「何を書くか」×「どう書くか」=面白い物語。このとっても簡単な公式、頭に叩き込んでください。そこからスタートです。あなたの机の前の一番目立つところに貼ってもいいくらいです。なぜなら、多くの方が「どう書くか」という技術を、ここまで言っても軽視するからです。
物語をつくるという行為が、センスや感性だという思い込みがあるからでしょうか。もちろん、センスや感性は必要です。ですが、表現技術は、あなたのセンスを発揮するためにも必要なのです。技術が中途半端なまま創作に向かうから、結果が出ないのです。
創作の技術なんて身につけたら、人と同じものしか書けなくなると思って、手を出さない方もいます。大きな間違いです。公式を思い出してください。「何を書くか」に「どう書くか」が掛け算となって、初めて物語は成立します。
もしも、ありふれた作品しか書けないとしたら、それは、技術と作家性の両方が足りないのです。技術だけのせいではありません。
ちなみに、作家性は、技術力がつけばつくほど伸びます。表現力がつけば、表現の幅と深さのレベルが変わるからです。技術の向上によって、作家として見えてくる景色も、描ける世界も変わります。
感覚に頼って書き続けていたら、人の心に残る物語を、コンスタントに生み出すことはできません。
「どう書くか」という技術が、あなたの創作の領域を広げてくれます。
面白いか、面白くないか、というのは、個人の感覚でもあります。観客・読者の趣向については、作者側にはどうすることもできません。だからこそ、趣向に左右されない部分を詰めておきたいのです。それが、「どう書くか」という表現技術です。表現技術によって、最低限の面白さは担保できます。あとは、「何を書くか」という、あなたの作家性を掛け合わせるだけです。
忍耐というか根気というか、そういうものを持ち続けていることが、むしろ才能(という言葉を使いたければ)才能なのです。 新井一『シナリオの基礎技術』(ダヴィッド社)
シーンを描く
観客や読者の目に直接触れるのが、シーンです。登場人物のアクション・リアクションを描きます。シーンを描くのは、創作の醍醐味です。一番楽しいところでもあり、一番苦しいところでもあります。筆が走る、筆が止まるというのは、まさにシーンを描くときに生まれます。
コンクールなどの選評で、もっとも多いのが、「設定は面白いのに、読み出したらアイデア倒れだった」というものです。日々の鍛錬が問われるのが、このシーンを描く部分です。シーンを描くために、具体的なアイデアを考える作家性とと、考えたアイデアを表現する技術が必要になります。
映像業界では、設定などのアイデアは、プロとアマチュアの差はないと言われています。出版の世界でも同様ではないかと感じます。
では、どこに差が生まれるのかというと、ディテールです。つまり、ワンシーン、ワンシーンの魅力の差が、プロとアマの差なのです。
わかりやすいのが、古典落語です。落語家によって、くすぐりなど多少の差異はあるものの、基本の噺は同じです。同じ噺なのに、上手い下手が生まれます。それは、語り口という、ディテールの差が、作品全体の表現力の差となって現れるのです。
シーンこそ、「どう書くか」を手の内に入れて、「何を書くか」に集中すべきところです。
アイデアがどんどん出てくるから、物語の設定を考えるのは好き、という方もいれば、アイデアが湧かなくて嫌い、という方もいます。物語の設定を考えることについては、得手不得手が大きく分かれます。
アイデアを出すのが好きな方も、嫌いな方も、アイデアをもとに物語の設定が作れないなら、悩みの根っこは同じかもしれません。それは、物語を書くためには、誰も思いつかないようなとびっきりのアイデアを思いつく必要がある、という思い込みです。まずはこの思い込みから脱出しましょう。
では、実際どうやったら、物語の設定はつくれるのでしょうか。
答えはシンプルです。物語の設定は、「テーマ」「モチーフ」「素材」の3つの要素の掛け算でつくればいいのです。
