竹端寛のレビュー一覧
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前半は他の竹端さんの本でも書いてあるような内容だったが、後半よかったなー。
迷惑かけてはいけない憲法。めっちゃ現場にいます。先生たち真面目すぎん?と思う場面めちゃくちゃあります。誰のためにというか、文句言われないためにやってる仕事多い。
迷惑かけていいから。とよく思う。謝らなくていいですよ。とよく思う。
そのために夜8時以降も残って仕事して、身体壊して、疲れて、自分の元気や余裕が子どもたちの元気と余裕につながることを共有したい。
時間がないじゃなくて、箇条書きとかの短い記録でいい。言葉でいい。楽していい。
子どもたちと「今、ここの満足」を共有できる関係でいたい。
昨日の比較で何かができるようになったから、成長したから褒めるではなくて、他の人と優れたからできたではなくて、今、できていることが嬉しいから一緒に嬉しい関係でいたい。
競争が好きな生徒は競争してサバイブの体験をさせればよい。自分が競争に勝てば誰かが負けている。勝つ原因も負ける原因もきっとある。そこに挑んで目標を達成する。危機感を煽って火がつくこともある。
安全基地でありたい。うまくいく時、いかない時もその人を認めていたい。何かができているからいいと条件付でなく、後付けの評価でなく。 -
Posted by ブクログ
著者の「ケアしケアされ生きていく」「能力主義をケアでほぐす」と読んできたが、本書はそれをさらにバージョンアップした書であった。署名の福祉という文字に惑わされるが、最終章にその意味が分かるが、つまりは誰もが生きやすい社会、それはトロントに通じる、ともにケアする社会ということだが。コロナによりケアについて関心が高まったが、コロナ後は予想通り何もなかったように社会は動いているが、激動の社会は何も変わってないわけではなく、だれもがこのままではいけないとうごめいている社会と思う。そうした今後の社会を見据えるうえでの羅針盤ともなる書と思う。ケアの定義で小林氏の「ままならぬものに巻き込まれること」ということに深く共感した。間主観性ともいうし、中動態にも通じることだと思う。
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子育てや介護は、する側がされる側に一方的にケアするものとして論じられやすい。でも実は、自身もまた、子どもや老いた親にケアされている側でもあるのだ。自らに子や老親が与えてくれているものに気がつくとき、ケアが双方向性を持つ行為であることがみえてくる。それを感じないまま一方的に自分が相手を支援していると思い込みつつケアをしていると、支援ではなく支配となっていく。労働を何よりも尊び生産性を至上のものとする昭和的価値観は、たしかに昭和においては焼け跡からの復興のために有効だった。ただし女性や障害者や性的マイノリティーなど多くの人々に犠牲を強い、社会から追いやるという結果も伴った。日本はとっくに衰退しているのにも関わらず昭和的価値観を引きずり続けているいまこそ、生産性至上主義の社会から、ケア的関係性を大切にする社会への転換の時期だと述べられる。医療や保育や介護にまで生産性向上を求めてくる厚生労働省の方々にも是非読んでほしい。
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「迷惑をかけるな憲法」
すごいキーワードだ。
正直「ケアしケアされ・・・」というタイトルから、
高校生に福祉の大切さを教える本かな?
