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竹端さんは正直な人である。
正直さは研究者にとって必須の知的資質である。
本書を読むと、正直さが知的離陸を可能にすることがわかる。
──帯文・内田樹
ケアから考える家族、学校、社会、制度、そして資本主義。
長らく成果主義と自己責任論の呪縛に苦しんできた著者が、自らの子育て体験を経てケアに目覚めた。その過程で読んできた本、出会ってきた人々とのエピソードで語る、ケア中心社会への見取り図となる思索エッセイ。
能力は個人に備わったものではなく、他者との関係性のなかで立ち上がるもの。能力主義の軋轢に対しては、ケアの精神でときほぐす!
“僕自身が「仕事中毒」だったときには、生産性至上主義の塊で、業績を出すことに強迫観念的に縛られていた。そのことに自覚的になったのも、家事育児に明け暮れた一日が終わって、「今日は何も出来ていない!」とため息をついている自分に気づいた時期からでした。そこから、自分を解放するためにも、少しずつ「能力主義批判」がはじまったのでした。”(「はじめに」より)
【目次】
第1章 能力主義のなにが問題なのか?
学力偏重は「やめたくてもやめられない」アディクション
能力主義をいかに相対化するか
あなたはそのままで生きていい
信頼関係の基本はただ話を聞くこと
第2章 ケアについて考える
「弱さ」を基軸とした強いつながり
「交換」から「使用」への価値転換
ケアの世界は「巻き込まれてなんぼ」
「無力さ」でつながり直す面白さ
「決められた道」の外にある想像・創造力
第3章 家族がチームであること
第一優先は家族、第二優先が仕事
お父さん「も」支える言葉
家族丸抱えと社会的ネグレクト
子どもを中心にする視点
ケアを軸にした社会をどう生み出すか
「まっすぐなキュウリ」こそいびつなのだ
第4章 学校・制度・資本主義
資本主義経済の裏で隠されているもの
「平均の論理」は「社会的排除の論理」
「学力工場」と偏差値序列
チームがあれば孤独は乗り越えられる
隷従しない勇気と決意
シンバル猿にならないために
ゆたかなチームで生きていく
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Posted by ブクログ
勅使川原さんは、コンサル会社で能力開発業務に従事した後、今は独立して組織開発の仕事に従事し、2人の子どもを育てている。ただ、2020年に授乳中の違和感から乳がんが発覚し、あちこちに転移している。そんな闘病中の彼女は、子どもたちにメッセージを残したいと、あえて「自分が死んだ後」の2037年に、成人した子どもたちと対話形式で、この社会に蔓延する能力主義について解きほぐしていく、という体裁を取っている。
この本の中で、組織開発に従事する経験に基づき、勅使川原さんは、社員の性格や能力を分析しただけでは、業績が向上しない、と語る。入試の偏差値はペーパーテストの情報処理「能力」によって決まるが、そもそもそれは個人の表層的な知識や経験、スキルである。勅使川原さんによれば、その下に見え隠れしているのは、意識や意欲、心構えや価値観などの「マインドセット」だという。さらに深層の、普段は見えない部分には「性格特性や動機」などの感情の素が隠されており、これは「若年期に固まり安定、変容はかなり難しい」としている(p175)。
そして、この「若年期に固まり安定、変容はかなり難しい」「性格特性・動機」こそが、本人の生きる苦悩をもたらす源泉であり、実存上の課題だ、と架橋すると、話の見通しがよくなる。職場での不適合、病気や失業、離婚や親族トラブルなど、様々な「悪循環」に襲われたとき、情報処理能力などの知識や経験、スキルではなんともならなくなる。そういう苦境の時こそ、その人のマインドセットが問われるし、それは性格特性や実存的課題と直結している。会社の業績悪化などでも同じで、そのような「ピンチ」の時こそ、表層的なスキルでは対応出来ず、本人の人間性が問われる、というのだ。
だからこそ、性格特性を心理テストで計れば、それで組織開発が出来るわけではない、 という勅使川原さんの話もよくわかる。「性格を把握することは、課題解決の最初の一歩でしかない。知ったうえで、『誰と誰を業務で組み合わせようか?』『どう仕事を割り振ろうか?』といった現場の調整がすべてなんだ」というのは、本人の性格特性を活かしつつ、 それが業績や欲しい成果と結びつくためにどうしたらよいのか、を考えるプロセスなのだという。こういう泥臭い「現場の調整」をしないかぎり、組織の苦境は越えられないのだ、と。
ただ、そうはいっても、僕の中で疑いようのない確信が、子育て当初からあった。それは、業績主義という「正義の倫理」を手放さない限り、妻や娘との「関係性を破壊する」 可能性が高いということだ。簡単に言えば、今までの仕事中心主義で生きていれば、妻や娘に早晩愛想を尽かされ、捨てられるだろう。それはゼッタイに嫌だ! であれば、僕の生き方を変えるしかない。当時の僕には言語化出来ていなかったが、それが「正義の倫理」から「ケアの倫理」へと、自分が大切にする倫理観を変更することでもあったのだ。 そしてこの倫理観の変更は、関係性の変革にもつながる。
お母さんが子育てで困ったら、次の三つの言葉を子どもに尋ねてみて。
「大丈夫?」
「何に困っている?」
「私にできること、ある?」
【参考文献一覧】
第1章 能力主義のなにが問題なのか?