アイデア偏重型のみなさんは、どういうわけか、「モチーフ」をこねくり回して、面白くしようとする傾向があります。「モチーフ」というのは、簡単に言うと物語の題材です。アイデア偏重型の方は、物語の題材に変わったものはないか、いままで見たことも聞いたこともないものはないかと、必死になります。大切なことですが、「モチーフ」だけで考えようとすると、なかなかいいアイデアは生まれません。
そこで「掛け算」なのです。
映画『タイタニック』の3つの要素を見てみましょう。「主人公が、愛する人と添い遂げようとする話」を「テーマ」×「モチーフ」×「素材」で面白くしています。
・テーマ………人を愛することは、尊いものだ。
・モチーフ……身分違の恋 タイタニック号の沈没
・素材…………天:1912年
地:イギリス サウサンプトン港 タイタニック号
人:画家志望の貧しい青年・ジャック 上流階級の令嬢・ローズ
沈没するタイタニック号というのは、一見、強烈なモチーフのように見えますが、そこで誰と誰が、何をするか、があればこそです。「モチーフ」だけで、面白くなるわけではありません。
物語の設定は掛け算でつくる、ということを心に刻んでください。それだけで「設定がありきたり」と言われることを防げます。
意外に思うかもしれませんが、プロの世界でも3要素を整理できていない、なんてこともあります。シナリオ・センターでも、映画やテレビドラマのプロデューサーの方々向けの研修を依頼されますが、こういった背景があるのかもしれません。
いまのプロデューサーたちの言うことに、テーマがないんですよ。モチーフはあるけれど、テーマがない。しかも、もう一つ始末が悪いのは、テーマとモチーフを混同しちゃってるんですよ。 倉本聰、【聞き手】碓井広義『脚本力』(幻冬舎)
テーマは旗印だ、と言うと、最初から明確なテーマがなくてはいけない、と思い込んで行き詰まってしまう方もいるかもしれません。
テーマを考えるタイミングについては、プロの作家の方でも、最初から考える方もいれば、書いていくうちにだんだんとテーマが見えてくる、という方もいます。
テーマを考えるタイミングや、テーマがハッキリとするタイミングは、作家ごと、作品ごとに違います。テーマは、最初から設定しても、あとからはっきりさせてもかまいません。書き進めている間に、想定したテーマから変わって、本当に伝えたいものが見えてくる場合もあります。
テーマの役割は、物語の旗印です。だからこそ、テーマの条件は3つあります。
・テーマは一言でいえること
・テーマは一つであること
・テーマは、無言で伝えること
テーをどう考えればいいのかわからない方も、テーマがたくさん浮かんでしまう方も、テーマの条件がわかれば考えやすくなります。
まずテーマは、一言で言えるものにしてください。例えば、「友情は大切だ」「母の愛情は無償だ」「戦争は悪だ」「愛はお金よりも尊いものだ」などが挙げられます。これくらいシンプルで構いません。
ただし、注意が必要です。それは、「友情」「母の愛情」「戦争」「愛」だけでは、テーマにはならないということです。作者であるあなたが、友情について、母の愛情について、どう考えるのかを示す必要があります。
なぜなら、テーマが「友情は大切だ」と「友情はもろいものだ」「友情はお金で買えないものだ」では、物語の方向性は変わるからです。テーマを考えるときは、何かしらの「〇〇」について、作者の主張「△△」が必要になります。テーマを考えるときの公式です。
テーマは、シンプルに考えてください。
「人とのつながりは尊いけれど、面倒なものだ」とか「誰かのためを思う厳しさは時に理解されなくても必要なものだ」がテーマだとしたら、物語の方向性は掴めません。
テーマをシンプルにするのが怖い、という方は思い出してください。物語の設定は、「テーマ」単体で考えるものではありません。「テーマ」「モチーフ」「素材」の掛け算です。ですから、シンプルでいいのです。
試しに、あなたの好きな作品を5つ取り上げて、作品のテーマを「〇〇は△△だ」に当てはめてみてください。シンプルなテーマに、落ち着くはずです。
かなり大雑把ですが、大抵のラブストーリーのテーマは、「素直になること」です。青春ものなら「友情は、代えがたいものだ」、ヒューマンドラマなら「自分と向き合うことは、必要だ」になります。誤解を恐れずに言えば、一言で言えることを、2時間使ったり、15万字使ったりして表現するのが、物語なのです。
