アサダワタルのレビュー一覧
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アートとコミュニティや福祉を結びつけるようなユニークな活動をしているアサダワタルさん。以前、彼のお仕事のど真ん中っぽい本を読み始めて挫折したことがあったんだけど、今回は最初のほうはちょっと危うかった。軽い筆致とでもいうのかそれが何だかなじまないの。「オレ面白いこと書いてるぜぇ」みたいな感じがしてしまうというか。
でもこの本はだんだん面白くなっていった。最初のほうは東京都小金井市での自身(というかわが子の……というか自分たちの家族)の保活のこと。後半ではシェアハウスで暮らす一家とか多世代で暮らす一家とか地方に移住した一家とかいろんな「家族のカタチ」を実践している人たちの声に触れられる。
なのになぜ「ホカツ」がタイトル前面に出ているのか。たぶん、これが一番衆目を集めやすいと思ったんでしょうね。せっかくのいい中身が1/3くらいしか現れていないと思う。しかも片仮名で「ホカツ」ってわかんなくない?
この本が途中から面白くなったのは、小金井市での保活を通じて知り合った保育園園長の小方久美さんと親トモの長澤麻紀さんとの鼎談から。小金井市は保活が大変らしいけど、一方で他自治体に比べてもユニークな保育園での育児が行われていて、小方さんがその熱いポリシーを語ってくれているのがすごく面白かった。保育って、ただ親による保育に欠ける状態を埋めているんじゃなくて、子どもの発達を見据えながら先手先手を打っていろんなことを仕込んでいるんだということがよくわかった。保育園に入れるのって親の仕事のためというのが優先されがちだけど、子どもが健やかに育つことが第一なはずだよね。そして親も、子が通っている園の保育をちゃんと知って一緒に協力し合って保育していくことが大切なんだ。なのに、親たちは保育園を自分たちの都合だけで判断してやいないだろうか。たとえば、保育園側から親へのお願いが少ない(面倒じゃない)ところを選ぶとか。
そして、預けているとはいえ家族がしっかりかかわって一緒に健やかな状態をつくっていく、つまり「環境全体で働きかける」(p.274)という点では、介護施設とかも同じように考えるべきだなと思ったし、そういえばソーシャルワークも人と環境の交互作用とかってよくいうから、保育と介護とソーシャルワークに関して、かかわる人みんなとか環境全体で働きかけるってことについて考えてみたい。
あと特に印象に残ったこととしては、家族で一緒に暮らすってどういうことなんでしょうねということ。
北海道でアートに関する活動をしている漆さん一家、特にアサダさんと同世代の崇博さんは多世代で同居すべき的な考えをもつ人で、妻のななえさんも大家族で育ったからそれが気にならない人。父の公彦さんは核家族化が日本の家族をダメにしたという人(そもそも国が持ち家政策をしたから核家族化したという論)。こういう一家や、夫のテツさんを単身赴任状態にして、親やきょうだいと一緒に愛媛の大島に移住した久保田茜さんの例や、最後にはアサダ家も妻の実家近くに拠点をおき、アサダさんは東京で単身赴任的な生活を送ることを決めるんだけど、核家族だから夫婦の一方に育児が偏って、もう一方は単身赴任で絆が危ういみたいなことになるわけで、久保田さん、アサダさんのように一方にどっかり核家族でない家族の拠点があれば、夫婦の一方が単身赴任なんて何も揺らがないような気がするというのが発見だった。シェアハウスで暮らすとかもそうだけど、核家族単位で物事をとらえ、孤軍奮闘するのって確かに弊害もあるね。ゆる~くいろんな家族や人々のつながりを使って生きていけばいいんでないのって思った。
とはいえ、アサダさんやテツさんの例からは、どうしても夫・父のほうが自分のしたい仕事していて、妻たちのキャリアはないがしろになってる感じがするなあ。妻たちが別にキャリア一辺倒を望んでないのかもしれないけどなかなかモヤモヤした。 -
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コミュニティ難民、と名前をつけてくれたことは嬉しかった。
でも筆者は、
コミュニティ難民と言いながら、
家庭を築けているではないかと思う。
きちんと帰属意識をもって、
支えてもらっているではないかと思う。
女のコミュニティ難民は、
コミュニティにも属せず、
家庭も築けない。
支えてくれる人もいない。
もっと難民ですけど、と思う。
あなたには帰る場所があるよ。
奥さんと子どもがいるではないか、
自分の命がつながっているではないか、
何がどこが難民なのか?
