樋田毅のレビュー一覧
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女帝と囁かれた村山美知子の華やかな生涯と創業家として朝日新聞と対決する晩年の話。
著者が本当に村山美知子という人間に惚れ込み、だからこそ朝日新聞による法的に疑問なレベルでの株式譲渡を許せないという熱意がノンフィクションとして素晴らしい。まるで中世ヨーロッパの貴族の様に気高く気品に溢れ、芸術を愛した村山美知子。何もかも持ち合わせて生まれたはずの村山だが、生涯の伴侶は得られず社主の座も追われてしまう。金持ちは金持ちで苦悩や困難があるということか。
また、いまの朝日新聞の筆頭株主がなぜ香雪美術館なのか、そのカラクリを解き明かしているのも面白い。
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ネタバレ単行本はもちろん発売されてすぐに読んだ。
ポリタスTVに出演された時の樋田さんの誠実で粘り強く、ジャーナリストとしては常に公正であろうとされていて、正義を追い求めるお人柄が滲み出るお話しぶりだったことに感銘を受けたからだ。
映画ゲバルトの杜の上映後のトークセッションでも、思わず慟哭こみあげる様子を見せられ、本当に地道に真摯に取り組まれている、その中でなにより人間性、人間は自由に生きるべきであるということが感じられこちらも込み上げるものがあった。
文庫では、文庫版のためのあとがきが追加されていて、とりわけ、代島監督の映画を観た後に読むと良いと思うし、当時のことを今も振り返り振り返り生きてこられた、そしてすでにお亡くなりになられた方々ひとりひとりの心情や信念が、樋口さんの心のフィルターを通して描かれている。
学生が自分ごととして、主語を大きくしないで取り組まれた運動、川口さんの死を理不尽なものと党派的な観点ではなく、自分の友達が、同じ学生が殺されたことへの危機感、危機意識、理不尽、そして悔恨からの運動、このようなことを二度と起こさない自由なキャンパスを求め闘った運動があったことは、興味本位な、学生運動といえば、ついそちらに目が行きがちな新左翼のセクト、党派とは異なる、自分たちの言葉で自分たちの心を伝え非暴力の闘いを貫こうとしたり暴力非暴力の間で揺れた人たちがいてそれでもじぶんごととして真剣にヘルメットのことを考えた学生たちがいたこと、もっと知られるべきだと思う。単行本読まれた方も文庫版を読む事をおすすめするし、本書を読んでゲバルトの杜をみてまた読んで、、、自由とはなにか、今の戦争とナンセンスだらけの世界、日本について考える強いガイドになる。
樋田さんは、諦めない事、非暴力、非武装、非戦で諦めず闘い続けること、諦めないで信じ続けることについて勇気づけてくれる。
文庫版あとがきから引用
ここに書いたのは、あの運動に関わった10,000人を超える学生たちに比べれば、ほんの1部に過ぎない。それでも、私にとっては、あの闘いが豊かな実を結んだと言う確信を抱くのに十分である。私たちは短期的には敗北したかもしれないが、長い人生を考えれば、負けてはいない。暴力は人々を沈黙させ、殺すこともできる。しかし、その人生を究極的に支配することはできないのだ。
革マル大岩圭之介、今の名前は辻信一。かなしいかな鶴見俊輔大先生が関与してこーなっている。ちくまプリマー新書で本が出ちゃってたりしてそれも驚きとやるせなさ、行き場のない怒り。
日本は強いもの権力暴力装置もつものに巻かれる社会、、、、、
私は樋田さんを応援する、樋田さんの本を買う。
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ネタバレ1970年代、早稲田で学生運動の真っただ中にいた著者が、経験したことを克明に記したノンフィクション。暴力がキャンパスを支配していた当時の状況を、当事者の目線で書いている。
学生運動に興味があったので読みました。非常に興味深く、読み応えがありました。