中村高康『暴走する能力主義―――教育と現代社会の病理』ちくま新書、2018年
マイケル・サンデル『実力も運のうち――能力主義は正義か?」鬼澤忍訳、早川書房、2021年桜井智恵子『教育は社会をどう変えたのか――個人化をもたらすリベラリズムの暴力』明石書店、 2021年
勅使川原真衣『「能力」の生きづらさをほぐす』どく社、2022年
第2章 ケアについて考える
岡野八代『ケアの倫理――フェミニズムの政治思想』岩波新書、2024年
ジェイソン・ヒッケル『資本主義の次に来る世界』野中香方子訳、東洋経済新報社、2023年
大熊一夫『ルポ・精神病棟』朝日文庫、1981年
三好春樹『介護のススメ!希望と創造の老人ケア入門』ちくまプリマー新書、2016年
第3章 家族がチームであること
針具有佳「デンマーク人はなぜ4時に帰っても成果が出せるのか」PHPビジネス新書、2023 年
木村泰子刊『お母さんを支える言葉』清流出版、2024年
中村佑子「わたしが誰かわからない――ヤングケアラーを探す旅』医学書院、2023年
池田賢市『学びの本質を解きほぐす』新泉社、2021年
磯野真穂『他者と生きる――リスク・病い・死をめぐる人類学』集英社新書、2022年磯野真穂・宮野真生子『急に具合が悪くなる』(晶文社)、2019年
第4章 学校・制度・資本主義
ナンシー・フレイザー『資本主義は私たちをなぜ幸せにしないのか』江口泰子訳、ちくま新書、2 023年
藤井渉『ソーシャルワーカーのための反『優生学講座』――「役立たず」の歴史に抗う福祉実践」 現代書館、2022年
クリスティ・クルツ 『学力工場の社会学――英国の新自由主義的教育改革による不平等の再生産』 仲田康一監訳、明石書店、2020年
斎藤環・水谷緑『まんが やってみたくなるオープンダイアローグ』医学書院、2021年
森川すいめい『感じるオープンダイアローグ』講談社現代新書、2021年
エティエンヌ・ド・ラ・ボエシ『自発的隷従論』西谷修監修、山上浩嗣訳、ちくま学芸文庫、2013年
田野大輔『ファシズムの教室――なぜ集団は暴走するのか」大月書店、2020年
天畠大輔『しゃべれない生き方とは何か』生活書院、2022年
おわりに
厚東洋輔『〈社会的なもの〉の歴史――社会学の興亡1848-2000』東京大学出版会、2020年
内田樹編『日本の反知性主義』晶文社、2015年
Posted by ブクログ
能力主義とケアをテーマにした読書起点の日々のエッセイ。
特に強固に内面化されている能力主義を、子供へのケアを通して、固さがほぐされていく著者の経験がつづられている。
ここでいう「ケア」は一般語なので介護や育児に限定して混同しやすいが、自立した個人(ノード)起点からの世界観に対して、人の関係としてのケア(リンク?ちょっとちがうか?)起点の世界観で、私はケア視点で世界をみると見え方が一変するように感じている。
別著となるが、「ケアリングコミュニティの理論(大石剛史)」によれば、ケアの世界観では、人の存在とは、周囲とケアしケアされる「関係・インタラクション」そのものであるという。
また、人は進化の結果として、ケア(利他)をしたいという欲求を自然にもっており、幸福もケアされるだけでなく、ケアすることから得られるという。
近代でみても世界(社会)対個人という関係が統計的人間観や能力主義が広がる土壌となったのではないかと思う。
そして、現代、インターネットにより人は個として、「世界(社会)」と直接つながることができるようになったが、この現象は人の自然からは歪な状況なため無理があり、さまざまな社会問題の根底となり、適応できない人が生まれているのではないか。
さらに、近未来、AIが人の知能を超えて、大多数が人工知能を加えた集団で、平均に達さない「障害者(社会に貢献できない人)」になる世界では、この周辺との関係としての私を考える、ケアの価値が、さらに重要になるのではないだろうか。
自分の身体が、今ここに感じる喜びや悲しみを、できるだけ受け取って生きられるようにになればいいなと思う。
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