菅野楽章のレビュー一覧
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美術品の贋作についての話と思いきや、世界には様々な「偽物」があるというお話。とても面白かった。
絵画だけでなく、戯曲や手紙、化石、ダイヤモンド、香り、自然(野生生物)、鯨の骨、マヤ文明のコデックス(絵文書)、紀元前の洞窟壁画が題材として扱われている。
本物と偽物を区別する基準は?真正性は、その時代によって変わる、偽物は「悪」なのか。そんなことを考える本だった。
以下メモ
(その絵が本物か贋作化を見分ける決め手のところ。芸術性で見分けるんじゃないところが面白いと思ったり。)
・何か、いくつか、彼女にはしっくりこないところがあった。ひびが入っていた、経年劣化?そうかもしれないし違うかもしれない、が、そのひびは都合のいいことに人物をいっさい消さないように入っていた。とにかくあまりにも、、、あまりにもなのだ。あまりにもこれ見よがし。あまりにも完璧。
(絵の贋作の話)
・スパニッシュフォージャー(贋作師)の物語の中で重要な部分は、作品が単なる「偽物」であることをやめ、それ自体として認識・収集されるものになったところだ。
このような物語こそが、スパニッシュフォージャーの真正性を高め、アート界のいかなる認証よりも、作品を本物にするのである。
(化石の偽物の話)
・アートや骨董品と同じように、化石も科学的、商業的重要性が生じるや否や偽物がコレクションに侵入し始める。「当然だろう。その世界では、得るものは大きく罰は小さいし、自身のコレクションに贋作が含まれていることを知られるくらいなら、みっともない失敗を隠そうとする買い手たちが、責任を追及してくる可能性は低いのだから」
(人工ダイヤモンドを作る話。ここでは、偽物が求められていて、「本物」を「偽物」に偽る。)
・科学界も歴史界も、ハネイの結晶が何でできていたのか、はっきりと分かっていない。ハネイの作った標本は本当にダイヤモンドなのか、そしてそうだとしたら、ハネイは本当に研究所でダイヤモンドを作ったのか、それとも天然ダイヤモンドを自分で作ったものだと偽っていたのか、ということについては意見が揺れ続けている。
・紛争ダイヤモンド、戦争ダイヤモンド、赤いダイヤモンドとして知られるこれらのダイヤモンドは交戦地帯で採掘され、その収益は、暴動、武器の取引、テロなど様々な好ましくない行為の資金になっている。コンゴ、アンゴラ、シエラレネオ、コートジボワールなどの国で低賃金労働者が、持続不可能な採掘作業にあたっている。
採掘による人間と環境の犠牲なく、本物のダイヤモンドを養殖できる技術を誇りに思っている。
(香り、人工香料の話)
・フレーバリストたちは、自然界のフレーバーを複製するだけでなく改良することもできるという考えを打ち出した。積極的に新しいフレーバーを作り、消費者が期待する味を変える実験を始めた。よりイチゴらしいイチゴフレーバーを作れない理由はない。
(野生動物のドキュメンタリー)
・トゥルーライフアドヴェンチャーズの成功のカギは、殺菌された感傷的な自然を観客に届けたことだった。自然は調和のとれたものではないかもしれないが、うまく道徳性を盛り込んで、飲み込みやすいストーリーにすることはできた。
(鯨のはく製と模型)
・何が2つの偽クジラの一方を他方よりも本物にするのだろうか。目的?制作の方法?素材?見た人がその体験から持ち帰るストーリー?そういった様々のものの組み合わせ?
(マヤ文明のグロリア・コデックス)
・これは認証の物語としては珍しい展開だ。専門家が偽りを暴くという話ではなく、少数のメソアメリカ研究者が、グロリア・コデックスは本物だと主張する説得力のある主張を、同業者や世間に届けようと、何十年にも渡って取り組んできたのである。
引用はないけれど、
フランスやスペインにある、旧石器時代の洞窟壁画のレプリカ話も面白かった。日本には、志摩スペイン村に洞窟壁画のレプリカがあるみたい。さすがにヨーロッパには行けないけれど、三重県なら行ってみたいかも。 -
Posted by ブクログ
2015年、国立歴史民俗学博物館で「大ニセモノ博覧会」という展示があり、偽物を簡単に切り捨ててしまうことができないことを学んでいたが、この本で、より広範囲な偽物とその存在意義を知ることができた。最初は美術の話。ウォホールの死後に作られたシルクスクリーン作品は本物か?中世絵画の贋作を作成したスパニッシュ・フォージャー。どこの誰かもわからない作者だが、特徴的な絵画が今ではコレクションの対象となっている。偽物もストーリーを持つことで、本物のような評価を受けることがあるという例。などの話で本物についての定義が揺らいだところで、科学的な見地からの話になる。人造ダイヤモンドの合成方法を競っている中で、合成ダイヤモンドだと提示されたが、実験のほうは再現できない。提示されたのは天然ダイヤモンドなのではないかと疑われる。目的が変わった時に本物と偽物が簡単に入れ替わってしまう。他にもレプリカの意義であったり、さまざまな分野での本物と偽物の話が紹介されていて興味深かった。
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2013年3月ヴィクトリア&アルバート博物館の企画展『デヴィッド・ボウイ・イズ』がロンドン開催から始まり、世界各地を巡回、5年後に閉じられる。
ロンドンの次の開催地、オンタリオでの開催に先立ち発表されたリストが、本書の元ネタになる。
ボウイ自身が生涯読んできた本の中から、重要で影響の大きいと考えた100冊の本のリストである。