秋元 作詞なんかも同じで、ラブソングで「私はあなたが好きです」以上の歌詞はない。それを「この紙マッチが消えるまであなたを見ていたい」と表現して、頂上は一つしかないのに、どのルートから登るか、一生懸命回り道をするしかないんだよ。
川村元気『仕事。』(集英社)
「テーマ」「モチーフ」「素材」を使って、どう考えればいいのか、おわかりいただけたと思います。
ですが、この3要素の中に、何を入れるのかは、あなた次第です。創作講座で用意したのは、器です。器の中身は、あなたが用意するものです。
新井一は、創作する人間には、「作家の眼」が必要だと言います。作家の眼というのは、あなた自身が、人間を、そして、人間を取り巻く社会やものごとをどう考えるか、ということです。
「戦争は悪いことだ」ということは、子どもでもわかります。ですが、戦争を歓迎する人々は実際にいるわけです。「貧富の差はよくない」ともよく言われます。ですが、現実はそうではありません。ものごとの上っ面だけを眺めていても、作家の眼とは言えません。一筋縄ではいかない私たち人間の心を、そして営みを、あなたがどう考えるのかということが、作家には常に問われます。
人間には、いろいろな面があります。性格は単一ではありません。ですが、物語の登場人物のキャラクターは同じように考えてしまうと、メリハリが生まれません。観客・読者が混乱してしまうのです。
例えば、イラストで、ジョン・レノンを描こうと思ったら、丸メガネと大きな鼻、ヒットラーであれば、前髪とちょび髭だけで伝わります。登場人物もある面を誇張することで、人物像が伝えやすくなります。
「〇〇すぎる性格」という言葉を使って、考えてみてください。これは、『シナリオの基礎技術』(ダヴィッド社)の中で、新井一が性格はデフォルメするといいと表現したことを受けて、シナリオ・センターの浅田直亮講師が考案した考え方です。登場人物をつくっていく上で、非常にわかりやすい方法です。
「気が強い性格」ではなくて、「気が強すぎる性格」。「真面目な性格」ではなくて「真面目過ぎる性格」。「優しい性格」ではなくて、「優しすぎる性格」という感じです。「〇〇すぎる」とすることで、キャラクターの輪郭がはっきりします。
「〇〇すぎる」をキーワードに考えたら、次に、「憧れ性」もしくは「共通性」を考えます。人間は多面的ですが、登場人物を多面的に描いてしまうと、観客・読者は混乱します。二面性で十分です。
憧れ性とは、観客・読者が登場人物に対して憧れてしまう面で、共通性とは、自分と同じだなと思う面です。どちらから先に考えても構いません。
ただし、重要なポイントがあります。ここでズレが発生すると、キャラクター設定が難航します。次の分は、とても重要です。マーカーのご準備を。
憧れ性と共通性は、性格に紐づけて考えるべし。
必ず「こんな性格だから、こういう憧れ性が考えられるな」「こんな性格だから、こういう共通性が考えられるな」と発想してください。性格に紐づいて、憧れ性と共通性がつくられることで、キャラクターに軸が生まれます。
憧れ性とは、観客・読者が登場人物に憧れを抱く面です。自分にはできないことをできる人に、わたしたちは憧れを抱きます。それこそ、自分には生み出せないような作品を書く作家に、憧れを抱くのと同じです。
憧れ性を考えるポイントとしては、人物の内面的な気質を考えることです。「誰にでもはっきりと意見を言える」や、「どんなときも落ち込まない」などです。
例えば、アクションものの主人公を考えるとします。「正義感が強すぎる性格だから、弱者を放っておけない」とすると、どんなに相手が強くても、身をていして弱者を守ろうとする登場人物のキャラクターが見えてきます。
憧れ性を、特技や特長と混同してしまうことがあります。注意が必要です。仮に、憧れ性を「柔術の使い手」や「銃の腕がピカイチ」「ヒーローに変身できる」などにした場合、性格と紐づけたときに違和感が生まれます。「正義感が強すぎる性格だから、柔術の使い手」「正義感が強すぎる性格だから、ヒーローに変身できる」では、性格と結びつきません。