単純な感想としては、「大学って、学問をするところじゃないの?当時の大学はいったい何やってたんだ!?」という疑問をもちますね。本書の記述からだと、著者は反革マルのための運動ばかりやっていて、肝心な学問がおろそかになっているような印象になってしまう。(もちろんちゃんと卒業しているんだから、そんなはずないんだろうけど)。さらに単純な感想を加えると、いや、学内の”紛争”だとか”対立”だとか言ってるけど、もうこれ犯罪やん?警察出てきて取り締まろうよ!と、現代の感覚では思いますね。学生が、鉄パイプやら角材やら持ち込んで、主義主張の反する同級生を脅したり、実際に大けがをさせたり、火を放ったり、授業中の教授を連れ去ったり。
そんな、現代の感覚ではありえないことが、なぜ知的なはずの大学で、日々当たり前に行われていたのか、謎だ!と前から思っていて、本書を読みながらも「だからそれは犯罪だってば」とは思ったけど、著者のあとがきにもあるように、そう単純な話ではないことが分かった。
一番興味深かったのは、事件後何十年も経って、革マルのリーダーだった人と対話するところ。で、相手は著者が聞きたかったようなことは全然答えてくれず、話は平行線をたどる。二人の対話を、できるだけ正確に再現してあるのだろうけど、「話が平行線をたどっている」「この二人は分かり合えない」ということがよく分かった。
自分たちの活動が、自分が率いた組織が過ちを犯して、前途ある学生の命が奪われたというのに、自分が実際に暴力を行使していたことに対して真摯に向き合っているようには見えない相手。
しかし実際に革マル派として活動していた当時の学生のほとんどが、こんな感じだったのだろうということもよくわかる。深い理由も、理念もない。「誘われたから入った」「先輩が言っていることに共感して手伝った」「みんながやっていたから」「自分の力が必要とされていたから」「なんとなく」「面白かった」etc…。
彼は著者から重ねて何度も尋ねられて、「理屈で説明できない」と正直に答えている。
著者は学生のときから一貫して、非暴力を訴えてきた。大学で、暴力による支配を否定する、どう考えてもまっとうな意見が、なぜ通らなかったのか不思議だが、それは現代にも通じる。「暴力はいけない」「戦争はやめよう」と、大抵の国では子どもに教えるはずなのに(教えないのかな、もしかして)、どう考えても間違っている戦争を、私たちは止めることができない。みんなが、大人が、国家が、まともな国家なら、暴力、戦争にNOと言えばいいだけの話なのに、それができない。不寛容に対して不寛容で闘っている。
「自治」とか「民主主義」の概念を捉えるうえでも、いろんなことを再認識できて良かった。 -
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津田大介さんのポリタスTV で樋田さんのお話を聞いて大変感銘を受け本書を知った。
ものすごいルポルタージュだ。ルポルタージュの意味は本来のフランス語で探訪と聞いたことがある。
ニホンというクニの近現代史、ジャーナリズム、メディアのみならず文化という観点からもまさに社主美知子さんその父母や祖父母が、生き、世の中に還元されてきたこと、普遍的な愛のようなものが、気鋭のジャーナリストの鋭い眼差し、公平であろうと自らを追い込むような目線で語られており、感動した。
大阪国際フェスティバルとかフェスティバルホールとかそんなことも全く知らないことばかりで大変勉強になった。 -
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【まるで奇跡のような、素敵なおばあちゃんだった、と何度も思い返している】(文中より引用)
朝日新聞創業者の孫にして最後の「社主」となった村山美知子。芸術活動にも身を捧げた数奇な人生を追いながら、経営陣との長年にわたる複雑な関係を描いた一冊です。著者は、自身も朝日新聞社で活躍した樋田毅。
