倉本圭造のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
ウェブ記事か何かで倉本さんを知り、その考えに触れてみたいと思い、最初に手に取った一冊。結論、読んでみてすごく良かった!
X(旧Twitter)では今日も不毛な「論破」合戦が繰り広げられている。それはもはや「議論」ですらなく、敵認定した相手との口論に勝つためだけの罵り合い。右翼vs左翼、守旧派vs革新派、保守派vsリベラル、ネオリベvsポリコレなど、対立構造はさまざまだが、「政敵」の人格や存在ごと全否定して打ち負かそうとする構図は共通している。そんな景色にうんざりしてXを「そっ閉じ」する人も多いだろう。私もその一人である。
そうした「論破」型の議論ではなく、イデオロギーが異なる相手とも、同じ空間で同じ問題を共有する仲間として協力し合い、「具体的な問題解決」を行う《令和の議論》への転換を目指すのが本書の趣旨だ。そのための道具として、「メタ正義感覚」を提唱する。
「メタ正義感覚」をひとことで言い表すのは難しい。「相手の正義と自分の正義の両方を尊重する感覚」と一応の定義はできるものの、著者自身、「フィジカルなレベルにならないと意味がない」と言っており、「包丁の使い方」を例に出していたが、あまりピンと来なかった。単純に相手の意見と自分の意見の「間を取る」とか「足して2でわる」という事ではなく、相手の意見の「存在意義」を深く理解して、そのニーズを汲み取った提案をする事で、自分のニーズも通すような、「クリエイティブな解決策」を見出すという事らしい。
この部分を読んでいてふと思い出したのが、昔付き合っていた人と同棲を始めたときのエピソードだ。外から帰った際に「服を脱ぎ散らかさないで欲しい」というニーズが私にはあり、一方で、相手には「服を畳んだりハンガーにかけたりするのが面倒だ」という事情があった。そこで、玄関からの動線に脱衣カゴを設置し、服を脱ぎ捨てるならその中にして欲しいとお願いしたところ、彼は律儀にそれを守ったため、部屋に脱ぎ捨てられた衣服が散乱することはなくなった。
そんなことを思い出しながら読み進めると、クライアントの経営者が、倉本さんの本を読むようになってから、冷え切っていた妻との関係が改善したというエピソードが載っており、なるほどこのことかと思った。
本書では、改革派と守旧派の対立を水と油の関係になぞらえ、改革側(グローバル側)を「水の世界」、変化に抵抗する側を「油の世界」と名づけ、どのように「エマルション」させてバターやマヨネーズを作っていくか?を実例を踏まえながら説明する。
ところで、本書の中では「水と油」以外にも、「ドラクエ型とFPS型」の競争のあり方など、実に絶妙な比喩表現が多く用いられている。これらの比喩により、非常に理解がしやすくなり、読んでいる瞬間はわかったような気になるものの、読み終わって思い返すと何の話だったか忘れていることが多々あり、この書評を書くにあたって何度も読み直した。例え話や具体例は、物事の理解を助けはするが、具体と抽象の行き来をサボると、結局本質の理解のためには遠回りになるんだなぁと思った次第だ。
なんて事を考えながら最終章を読むと、以下のようなまとめが書いてあった。
〈以下引用〉
「論破という病」を乗り越えるためには、抽象的な論争のための論争ではなく、現場の細部に入り込んで対立する両者の意見をよく聞き、その上で「対立する“私”」を超える「あたらしい“公”」を生み出す解決策の方向性を考えていく「メタ正義的」解決が必要
マッキンゼー出身の経営コンサルタントだもんね。現場を知ってる人だから、机上の空論じゃなくて現場の現実と向き合えよってことよねとすごく腑に落ちた。