次に共通性です。共通性があることで、観客・読者は登場人物に感情移入ができます。共通性はとても重要です。
例えば、天才的なバッターである野球のイチロー選手。世界でも活躍し、打席に立てば、4割近い打率を誇ります。練習熱心で、試合中もクール。表情ひとつ崩しません。憧れ性は十分ですが、親近感は湧きません。
そんなイチロー選手が、国際試合で負けたときに、かつてないほど悔しがりました。その姿がテレビ中継で放送され、「あの天才も自分と同じように、うまくいかないと悔しいのか」と、多くの方が共通性を感じました。イチロー選手の人気が、さらに高まったのは、言うまでもありません。人は親近感が湧くと、感情移入するのです。
登場人物に共通性をつくるのは、観客・読者と登場人物の間の距離を縮めるためです。思い出してください。登場人物をつくる目的は、観客・読者を感情移入させるためです。そのキーになるのが、共通性なのです。
共通性をつくるときのポイントも、性格と紐づけることです。「こんな性格だから」と発想してください。
「正義感が強すぎる性格だから、人とぶつかりがち」「正義感が強すぎるから、頼まれたら引き受けがち」などになります。
共通性を考える上で、注意が必要になります。それは、共通性を短所と考えてしまうことです。共通性には、短所の意味合いも含まれますが、「短所を考えればいいんだな」と理解してしまうのは、間違いです。短所に感情移入できるわけではありません。短所を考えるのであれば、人間には誰しも短所や欠点があるので、観客・読者が「自分にも同じようなところがあるな」「人間って、そういうところがあるよね」と親近感を持つかどうかを基準にしてください。
性格を考えたら、憧れ性と共通性を紐づけながら考えます。
「〇〇すぎる性格、だから憧れ性は、△△。共通性は、××かしら」
「〇〇すぎる性格、だから、共通性は。××しがち。なら憧れ性は、△△」
『ローマの休日』アン王女なら、「好奇心が旺盛すぎる性格だから、憧れ性は、新しいことに挑戦できること。なら共通性は、後先を考えずに行動しがち」
『となりのトトロ』草壁サツキなら、「真面目過ぎる性格だから、共通性は、何でも抱え込みがち。なら憧れ性は、相手のことを尊重できる」キャラクター。
『ゴッドファーザー』マイケル・コルレオーネなら、「冷静すぎる性格だから、憧れ性は、感情に流されず行動できる。なら共通性は、人を傷つけがち」なキャラクター。
この3つの要素が、感情移入できるキャラクターづくりの第一ボタンです。ここが軸になります。3要素がバラバラにならないように、考えてください。
ここからは、起・承・転・結のそれぞれの機能について、考えやすい「転・結・起・承」の順に説明していきます。
誰でも知っている、昔話の『桃太郎』を例に説明します。『桃太郎』のお話の流れはこうです。
「桃太郎が誕生」→「村が鬼に襲われる」→「桃太郎、鬼退治を決意」→仲間が集まる」→「鬼が島に向かう」→「鬼が島で戦う」→「鬼を倒す」→「めでたし、めでたし」
まず「転」です。転は、物語のクライマックスです。物語が、一番盛り上がるところです。観客・読者が、涙を流したり、主人公がどうなるのか、ドキドキして見守ったり、意外な事実に驚いたりします。構成の山の一番高いところが、転になります。『桃太郎』であれば、「鬼が島で戦う」から徐々に盛り上がり、「鬼を倒す」場面が最高潮に盛り上がるクライマックスです。
では、転の機能は何でしょうか。転の機能は、観客・読者に物語のテーマを伝えることです。たった1つのテーマを表現するために、物語は綴られます。物語の設定をつくるときに考えたテーマは、起、承を経て、転で観客・読者に伝わるのです。
例えば、テーマを「力を合わせることは大切だ」にしたとします。自分たちよりも圧倒的に力の強い鬼に対して、桃太郎は、サル、イヌ、キジと、ここで初めて力を合わせて戦います。そして、鬼を倒すことに成功します。
もしもテーマが、「勇気を持つことは大切だ」だとしたら、肝心なところで一歩進むことができないでいた桃太郎が、クライマックスで勇気を振り絞り、鬼を倒すというシーンになります。
