神奈川新聞取材班のレビュー一覧

  • やまゆり園事件

    購入済み

    今を生きる人全てに読んでほしい

    読むのが辛くなる内容ではあります。だからこそ多くの人に、生産性が最も重要だと、そう思わせる社会で生きている人に読んでほしいと思いました。

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    2026年02月25日
  • やまゆり園事件

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    1996年7月に起きた障害者施設での殺傷事件のルポタージュ。
    事件の経過、犯人との接見、被害者家族の感情、障害者福祉の現状など丁寧な取材が書かれていました。

    当時のニュースを見て、秋葉原通り魔殺人事件、神戸連続児童殺傷事件など、何度も起きている殺人事件の延長で捉えていたと思う。理解不能な極端な優生思想によって起きた事件、気の毒だけれど自分の日常からは離れた所で起きた事件と認識していました。

    「優生思想を突き詰めると能力主義にたどり着く」文中に出てくる言葉。現代社会ではあらゆる場面で生産性、効率化、能力を測る言葉を目にします。自分は上手くできない人々に苛立ち排除しようとしていなかっただろうか。
    様々な場面が思い浮かび、自分の中にも犯人と同じ思想の種が存在しているのではないか?と急に自分事になる気がしました。

    障害者にとって生きやすい社会は、皆にとっても生きやすい社会というような話がありました。 間違いを許さない社会、分断を煽り、個々人の「正義」を振りかざし糾弾する場面を見るたびに、生きにくさを感じるようになりました。自分は常に被害側にいるわけではなく、気がつくと加害側にいるのではないか?
    自分の言動、多様性、包括性について見つめ直す機会になりました。

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    2025年07月06日
  • やまゆり園事件

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    やまゆり園事件の取材から、社会のあり方とは?を考えさせられる本。単なる異常者の犯行ではなく、日本社会の病理を浮かび上がらせる。答えを提示するのではなく、各々が考えるきっかけになる。全人類に読んでほしい。

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    2023年05月06日
  • やまゆり園事件

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    この事件をきっかけに浮き彫りにされる様々な矛盾と、社会としての問題を改めて実感させられた。
    障害福祉に携わって来た人間として、とても読みごたえがあり、考えさせられるものだった。

    子どもたちが、障害者と当たり前に共生出来る社会を作っていけるような行動を私たち大人がとっていかなければいけないと思う。

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    2022年11月12日
  • やまゆり園事件

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    ネタバレ

    2016.7.26未明、神奈川県相模原市の「津久井やまゆり園」で入所者19人が殺害され職員2人を含む26人が重軽傷を負わされた、元職員植松聖による事件は記憶に新しい。事件の概要、植松聖という人物について、匿名での裁判のほか、優生思想、障害者(児)の教育や暮らしの問題などについて書かれている。事件後、そして現在でも植松の行為について称賛的な意見が少なくないのは事実。以下本文より(P337) 「当事者は差別されている存在であることを自覚した上で差別に対してもっと声を上げていく必要がある。一方、健全者(健常者)は自らが障害者を差別する存在であることと向き合うべきだ」(p356 ) 「地域に密着した生活ができないから息子を園に入れた。重度の知的障害のある子の親からは地域の『地』の字も出ないと思う」(P360)現状を変えていくには教育のあり方が大きな鍵を握っている

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    2022年08月18日
  • やまゆり園事件

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    元ライターです。
    膨大な取材量かつ非常にわかりやすい文体。神奈川新聞記者の能力に感動。
    植松聖を通して、社会の問題と矛盾を突いた一冊です。

    ・「生きる価値なし」と命の選別をした植松は、生きるべきではないと死刑をくだす矛盾。
    ・世間では命の価値は平等と謳いながら、出生前判断で染色体異常が見つかると9割は中絶する矛盾。
    ・障害がある人にとって必要な支援が受けやすいようにする特別支援学校が、健常者と障害者の分断を促進しているというジレンマ。