現場で体を張って問題にあたっている社員が、そこに寄り添いもせずに上から理想論ばかり振りかざしてくる上司たちに「あいつらは現場をわかってない」という不満を持つのも当然だろう。しかも大卒の彼らは、末端で働く高卒の自分たちをどこか下に見ているのも伝わってくる。そりゃ暴動も起きるよね、というのが今の欧米だとすると、日本はこれからどんな道を歩んで行ったらいいのか。
会議室で電卓を叩いてるだけじゃ部下は付いてこないんじゃないの?というのがたぶん日本式なんだろうなーと思った。失われた30年は、失われてなんかいなくて、実は冷凍保存されてたのかもしれない。解凍された私たちがどう進むかで、未来は変えられる(気がする)。 -
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大居さんから教えてもらった本。
論破と言うことが流行っていて、分断の時代であるが、もっと建設的なことを議論しようよと言う前向きな本。例えばA対Bと言うディベート形式の論法がSNSでは繰り広げられているけれども、AもBも正しいだけど、AもBも間違っている。だから、Cと言う代替案を出そうということが求められている世の中であると言う内容。
なので、一方的に〇〇がダメであると言うことを言うのではなくて、ここは良くないけど、こうしたら良くなるんじゃないかだったり、こういう見方ができるんじゃないかと言うポジティブな面を探そうと言う点で、社会においても会社においても家庭においても、応用が効くような内容であった。 -
Posted by ブクログ
元マッキンゼー、現在は中小向けコンサルを手掛ける著者による「本当の対話」「具体的な問題解決」を実現するための教科書、とのこと。
個別のエピソードや考え方等、良著だなぁと思いつつ、結論から言うとイマイチ個人的な問題意識には刺さりませんでした。なんでだろう…と思いを馳せてみると、下記要因があるのかなと思いました。
①自分に必要なのはこの手前?
②マクロ例にフォーカスしていて日常と乖離?
①自分に必要なのはこの手前?
本著の冒頭、問題解決のためにはメタな視点を持つことが重要、ということで著者の「メタ正義トライアングル質問表」というフレームワークが登場します。
その第1問目「あなたが殺してやりたいほど憎んでいる敵は誰ですか?」
・・・・・いない(笑
そんな狂おしいほどの感情は持っていないけど、現状に満足している訳ではなく、むしろ問題を認識して敵を特定することで、ひょっとするとそれほどの感情に至ることができるのかもしれない。。
そうなると、自分の問題意識は本著のスコープの外にある気がしました。と言うか、毎日そこまで強いネガティブ感情を抱えてはいられないなぁとも。
②マクロ例にフォーカスしていて日常と乖離?
第2章からは、具体的に議論が対立している事例を取り上げて著者の考え方を当てはめていきます。
ただ新自由主義的な話であったり、コロナ禍の病床対応の話であったり、どうにもマクロだなと…。本著のタイトルに「日本人のための」とあるのはつまりそういうことかとも思いました。ネットで発信している右翼/左翼層に「教科書」というワードが果たして刺さるのかわかりませんが…。(そもそもわかり合おうとしていないのならそこにニーズはない気も)
東京新聞の望月記者のツイートを「反権力を叫べるなら中身はどうでもいい型陰謀論」として事実誤認を指摘しているのはまぁファクトだなぁと思いつつ、これも私が求めている日常の問題解決とは別のフィールドの話だなぁと感じました。
本著、著者が本来読んでほしい層に届くと良いのですが…。 -
Posted by ブクログ