テーマは、主人公の行動を通して、観客・読者に訴えるものです。主人公の持ち味を最大に発揮して主人公の主人公たるところを見せることで、物語の盛り上がりを利用して、あなたの訴えたいテーマを観客・読者に届けるわけです。
転の機能は、テーマを伝えることでした。では、「結」の機能は何でしょうか。
結は、おそらく多くの方が誤解をしています。というのも、結というのが、結論の「結」と同じ感じなので、ここで結論を伝えるのではないかと思ってしまうのです。
もう1つの誤解パターンは、結を話のオチだと思っているパターンです。4コママンガは、4コマに起承転結がちょうどハマるように見えるため、結はオチだと誤解されがちです。どちらも物語の構成法においては間違いです。
結の機能は、転で伝わったテーマを定着させることと、テーマの余韻を感じさせることです。結は、構成の仲でもっとも短くなります。2時間の映画で言うと、ワンシーン、もしくはツーシーンくらいしかありません。ほんの数分、もしくは数秒ということもあります。
先ほどの『桃太郎』の例で言えば、「めでたし、めでたし」の部分が結です。「力を合わせることは大切だ」がテーマであれば、転のクライマックスで、力を合わせて鬼を倒した桃太郎一行が、お互いに肩を貸し合って、鬼が島を去っていくようなシーンになります。
「勇気を持つことは大切だ」がテーマであれば、勇気を振り絞って鬼を倒した桃太郎に、3匹が顔を見合って驚きながらも、うれしそうに走り寄って、茫然としている桃太郎を担ぎ上げるようなシーンになったりします。
結では、テーマを定着させるシーンを作者が用意することで、観客・読者は、作品世界の余韻に浸れるのです。この時間があることで、観客・読者は、「無事に鬼退治ができてよかった」「仲間っていいなぁ」「自分も一歩踏み出してみようかな」という気持ちになります。この時間をつくるのが結です。
結がないと、観客はいきなり物語の世界から放り出された気分になります。せっかく感情移入して楽しんでいた作品から、雑に放り出されるのです。
この感覚を身近な例で探してみると、コロナ禍で一時期流行った「Zoom飲み」がピッタリとハマります。飲み会が終わって、、「じゃあね~」と退室のボタンを押すと、パソコンのデスクトップが映り、一気に現実に引き戻されます。楽しかった分、退室した後の味気無さは尋常ではありません。物語でも結が機能不全になっていると、「Zoom飲み」退室直後の現象が、観客・読者の中で起きてしまうのです。
前述した通り、物語のジャンルにもよりますが、結は、基本的に短いのです。そのため、転と結はワンセットで考えましょう。物語は、転と結に向かって進んでいきます。構成術とは、転と結で観客・読者が感動するように組み立てていくことです。
転・結に向かって、物語は進行していきます。「起」は言うまでもなく、出だしの部分です。書いては消してを一番繰り返すのが、「起」と言えます。
どう書き始めればいいのか、という悩みを持つ方も多いでしょう。機能がわかれば解決しやすくなります。
まずは起の機能について、整理していきましょう。起の機能は3つあります。
・天地人を紹介する
・物語のジャンル・テイストを伝える
・アンチテーゼから始める
1つ目の起の機能は、「天地人」の紹介です。天地人は、すでに取り上げています。
天:時代、情勢
地:物語の舞台となる場所・土地
人:登場人物
素材のところでアイデアを出した「天地人」を、実際に物語の中で伝えていきます。天地人を伝えることで、観客・読者に向けて、この物語が、どういう時代の、どこを舞台にした物語なのか。そして、登場人物はどんなキャラクターなのかを伝えます。
『桃太郎』では、天地人を次のように紹介しています。
天:むかし、むかし
地:あるところに
人:おじいさんとおばあさん
2つ目の機能は、物語のジャンル・テイストを伝えることです。
これから始める物語が、シリアスな物語なのか、コメデイタッチな物語なのか、ジャンルやテイストを、起の段階で伝える必要があります。
観客・読者というのは、これから始まる物語に対して、どういうふうに接すればいいのかを、自然と探っています。おそらく、あなたも知らず知らずのうちにやっています。作者は、起で観客・読者に心の準備をしてもらうのです。戦争ものだとしても、コメデイとして描くのであれば、コメデイタッチに始めなければいけません。
