北海道礼文島で多発した寄生虫による感染症「エキノコックス症」から島民の命、暮らしを守るための闘いを描いた作品。
エキノコックスは中間宿主であるネズミを食べたキツネや犬、猫が終宿主となりその体内で成虫が卵を産み、それが糞とともに体外に排出される。
なんらかのきっかけで人がその卵を摂取すると、肝臓肥大や
...続きを読む肝硬変などをもたらし、死に至ることもある。
昭和29年に道立衛生研究所から礼文島へ感染経路を調べる現地調査のため派遣された土橋は、日々、野犬の剖検に没頭するが、エキノコックスの痕跡を見つけられず、衛生研究所は11名の調査団を島に送る。
そして、野生動物だけでなく、島民が飼育している犬や猫まで全て捕獲、処分してのエキノコックス終宿主根絶に乗り出す。
ただでさえ、島民との間に断絶があった土橋は、島民が可愛がっていた動物の命を断つという立場に立たされ苦悩する。
史実や調査研究に基づくドキュメンタリータッチでありながらも、土橋が島民の思いや営みに向き合いながら使命を果たしていく姿を描いた人間ドラマとして、読みごたえのある作品になっている。
島民の立場に立ちながら土橋と友情を交わす役場の職員・山田、人格者で島を愛する議員・大久保、冷徹だが洞察力のある上司・小山内など、多彩な登場人物と土橋の交流が心に響いた。
礼文島の美しい風景や風土にも触れられ、旅情がかきたてられた。
また、寄生虫、病原体が物資輸送網の発達、海外取引や戦争などの人間活動により移動範囲を広めるという現在のコロナウイルス感染をにらんだ記述も盛り込まれていた。