村山美知子という一人の人物を丹念に取材したノンフィクションとしての価値はもちろんのこと、「経営と資本」の関係を考える上でも大変に示唆に富む一冊でした。企業にチェック・アンド・バランスをもたらす機能としての経営者一族の役割は改めて見直されても良いのかもしれないと感じた次第です。
「そういえばあの時・・・」と振り返る作品になりそう☆5つ -
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色々考えさせられる1冊。
以下自分メモ。
男社会サラリーマン社長と、家と名誉を背負う前提がある生まれながらの金持ちオーナー一家では、前提とする価値観も利害も違うがために、どこかでもめるのは必然だったんだなーと。モメそうなポイント全てでもめていて、誰かなんとかできなかったのか?とさえ思いました。でも現実はこんなものだよね。
著者である、元朝日新聞新聞記者が異動でオーナーの宮仕え?になったことで見聞したことを書き残した貴重な1冊。サラリーマンならわかる。これは出版にあたりたくさん敵を作ったことでしょう。ほんとに執念深くて面倒なのは女ではなく(以下略)。
でも、記者として、自分が書き残さなかったら誰も書き残さなかったと考えたのかも。実際そうだし。記録って大事。よくぞ書き残したなあと。
山下達郎を聴くようになってから、タツローさんが音響の良さでお気に入りの大阪フェスティバルホールってどういう経緯でそんなに設備いいのかな?所有してる朝日新聞がお金持ちだからかな?と思ったきり放置してたのですが、この本で経緯がよくわかりました。朝日新聞社主(株的にオーナー)の令嬢のおかげだったのですね。まさに現代の貴族。
うちの部に新聞社から転職してきたひとがいたので、ちょっと話ふったら業界的に色々ご存知そうだったので、このへんのネタを根掘り葉掘りお酒飲みながら聞きたい。しかしコロナ遭遇するチャンスが少ない…。ほんとコロナよくない!
早く根絶されてほしい。 -
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統一協会の幹部でありながら協会の反社会的な行動を諌め、自身の懺悔としてその反社会的行動の実態や教団の様々な疑いに対して私的見解を述べている。
統一協会に対しては櫻井義秀 著『統一協会』を読み、教祖の文鮮明の軌跡や統一教会の実態などを知ることができたが、本書においてそこでは著述されていないことも赤裸々に書かれていて、統一教会が権力に対していかに食い込んでいたのか改めて確認することが出来た。特に、私兵隊が組織され自衛隊の訓練に参加していたということと、ソ連などの共産国家に対する諜報活動を行っていたという事実は、統一教会が武力を厭わず目的を遂行する姿勢や、彼らの組織力の強さを改めて実感し、このような組織が自民党に影響をもたらしている事実に改めて恐怖を感じた。
大江氏が懺悔されている内容は、私は知らなかった事が多かったが、統一教会のことを追っている人からしたら既知のことであるだろうし、大江氏はその追認だけにとどまっているのではないかという物足りなさは感じた。大江氏はどこまで踏み込んでいいのかということは経験からよく承知されているだろうし、家族に対して危害が行くのは最も恐れている事だと思うのでそれに対しては批判的になるつもりはない。
ただもう少し擦っていく。告発者である大江氏がいかに統一協会の逆鱗に触れずにこの組織と袂を分かつべく細心の注意を払っているのだろうと感じる。恐らくもっと口を憚る経験は山のようにあるし、内心で懺悔されているようなことはもっと沢山あるだろう。その点で非常に意地の悪いことを言えば、立ち回りであったり世渡りという言葉が頭によぎる。
しかし、そこを批判することはあまりにも幼稚であろう。ご本人の頭のキレの良さから、上の立場の人から目をつけられ、次第に引き返せない運命に翻弄されていったのだと読んでいて合点がつくし、それを糾弾する資格は私には無いと思うのだ。