p25 「我々善人たちの敵」を徹底的に打倒しさえすればすべてうまくいく、という20世紀型の妄想から目を覚ます必要がある そういう議論から脱却し、政敵ではなく「問題そのもの」と向き合うのが21世紀の、”令和”の議論の大選定となります。
p29 今は昭和の議論と平成の議論の両方から遠ざけられ孤立無援になっている、具体的な課題と向き合って解決策を考えている人を真剣に迎えにいき、社会で共有できるようになっていかなければなりません・
p32 イデオロギー的な敵=政敵を論破することではなく、協力し合って具体的な問題解決を行うことこそが、令和の目的となるべきである
p38 相手の言っていることではなく、相手の存在意義と向き合うこと
p42 メタ正義感覚は足して2で割った妥協案ではない
p45 どれだけ相手のニーズを汲み取った提案ができるかの競争
p46 相手の正義を尊重させすれば、自分の側の正義を我慢する必要がなくなる
p47 日本人の組織は、現場レベルの人もある意味で過剰なまでにg当事者意識のあることが多いので、無理やりゴリ押しすると、会社の規模にもよりますが時々「勝手に現場が方針をスルーして実行されない」ということすら起きます。
p61 まず認識自体をメタ正義的な観点で捉え直さなくてはならない
p65 グローバル経済に開かれるとは、格差が拡大し、社会が病むことである
p85 ほっていても頑張れる人というのは世の中に一握りだけであり、ほっておいたら果てしなく堕落しちゃう人を、無理なく一つの目標に向かわせるための有象無象の仕組みが社会には必要
p105 油の世界の価値を全否定しようとすると、今の欧州の極右勢力やアメリカのトランプ派のような形で反撃をうけるようになるには確実です
p106 なんとなくの縁を維持するためのおせっかいをいかに保全するかが、油の世界のパワーを排除しないために大事なこと
p118 競争のやり方が変わってしまった ドラクエ型からエーペックス型へ FPS ファーストパーソンシューティング
ドラクエ型 一か所でとにかく地道にレベル上げをしていれば、そのうち無双できる
FPS型 一瞬で作戦を変更して位置取りを調整しながら次のアクションを起こしていく
日本はドラクエ型ではまだ世界一 自動車、スマホの部品、半導体製造の特殊な機械、化学製品
FPS型 スマホ、ソフトウエア、家電
日本の技術は世界一、できないことはないと無邪気に誇っている状況では徐々になくなっている
p124 うちわで固まって、密度高く延々地道にやっていれば勝てる戦いではなくなってしまった
ドラクエ型できっちり取り組むことが勝利の鍵である分野は残り続けるし、日本としてはそこの強みを崩壊させないようにすることも大事だ
p139 日本の働き手は末端まで、自分の仕事に対する責任感が強すぎて、外部が介入することをとにかく嫌がり、共通したシステムを取り入れて全体として合理性が生まれることに、強烈に必死に命がけで抵抗する傾向があるのです
自前で作ってうまくやったのが、ユニクロ、ヨドバシ
p143 自前で作ってしまう 神奈川県秦野市 老舗旅館 元湯陣屋 陣屋コネクト
p144 ダイニー 飲食店でスマホから注文するアプリ
現場に奉仕する文化で作り込んだシステムを世界に展開する
p167 高杉晋作 人は艱難をともにすることはできるが、富貴は共にできない
p169 単に水の世界のオープンさを称えてそれに反対する存在をばかにするのではなく、水の世界のオープンさを保護し、容認できるだけの揺るぎない油の世界の安定、その2つをどう両立させればいいのかを考えていくことが、日本経済全体の再度の隆盛をもたらす上で避けて通れない課題となるのです
p170 いまのグローバル経済は、オープンなようで、実は特定のタイプのアイディアしかのせられなくなってきているのではないか?