    「どうして優生思想に傾倒していったのか」を裁判で掘り下げなかったことは、第二の加害者を生む問題に繋がりかねない。

    我が心にもいる小さな「植松聖」と向き合わなければ、差別や偏見の呪縛から抜け出せないだろう。

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    2021年01月13日
  • やまゆり園事件

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    神奈川新聞で連載記事として載せられていた内容が加筆されて本にまとめられてるのかな…
    そんなことは本書のどこにも書いてないけど、当時神奈川新聞読者で事件の連載記事を読んでいたから、ふとそう思ってしまった…多分私の思い込み。。

    事件そのものの詳細、犯人と犯人を取り巻く人々、被害者とその家族のことについてが詳細に書かれてます。
    ただそれで終わるのではなくて、なぜ犯行に及んだのか、なぜ匿名での裁判になったのか、障害のある人達との「共生」が言われてるけど現状はどうなのか、「共生」についてみんなはどう思ってるのかなどが、記者の思いとともにまとめられてもいました。


    生産性のない障害者はいらないから凶行に至った…

    これは今までの報道でも見聞きしてたから知ってるんだけど、なぜ 障害者はいらない という考えを持つようになったのか、その背景というか経緯が知りたかったのです。
    でもやっぱりそこははっきりしてなかった…
    動機の背景に至るのって、そう簡単ではないですよね。。


    家族の目が死んでるとか、職員も家族もみんな疲れきっているとか、理由になりそうな発言が並べられていたけど、それだけではなさそうですよね。
    施設で同じように働いていても、そういう面にとらわれる人もいれば違う側面(例えば、目に見える成長はなくても、体調を崩さずに生活していける力があると捉えてみるとか、職員が知らない入所者と家族の関係とかに思いを馳せるとか)を大切にしている人もいるだろうし。


    もう少し物事を多面的に捉える力が彼にあれば、もしくは彼の成長過程でその大事さを伝えてくれる人が周りにいてくれたなら、事態は違っていたような気がして…残念でならない。
    神奈川県は昔にも障害者関係の色んなことがあったりして、本としてまとめられている、そんな県に生まれ育っているのに、それにたどり着いていないのが本当に残念でならない、そう思っています。

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    2026年08月21日
  • やまゆり園事件

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    ネタバレ

    社会人1年目に起きたこの事件。去年の大学生の頃なら、一ミリも疑わずに許されないと言い切ったはずなのに、働いてお金を稼いで納税する大変さを知ったからなのか、なぜか、こう言う気持ちになってしまう人がいることは、わからなくもないなと思ってしまったのだ。
    そしてそう思った自分に、びっくりした。ああ私も大人に染まってしまったと。

    全然共感のかけらもできない、狂ってるとしかいいようがない。
    でもそういう考えに共感、もしくは、絶対反対と言えない人たちへ、ちゃんと説明できるように、反論を勉強するために読んだ。

    犯人について深く知らなかったが、
    別に家庭環境が荒れていたわけでもなく、
    学校でいじめられていたわけでもなかった。

    だから本書は問う、社会のあり方が彼をそうさせたのではないか?
    それは教育のあり方、最近まで支持されていた(偉人らが支持していたと知りショック)優生思想と優生遺伝子政策、福祉施設のありかた、死刑制度。。
    この事件が問うべきテーマを網羅し、問いかけてくる。
    正直頭でわかる部分と、でも自分や自分の家族だけはと思ってしまう部分とあり、だから差別のない心は難しいし、常に自己啓発しないといけないと思った。
    でもたしかに、指摘の通り社会では分断されて隠されているので、知らないだけ、かもしれない。

    うまくいえないけど、この事件とその背景や社会構造をちゃんと勉強したいと思う。

    〜〜〜〜〜〜〜〜メモ〜〜
    犯人の生い立ち
    ・小学校教諭の父、漫画家の母
    ・経済的に恵まれた一人っ子
    ・小学生2年生で、すでに知的障害者への差別的な作文を書いている
    ・友人が障害者に怪我させられる
    ・中学では不良な友達もできるが反抗期として親は気にしないし落ち着く
    ・勉強は中の下
    ・クラスのリーダー的存在だが短気
    ・大学で先生になるために教育学部へ
    ・当初は真面目だったが、大学2年生頃からドラッグに手を出す
    ・教育実習も高評価。でも教員採用試験は受けなかった


