樋田毅のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
他の企業ではあまり聞かないけれど、新聞社では経営者とは別に社主という存在を耳にします。海外では、ワシントンポストではジェフ・ベソスがその役を担うようになってから猛然とデジタル化を推進しているし、ニューヨークタイムスでは創業一族のA.G.サルツバーカーに代替わりしてから、同様にDXが進んでいます。やっぱオーナーって絶大な権力を持っているのでしょう。当たり前か…でもわが国、朝日新聞の社主にとっては、そう当たり前のことではなかったようです。今年3月3日になった村山美知子社主がいかにして「最後の社主」になってしまったか、という記録です。朝日新聞の経営陣から、お世話係という名目で村山家の内情を探るために送り込まれた朝日新聞社員による本です。これから秘封されるであろう、いかにして経営が社主の権力を無力化していったかという記録を後世に残さねば、という強い想いで満ち満ちています。まるでスパイがスパイ対象に「恋」をした、といった物語にも読めます。そう、創業者村山龍平の孫として、膨大な遺産を受け継ぎながら現業には携われず、音楽文化のパトロンとして生きてきた本物のお嬢様に、著者は寄り添っています。すなわち朝日新聞に対する批判となっていて、たぶんこの本、朝日の書評に乗ることないんだろうなぁ。彼女がプロデュースした大阪フェスティバルホールが日本のクラシック音楽界にとって、いかに大きな存在だったかも初めてしりました。没落していく貴族の物語みたい。ビスコンティの映画を思い出しました。それにしても新聞というメディアビジネスって、いかに富を蓄積したか、ということにも、それが今、風前のともしびかもしてないってことにも、しみじみします。以前読んだ、「二重らせん」の禍々しさとシンクロしつつ、全く正反対の豊饒たる落日の歌。
-
Posted by ブクログ
はじめは華麗なる一族の華やかな暮らしで始まったのだが、終盤はほとんどホラー。もちろん、オーナー一族からサラリーマン社長に経営が移っていく過程では、どの会社も多かれ少なかれ同様の過程を経るものだ。本書の場合、プロ中のプロである一級のジャーナリストがそばにいたことで、その裏側が克明に描かれている。
エピソードも満載で、現役時代は強面で知られた、三菱重工の相川賢太郎社長(当時)が、最初は堅苦しい挨拶をしていたのだが、突然、「遂げたり神風」(村山美知子氏作曲)を歌い出したとか、伊藤忠兵衛氏の末娘と一緒に学校に通っていたとか。。。
後ろに行くほど、ドキドキ感が増してくる、良質のミステリーみたいな本。 -
Posted by ブクログ
朝日新聞には2人の創業者があり、かねてから株式の多くを創業家の一族が保有していたという。しかし、経営側からすればそのような図式は面白いわけがない。様々な軋轢の中で、”翁”と称される創業者の片割れ、村山龍平の孫にあたり第3代目の社主となった村山美知子はついに株式の譲渡を決める。
本書は長年、朝日新聞の秘書役として彼女に仕えた著者により、彼女の半生と朝日新聞側が彼女から株式を譲り受けるためにどのような暗闘を仕掛けたかをまとめたノンフィクションである。我々が良く知る新聞社の経営の裏側にそもそもこのような事実があったということ自体、全く知らなかったし、村山社主が大阪フェスティバルホールの創設やクラシック音楽への寵愛を通じて小澤征爾、佐渡裕などの活躍にも寄与していたという話など、面白いエピソードばかり。
一般化すればもちろん、”資本と経営の分離”というガバナンスを一つの会社の内紛劇としても読める点で、非常に読み物として優れた一冊だった。 -
Posted by ブクログ
1972年11月、革マル派が支配していた早稲田大学文学部構内で、一人の学生が虐殺された。後に「川口大三郎君事件」と呼ばれるこの悲劇をきっかけに、一般学生は自由を求めて一斉に蜂起。しかし事態は思わぬ方向へと転がり、学外にも更なる暴力が吹き荒れて――50年前、「理不尽な暴力」に直面した著者が記した魂と悔恨のルポ。
話には聞いたことがあるものの、自分が生まれる20年前の話なので正直実感はわかない。想像もつかないし、自分の大学のキャンパスは小規模だったこともあり、ぽわんとした空気だった。おちおち安心して通えないのでは、大学として成り立っていないし、学ぶ場所であって政治や信念を押し付け合う場所ではないはずだ。非暴力や寛容という精神は、海外でのデモや戦争に対してもジレンマとして降りかかる難題だが、今の極右派にはいつか終焉が来ると願うしかない。そのためには社会全体で理性的な非暴力の精神を培っていくしかないのではないかと思った。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ2021.02.16 最後の社主
樋田毅著「最後の社主」を読みました。著者は朝日新聞出身のジャーナリストで、タイトルにある社主・村山美知子氏の晩年に世話役をしていた方です。「虎ノ門ニュース」で上念司氏が紹介していたのが気になって手に取りました。
村山美知子氏は朝日新聞の創業者・村山龍平氏の孫娘で、創業家として朝日新聞社の大株主でした。社主って言う言葉も、耳慣れない言葉ですが、創業家と経営を分割した朝日新聞独自の言い回しの様でした。美知子氏は、音楽をはじめとする様々な文化に精通されており、大阪国際フェスティバルという音楽祭を主宰されていました。無名時代の小澤征爾を見出したり、私でも存じ上げているカラヤン(凄さは理解しておりません)を招聘したりと、そうした功績は美知子氏の人柄によるものだとありました。小澤征爾は、若くしてN響の指揮者になるも、「若いのに生意気だ」ということでその立場を追われ、海外で目が出て「世界の小澤」と言われるまでになったとのことでした。このエピソードは全然知りませんでした。
しかしながら、こうした事業はやっぱりお金がかかるもので、運営している団体も赤字です。朝日新聞の支援がなければ運営できないわけですが、読んでいて美知子氏は、その支援を当たり前のように思っているように感じられました。いや、大株主、創業一族というのはそれくらいの権限を持つものなのかもしれませんが、やっぱり仕事もしないでどうなのだろうという気持ちが出てきます。でも、そのあたりは貧乏性の私には理解できないところなのでしょう。
晩年は朝日新聞の経営陣からひどい扱いを受けたとありましたが、出てくる話は株をどのように扱うかばかりで、それがどのようにひどい扱いなのかピンときませんでした。株の整理がついた後は、世間体を優先する朝日新聞経営陣によって確かにひどい目にあわされていたような描写もありましたが、その時、本人はもう自分の意思表示もできるかどうかという状況で、このあたりもなんともいえないなと思いました。
でも、こうしたしっかりとした教育を受けて、お金に困らないような方こそが、公共の名誉職等にはふさわしいのでしょうね。期待した内容とはちがうものでしたが、「こういう世界もあるんだな」と認識できました。そして、業界団体の役職とかについては、ますますやる気が亡くなりましたとさ。