竹端寛のレビュー一覧

  • ケアしケアされ、生きていく

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    ネタバレ

    他人に迷惑をかけていい!!
    ケアは弱者のための特別な営みではない。社会の抑圧や呪縛から抜けだして、自分のありのままを大切にするような、お互いがケアしケアされるそんな社会を目指そう!(紹介文)
    ーーーーーーーー
    それぞれの正義が強くぶつかり合う現在で、
    弱さを見せたり許したり助け合ったりでいい、という優しい考え。
    理想だし、そうなりたいけど、
    私はその境地に至れない。
    ただそういう考え方があるということを知れただけでも、価値のある一冊。
    特に親子の関係の記述も多く、参考になった。
    夫は自分の考えと似ているという。そういう人だと知れたのもまた発見。

    ・現代の若者は「他人に迷惑をかけてはならない憲法」に支配されている。同調圧力や自己責任論、努力すれば報われる、わきまえる、空気を読むなど。
    ・言うことを聞かない子供は親の合わせ鏡。子どもはもともと開かれている。
    ・子どもとの問題を偽解決するのではなくコミュニケーションパターンを変える。親が自己中心的になり、子どもの主体性や思いを気にかける余裕がなくなっている。
    ・自分に対してケアレス。「他者評価」「他者比較」が染みこんでいる。
    ・正しい答えがあるという幻想。
    ・責任の共有化で楽になる。
    ・他者の他者性に気付き、己の唯一無二性に気付く
    ・ケア中心の社会なんてできないと100の理由を述べるのではなく、できる1の可能性を模索する

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    2025年06月14日
  • 能力主義をケアでほぐす

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    かなりよい本だった。
    社会福祉学の大学教授が、子どもをもって世話に追われて1日何もできなかったと落胆する。これってめちゃくちゃ能力主義じゃんという自覚から始まっているから信頼できる。

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    2025年05月16日
  • 能力主義をケアでほぐす

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    ここに挙げられた本を読んでみたい。ただ著者が実体験も交えながらわかりやすく解説してくださっているので「読みたい」と思えるのであって、実際読むと手に負えない本もたくさんあるのかも。
    体験や自分の思いを包み隠さず書いてくださってるようで、とても信頼できる感じがした(内田先生が帯文で「正直な人」と書いておられるそのままの方なのであろう)。そのご本人が天畠大輔さんに対して、同じことを思っておられるのが笑えた。
    タイトルの意味が最初わからなかったが、読んでみるとタイトルそのままだった。

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    2025年05月03日
  • ケアしケアされ、生きていく

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    ケア本
    朝日新聞podcastの親モヤ出演で竹端さんを知り、興味を持った。竹端さんの特徴は、教育への解像度(関心)の高さ。娘との関係の中や、教育現場での実践・経験の中から、導き出されるケア論は一味違う。引用されているものもいい意味で硬派なものが多く、理論的に裏付けされていく。
    ただ一方で、(娘との)経験が最上位に置かれ過ぎている感は否めないかなと。もう少し跳躍的な思考が見てみたいと思った。

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    2025年04月20日
  • ケアしケアされ、生きていく

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    福祉の意味での「ケア」をイメージして手に取ったけど、少し思っていたものとは違った。
    でも、結果読んでみてとても良かった。
    「人に迷惑をかけてはいけない」「努力して結果を出さなくちゃいけない」「自立しなさい」など親に言われてきたことに知らず知らずのうちに縛られて、わが子にも「ちゃんとする」ことを望んでいたと気付かされた。
    日本人にありがちなこの考え、私もだわ…と反省。
    子育て本としてアピールした方がいいのでは?と思う位、今の自分には得るものがあった。
    「いい子育て」に縛られて、しんどくなっている方におすすめ。

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    2025年02月17日
  • ケアしケアされ、生きていく

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    大人、子どものいずれにも、対話を通じて他者と自分の違いを理解し、どちらかが犠牲になることなく互いに納得できる落とし所を見つけることの重要性を理解することができた。

    ただ、これはエネルギーを要することであり自分を大事にできていない人は他者も大事にできない。毎日残業で疲れ果てるような生活を送っていては、家族をケアすることはできないとわかった。

