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支援が必要な人は「困った人」じゃない。元気な人も誰かの助けが必要になることもある。私やあなたを追い詰める自己責任論を超えてケアし合える社会を目指そう! 【目次】第一章 あなたの一段は他人の十段?/第二章 なぜ人は追い込まれていくの?/第三章 家族が支えるのが当たり前?/第四章 ともにケアし合う社会とは?
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Posted by ブクログ
著者の「ケアしケアされ生きていく」「能力主義をケアでほぐす」と読んできたが、本書はそれをさらにバージョンアップした書であった。署名の福祉という文字に惑わされるが、最終章にその意味が分かるが、つまりは誰もが生きやすい社会、それはトロントに通じる、ともにケアする社会ということだが。コロナによりケアについ...続きを読むて関心が高まったが、コロナ後は予想通り何もなかったように社会は動いているが、激動の社会は何も変わってないわけではなく、だれもがこのままではいけないとうごめいている社会と思う。そうした今後の社会を見据えるうえでの羅針盤ともなる書と思う。ケアの定義で小林氏の「ままならぬものに巻き込まれること」ということに深く共感した。間主観性ともいうし、中動態にも通じることだと思う。
これは、福祉に携わる人だけではなく、誰もが読むべき本です。 障害者を他人事に感じる人も多いと思いますが、日本で10人に1人は障害があり、誰もが障害者になる可能性があります。 みんなが生きやすい社会にするために、自分にできること…一人一人が考えなければなりません。
日本国憲法と「迷惑をかけるな憲法」(P59)、「後ろ向き責任」と「前向き責任」(P62)、医療モデルと社会モデル、標準化と発達障害、硬直マインドセットとしなやかマインドセット、理性の悲観主義と実践の楽観主義、等々の概念を次々と繰り出して、今私たちが直面している状況を相対化し整理していく。いろいろ勉強...続きを読むになるが、概念がやや渋滞気味で、様々な思い込みを解きほぐしているはずなのに、文面はガチガチでやや窮屈な印象。内容がしっかりしているだけに、そこでちょっと損をしていて気の毒。
福祉社会学者竹端寛さんの本を読むのは4冊目くらい。たぶんこれがいちばんわかりやすいかも。他の本はだいぶ独特な表現が多いので。 支配−服従の関係に陥りやすい私たち。 本人がしたいことを応援する、そんな相互エンパワーメントを目指そう、能力主義自己責任主義を脱却しよう、そういう本です。 福祉は誰のためか、...続きを読む私たちひとりひとりのためのものなのだと思います。
『福祉は誰のため?』を読み進めながら、「理解」「責任」「ケア」「能力主義」について考えた。 第1章では、「他者の合理性を理解する」という考え方が印象に残った。子どもと親の関係では理解と対話が大切なのは分かるが、職場のように共同作業を行う場では、最低限やってもらわないと他人に負荷がかかるため、どこま...続きを読むで理解すべきなのかは難しいと感じた。ゴミ屋敷の事例でも、困っている人が周囲を困らせ、その結果周囲も困っている状態になるなら、「困らされた側」に理解を求めるのは不公平にも思えた。理解は大事だが、現実には制度や第三者が間に入らなければ回らない場面も多いと思う。 特別支援学級やインクルーシブ教育の議論では、「多様な人と接する経験」の重要性は理解しつつも、現実には学校現場の余裕不足や、子ども同士の関係性の難しさもあると感じた。理念だけではなく、支援体制や制度設計が伴わなければ理想論になってしまうとも思った。 第2章では、「後ろ向き責任」と「前向き責任」の整理が印象的だった。過去の失敗を責め続けるのではなく、今後どう回復するかを考えるという視点は重要だと思う。一方で、生活保護批判などを単純に「硬直マインドセット」で説明するのは少し違和感があった。実際には不正受給や制度への不公平感への反発もあるだろうし、制度への信頼の問題も大きいように思う。また、「できないことをできるようにする」という考えも、結局は「できて当たり前」という価値観を前提にしている面があると感じた。 「能力の共同性」についても考えさせられた。努力できる環境が重要なのは確かだが、それを全て環境の問題に還元するのも違う気がした。