窪田啓作のレビュー一覧
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これが「異邦人」か。ムルソーが不条理な人物なのだろうか、不条理な男が不条理な殺人を犯した話なのだろうか。生まれたら死ぬのが宿命だ、それを人為的に行うのが不条理なのだろうか。
44歳でノーベル文学賞を受け、当時活躍中のサルトルと並んでさまざまな見地から評される作品を書いた。
「実存主義に沿った作品かそうでないのか」当時、難しいサルトルの哲学をあてはめてよいやら悪いやら、という風潮もなかったとは言えないが、カミュとして、彼の作品はそういったサルトルの思想とは関係ないと断じている。
裁判に入り、ムルソーに対する裁判長の言葉はあながち間違っているわけではない。冒頭の「きょう、ママンが死んだ」にしても -
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ネタバレマリイに愛しているかどうか二度聞かれて二度愛してないと正直に答えるのが一貫してて良い。ここでムルソーがどういう人物かある程度掴めた。その変わっている彼をまとめて理解し、結婚を申し出たマリイは素敵な人だと思った。
死刑が確定する前と後で、泣きたいという気持ちにさせた私への憎しみが孤独を感じさせないための望みになっているのはすごく自然な流れだと思った。
最後のムルソーの叫びは胸に刺さるものがあった。特に「私はこのように生きたが、また別な風にも生きられるだろう。私はこれをして、あれをしなかった。こんなことはしなかったが、別なことはした。そして、その後は?私はまるで、あの瞬間、自分の正当さを証明さ -
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ネタバレ1. 象徴的なキーワード:「理由のなさ」と「界隈」
• 「理由がない」ことの衝撃: 世の中や裁判所は「原因と結果」のロジックを求めるが、ムルソーの行動にはそれがない。殺人の動機さえ「太陽のせい」という身体的感覚のみ。この「理由のなさ」こそが、世界の不条理そのものを象徴している。
• 「界隈」というノリへの違和感: 養老院、裁判所、あるいは友人たちのコミュニティ。それぞれの「界隈」が持つ独自のルールや正解に馴染めないムルソーの浮遊感は、現代社会における孤独やシステムへの違和感と重なる。
2. 死生観:希望を捨てた先にある確信
• 司祭との対峙: 「希望を持たず、完全に死ぬと考えて生きているのか」 -
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読み出してすぐに不安定さを感じる。それは別に冒頭でママンが亡くなったことから話が始まるからではなく、その周辺を淡々と描写していくムルソーの一人称がそう思わせたんだと思う。判決まではどこか他人事のような一人称だけれど、判決後はある種の興奮状態のように思考が鋭くなっていく。判決がでるまで、愛するママンが亡くなったことを受け入れられず、ずっと彷徨っていたのかもしれない。
ムルソーの人間性は、証人尋問が終わったあとに彼が捉えた街の様子にあるんじゃないかなと思って思わず涙が出てしまった。
ママンのこともマリイのことも絶対大好きだったよね。言葉で表現されなくても伝わってきたよ。愛する表現が一般的な人と違 -
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ネタバレ大学生のときにゼミで扱った短編集。どれも文学的に工夫がこらされた作品ばかり。カミュがこの短編すべてを書ききるのに10年以上かかった。というのも異邦人、ペストでの成功後、自分の才能の枯渇を覚えたからだ。タイトル通り追放から王国までを綴ってある。この後ノーベル賞を受賞し、遺作となる「最初の人間」を書いたまま交通事故で他界してしまう。なんとも哲学的で悲しくも美しい作品集。
難解だが歴史や哲学を知っていると読み解くことが出来る。「背教者」は、キリスト教の伝道者が未開の地に赴くが、逆にその地にある宗教に暴力によって改宗させられてしまう。伝道師はすっかり心を奪われ次に訪ねてくる伝道者を叩き潰すように待ち -
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ネタバレ主人公ムルソーが自らを語るストーリーでありながら、終始傍観者のような口調で進む事の異質さ。
近しい誰かを失った時に、必ず涙を流さなくてはいけないのか?、悲しいですと言わなくてはならないのか?、映画を見て笑い転げることは不謹慎なのか?、感情を社会に合わせるべきか、これらをムルソーは偽らない。私には少々分かり得ない心情を描いた作品でした。
母を亡くした翌日に女性と海で遊び、喜劇映画を鑑賞し、求婚されるも他人事、そして太陽が眩しかったからという理由で人を射殺する。
ムルソーは母親に対して特別憎しみを持つ訳でも無く、ただ純粋に「無関心」だったのだろう。
憎しみを持っ