p185 岸田内閣 中堅企業という法的区分を作った
p187 ノーベル賞 コールディン ある程度規模が大きくなり、システム化標準化が行われた業界ほど、男女の給与差はすくなくなることがわかった
p213 日本においては公に対して無理難題をあくまで非妥協的に言い続ける私であることが、なにか妙に高尚であるかのようにイメージされてきてしまった不幸がある
p215 梅田駅北部の再開発 グラングリーン大阪
地域一番の一等地に広々とした自由に座れる緑をつくって剛毅なプランで、賞賛に値する
p234 日本が一番危険だったのは平成中期頃2002年であり、その時期に比べると今の日本はたった1/4になっている。これは主に犯罪を犯しやすい若い人口が減ったことが原因
p249 倉本圭三x橋本直子対談
p251 (移民をできるだけ少なくしたいのであれば)同時に自動運転やロボット導入などの省力化技術への投資を真剣に呼びかけてほしい
p252 少しづつ受け入れ、毎回ちょっとしたズレでも大騒ぎしながら共生策をつんでいくプロセスを丁寧にやっていけば、あるレベルまでの外国人受け入れはメリットの方が大きい
p260 板谷俊彦 日露戦争、資金調達の戦い
p268 3BlueBrown チャンネル 深層学習の仕組み
p280 サステナフォレスト 森の国の守り人たち
p283 ひとつひとつの課題の本当の難しさに向き合い、丁寧にメタ正義的解決の種を育てていかないと、結局正義の私達と、私利私欲のために暴虐を尽くす敵という20世紀型ファンタジーに逃げ込み、アイツラを打倒しさえすれば、という妄想の中で延々とバトルをするだけで、現実的な課題はそのまま放置され続けることになってしまうのです
p286 思考の空中戦に懐疑的でも、実際に現場にへばりついて毎日暮らし、そして一歩でも良い方向に動かしていこうとしている人こそがエライのだという価値観を我々は取り戻さなくてはいけません。
両者の言い分を聞き、現場レベルの詳細な事情を汲み取り、しだいに束ねてメタ正義的解決の種に育てて行くような人々こそが、これからの時代の本当の正義の存在なのです
p288 理想と現実のズレを減らしてゆく、本当のたたかい
p315 タイムマシン経営が徐々に機能しなくなっている
グローバルにまあまあ戦えているのはスマートニュース、time tree
なめらかな社会とその敵 PICSY・分人民主主義・構成的社会契約論 -
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右派と左派で議論が両極端になる場合、政治レベルであれば、国の分断を生む。そこまででなくても、企業や個人どうしでも、経営が行き詰まったり、絶縁関係になることもある。両者の良いところどりは、中途半端な結果になる。
必要なのは、メタ正義。個人的な認識ですが、もう一つ上の目線で、相手の意見をみることかなと。
敵の存在意義を知ることで、こちら側の陣営に取り込んだり、でなければ、静かに退場頂く。
アメリカの様に、トランプVS反トランプの様に、表面的な対立が現れると難しいかもしれないが、メタ正義の視点に立ってみれば、事前に防げるかもしれない。
冒頭のスラムダンクの安西監督の「私だけかね。まだ勝てると思っているのは」
閉塞的な日本で、簡単に浮上することは簡単でないかもしれませんが、自民党をぶっ壊すの様な、心地よいワンフレーズで、拍手喝采を送るような政治は必要ないかなと感じました。 -
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p7 こんなやり方で世の中を帰ることなどできない。そうやって気に入らないものに石を投げつけているだけなら、成功にはほど遠い 2019/10/29 シカゴ、オバマ氏
p8 カズオ・イシグロ 世界中の恵まれた立場にいる同じ仲間とだけ付きあう横の旅行でなはく、同じ国に暮らしている、普段は考え方や生活の違いから接することの少ない人と出会う縦の旅行こそが今重要なのではないか
p12 みんな自分の立場から見える世界観でしか問題を見ておらず、自分とは逆の立場にいる人との対話関係が完全に途絶してしまっているので、ワアワアと責任をなすりつけ合う罵倒合戦だけが続いて疲弊しているのだ
p29 論破よりも大事なのは、抵抗勢力を理解すること