環境が整っていても努力しない可能性もあるし、努力そのものを評価したい感覚もある。とはいえ、努力だけを評価軸にすると、努力できる環境を持つ人が有利になる“実力主義的身分制”にも近づく。能力とは個人だけでなく、社会との関係の中で形成されるものなのだろう。 「魂の植民地化」という言葉も印象的だった。SNSなどによって、他者の基準で自分を測る構造が強くなっている。最近よくある「AI時代に取り残されないスキル」や「稼げる人が正しい」という風潮もその延長線上にある気がする。婚活でも年収が条件になり、SNSでは成功や収入が可視化される。筆者は「魂の脱植民地化」を説くが、自分の基準で生きることは簡単ではないとも感じた。 「楽しい人生」と「面白い人生」の対比も興味深かった。筆者は「楽しい」には安全にお膳立てされたニュアンスがあると言っていたが、自分としては「楽しい」の中に“楽な方を選び続けてしまう惰性”の側面があるのではと思った。一方で「面白い」は、不確実さやままならなさを含みながらも、新しい経験や変化を受け入れていくことなのかもしれない。 第3章・第4章ではケアやジェンダーの話が中心だった。家族を「福祉の含み資産」として扱う社会構造は、少子化や単身世帯化が進む現代では限界に来ていると思う。ただ、国家による福祉を拡大しすぎると、不公平感や依存の固定化も起こりうる。自由が広がるほど、国家保障とのバランスは難しくなるとも感じた。 また、筆者は「男性はケアを怠ってきた」と批判するが、一方で社会や家庭が「男は稼いでくるもの」と期待してきた側面も大きいと思う。男性もまた、稼ぐ責任や競争を強いられてきた存在であり、その点を十分に考慮しないまま「男性性」を批判するのは片面的に感じた。女性側にも上昇婚志向や経済的期待がある以上、男女双方の価値観や役割期待を見直す必要があるのではないかと思う。 本書全体を通じて、「理解する」「支え合う」という理念には共感する部分が多かった。一方で、現実には制度・経済・感情・労力の制約があり、理想だけでは回らない場面も多い。個人的には、ケアとは“無限の優しさ”ではなく、「相互に負担を分かち合いながら、互いの自律性を長期的に守るための現実的な共同戦略」なのではないかと感じた。支援する側だけが疲弊するのでも、支援される側だけが受け取るのでもなく、「支援されつつ支援もする」という循環をどう作るかが重要なのだと思う。
大きな発見はなかったが、普段考えているようなことが言語化された作品。福祉的な考え方が日常生活に浸透していけば、世の中平和。まずは人の話を「聴く」ところから。
いかにも講義風のお話より自身の子育てでの煩悶から、やっと奥様の「黙って聞いて」という怒りの意味が理解できるようになったという体験談が実感がこもっていて面白かった。自身でも言っているように臨床の場に身を置いたことがなく、傾聴を実践する機会がなかったのだろうなと思う。
特に、今誰かのケア(ままならぬものき巻き込まれること)に携わっている人に響く本だと思う。 「困った人」ではなく、「困っている人」。 確かにそうだ。ガツンと喰らってしまった。 自分のケアが、この本で著者が言っている「強者の論理の強要」になっていないかと自問自答。 学校教育法の解釈のなかで、障がいを持...続きを読むつ子どもの環境をどう捉えるかなど、ふむふむなる程と考えるさせられる。また、日本人特有の、ある意味では美学と捉えられる「人に迷惑をかけてはならない」という規範が悪影響を及ぼしたものなど。 他者に助けてと言えず、一人で抱え込むことで最悪の結果をもたらせた事件はこれまで多くあったし、今も現在進行中の人もいたりする。 生まれてから現在まで、その精神が骨身に染み込んでいる人はすぐに考え方を変えることは困難だし、それを直ちに矯正することは、その人の「他者の合理性」を理解したことにはならない。ただの否定で終わってしまうリスクがある。だから、時に時間が必要なことがある。 「後ろ向き責任」と「前向き責任」の考え方など、とても面白い内容を例を交えて説明してくれている。 福祉ってなんだろ、と改めて考えさせてくれる内容だし、定期的に読み返したいなと思う本。
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竹端寛
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