男性はいいですよね。
自らお腹を痛めなくても、
活動を止めなくても、
誰かが命をつないでくれる。
あなたは孤独になんかならないのだ。
子どもを産んで育ててくれてる奥さんのおかげで、孤独になんかならないのだ。 -
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ネタバレタイトル的に、「ホカツ」戦争の過程が書かれているのかと思ったら違った。
ホカツについても書かれているが、それよりも家族自体の有り様(ライフスタイル、働き方、地域との関わり方)について考えていくエッセイ&インタビュー集だった。
子育て家族がシェアハウスに住みシェア子育てをしていたり、二世帯住宅で脱・核家族を目指していたり、離島へ移住&夫婦別居生活をしていたり...多種多様な家族生活を営む人たちへのインタビューもあり、面白かった!
「子どもができる前にこだわっている"幸せ"と、できた後に見えてくる"幸せ"は根本的に違う。いま基準の幸せのみに縛られないで。」
■メモ:
・保育園以外にも「他のあり方」、「別のやり方」を考える。
・子どもたちの根っこには、大人との安定した関係が土台にある。
・子供を変える前に、親自身が変わることを楽しむ。 -
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他者に、社会に向けて扉をひらくことで、「私」の中に「他者」が流れ込んでくる。そうして仕事、生活、娯楽、すべてが渾然一体となる。生きることと仕事や趣味、自分の持っているものを変に棲み分けずに、そのまま生かしながら歩みたいと思い始めている自分には、学ぶべきところが大きかった。
本書に載っている方々の生き方はそれぞれに個性的だけれど、自分をストレートに活かしながら、ごく自然に生活して、その中に仕事や趣味が息づいており、それらに隔てはない。色んな在り方で自分を開いて、繋がって、それが人生を豊かにしてゆく生きた例を眺めることができた。
個人的には、他者に閉じがちでありがなら、やはり誰かと豊かに繋がりたいという欲求を持つ自分にとっては憧れる在り方であるし、どうにかしてそうした境地にいたれないか、それには何が足りないのか、考えてみたいと思わされた。 -
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<目次>
増補偏
東京編
大阪編
各地編
<内容>
核家族化が進む昨今、隣近所との会話もなくなり、引きこもりや孤独死など、コミュニティーの不在が叫ばれている。そこで地域の活性化も含めて、ボランティアなどによるコミュニティーづくりが多く実践化されている。しかし、この本の「住み開き」は、ゆる~く地域に自宅を開いて、シェアハウスだったり、民泊(ゲストハウス)だったり、飲み屋風になったり、ライブハウスだったり、美術館だったり、その人の個性に合わせた活動を紹介している本。「自宅」がミソで、そこに当人家族が住んでいる。生活がある中で、さまざまな活動をしていく。その活用法から生活費を稼ぐわけでもない(稼いでいる人もいるが)。行政が入るといろいろとめんどくさいらしく、金銭的支援も期間が限られるので、「ゆる~く」やるのがポイントらしい。当の著者も現在は「住み開き」をしていない。それをあとがきを言い訳にしているが、基本は「ゆるい」のがポイントなので、あまり考えないほうがいい。そう思った。またこうした活動が地域コミュニティーの活性化のヒントになると感じた。 -
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【帰属意識と自分の”居場所”】
”居場所”とは、どこにあるのか探すものではなく、「今自分が居る場所」こそが居場所なのだ。
コミュニティの重要性はもちろんだが、このコミュニティに自らを縛り付け動けなくなるのは本末転倒。
『コミュニティは、結合することが容易であったのと同じく、分解することも容易でなければならない』
帰属意識の自由度と同時に、肩書き、年齢や学年(笑)、職業などタグを付けて歩かないと自分を説明出来ない社会でなく、属性で人を判断する・されることからも自由でいられると生きやすい。
【”大目に見る”】
かつての地縁や血縁で結ばれたムラ的なコミュニティから都市型コミュニティへと文脈が変化していく中で、互いに迷惑をかけたりかけられたりすることが大前提だったムラ社会のシステムが都市では通用しなくなる。
「許す/許さない」「白か黒」「善か悪」の二元論で性急に答えを求められる風潮。こうでなければならない、という圧力に自らがんじがらめになる中で、そのどちらとも言えないハザマや遊びを赦すグラデーションがある社会、”他者を赦す寛容さ”が何より大切な事に思える。