前田啓介のレビュー一覧
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読み進めるほどに胸が苦しい。なんとも言えない悲しみとも怒りとも取れる様な複雑な心境の元、目の周りには熱く込み上げてくるものがある。涙は出なくても鼻が詰まった様に息苦しくなり、気付くと息を止めながら読んでいる自分がいたりする。この感覚を言葉や文字にするのは難しく、雨は降っていないが遠くで雷が鳴っており、薄暗い曇天の下、公園の桜が風に揺れながら花びらを地面に撒き散らす、そんな風景が脳裏を横切っていく様でもある。
戦中派。かつての日本が経験したアジア太平洋戦とそれに続く日中戦争の時代、太平洋戦争開戦の1941年から終戦の1945年までをまさに兵士の主力として生きた世代。これを年号に直せば1920年か -
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1926年生まれ。生きていれば今年100歳。読みながら浮かぶのは父のことでした。著者が定義する戦中派は1917年生まれから1927年生まれ。読む前はまったく意識していませんでしたがページをめくりながらすっかり個人的な感慨に引きずり込まれていきました。我が家の「戦中派」は、この本に登場するような人々のように文字で自分の気持ちを表明したり残したりする人ではありませんでした。家庭の中で戦争についての思い出をまったく語りませんでした。言葉数が多く考えていることがわかりやすい母との対比で無口で心の中が見えない父のことは苦手意識があり積極的に彼の戦争時代、いや青春時代の話をこちらから聞くこともありませんで
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【時代背景が違えばこうも違う?】
世の中の酸いも甘いも、大人たちの裏表も汚れも知らず、したがってそれに対処するしたたかさも処世術も身に付けていない。無色透明に近いゆえに周囲に染まりやすい。そんな年ごろにあった彼らが対峙を迫られたのは、概念としての戦争ではなく、目に見える現実としての徴兵、学徒出陣、特攻、そして「死」であった。
僕が彼らと同年代であったころ、僕は一体どんなことを考え、何をしていただろう。母に対する憎悪はあったものの、何の疑問も心配も抱かず思う存分に勉学に打ち込むことができた高校時代。進学を機に親元を離れてからは、夜更かし、テニス、ゲームにバイト、合コン。授業?何のため?単位の -
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ネタバレ前半少しだるかったが、後半、そこで得た時代背景や状況をベースに、喜八の心情や作品の解釈へと迫っていく筆致に感動を覚える。
自分が何故、喜八に惹かれるのか、自分が何を大切にしたいと考えているのかを明らかにしてくれる。
様々、この本を読んで、喜八の姿勢を身に着けたいこと、考えること・探究したいことが出てくる。
【喜八から学びたいこと】
・「喜劇っていうのは、だから、本当に痛烈だなって思う。見ているときは、可笑しくて仕方ないんだけれど、おかしゅうて、やがて悲しい・・・、とそういうものを、どうしてもやりたい」
・人の心の中にあるものを、手艇的に大事にしてくださる方でした。それは相手が二十歳そこそこの -
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優秀な昭和の参謀は戦後の日本社会をつくったという側面もある 敗戦の元凶になったと考えられる陸軍の参謀もいるが、彼らは戦後日本の復興の大きな力になったということがわかった。
石原莞爾、服部卓四郎、辻政信、瀬島龍三、池田純久、堀栄三、八原博通という7人の陸軍参謀の生い立ちと功罪が紹介されている。
参謀養成では議論が重んじられたが、相手を言い負かす者がもてはやされていたそうだ。また、彼らを使いこなし、対局を判断できる本当に優秀なリーダーが不在だったのではないだろうか。だから関東軍のように命令に従わない組織が罷り通っていたのだろう。辻政信などは最低だと思う。
戦争には負けたが、戦後日本の -
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まさに、「戦中派」についての本である。
この本が興味深いものになったのは、岡本喜八の学生時代の日記が発見され、著者がそれを読むことができたことが大きいようだ。例えば、この日記により、ある映画を山田風太郎が同日同劇場で観ていたことが判明する。
この日記何とか書籍化されないものですかね。
個人的な事ですが、私の父は岡本喜八より一月前の生まれ、即ち同学年の同級生よりも一年遅れで徴兵検査だった。このため、海外の戦地に行かされることなく、千葉県で本土決戦要員として訓練中に終戦になったという経験だった。これにより、私もこの世に存在することができたという事らしい。 -
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とにかく見方によって評価が変わる人物、というのが感想。どんな人間も見方によって変わるとは思うが、辻政信に関してはその振れ幅が大きかったのだろう。陸軍での上官の評価のエピソードが出てきたが、評価が極端に違うところが印象的だった。
独断専行が目立つ無謀な軍人のイメージがかなりあったが、膨大な量の試験の採点・添削をこなした話などをみると、なんでも1人で全部やらないと満足できないタイプだったのかと思う。そして、それが極端で度を越していたのだろう。
こういうタイプは会社組織などにも普通にいると思うが、そういった人物をどう制御し活用するか、といったところを学んでいくべきなのだろう。結局、軍隊も、政党や国会 -
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●=引用
●また、1952年(昭和27年)10月4日付読売新聞夕刊で、劇作家の三好十郎は「戦争から与えられた苦しみに対する日本人の鈍感さだ」を問題とした。(中略)三好は、辻を念頭に「大衆にわかりやすい言葉と英雄的な身ぶりで発言しはじめた」と懸念する。そして、「辻氏のように、『再軍備ではなくて新軍備だ。北海道は五個師団、その他は四十歳以上の民兵で守る』と端的に確信ありげに言い切られると、ついフラフラとそれについて行くのである」と民衆の節操のない態度にも批判の目を向ける。さらに、それに対抗し、民衆の支えとなるような意見を出すべきである「学者やインテリゲンチャは大衆の場で発言しようとしない」とする -
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やはり参謀という上位にいた方々だけあって、彼らの一つ一つのエピソードは日本の行く末に大きく影響を与えたり、影響を与えられたかもしれなかったりで、とても濃密。彼らの判断が、何万人もの人々の命に関係した。
本書で取り上げられている参謀は「言葉だけ」の参謀ではなかったことが、彼らが数多いる他の参謀たちと比べて異なっている点であった。やはり、現場力だとか行動力など人を惹きつける部分があり、それらが言葉や知識によって裏付けされている点、「どうせ机上の空論だけでしょ」といった考えを覆す振る舞いが彼らにはあったのだろう。
個人的には、彼らの戦時中の経歴にも関心はあるが、どちらかというと戦後彼らが何をしたのか