    では家族をおろそかにすることなく、仕事でも成果を出すために必要な視点・考え方とはなんだろうと次の問いが立ちました。
    本書の内容も十分に噛み砕けていない気がするので、また期間をおいて再読したい。

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    2024年02月23日
  • ケアしケアされ、生きていく

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    こつこつと音読で読み終わりました。今の日本の閉塞感というのは、「迷惑をかけるな憲法」と表現されるケアレスな社会を築き上げてきたことに要因があるのだな、と、感じ入りました。それが社会の前進に寄与していた時代はとうに去ったのに、「憲法」だけが虚ろに効力を発揮し続けている。自分や他者をケアすること、そしてそうすることによって自らもケアされるということ、今の自分に欠けている新しい視点が加わった、と思います。

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    2024年01月08日
  • ケアしケアされ、生きていく

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    ケアについて考えるに基本的なことから、社会構造的なことまで言及し、バランスよくわかりやすく書かれた書であった。また自身が子育ての過程で気付いたことを肉付けしているので、当事者性があり説得力もあった。「日本社会の抑圧や呪縛の世代間連鎖の社会構造をそのものとして学び(なおし)、そこから逃れるあり方こそがケア的関係性なのだ」「自分が悪いと思っている問題は、社会構造的な抑圧や呪縛の個人化・内面化でもあるのだ」という言葉に端的に著されている。

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    2023年11月22日
  • ケアしケアされ、生きていく

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    みんな評価低いですね。。
    なんでだろ。
    僕はわかりやすかったなぁって思うし、実践していこうと思った本でした。

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    2023年11月21日
  • ケアしケアされ、生きていく

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    共に思いやること(Caring with)について、学生さんのことや子育てのことなど、著者の経験を手がかりにしながら学んでいける本でした。

    スキーマ療法の「中核的感情欲求」との関連や、「生活史」の理解、オープンダイアローグの考え方等、わかりやすく整理されていて、読みやすかったです。

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    2023年10月13日
  • 福祉は誰のため?

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    自分の能力や持っているものが「偶然」であること、その背景として「自分」と「世界」が繋がっているだけでなく、むしろ一体であることを、どう受け入れられるかが問題なのだろうと思う。

    言い換えるなら「自分」というものが仮にあるとして、「自他の境界面」を「空間的(意識、脳、皮膚、家族、仲間、国)」および「歴史/時間的(今、判断の根拠になった経験を得た歴史すべて、育った歴史すべて、、、)」に、どうとらえられるかなのかなとおもった。

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    2026年07月26日
  • 福祉は誰のため?

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     「福祉」という言葉を冠した本だけど、著者はどっぷり福祉学の研究者や実践家というわけではなく社会学畑の人物だという。社会学なら十分に福祉と親和性があるような気もするが、そうした傍流の目から福祉を見つめる、解釈するというのがこの本の真骨頂なのだろう。
    平易にわかりやすく書いてくれようという感じが伝わってくる文調。「前向き責任」(p.66あたり)の解釈はなるほどと腑に落ちる感じもした。一方で、あまり独自の解釈をされるとなかなか想像が及びづらいような気もした。何というか……いつも読めた感じがしない哲学の本を読んだような感じ。

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    2026年06月11日
  • 能力主義をケアでほぐす

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    能力主義とケアをテーマにした読書起点の日々のエッセイ。

    特に強固に内面化されている能力主義を、子供へのケアを通して、固さがほぐされていく著者の経験がつづられている。

    ここでいう「ケア」は一般語なので介護や育児に限定して混同しやすいが、自立した個人(ノード)起点からの世界観に対して、人の関係としてのケア(リンク?ちょっとちがうか?)起点の世界観で、私はケア視点で世界をみると見え方が一変するように感じている。

    別著となるが、「ケアリングコミュニティの理論(大石剛史)」によれば、ケアの世界観では、人の存在とは、周囲とケアしケアされる「関係・インタラクション」そのものであるという。
    また、人は進化の結果として、ケア(利他)をしたいという欲求を自然にもっており、幸福もケアされるだけでなく、ケアすることから得られるという。

    近代でみても世界(社会)対個人という関係が統計的人間観や能力主義が広がる土壌となったのではないかと思う。

    そして、現代、インターネットにより人は個として、「世界(社会)」と直接つながることができるようになったが、この現象は人の自然からは歪な状況なため無理があり、さまざまな社会問題の根底となり、適応できない人が生まれているのではないか。

    さらに、近未来、AIが人の知能を超えて、大多数が人工知能を加えた集団で、平均に達さない「障害者(社会に貢献できない人)」になる世界では、この周辺との関係としての私を考える、ケアの価値が、さらに重要になるのではないだろうか。

    自分の身体が、今ここに感じる喜びや悲しみを、できるだけ受け取って生きられるようにになればいいなと思う。

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    2026年06月11日
  • 福祉は誰のため?