さらに起で表現したジャンルやテイストは、物語の途中で変えてはいけません。観客・読者が、ついてこられなくなります。もしもサスペンス作品の中に、コメディパートを入れるとしたら、それはワンシーンのエッセンスとして入れるべきです。途中からコメデイの要素が強くなる、というような描き方はしてはいけません。
3つ目の機能は、アンチテーゼから始めることです。アンチテーゼというのは、テーマの反対という意味です。
例えば、先ほどの『桃太郎』で言えば、「力を合わせることは大切だ」というテーマを描くのであれば、仲間の力なんて必要ないと思っている主人公、もしくは、仲間の協力は必要だけれども、協力が得られない状況にいる主人公の姿を描きます。
なぜ、起でアンチテーゼから始めるかというと、物語は主人公の考えや状況などの変化や成長を描くものだからです。変化を描くためには、転で描くテーマに対して、反対となるアンチテーゼから入る必要があります。
「仲間と協力することは大切だ」というテーマに対して、仲間と常に協力して物事を進めていく桃太郎では、クライマックスが盛り上がりません。クライマックスでも、仲間と協力するのですから、誰もが「そうでしょうね」と思うだけです。
さらには、アンチテーゼがないと、承で主人公に生じる障害も描きにくくなります。観客・読者は、主人公が障害にぶつかって葛藤するからこそ、「どうなるんだろう」「どうするんだろう」と感情移入をします。
構成を考える順番を、転・結・起・承とした理由も、ここにあります。転のテーマが決まっていれば、起のアンチテーゼのアイデアが出てきやすくなります。出だしが上手く考えられないという方は、転・結→起の順で考えてみてください。
起で始まった物語を、転まで結び付けていくのが「承」です。承の機能は、主人公に障害をぶつけて困らせ、主人公を葛藤させることです。葛藤する主人公の姿は、観客・読者をハラハラさせたり、ドキドキさせたり、ときにはイライラさせたりします。つまり、承で、観客・読者の感情をどんどん動かしていきます。
承には、起と転をつなぐ役割があります。そのため、承の障害は、テーマとアンチテーゼに紐づけながら、主人公が困ることを考えてください。そうすることで物語の軸がブレなくなります。
起承転結の機能を踏まえて、箱書きをつくることで、主人公のアクション・リアクションを主体としたアイデアが湧いてきます。
〈中略〉
「起」は何といっても、物語の最初の部分です。ここで惹きつけられないと、観客・読者は離れてしまいます。なので、箱書を眺めながら、どのような出だしにすればいいのかを考えます。出だしの種類は2つ。「張り手型」と「撫ぜ型」です。「張り手型」でいくか、「撫ぜ型」でいくか、考えてみてください。
撫ぜ型とは、ムードタッチに優しく撫でるように始める方法です。ホームドラマやラブコメデイなどに多く使われます。
「むかしむかしあるところに~」から始まる『桃太郎』は、撫ぜ型です。撫ぜ型は、天地人の紹介がしやすい反面、出だしにインパクトが少し足りません。説明的にならないように工夫が必要になります。
張り手型は、インパクトのあるシーンから入って、観客・読者の興味を引き出していく方法です。アクションものに多く使われる手法になります。
『桃太郎』も、おじいさんが大きな包丁を持って、桃に振り下ろす、というシーンから始まると、張り手型になります。他にも、村が鬼たちに襲われるところから始まるという出方でも、張り手型になります。
張り手型は、インパクトのあるシーンから入るため、観客・読者を物語の世界に引き込みやすい反面、そのシーンに対する「あと説」が必要になります。
「あと説」というのは、トップシーンのあとに、そのシーンの状況や意味を説明することです。あと説となるシーンを、説明的にしない工夫が必要です。
物語をどこから始めるかについても、箱書を眺めながら検討できます。どこから始めるかを考えるキーワードは、ドラマのあるところから始める、です。