    ホームで働いてから
    ・就職は友人に紹介されてホームへ
    ・最初は楽しんでやりがい持って働いていたが、2年目くらいから否定的なものに
    ・暴力をふるう職員もいるらしい、人間的でない、家族は疲れて見える、など
    ・入所者からたたかれたり、葬式の途中で入所者がおやつと叫んだり、職員が軽い暴力をふるう姿を見たり、家族が障害者年金をギャンブルに使って、溺れた入所者を助けてもお礼を言われない。

    ・トランプ大統領やドゥルテ大統領の思想に傾倒していく。障害者への税金は無駄だ、社会に不要だなどと周囲へ主張を始める。自分が重度障害者を殺したら、トランプはいいねをくれると吹聴していた。
    ・米国で流行っているイルミナティカードにハマる。自分はカードの預言者だと信じ込む
    ・革命家への憧れ。発言力を増すための美容外科。


    逮捕後
    ・精神鑑定は、自己愛性パーソナリティー障害
    ・「社会の役に立たない重度障害者を支える仕事は、誰のためにもなっていない。だから自分は社会にとって役に立たない人間だった。事件を起こして、やっと役に立てる存在になれたんです。」

    ・被害者は匿名報道だった。兄弟が障害者だとバレたくない家族もいる。遺族から報道しないでと言われる。神奈川県警は異例であるが、「この国に障害者を受け入れる土壌はまだない」と匿名発表を決めた。

    ・犯人はもし自分が歌手や野球選手になっていたら、事件を起こしていないと答えた。自身が優れた人物で有意義な人生を送っていれば、楽しくて事件は思いつかなかったと。



    優生思想
    ・19世紀後半に優生学が学問として提唱される。ダーウィンの種の起源、自然淘汰による進化論から欧米で支持された。
    ・20世紀に各国で手術によって生殖能力を断つ断種法が成立
    ・日本も優生保護法が1948年に施行。目的は、「不良な子孫の出生防止」。96年まで続く。2019年、政府は謝罪。
    ・公益が大義で、善悪一体の思想

    ・平塚らいてうや福沢諭吉までも、その思想を支持した
    ・戦後人口抑制から、市川房枝や加藤シヅエらからなる委員会が強制法として優生保護法を主張していた(ショック)

    ・優生保護法はなくなったが、2013年出生前検査は認められた。障害を持つ家族は反対している
    ・でも出生前検査はしたいなってやっぱり思ってしまう自分。差別のない心って難しい


    死刑制度について
    ・19人も殺したのだから死刑は当然と思う気持ち
    ・それは社会が犯人を生かしてはいけない、生きるに値しないと決めたからだ。それらは両立するのか?社会が求めた死刑は、犯人が19人を殺した動機となぜ違うと言えるのか



    施設での仕事が犯人をそう思わせたのか
    ・事件当時、「気持ちはわかるけど、殺しちゃいけないよね」と言った職員
    ・身近に潜む、理解者であるはずの職員すら持ってしまう差別感情
    ・知らずと無意識に上から目線になってしまう
    ・自分の言うことを聞いてくれる、支配下に置いている気持ち、そんな自分は偉い
    ・支援か管理か
    ・学校で健常者と障害者を分ける。これが根っこでは?
    ・福祉施設が隔離されている。町の中にあるべきで分断するのは良くない。でも町の中に作ろうとすると反対される現実。


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    2026年08月20日
  • やまゆり園事件

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    国が植松死刑囚を死刑にしたら、植松死刑囚が被害者である重度障害者にしたことと同じではないか。
    そう思いながら読み進めていたら、森達也さんをはじめ、有識者全員が同じことを言っていた。

    イチケイのカラスで「裁判官は、社会の医者だ」という言葉が出てきて、この裁判に、その言葉が届けばいいなと、心からと思った。
    亡くなった被害者は、匿名の誰かではなく、命ある患者だった。