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    『福祉は誰のため?』を読み進めながら、「理解」「責任」「ケア」「能力主義」について考えた。

    第1章では、「他者の合理性を理解する」という考え方が印象に残った。子どもと親の関係では理解と対話が大切なのは分かるが、職場のように共同作業を行う場では、最低限やってもらわないと他人に負荷がかかるため、どこまで理解すべきなのかは難しいと感じた。ゴミ屋敷の事例でも、困っている人が周囲を困らせ、その結果周囲も困っている状態になるなら、「困らされた側」に理解を求めるのは不公平にも思えた。理解は大事だが、現実には制度や第三者が間に入らなければ回らない場面も多いと思う。

    特別支援学級やインクルーシブ教育の議論では、「多様な人と接する経験」の重要性は理解しつつも、現実には学校現場の余裕不足や、子ども同士の関係性の難しさもあると感じた。理念だけではなく、支援体制や制度設計が伴わなければ理想論になってしまうとも思った。

    第2章では、「後ろ向き責任」と「前向き責任」の整理が印象的だった。過去の失敗を責め続けるのではなく、今後どう回復するかを考えるという視点は重要だと思う。一方で、生活保護批判などを単純に「硬直マインドセット」で説明するのは少し違和感があった。実際には不正受給や制度への不公平感への反発もあるだろうし、制度への信頼の問題も大きいように思う。また、「できないことをできるようにする」という考えも、結局は「できて当たり前」という価値観を前提にしている面があると感じた。

    「能力の共同性」についても考えさせられた。努力できる環境が重要なのは確かだが、それを全て環境の問題に還元するのも違う気がした。環境が整っていても努力しない可能性もあるし、努力そのものを評価したい感覚もある。とはいえ、努力だけを評価軸にすると、努力できる環境を持つ人が有利になる“実力主義的身分制”にも近づく。能力とは個人だけでなく、社会との関係の中で形成されるものなのだろう。

    「魂の植民地化」という言葉も印象的だった。SNSなどによって、他者の基準で自分を測る構造が強くなっている。最近よくある「AI時代に取り残されないスキル」や「稼げる人が正しい」という風潮もその延長線上にある気がする。婚活でも年収が条件になり、SNSでは成功や収入が可視化される。筆者は「魂の脱植民地化」を説くが、自分の基準で生きることは簡単ではないとも感じた。

    「楽しい人生」と「面白い人生」の対比も興味深かった。筆者は「楽しい」には安全にお膳立てされたニュアンスがあると言っていたが、自分としては「楽しい」の中に“楽な方を選び続けてしまう惰性”の側面があるのではと思った。一方で「面白い」は、不確実さやままならなさを含みながらも、新しい経験や変化を受け入れていくことなのかもしれない。

    第3章・第4章ではケアやジェンダーの話が中心だった。家族を「福祉の含み資産」として扱う社会構造は、少子化や単身世帯化が進む現代では限界に来ていると思う。ただ、国家による福祉を拡大しすぎると、不公平感や依存の固定化も起こりうる。自由が広がるほど、国家保障とのバランスは難しくなるとも感じた。

    また、筆者は「男性はケアを怠ってきた」と批判するが、一方で社会や家庭が「男は稼いでくるもの」と期待してきた側面も大きいと思う。男性もまた、稼ぐ責任や競争を強いられてきた存在であり、その点を十分に考慮しないまま「男性性」を批判するのは片面的に感じた。女性側にも上昇婚志向や経済的期待がある以上、男女双方の価値観や役割期待を見直す必要があるのではないかと思う。

    本書全体を通じて、「理解する」「支え合う」という理念には共感する部分が多かった。一方で、現実には制度・経済・感情・労力の制約があり、理想だけでは回らない場面も多い。個人的には、ケアとは“無限の優しさ”ではなく、「相互に負担を分かち合いながら、互いの自律性を長期的に守るための現実的な共同戦略」なのではないかと感じた。支援する側だけが疲弊するのでも、支援される側だけが受け取るのでもなく、「支援されつつ支援もする」という循環をどう作るかが重要なのだと思う。

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    2026年05月18日
  • 福祉は誰のため?

