による例示が多い。
私自身の興味分野でもあり、かつ、かなりの分量、結論→説明の順でない、などの体裁により読むのには一苦労。1日かかってしまった。
ヴィトゲンシュタインな哲学論考、言語ゲーム。コミュニケーションの基本となるジェスチャーゲーム。ノーム・チョムスキーの生成構文。などが本書のキーワード。
本書における筆者の主張。そのひとつが言語に正解はないということ。また、法則があるようで実は例外もたくさんあるということ。生活や文化的な背景によりその言語の利用が制限されてしまうということ。
言語に対する絶対視。正解を求めがち。これは教育の負の側面のあらわれだろう。コミュニケーションが苦手な理系の科学者。即興劇、インプロビゼーションをやらせたところ、改善したという事例がある。なるほどだ。
これらの状態をゲームと呼んだヴィトゲンシュタイン。そしてジェスチャーゲームから着想を得た本書。
言語やコミュニケーションの思い込みをアンラーニングするのに役立つ。 -
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普遍文法への真っ向勝負。
言語は文化的な産物なのだという主張は、近年の言語生得説に対する見方とは違う観点を学ばせてもらいました。
最後のAIへの知見は、シンギュラリティ到達に戦々恐々としている私としては安心材料の補強になりました。ChatGPTが世間を賑わせていますが、無数のデータの蓄積を統計的に紡ぎ合わせているだけで人間的な相互関係を加味したやり取りにはまだ至っていないのだという。でも、ニューラルネットワークの底力はムンムン感じますよね。
後は、「3000万語の格差」についての言及で、子どもに単に単語数を稼いで浴びせまくるのではなく、家族との会話に引き入れて相互作用を組み入れることが肝要だという。これは、元々聞き及んでた内容のアップデートでしたね。
世界7000語の多様性を前にしたら、全言語に当てはまる普遍文法の探求なんて可能なのかしらと訝しんでしまう素人ですが、ここいらに関連した書籍を読み進めてみようと興味が高まりましたね。 -
Posted by ブクログ
人間が知覚できるのはとても狭い範囲。例えば視野で言えば中心付近のわずかな部分でしかない。
その中で、脳が方向性を取捨選択して(ここがどうなっているかは謎のまま)、多くの神経細胞を用いて瞬時に知覚したことが意識される。
知覚はその繰り返しでしかない。
視野のいろんな部分が見えているつもりでも、そこに焦点を移して初めて分かっているし、窓に映る自分と外の景色は同時には見えない。
本を読んでいても同時には十文字分くらいしか読んでいない。それを繰り返しているだけ。
知覚はそんな風になっていて、それは感情や心情も同じ。あくまでその時々の認識でしかない。
そういったメインの内容を、いろんな錯視や実例を元に、様々な角度・表現で教えてくれる本。
近年で言うと機械学習からLLMへの流れとかも繋がりを感じた。
その時々の即興性で成り立っているし、その積み重ねによって知覚も変化していく。 -
Posted by ブクログ
「深層心理」とか「本当の自分」とかなんてない、という主張の本。
今までの自分を振り返ってみると、「心は脳の即興」という筆者の主張がわかる気がするけど、だからこそ信念を持たなきゃならない、本当の自分に気づかなきゃならないと考えてきたので、信念までも脳の即興だって言われて、共感半分、疑い半分の気持ちで読み進めた。
第11章までは、要は脳は一度に1つのことしか処理できないよね〜ってことと、だから「深層心理」なんてあるわけないよね〜ってことが多くの実験結果を引用して何度も書かれていた。実験の話はたまに「その実験結果からその結論にいくの…?」と思うところがあったけど、筆者の主張は理解。
でもずーっと「じゃあ心って何?」という疑問が頭を離れなくてイライラしてたんだけど、最後の方にきてちゃんとそれに答えてくれてて、それがすーっと腑に落ちたので、すっきりした気持ちで読み終えられた。
「信念」へのこだわりとか「本当の自分」に気づかない鈍感な過去の自分も許せる。だってそんなものないとわかったから。下手な自己啓発よりもずっと自己肯定感上がるし、未来に期待がもてる気がするけど。