    後半、植松死刑囚が「重度障害者は不幸をばらまく存在」等の言葉を発するようになった背景を探るくだりで、その価値観の出どころは日本の教育に原因がある、という流れから、日本の教育、主に障害者教育(特別支援教育)に迫る場面がある。
    この章がほんとうにきつかった。
    今、わたし自身が教育行政に関わっていて、その立場として絶対に直面しなければならない章だと思って、頑張って読んだけれど、ものすごく時間がかかった、ほんとうに辛かった。
    ずっと頭と心がごうごうと音を立てていて、なかなか、文字が、意味が、頭に入ってこない。
    この、「ごうごう」の正体は、わたしの中にある差別意識の塊なんだろう。読んでいる間、その塊をずっとちくちくと刺されていて、その塊が刺されるたび、ごうごう、と音を立てていたのだろう。

    作品としては、「全員の心の中に植松死刑囚はいる」、つまり、「みんな差別意識を持って生きているから、それをまずは自覚しましょう」というのが結論だ。

    わたしはこの作品を読んで、彼の動機の背景にある生い立ちなんかを探りたかった。
    でも、結局裁判でも、生い立ちや施設での労働環境や生活についてはほとんど明かされなかったんだね。
    亡くなられた方の数が19人という時点で死刑は確定。責任能力の有無、そこだけに焦点が絞られた。
    「意思疎通ができない重度重複障害者は生きていても仕方がない」という植松死刑囚の価値観と、「19人も殺した優生思想の人間は死刑」という国の価値観とは、いったい何が違うんだろう。

    きつかった教育の章について改めて。
    自分の仕事や価値観を正当化したい面もあるけれど、障害児教育は差別意識だけではない視点もやっぱり必要で、わたしは特別支援教室も、特別支援学校も必要だと思うんだ。問題は自治体ごとの差なんだと思う。
    作中に「子どもが普通学級を希望しているのに普通学級に入れない」という家族が出てくるのだけれど、その「普通学級に入りたい」という意思表示を子どもができる時点で、自分の気持ちを表出する力があるんだな、と思う。一方で、明らかに特別支援学級にいる方が活き活きとしているのに、親の希望でどうしても普通学級に入れたい、となって、普通学級でうまく過ごせない子もいる。
    作中にも、普通学級で不登校になって特別支援学級に入って楽しく学校生活を送れるようになった子も出てくる。

    今わたしが関わっている小学校は、そこの特別支援学級に希望をもって、わざわざ引っ越してくる方がいるほどだ。
    でも、背景には、引っ越す前の自治体で、特別支援学校を提案されたけれど、それに納得できずに転入されてきた経緯があったりする。
    今の子どもの状況と保護者の意向が合致すれば話が早い。トラブルも起きない。この作中に出てくるのは、いずれもそこが合致している、つまり、保護者が子どもの状況をしっかり見て、きちんと子どもの気持ちを代弁できている場合なのだ。
    行政が苦労するのは、保護者の意向≠子どもの障害の程度だ。

    インクルーシブ教育自体には賛成だ。
    でも、障害の程度に関わらず全員普通学級で、というのは違うとわたしは思う。
    特別支援学級でぐぐっと伸びる子だって見てる。学校が、どのくらい普通学級と特別支援学級の交流の機会を持てるか。どうやって交流の機会をもつか。交流の機会に、どのように関わるか。目指すのはそこではないかと思う。
    学校の中でも、特別支援学級を持たない学校は、画一的で目指す目標が高い印象がある。
    これでは、やっていけない子がどんどんやっていけない思いを持ってしまう。自信を失ってしまう。自分なんて、と、そんな風に思いやすい。自信を失って、コミュニティを広げられなくて、凝り固まった思考からなかなか離れられない。どんどん、自分だけが置いていかれている気持ちになってしまって、周囲を羨み、自分を貶める。そんな自分を守るために、誰かを貶める。こんな思考回路に陥ってしまう社会構造こそが、無意識に優生思想を生んでいるのではないだろうか。

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    2026年05月24日
  • やまゆり園事件

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    なんとなく、植松死刑囚はヒトラーの名前は知っていても、優生思想は知らなかったのではと思っていました。案の上、この本によると、件の衆議院議長へ手紙を渡した件でやまゆり園を退職せざるを得なくなった際に、同僚から「それは優生思想だ」みたいなことを言われ、初めて優生思想という言葉を知ったとか。
    ヒトラーを知ってはいるものの、優生思想を知らないままこの凶行を思いついた、ほうがなんか怖い。他人事では決してないけどね。
    さて、さすがにヒトラー政権下のT4作戦は知っていたのかな?