と、期待薄で読み始めた。
ところが、、、
迷惑をかけるな憲法ときた。
現在の日本に蔓延する自己責任論のおおもと。
というか、私自身もこれに縛られて生きてきたように思う。
子供にも、「他人に迷惑をかけるな」をベースにしつけてきたような。
しかし今なら思う。
他人に迷惑をかけない、依存しない、なんてありえないのだ。
得手不得手は誰にでもあり、得意なことを得意な人にやってもらうのが
一番いいのだ。
そこに依存があっていいのだ。金銭が発生しようがしまいが。
著者は子供とのかかわりの中でいろいろ気が付いたと書いている。
子が生まれる前は夫婦それぞれの都合で生きてこられたのが、
子ができた途端、すべてが変わる。
100%親に依存する子供中心に、折り合いをつけていくことになる。
これは私も身に覚えがある。
資格試験の勉強もあり、長女のときは妻に大半を任せていたにしても、
少なくとも娘の存在で優先順位が変わったのは間違いない。
そして改めて思う迷惑をかけるな憲法。
私自身いまだに「障碍者」のために駅にエレベーターを作るなどは、
税金上?鉄道会社上?どうなのか、と思ってしまう部分がどこかにある。
結果的に若い人も老人もベビーカー連れも使っているので、
源は取れているのかもしれないが、、、(ちなみに私は使いません)
話がそれてしまったが、お金が絡むとややこしくなるが、
お互いの人間関係の中で、譲り譲られ、依存し依存され、
それが成立するのであれば、よいのだと思う。
それを、やたら権利だけを主張して、他人の心を踏みにじるような依存をしてはいかん、
ということだと思う。お互いの人間関係なのだ。
無償の愛、と言われる自分の子への対応だって、世話しながら親にさせてもらっている、
人間として得るものがたくさんあるのだ。
そう思えない人、ただ自分の時間が奪われた、お金が無くなる、と思ってしまった親が
ネグレクトになったり子を捨てたりするのだろう。
ケア という言葉はなんだかよそいきのことばのようで。
迷惑をかけるな憲法 しみた。
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子育てというケアを見直すきっかけになる良書。
ケア関係は決して一方的でなく、互いが互いを必要とする相互依存的な関係であると。
たしかに子どもを育てていて、「あ、自分を見つめ直すきっかけになってるな」と思うこともあるけど、それをうまく言語化してくれている。
子ども達には「もっと自由に生きてほしい、自分の考えを大切にしてほしい」と思っているのに、リミッターをかけていたのは親である自分じゃないのか。
「ちゃんとしなくちゃ」と、"迷惑をかけるな憲法"に侵された子ども達なんて見たくない。
まずは話を聞くことからはじめてみよう。
【Action plan】
お風呂と寝る前に布団に入っている時間は徹底的に話を聞く -
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ネタバレ今は福祉が必要でない人でも、自尊や自豪(自ら誇りに思う)状態から遠ざかる状態に陥る可能性があるため、共にケアし合う社会が生き心地の良いと問いている。
たしかに、健康体で入院したことがなかった自分でも、出産を経験してから福祉の支援を受けることが増え、著者も同様なことを語っている。
誰のためかを考えるときに必要なのは、後ろ付き責任への否定や非難ではなく、前向き責任を見据えた批判という言語化に納得した。
そのために、違いを知るための対話が必要であり、安易に共感できなくても理解する努力をすることが大切ということはさまざまな場面で意識したいと思った。 -
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ネタバレ「生活保護受給者やゴミ屋敷の住人、薬物依存者を糾弾したくなるとき、実は相手の中に自分自身の見たくない影や抑圧の断片を見つけてしまうから、感情的にバッシングしたくなるのではないか」
この文をを読んで、歌手ジュエルのアルバム『心のかけら』のなかの『PIECES OF YOU』という曲の歌詞を思い出しました。日本語訳の一部を引用します。
あの娘はブス
どう、それで殺したくなる?
あの娘はブス
どう、それで顔に蹴りを入れたくなる?
あの娘はブス
あんたにかなうわけないよね
あの娘はブス
どう、安心でしょう?
ブスな女、ブスな女
あんたが彼女を憎悪するのは
自分にちょっと似てるからじゃない?
自分の認めたくない部分を他人のなかに見てしまうと、余計にその人が憎らしく、認められなくなるのが人間なんだとわかりました。
どうせできっこないのだからと理解することを怠って、ばっさり切り落とすのではなく、ではどうしたらできるようになるだろう、改善できるだろうと模索するという考えが今まで私にはなかったので、目から鱗が落ちる思いでした。 -
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勅使川原さんは、コンサル会社で能力開発業務に従事した後、今は独立して組織開発の仕事に従事し、2人の子どもを育てている。ただ、2020年に授乳中の違和感から乳がんが発覚し、あちこちに転移している。そんな闘病中の彼女は、子どもたちにメッセージを残したいと、あえて「自分が死んだ後」の2037年に、成人した子どもたちと対話形式で、この社会に蔓延する能力主義について解きほぐしていく、という体裁を取っている。