とくに、中箱を考えるときに、必要になります。大箱「桃太郎、誕生。わがままに育つ」に対して、中箱が4つあります。順番を変えたり、出だしを変えたりできます。例えば、「おじいさんとおばあさんの侘しい生活」から始めてもいいでしょうし、「桃太郎、元気よく誕生」から始めてもかまいません。
もしくは、「おじいさんとおばあさん、村の子どもたちをぼんやりと眺めている」という中箱にしてもいいかもしれません。そして、小箱のアイデアとして、「本当は子どもがほしかった」というおじいさんとおばあさんの感情が出るシーンから始めることもできます。
ドラマのあるところから始めることで、観客・読者を惹きつける起にしてください。鯛焼きの一口目に、あんこ(ドラマ)がなかったらがっかりしますから。
起の機能は、3つあることから、起は物語の中で、もっとも説明的になりやすいパートです。
シナリオ・センターの受講生の作品でも、起が「紹介=説明」になりがちです。観客・読者が理解できることと、面白いことは、イコールではありません。「わかるんだけど、面白くない(引き込まれない)ではいけません。
そこで、これまでお話したアイデアを活かして、観客・読者を惹きつける「つかみ」をつくってください。
転は、物語が一番盛り上がるクライマックスです。クライマックスのポイントは、主人公にとって最大の障害をぶつけ、主人公がどう向き合うかを考えることです。
テーマが、「力を合わせることは大切だ」だとしたら、クライマックスで桃太郎一行は一致団結して、鬼と向き合わなければいけません。主人公である桃太郎は、このクライマックスまで、なかなか仲間と協力することができない、何かを抱えています。
仲間と協力するためには、桃太郎は、仲間たちに頭を下げなければいけないかもしれませんし、仲間のために自らを犠牲にしなければいけないかもしれません。
訴えたいテーマをもとに、主人公が乗り越えるべきものは何か、そしてどのように乗り越えるかを考えてください。
「ドラマとは変化である」と、新井一は言います。主人公の考えや、置かれた状況に変化が出る「転」になっているかを、箱書を眺めながら確認します。
テーマとアンチテーゼの関係性がズレてしまうと、チューニングの合わない楽器のように、物語全体のハーモニーが崩れてしまいます。転を考えたら、起を。起を考えたら転を考えるというように、大箱の段階からワンセットで考えてください。
結の機能は、テーマの定着と余韻です。『桃太郎』なら「めでたし、めでたし」の部分が、結になります。転で訴えたテーマの余韻が感じられるシーンを考えます。
「力を合わせることは大切だ」がテーマであれば、協力したあとの一体感が伝わるシーンや、桃太郎一行ならではの仲間らしさが出るようなシーンを考えます。
連続ドラマやマンガなどの続きがある作品の場合、一話ごとの最後のシーンが結になります。この場合は、余韻の代わりに、期待もしくは不安の要素を考えます。観客・読者に「え? このあと、何か起きるの?」と思わせる結にしてください。
箱書は、物語の全体の流れを眺めながら、ああでもない、こうでもないといろいろなアイデアを出すときに便利なツールです。構成の機能を掛け合わせることで、最強のツールになります。
「構成とは、誰にでも感動してもらうためのものである」と、新井一は言います。オリジナリティのある物語をつくろうとして、構成のセオリーを壊そうとする方がいますが、それは、型破りではなく、型崩れになるだけです。「音階を使わずに、新しい音楽をつくるんだ!」と言うようなものです。
構成のセオリーを壊すのではなく、構成のセオリーを使って、クリエイティビティを発揮してください。型を知るからこそ、型破りな作品がつくれます。ロジックを恐れない人だけが、あなた自身のクリエイティビティを満喫できるのです。
あなたは、観客・読者の感情が動くシーンをつくればいいのです。そのため、第1章でお伝えしたように、ドラマを描けばいいのです。人は、ドラマに心を動かされます。そしてドラマとは、人間を描くことでした。ということは、面白いシーンにするために、人間を描けばいいわけです。それには、作家の「眼」と「腕」が必要です。