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    大きな発見はなかったが、普段考えているようなことが言語化された作品。福祉的な考え方が日常生活に浸透していけば、世の中平和。まずは人の話を「聴く」ところから。

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    2025年12月08日
  • ケアしケアされ、生きていく

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    この本で言うケアとは、助け合って生きていくこと、相手への思いやりと解釈した。

    相手への思いやりを持とうと思ったら、まず自分が相手を助ける余裕がないとできない。

    働いて、ご飯食べて、ゆっくりお風呂に入って、毎日8時間ぐっすり寝る。満たされる。

    本当にシンプルで、当たり前のことができない社会。

    できない理由を100個言うのではなく、どうすればできるかを考える、という何度か出てくる著者の言葉が身につまされた。

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    2025年11月25日
  • 能力主義をケアでほぐす

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    知人とやっているクローズドの読書会でみんなで読んだもの。竹端さんのブログが元になっており、能力主義やケア、その周辺の話題をテーマごとに編集し直して適宜加筆修正されています。竹端さんと同じように子育ての経験や家族との関わりから能力主義の歪みについて感じるところのある方もいれば、わかってはいるけれどその呪いから抜け出すの難しいよね、という話だったり、そもそも社会の構造として子育てをし始めるまでケアの重要性に気付く余地がないということが問題だよね、など色々みんなで話しました。本の感想が軸になっており読みたい本がけっこう増えたのでがんばって読んでいきたい。特に磯野真穂さんの『他者と生きる』はなるべく優先度上げたい。積読の山の前で悩むけども。

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    2025年10月24日
  • 福祉は誰のため?

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    いかにも講義風のお話より自身の子育てでの煩悶から、やっと奥様の「黙って聞いて」という怒りの意味が理解できるようになったという体験談が実感がこもっていて面白かった。自身でも言っているように臨床の場に身を置いたことがなく、傾聴を実践する機会がなかったのだろうなと思う。

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    2025年10月05日
  • 福祉は誰のため?

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    特に、今誰かのケア(ままならぬものき巻き込まれること)に携わっている人に響く本だと思う。
    「困った人」ではなく、「困っている人」。
    確かにそうだ。ガツンと喰らってしまった。
    自分のケアが、この本で著者が言っている「強者の論理の強要」になっていないかと自問自答。

    学校教育法の解釈のなかで、障がいを持つ子どもの環境をどう捉えるかなど、ふむふむなる程と考えるさせられる。また、日本人特有の、ある意味では美学と捉えられる「人に迷惑をかけてはならない」という規範が悪影響を及ぼしたものなど。
    他者に助けてと言えず、一人で抱え込むことで最悪の結果をもたらせた事件はこれまで多くあったし、今も現在進行中の人もいたりする。
    生まれてから現在まで、その精神が骨身に染み込んでいる人はすぐに考え方を変えることは困難だし、それを直ちに矯正することは、その人の「他者の合理性」を理解したことにはならない。ただの否定で終わってしまうリスクがある。だから、時に時間が必要なことがある。

    「後ろ向き責任」と「前向き責任」の考え方など、とても面白い内容を例を交えて説明してくれている。

    福祉ってなんだろ、と改めて考えさせてくれる内容だし、定期的に読み返したいなと思う本。

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    2025年09月21日
  • 能力主義をケアでほぐす

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    従来の伝統的な社会では、たとえば、長男が社長を継ぐことに多くの場合、異論は挟めなかった。
    ただ、時代が進んで、そんな伝統よりも能力主義が重視されるようになってきた。が、そもそも能力って何か?学歴・資格・成績・・・
    あやふやなままな価値観で判断が生きづらさにつながっている感じがする

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    2025年08月12日