この本の中で、組織開発に従事する経験に基づき、勅使川原さんは、社員の性格や能力を分析しただけでは、業績が向上しない、と語る。入試の偏差値はペーパーテストの情報処理「能力」によって決まるが、そもそもそれは個人の表層的な知識や経験、スキルである。勅使川原さんによれば、その下に見え隠れしているのは、意識や意欲、心構えや価値観などの「マインドセット」だという。さらに深層の、普段は見えない部分には「性格特性や動機」などの感情の素が隠されており、これは「若年期に固まり安定、変容はかなり難しい」としている(p175)。
そして、この「若年期に固まり安定、変容はかなり難しい」「性格特性・動機」こそが、本人の生きる苦悩をもたらす源泉であり、実存上の課題だ、と架橋すると、話の見通しがよくなる。職場での不適合、病気や失業、離婚や親族トラブルなど、様々な「悪循環」に襲われたとき、情報処理能力などの知識や経験、スキルではなんともならなくなる。そういう苦境の時こそ、その人のマインドセットが問われるし、それは性格特性や実存的課題と直結している。会社の業績悪化などでも同じで、そのような「ピンチ」の時こそ、表層的なスキルでは対応出来ず、本人の人間性が問われる、というのだ。
だからこそ、性格特性を心理テストで計れば、それで組織開発が出来るわけではない、 という勅使川原さんの話もよくわかる。「性格を把握することは、課題解決の最初の一歩でしかない。知ったうえで、『誰と誰を業務で組み合わせようか?』『どう仕事を割り振ろうか?』といった現場の調整がすべてなんだ」というのは、本人の性格特性を活かしつつ、 それが業績や欲しい成果と結びつくためにどうしたらよいのか、を考えるプロセスなのだという。こういう泥臭い「現場の調整」をしないかぎり、組織の苦境は越えられないのだ、と。
ただ、そうはいっても、僕の中で疑いようのない確信が、子育て当初からあった。それは、業績主義という「正義の倫理」を手放さない限り、妻や娘との「関係性を破壊する」 可能性が高いということだ。簡単に言えば、今までの仕事中心主義で生きていれば、妻や娘に早晩愛想を尽かされ、捨てられるだろう。それはゼッタイに嫌だ! であれば、僕の生き方を変えるしかない。当時の僕には言語化出来ていなかったが、それが「正義の倫理」から「ケアの倫理」へと、自分が大切にする倫理観を変更することでもあったのだ。 そしてこの倫理観の変更は、関係性の変革にもつながる。
お母さんが子育てで困ったら、次の三つの言葉を子どもに尋ねてみて。
「大丈夫?」
「何に困っている?」
「私にできること、ある?」
【参考文献一覧】
第1章 能力主義のなにが問題なのか?
中村高康『暴走する能力主義―――教育と現代社会の病理』ちくま新書、2018年
マイケル・サンデル『実力も運のうち――能力主義は正義か?」鬼澤忍訳、早川書房、2021年桜井智恵子『教育は社会をどう変えたのか――個人化をもたらすリベラリズムの暴力』明石書店、 2021年
勅使川原真衣『「能力」の生きづらさをほぐす』どく社、2022年
第2章 ケアについて考える
岡野八代『ケアの倫理――フェミニズムの政治思想』岩波新書、2024年
ジェイソン・ヒッケル『資本主義の次に来る世界』野中香方子訳、東洋経済新報社、2023年
大熊一夫『ルポ・精神病棟』朝日文庫、1981年
三好春樹『介護のススメ!希望と創造の老人ケア入門』ちくまプリマー新書、2016年
第3章 家族がチームであること
針具有佳「デンマーク人はなぜ4時に帰っても成果が出せるのか」PHPビジネス新書、2023 年
木村泰子刊『お母さんを支える言葉』清流出版、2024年
中村佑子「わたしが誰かわからない――ヤングケアラーを探す旅』医学書院、2023年
池田賢市『学びの本質を解きほぐす』新泉社、2021年
磯野真穂『他者と生きる――リスク・病い・死をめぐる人類学』集英社新書、2022年磯野真穂・宮野真生子『急に具合が悪くなる』(晶文社)、2019年
第4章 学校・制度・資本主義
ナンシー・フレイザー『資本主義は私たちをなぜ幸せにしないのか』江口泰子訳、ちくま新書、2 023年
藤井渉『ソーシャルワーカーのための反『優生学講座』――「役立たず」の歴史に抗う福祉実践」 現代書館、2022年
クリスティ・クルツ 『学力工場の社会学――英国の新自由主義的教育改革による不平等の再生産』 仲田康一監訳、明石書店、2020年
斎藤環・水谷緑『まんが やってみたくなるオープンダイアローグ』医学書院、2021年
森川すいめい『感じるオープンダイアローグ』講談社現代新書、2021年
エティエンヌ・ド・ラ・ボエシ『自発的隷従論』西谷修監修、山上浩嗣訳、ちくま学芸文庫、2013年
田野大輔『ファシズムの教室――なぜ集団は暴走するのか」大月書店、2020年
天畠大輔『しゃべれない生き方とは何か』生活書院、2022年
おわりに
厚東洋輔『〈社会的なもの〉の歴史――社会学の興亡1848-2000』東京大学出版会、2020年
内田樹編『日本の反知性主義』晶文社、2015年