人間を描くためには、作家であるあなたが、人間を、そして人間同士の感情の交流をどう捉えるか、さらに人間が属する組織や社会、地域、国、世界全体をどう捉えるかという、あなたならではの「作家の眼」が欠かせません。「こんなとき、自分だったら何を感じ、どう行動するのだろうか。っしてこの登場人物だったら、何を感じ、どう行動するのだろうか」と繰り返し考えることが、あなたの作家の眼を磨きます。
ですが、「作家の眼」だけでは、人間は描けません。あなたが捉えた「人間」を描き出す「作家の腕」が必要です。この両方が揃ったとき、あなたの作品は観客・読者の心を打ちます。
葛藤とは、等価値の選択肢の間で揺れ動く気持ちです。「家でゆっくりアイスを食べるか」「花子の機嫌をとって公園で食べるか」で、太郎は葛藤します。
対立とは、異なる意見がぶつかり合うことです。そう言うと、ケンカや口論を思い浮かべますが、仲のいい同士、同じ目的を持ったもの同士でも対立は起きます。人それぞれ個性があるために、表現が異なるからです。
相克とは、お互いが譲らない状態です。対立が深まった状態とも言えます。聞きなれない言葉ですが、家で食べたい太郎と、公園で食べたい花子の対立がエスカレートして、お互いに譲らないというのが、相克です。
アイスをどこで食べるか、というだけの話ですが、太郎の目的に対して、花子の提案という障害が投入されることで対立が生まれ、お互いが譲らない相克の状態となりました。太郎には、Aを取るかBを取るかという葛藤が生まれます。
葛藤・対立・相克と言うと難しいですが、要は障害によって主人公が困る状態になるということです。
初心者の方の作品では、ここで登場人物は葛藤するだろうというシーンで、さらっと次の行動、次の展開へと進んでしまいます。これは、人間を描くのではなく、ストーリーを進めることに気を取られているからです。
「人間を描く」とは、義理人情や世間体ではどうにも止められない人間の心の奥を、「作家の眼」で覗き込むことです。
ところで、セリフは説明的にならないほうがいいわけですが、物語の中で説明を1つもしてはいけない、ということではありません。
説明が必要なシーンは多々あります。ミステリーものなどで、探偵が推理をしていくシーンのセリフは、基本的に説明です。恋愛もので、主人公が好きな人に告白できないつらさを親友に打ち明けるとしたら、それも説明です。こういったセリフを「説明セリフ」と言います。
「説明セリフ」を使う場合、観客・読者が「知りたい」と思う前提をつくる、または、説明の内容を知らない登場人物に質問させるという2つの方法があります。
2つの方法を使うときにも、キャラクターならではの言い回しにすることは、忘れないでください。
シナリオにも、小説にも、その他すべての創作にも共通する点があります。創作は、書かなくては決して上達しない、という点です。
本書は、みなさんの役に立とうと一生懸命書いていますが、読むだけでは、うまくなりません。創作は、書くことが第一です。
ただし、闇雲に書けばいいわけではありません。サッカーが上手くなりたいからと言って、闇雲にボールを蹴っても、靴底を減らすだけ・創作なら、原稿用紙を汚すだけ、です。
では、上達のための条件とは何でしょうか。
1つ目は、課題を設定することです。自由に書いていい、と言われても、なかなか書けないのが人間です。習作を書くための課題を設けてください。例えば、「魅力的な男」「駅」「ハンカチ」などです。課題の長さは、短くてもかまいません。
2つ目は、その課題に、締切をつけてください。締切がなければ、これまた人間は中々書くことができません。
3つ目は、書いたものを誰かに見てもらってください。客観的な指摘ほどありがたいものはありません。
以上の3つは、最低でもクリアしてほしいところです。贅沢を言えば、各課題にどんな表現技術を向上させるためなのかという狙いがあることと、その狙いを理解した上で、アドバイスをくれる人がいたら、最高です。
〈中略〉
書き続ける環境をつくることも、上達するためには必要です。執筆する時間もあって、お金もあって、周りの理解もある、そんな都合のいいタイミングは、いつまでも訪れません。やるか、やらないか、それだけです。あなたの創作を支援し続けてくれる居場所を見つけてください。