1冊ごとに、その本を読んだボウイや当時のミュージシャンががどんな影響を受けたか?という解説があり、この1冊を読むならボウイのこの曲と共に聴いてほしいと曲紹介と、その1冊に興味を引かれたらこちらの本もいかが?との関連書籍紹介も付してある。ボウイが選んだ100冊の本と、ボウイの100曲と、関連書籍100冊を紹介している本となっている。中には翻訳されていない書籍も含まれている。熱狂的なファンであってもなくても、100冊程度なら読み切ることも可能だ。そして、きっと実践したらユニークな体験になりそうだ。
デヴィッド・ボウイさんは、かっこいいミュージシャンとの認識はあるが、あまり楽曲を聴いたことがない。むしろ、俳優としてのボウイさんの方がよく知っている。
『地球に落ちてきた男』『ツインピークス』『ハンガー』などの映画を何度も見ている。映画の撮影の合間にも本を読んでいたそうだ。
ここにある書籍の1冊を読んだ後、本書の紹介ページを読み、紹介されているボウイの曲を視聴するという楽しみ方もあるし、ボウイの曲から聴いてみて、本を読むという順番でも良いだろう。
立体的に芸術を楽しむ方法は無限大だ。 -
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ウォーホルが遺した版を使い、生前のウォーホルと同じ手法で刷られたシルクスクリーンプリントは「本物」か? 元素レベルまで天然ダイヤモンドと同一の人工ダイヤモンドを「偽物」のように感じてしまうのはなぜか? ドキュメンタリー映像は本当に「リアル」なのか? 歴史上のさまざまなエピソードを通して、フェイクとリアルの線引きについて考えるノンフィクション。
本書はウォーホルで始まりバンクシーで終わる。モダンアートは本物を認証する権威への批判と挑戦を内包してこそだから、現代美術の世界におけるフェイクとリアルの線引きは今後ますます混沌としていくことだろう。バンクシーが博物館の展示に紛れ込ませたエセ旧石器時代アートの欠片はそうと知って見ればおふざけの産物でしかないが、博物館という場の権威によって三日間は「本物」だった。そして博物館から放りだされても、それはバンクシーの作品という意味で「本物」なのだ。
これと同じ例として本書で取り上げられているのが、19世紀に中世絵画の贋作をしていたスパニッシュ・フォージャー(「スペインの贋作者」の意)と呼ばれる無名の画家。20世紀後半になってこの贋作者の手がけた作品が同定されていくうち独特のキッチュな画風にファンがつき、贋作と知って蒐集するコレクターが生まれていったという。19世紀の人びとを知る資料的価値があるとして、贋作認定後も美術館に入っているとか。
科学的な裏付けを伴わない場面で何をリアルとするかは、その時代の人びとが「その物語にノレるか否か」で判断されてしまう側面がある。とても本物には見えない作り物の化石を信じたベリンガー教授の心理は18世紀の考古学熱を思えば然もありなんだし、かと思えば、発見者が語る来歴が怪しすぎるのでずっと偽物だと思われていた「グロリア・コデックス」が本物の古代マヤの遺物だったりする。
上記のような歴史学上の反省があるかと思えば、人工フレーバーの開発史にスポットを当てた章もあるのが楽しい。今の「バナナ味」や「ブドウ味」を本物と比べて甘すぎると感じてしまうのは、そのフレーバーが開発されたとき市場に出回っていたのが今主流になっているものより甘い品種だったからとは。人工フレーバーの「リアルさ」はノスタルジーのなかにある、という締めが余韻を残す。
美術系の分野に限らず、いろんな「偽物」と「本物」の物語を知ることができて面白かった。クローンやAIの問題なども含めれば、これから先はリアルとフェイクの違いを問うこと自体がナンセンスになっていくのかもしれない。 -
Posted by ブクログ
生涯を通じて、デヴィッド・ボウイは膨大な量の本を読んできた。映画『地球に落ちて来た男』の撮影の際には、1500冊もの本(400冊とも)が収められたトランクを持ってきていたという。
ヴィクトリア&アルバート博物館(V&A)の企画展『デヴィッド・ボウイ・イズ』のために、ボウイ自身が選出した重要で影響が大きい100冊(厳密な意味で「お気に入りの本」ではない)を、ボウイの人生や活動、関連する作品とともに紹介する。
古今の小説、ノンフィクション、評論、オカルトから漫画雑誌まで、さまざまなタイプの本が挙げられている。
フラワー・ムーブメントのとき、ボウイはインドではなくチベット仏教に傾倒していたのも興味深い。 -
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個人的には、第2章が面白くなく、第2章の途中で「読むのを止めようかな」と思ったのですが、第2章の残りはひとまず飛ばして第3章を読み始めたところ、そこからは、「これなら読める」と思えた内容だったので、何とか読み切りました(第2章の残りも、あとで何とか読みました)。
ちなみに、この本を読み終えた直後に、「レンブラントの「夜警」をAIで復活」という記事を目にし、「まさに「ホンモノの偽物」の話だ」と思いました。
我々は何を「本物」と捉え、「偽物」に対し、なぜそう思ってしまうのかは、実はグレーで、「本物」と「偽物」との間にはグラデーションがあります。
そのグラデーションを知る上で、また、「本物」や「偽物」の自分なりの基準を身に付ける上で、この本は役立つと思います。
なお、自分としては、天然のダイヤモンドと人工のダイヤモンドの話(第3章!)が興味深かったです。
どちらも本物のダイヤモンドですが、どちらに価値があると考えるかは、その人の価値基準次第。
しかも、ダイヤモンドそのものの価値、というよりは、製品としてのダイヤモンドができあがる過程をどう考えるか、といった部分も、価値基準に関連していて、いろいろと考えさせられました。