井戸川射子のレビュー一覧
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児童養護施設に暮らす小学5年生の集(しゅう)。園での年下の親友・ひじりとの楽しみは、近くの淀川にいる亀たちを見に行くことだった。
▽感想
子どものような日記で、何となく句読点や文章が幼く感じる。子ども目線で物事がかかれており、慣れるまで読みにくさが多少あった。
話の道すじもまっすぐではなく、あっちにいったり、こっちにいったり。
モツモツと集とひじりで紫色の花の世話をしたり、養護施設の中の様子を話す様子も全部、愛しい子どもたちの目線だった。
子どもならではの狭くて、だけどいろんなところを見てる独特な視点をよくここまで書き込んだなと思った。 -
Posted by ブクログ
ネタバレモツモツのアパートから集やひじりが移動させた紫色の花が、まるで集たち自信を表しているようでなんとも言えない気持ちになった。
どこから来たのかも分からない、なぜそこにあるのかも。
まるで孤児である集なようで、
また、
おばあちゃんの家に移された花も一見育ちやすい、幸せそうな環境になったようには見えたが、
おばあちゃんに掘り返されたかどうかは謎なまま。
まるで、
お父さんの元へ帰ったひじりのようだった。
なにが本当の幸せなのか考えさせらる本だった。
P48
浅いところは石で痛くて、深いところは怖いんやった。注がれてくる水が水をまたいで、川は群れでめっちゃ飲んでしまう。勢い、流れ落ちひんためには、なにかの形にしがみつかなあかん。水の帯がこうやって囲むんやなと思う、まだ大事なもんみたいに握りしめている網は何も助けへん。残りの指で傍の石をつかむけど固定もされてない、一緒にただ押し出されてしまう。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ全体的にやわらかな文章。けれど中身は濃く、たまに鋭く容赦なく突き刺してくる印象の一冊。
児童養護施設で暮らす小学5年生・集(しゅう)の物語『ここはとても速い川』と、特定の住所を持たず生活拠点を点々としながら生活するアドレスホッパー・あいりの物語『膨張』。
両者は全く異なる物語のようだけれど、私にとってはとても近い世界の物語のように思えた。
大人の都合で生活拠点を決められた子供たち。"普通の暮らし"が何なのか。どんな生活ならいいのか。そんなことは人それぞれの価値観だからどうでもいい。けれどそれに従うしかない子供たちの気持ちはどうなるのか。読みながらずっともやもやしてしまった。
『膨張』の、アドレスホッパーを続ける母親に付いていく息子・ウオに、こういう暮らしをどう思うか尋ねた時の返事「思って、変わる?」。その後ウオが逆に聞き返す「大人に踏みつけにされたことある?」。そしてその翌朝行方知れずになるウオ。
表題作。児童養護施設で共に暮らしていた年下の親友・ひじりが施設を離れ実父の元に帰ることに。集とひじりの会話が印象的。
「二人(ひじりとひじりの実父)でいると、僕がここを盛り上げな、と思ってまう」
「夕ご飯の時、今かって上田先生とか朝日先生が喋りまくってるんでもないやんか。大人と話なんか合うわけないねん」
「ほんで、目の前にいてくれてる親は自分の子なんて、眺めてるだけでもう楽しいんやろ」
ひじりとウオ。環境も事情も異なるけれど、大人に振り回されていてどこか諦めているように思えてならない二人。そんな二人に感情が揺さぶられ、もやもやが止まらない。 -
Posted by ブクログ
本書の著者・井戸川射子さんは、高校国語教師→詩創作開始→中原中也賞→小説デビュー→本作で野間新人文芸賞→『この世の喜びよ』で2022下半期芥川賞候補(1/19発表予定)と、異色の経歴をお持ちのようです。
本書は2編の短編集で、井戸川さん初読でした。
○表題作「ここはとても速い川」
児童養護施設に暮らす子どもたちの日常を、主人公の小学生の視点で綴った物語
○小説デビュー作「膨張」
定住する特定の家を持たず、居住先を転々とするアドレスホッパーの人々の物語
2編の共通点として、主体としての子ども・大人の違いはあれど、社会の中での生きにくさを扱っている点が挙げられるかなぁ‥。
とりわけ子どもの場合は、分からないこと、嫌なこと、怖いこと、悲しいこと等を上手く言葉にできません。その分、大人をよく観察していて、下手な同情や子どもの心を探ろうとする態度や質問に対しては、ごまかし、避け、距離を置くのですね。
2編とも、お涙ちょうだい的な悲しみの抒情に流されず、さらりとむしろ軽やかに言葉を重ねる表現力に秀でていると感じました。
ただ、表題作は、子ども目線での状況(思考の対象)が次々に変わるとともに、ほぼ改行のない関西弁の文章が続くためか、平易な言葉でありながらスルッと入ってこない印象を受けました。(※改行なしは他の一編も同様)
短編なのに長く感じる所以はこの辺にあるのか、言葉の重みか、私には熟考を要するなぁ‥。