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    2026年01月22日
  • やまゆり園事件

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    誰にでも優生思想はあるということを再認識した。読んでいる中で植松聖に共感できるところが多かった。
    犯行の内容、裁判の内容、彼の意見や被害者の意見が詳しく書かれていてとても面白かった。

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    2025年07月14日
  • やまゆり園事件

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    事件についての詳細と、加害者や被害者の思考や、とりまく環境なども詳しく書かれていて、誠実で丁寧な内容でした。(丁寧すぎてちょっと長いけど)

    また、優生思想についての問題も多く語られており、事件を通して障害を持つ当事者の差別問題も知れて大変勉強になりました。

    優生思想については、両者の言い分のどちらにも正がある難しい問題だと思うので、反優生論のみではなく、より中立的だとより良かったのではないか。

    近年の反差別や平等などの思想が一人歩きして、生活レベルでの実利との差が開きすぎて生まれた事件のような気がしました。

    差別に対する怒りも理解出来るけど、平等が正当であるという、確固たる理由もないところに問題の本質があると思う。

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    2025年03月09日
  • やまゆり園事件

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    凶悪犯罪者に関する書籍で最も深かったと思う。快楽殺人ではなく、信念を持った犯行であり、植松死刑囚の問いかけは万人に通ずるし考え続けないといけない。特に京アニとの比較、被害者の記号化は考えさせられた。

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    2024年04月17日
  • やまゆり園事件

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    個人による日本における大量殺人事件「やまゆり園事件」。元職員の男がなぜこんな凄惨な事件を起こしたのか、だけにとどまらず、この社会に潜む病理に切り込んだ一冊。

    確かに犯人・植松の思考は、常人のそれとは違う。でも、異常者と言えるほど、突飛な発想ではないようにも思える。特に、障がい者の家族のしんどさや職員の疲れた様子を鑑みて、それを軽減させたいという思いはなんとなくわかった(だからと言って、勝手に命を奪ったり傷つけたりするのは言語道断だが)。でもこれが現実なんだろうなと。

    そして、奪われて良い命などないという原則によって行われている裁判のはずが、死刑を求刑している(命をうばいにいっている)のが、最大のジレンマで、思わず唸ってしまった。事件の詳細や裁判の様子、やまゆり園や被害者に関する情報にとどまらず、障がい者を取り巻く社会の状況に目を向けて議論を進めているのが、本書のすごいところ。とくに、障がい者の子どもを特支に入れるか通常学級に入れるか、は私たち教育者にとっても大問題。

    引き続き考えていきたい問題が山積している。

    p.236 スケート植松の命
    生きるには値しない。命は無いと、植松の独善に従うのであれば、植松自身の命の価値はどう考えれば良いのか。あくまでも私たちと等価であるはずの命に死をもたらす刑罰だからこそ、黙過たくない。

    植松は生きるに値しない、とみなし、彼を処罰することはできない。植松の主張とそっくり重なり、否定したはずの彼の過ちを肯定することになるから。この取材で幾度も聞いたかパラドックス。落とし穴が待ち受ける。死刑によって、私たちが植松の命を奪う意味を、本書の終わりに通ってみたい。

    p.268 支援と管理が逆転
    身体障害者の大半は最重度の「障害支援区分6」で、言葉での意思疎通が難しい人が少なくない。暴れるなどの強度行動障害がある人もいる。
    支援のあり方を模索し続ける桜の風でも、支援のつもりが、入所者を意のままに行動させようとしている時がある。入所者が管理の対象になるという主客が転倒した状態に近づく。
    ある30代の男性入所者は、散歩や体操への関心が薄かった。職員はやる気を促すための策を練った。1日1回運動したらシールを1枚あげ、平日に毎日続けて5枚たまったら好物の缶コーヒーを飲むことができるという約束を交わした。
    やがて支援の歯車が狂いだす。「運動に行かないとシールをあげないよ」「シールもらえなくていいの」。本人の頑張りを引き出すためのシールが行動を操る手段に逆転する。
    ある時「シール5枚」を達成できず、落胆する男性の姿を見かねた職員から相談を受けた副施設長の佐野良は「来週は頑張ろうと励まして、きょうは缶コーヒーを飲んでもらおう」と助言した。
    「支援計画が崩れる。いいんですか」と問い返す職員を、佐野は論した。「あなたは仕事で嫌なことがあったら、気分を晴らすために飲みに行ける。缶コーヒーをお預けにするのは、楽しみが奪われてつらい思いをしている人に、飲みに行っては駄目と追い打ちをかけるのと同じだ」