最終的には、あなたの理想をちゃんと押し切って本当に実現するためにこそ、むしろ初期段階でちゃんと相手側の敬意を払っておくことが大事なのだ
p34 本書の狙いは、社会の中で何かを変えていくプロセスを、平成時代の「抵抗勢力をぶっ壊せと叫ぶ方式」よりも「あと一歩丁寧に」行うことで、「改革によって排除された存在」が恨みを溜め込んでありとあらゆる細部で邪魔をしてきて、どこにも進めなくなるような事態を招かずに済む、そういう方法を示すことにあります。
p96 発酵食品を作るようなプロセスで、市場(水の力)と現場(油の力)を混ぜ合わせながら統合を進める動きです
p112 脊髄反射で湧いてくる紋切り型の議論は、どれも幽霊相手にケンカをしているような空疎な議論なのです
p116 全なる俺たちvs絶対悪のあいつら的な空論で大騒ぎする人たちから、日本社会の主導権を取り戻していく
p127 極論を言う人との適切な距離感が大事
p128 極論を言う人の中には社会に対する憎悪の塊みたいになってしまっていている人もいて、ついつい黙殺してしまいたくなります。しかしメタ正義感覚を持って、彼らの存在意義を自陣営に取り込もうとしないと、彼らは恨みを溜め込んで延々と自分たち以外を攻撃し続けるでしょう。
社会全体が、メタ正義体質化するためには、自分たちだけのベタな正義を主張する人々の意見を拒否しないで、その存在意義をメタ正義的に取り込んでいくことが必要となります。
p136 政府を批判するにしても、現状認識が正しくなければ、対処を間違える、ということです。政府が間違っているなら、どの程度の問題なのかを適切に情報として取り上げなければ、政府批判派がどんどん現実離れしていくからです
p138 今の日本にはこういう反権力を叫べるなら中身はどうでもいい型陰謀論があふれています
p141 そういう防波堤としての暴論に出会ったときに、その暴論の内容にロジカルに反論することよりも、彼らがそういうことを言う理由の方を深堀りすることが重要です
p150 次々と変化していく情勢に応じて、常にこういう対話を社会のあちこちでできれば、どちらの事情も吸い上げて進歩していくことができたはずです
p157 私達のこれからの課題は、今隅っこにおいやられてしまっているちゃんとメタ正義的対話ができる層が、世の中のすべてが権力闘争に見えるビョーキの人たちから主導権を取り戻していくことです
p159 「そもそも論」的なレベルでなぜこうなるかと言えば、結局そういう「極端な理想主義者」の意見を、「現実とすり合わせて細部まで詰めていく」存在が今の日本にはだれもいなかったからでしょう
p188 モンスター化する論客さんたちの自業自得の自滅効果をうまく利用することで、彼らをシグナルとしての異端者の場所でうけとめることができるようになる
p190 先鋭化した理想に減速ギアを入れることが必要
日本が地道に築き上げてきた高効率石炭火力発電を適ししすぎないことが人類全体として大事なんだ
p195 現在の日本の理想家は、理想を重視するあまり、ダメだった時ようのプランを考えてくれるはずの存在を敵視し攻撃してしまいがちです
p211 俺たちvsあいつらを完全に分離する欧米的なやり方自体が、そういう意味では完全に失敗していることを我々は直視すべき時代なのではないでしょうか
p212 オオクニヌシは苦労しながら国造りを実際に行った一番の功労者なのですが、国譲り神話では出雲に引っ込んでしまう神様でもあるのです
p213 敵を完全に征服せず、一緒に協力し合うことでお互いを受け入れるという解決のあり方が必要とされる時代が、世界的にやってきていると私は考えています
p211 神田明神(千代田区外神田) 将門塚(千代田区大手町) -
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インターネット時代になって、みんなが「同じ情報源」を得ている時代でなくなった結果、今の人間は知らず知らずのうちに、「自分が得たい情報だけを得て、自分が信じたい情報だけを信じ、自分が信じたいものを一切批判しないで簡単にダヨネーといってくれる人たちだけとSNSで繋がって、どんどん過激化した意見をいえばいうほど身の回りの小さいコミュニティから喝采を浴びられる」ような状況にあります。