本書を最後まで読み、教祖である文鮮明も後年は罪悪感との戦いであったのだろうかと思わせるような表現がされている。それは本人にしかわからない。ただ彼の悪名高い権力者としての立場上、共産主義との戦いが終えたあとでも一市民としての余生を過ごすことはもはや不可能であるし、むしろ権力に執着し続けることが命を終えるまで至上命題にならざるを得ないのが、この人間世界のルールなのである。様々な人生ドラマを本書は読みやすい対話式で書かれていて統一協会問題という枠を超えてある奇譚として思いを巡らすことができる。 -
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本当ならクラシック音楽に関心のある人が読むとよいのだけど。
3代目の社主が日本のクラシック音楽にもたらした功績が描かれている。朝日新聞社の社主だからできたことだと思われていたようだが、欧米の音楽家を日本に招いて満足のいく演奏をしてもらうのは、目利きと経営能力と愛がなければできなかったことのようだ。
そういう、音楽プロモーターとしての伝記であればよかったのだけど、朝日新聞社社主としての生涯も描かなければならない。
圧倒的な株式を保有する創業家一族と経営陣の冷戦が描かれる。
朝日経営陣は陰に陽に社主(や創業家)の力を削ごうと働きかけており、著者はそれに対してネガティブである。まあ確かに、株主がうるさいのはわかるが、経営陣に対して牽制する勢力が事実上なくなってしまうようなやり方はいかがなものか、と私も思う。
なお、樋田記者は赤報隊事件を追うのがライフワークじゃなかったっけ? と思ったが、社主のお世話係になった経緯と理由も書かれている。 -
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元朝日新聞記者で、阪神支局襲撃事件を長年取材している著者。社主担当の「大阪秘書役」で、最後の社主、村山美知子さんの側で見聞きしていたことを記録したのが本書だ。神戸の高級住宅地、御影に香雪美術館を抱える大邸宅に一人暮らし。著者が「最後の令嬢」と称する通り、有馬や麻布などに別荘も抱え、昭和初期の上流階級の暮らしぶりを興味深く読んだ。甲南小から甲南高等女学校、東京の自由学園に通い、終戦直後に元海軍大尉、武田光雄氏と結婚するが、お家柄の違いですぐに離婚してからは、子供もいない。父の村山長挙は、旧岸和田藩主の華族岡部家の家系で、京大卒業後に村山龍平の娘於藤の婿養子となる。兄弟には、終戦時の侍従で、玉音放送の録音盤を守った岡部長章もいる。
日本で音楽祭が珍しかったころから、カラヤンら一流の演奏家を招いた大阪国際フェスティバルを育ててきた。後半は社主家と経営側の長年の争いがテーマ。於藤さんが朝日主催のエジプト展の開会式で、昭和天皇に近寄ろうとして宮内庁職員に制止され、けがをした騒動などで、経営側と対立する話などが出てくる。結局、美知子氏の加齢に伴い、保有株式を手放すことになり、社主家と経営側の対立は終焉する。養子探しなども模索されるが、2020年3月に99歳で亡くなる。おいの村山恭平氏(洛星→名古屋大)が社主への色気を見せるお騒がせキャラとして登場するのも面白い。
この本はどうも朝日新聞には都合が悪いことが書いているらしく、同社は抗議文をネットに掲載したりしている。 -
Posted by ブクログ
★消えた日本の貴族★上野家を上回り朝日新聞の最大の社主であった村山家。貴族のような育ちをした最後の社主、村山美知子氏の晩年に仕えた元朝日新聞記者の記録。
朝日にとって、目の上のたんこぶであった社主をいかに排斥するかは長年の課題だったろう。著者から見ると、その対応は特に亡くなるタイミングで礼を欠いていた。貴族的な美知子氏にほれ込んだという面はあれど、義憤から朝日経営陣の対応を記した。朝日と社主の関係を理解するのに分かりやすい。
一方で美知子氏は音楽プロデューサーなど芸術家のパトロンとしての役割や能力は高かったのだろうが、支えるだけの実務家が乏しかった。姉妹の仲が必ずしも良くなく、子もいなかった。組織としての朝日にかなわなかったのだろう。こうした育ちをした人物がいたということに驚くのも本書の面白さ。