    佐野が自戒を込める。「現場では、支援と管理が逆転していても、気づきにくい時がある。少しでも油断をしていると、本人の行動を制限すると言う危うさをしないかねない。」

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    2023年12月17日
  • やまゆり園事件

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    202208/事件と犯人についてのドキュメンタリーだけでなく、後半はグループホーム建設や地域の無理解・差別等についても言及されていて、思ってたのとは違う1冊ではあったが読み応えあった。やまゆり園事件の犯人のような命のジャッジはあってはいけないと思うのに、この事件に限らず酷い(と自分が思う)事件の犯人に対し死刑が妥当と思えてしまうという自分もジャッジしているパラドックス…。

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    2022年09月14日
  • やまゆり園事件

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    インクルーシブ教育といいつつ、地域に知的障害者の施設は作らないでと言う。
    植松がネット上では正しいと考える人が、とてもとても多くいることが分かる。
    自分はどうか、読んでいてずっと自問自答させられ、答えが出ないような気持ちになった。
    一つ不満は、入居者、家族への言及はたくさんあったが
    施設従業員への言及は少なかったように思う。介護のブラック労働かつ低賃金を無視して、この問題が進むとは思えない。

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    2022年03月21日
  • やまゆり園事件

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    人の尊厳を、
    その生産性や効率性といった主観的合理主義からのみ測るのは虚しい。
    理屈では語れない愛おしさが、
    生命にはあると信じている。

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    2021年05月24日
  • やまゆり園事件

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    狩猟生活から農耕生活。農業から工業。機械制御、電子制御、AI。進化とともに人は自らが生産しなくてもよくなる。と同時に文化を発展させ心が豊かになる。書籍や絵画では飢えや風雨を凌げないが、遠かった存在の思いが身近に感じられる。人自身が生産しなくてもよいために生産性はある。人には生産性は求められない。生産性はデフレで調整され減らされる。莫大なお金がかかるものこそ今の日本に必要なのだ。重度障害者の存在こそ必要なのだ。その思いを身近に感じることで文化も発展する。お金は無限。生産性は人が消費することで向上するもの

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    2020年09月13日
  • やまゆり園事件

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    差別、偏見、優生思想…社会のあり方とは
    ずっと考えてしまう。
    本書で事件の詳細を知ることはできるのだが、とても重い…酷い事件だったのだなと学んだ。

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    2026年03月04日
  • やまゆり園事件

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    ネタバレ

    ずっと気になっている事件だった。「重度の知的障害者には生きる価値がない」という植松の主張への、明確な反駁を知りたかったからだ。人間の命の価値とは何か、という点に踏み込んで論じるものではなかったが、読みながら自問させられることも多かった。
    本書の前半は、植松の生い立ちや凶行の顛末、遺族の心情や裁判など、やまゆり園事件という具体的事例について。後半は、優生思想や障害者を排除する分断社会、インクルーシブ教育などについて、日本の現状を解説している。
    後半は、高度経済成長の中で生産性が重視され、障害者の隔離や不妊手術が行われてきたこと、対して80年代からの当事者運動の発展などにも触れられ、読み応えがあった。辺見庸が問う「死刑という『生体の抹殺』を黙認する我々と、自身で抹殺を実行した植松の距離は近い」とする意見は、なるほど、と思う。死刑=植松は生きる価値がない、と社会は価値づけているではないか、と。また、やまゆり園事件について、社会はちゃんと怒れていない、と指摘も耳が痛い。
    あとがきの、抱樸の奥田さんの文章が非常に良かった。「いのちが大事」を当たり前とすることは、命を金科玉条のように仰ぎ、思考停止に陥ることではない。問いの前で呻吟し続けることだ、と。

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    2024年11月01日