そういう方向でどんどん言論を過激化するということは、要するに「逆側の立場にいる人間」を、とにかく「全力で否定し全力で罵倒する」ための理論武装を完璧に行っていくということです。そうすると「ある範囲」までは確かに賛同者が簡単に得られる。しかし、同時に「逆側」に「反対の意見を持っている人たち」がたくさん出てくるので、「大きな会社単位」「地域単位」「国単位」みたいな状況になってくると、どこにも進めない状況になってしまうのです。
第四の矢 違う立場の人達とも共有できる国家ビジョン
極論をいう両者の間に、ゴリ押ししない形でちゃんと合意を形成する文化というのは、これからの21世紀には度の国にも普遍的に必要になってくる
原爆解 合意形成の谷 ホロコースト解
我々は個別の論点において、「自分の反対側の敵を論破」することに血道を上げるのではなく、「良質の具体的な解決策の大量培養」にもっとも適した「場つくり」「環境整備」にこそ集中すべき
戦前の日本の軍部 空気がきめたからだめ、でなくみんなが悲惨な決断につっこんで行かざろう得なかった空気マネジメントの稚拙さこそが責められるべき
合意形成カーブがM字型に分断してる世界において単純に規制緩和だけを推し進めると、本当にみんなが望んでいるどまんなかの事業が全然具体化しなくなる
合意形成カーブがM字型に分断してしまっているから、結局原爆解かホロコースト解の位置にしかみんなの感情エネルギーを結集できない状況になってしまっているのが原因だ
M字に分断した世界の、原爆解の代表格がDeNA的携帯ブラウザアプリゲームだったとすると、ホロコースト解の代表 新時代の最強アイドルAKB
「自分が絶対善、相手は絶対悪」みたいな構図を振り回すのではなくて、「相手側のそもそもの存在意義」に敬意を払った上での対抗策を考えていかなくてはならない -
Posted by ブクログ
異なる正義同士で対立するのではなく、問題解決に向けて協力するための視点として、メタ正義感覚という世界観を紹介する本。
方法論としては、概ねゴールドラットのTOC(対立解消図)を応用したものであり、経営コンサルタントの著者らしいと言える。
興味深いのが、水の世界と油の世界に関する内容。
思想・理論的正しさの論理というべき水の世界と、共同体的価値観の論理というべき油の世界、両者の対立が分断を招いていると著者は主張する。
油の世界のイメージは高校野球や所謂JTC、水の世界のイメージはネオリベやポリコレ。
著者は油の世界が日本の良さを守ってきた側面を強調しているが、ゾス系に入る若者が一定数存在することは、その価値が再認識されたことを表しているのかもしれない。
全体的に興味深い内容で、メタ正義感覚や水と油の世界といった思想的な部分としては、大いに読む価値のある素晴らしい内容だった。
ただ総論はよくても各論には微妙な点もあるのが玉に瑕。
著者は油の世界の「現場の良心さん」に強いシンパシーを寄せる一方で、水の世界ではネオリベに対しては比較的親和的なものの、ポリコレにあたるフェミニストや活動家等の左派にはかなり冷淡な態度を見せており、たまに藁人形論法のように感じられる部分もあった(左派= 親中派と言うが如き274頁の記載など)。
メタ正義感覚の事例を紹介するのはいいのだが、左派が現実課題を十分に認識していない、という批判が強すぎて、著者本人が「論破という病」に陥っているのでは?と感じる時すらあるほどだった。
終章では自民党の政治とカネ問題につき、「選挙にカネがかかる仕組み自体をいかに変えるか」の視点が民主党や国民全体に足りていなかったと述べる。
しかし長らく政権与党を務めている自民党には、その仕組み自体を変えるチャンスがいくらでもあったこと。政党交付金という形で仕組みを変えた過去があること。
この2点に触れておらず、かなりバランスの悪い議論になっている。
また基地問題や原発問題を主張する側を理想を語る水の世界に置いているが、そもそも地元住民の反対運動という油の世界もあるはずだ。
そこを無視して安全保障の論理を国側が押し付けても解決しないからこそ、メタ正義感覚が必要なのではないか。
メタ正義感覚と水と油の世界という発想自体はいいのだが、左派叩きの本になってしまっている印象もあり、この辺りのバランス感覚に問題なければ良い本だったのにな、と感じた。