河内春人のレビュー一覧

  • 継体天皇 六世紀に現れた世襲王権の「始祖王」

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    専門家ではないので最新の状況は分からないのだが、現時点における継体天皇に関する解釈の集大成ではないか。
    考古学の成果、文献からの成果、東アジアの情勢などを総合的に評価して全体的な論旨を構築している。内容は整合的で、もはや継体天皇の実態は本書に記載されているものではないかと納得してしまった。
    継体天皇について書かれている多くの書が越前から突如やってきて、ゆえに長年の間奈良盆地に入れず古墳も大阪に築いたと記載しているが、本書の内容はそれよりもよほど納得できる。
    非常に面白かった。

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    2026年08月12日
  • 継体天皇 六世紀に現れた世襲王権の「始祖王」

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    古代史にさっぱりの私ですが、福井育ちで、小学生が遠足に行く足羽山におじさんの継体天皇の像が建っていて、坂井平野の治水をし山頂から三国湊を臨む姿を郷土の伝説として教えられていたので、一般にはマイナーな存在とは知りませんでした。
    今思えば福井ではずいぶん敬われ、愛されていたのですね。
    かつては漢字二文字の天皇系図を呪文のように覚えたものですが、和風諡号となると素人の私には読み方すらわからない。それでも声に出しながらこの本を読むと、ミステリが解けるようでおもしろいです。

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    2026年08月07日
  • 継体天皇 六世紀に現れた世襲王権の「始祖王」

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    著者の論ずるところが、研究の世界あるいは学会でどのような位置付け、評価となるのかは、門外漢である自分にはよくわからない。しかし、天皇制における「世襲」というトピックに対し、鮮やかなカウンターを持ってきたのは素晴らしいの一言に尽きる。古代史の世界であることもあり、私にとっては決して読みやすい本ではなかったが、再読、および関連書を読んでみようと思った。

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    2026年07月27日
  • 継体天皇 六世紀に現れた世襲王権の「始祖王」

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    6世紀初頭、ヤマト王権の招聘により“第26代”天皇となった“応神天皇5世”の継体天皇。
    彼が持つ背景と、即位の謎にせまる1冊。

    国際情勢、磐井の乱、権威の確立。

    出自の不明瞭さから様々な議論を巻き起こしてきた
    「始祖王」の、“ほんとうの”価値に迫る。

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    2026年07月26日
  • 継体天皇 六世紀に現れた世襲王権の「始祖王」

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    ネタバレ

    ・継体天皇(ヲ・フト)はヤマト連合政権で大君を出す集団(氏族制以前のための称す)の北陸集団のトップ。北陸集団も連合政権。北陸集団は、ヲ・フトの曾祖父オオ・フトの代に、近江高島郡三尾を拠点に琵琶湖・淀川水運を利用し越前から摂津まで勢力を広げ、摂津に三島古墳群、大和にもオシサカに拠点。
    ・ヲ・フトはおそらく青年時代にオシサカにおり、武寧王、イワイ、(毛野)オウミと一緒に過ごしたことがある。
    ・大君は、5世紀半ばに古市古墳群集団から百舌鳥古墳群集団の済・興・武(雄略天皇)に移行、その後葛城集団の飯豊青皇女を経て、古市古墳群集団に戻り、その後継体天皇。
    継体天皇以降は同一系統による世襲王権(群臣の推戴

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    2026年07月06日
  • 倭の五王 王位継承と五世紀の東アジア

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    倭の五王の宋へ遣使 (421-478) それ以前は266年の邪馬台国による西晋への遣使
    421 讃 425 讃 430 -- 438 珍 443 済 451 済 460 -- 462 興 477 -- 478 武
    3c半ばに奈良盆地南東部の大和柳本古墳群、4cに奈良盆地北部の佐紀古墳群、
    4c末頃から大阪・河内の古市古墳群、5c初頭に奈良盆地西部の馬見古墳群、
    5c半ばに和泉の百舌鳥古墳群。
    4c後半は、佐紀古墳群から古市古墳群に移動する時期。百済との外交を重視し、大和川流域の瀬戸内への交通の要衝。

    (中国の状況)
    中国が4c初頭いらい分裂 三国時代(220-280)、魏のあと西晋(265-

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    2024年04月25日
  • 倭の五王 王位継承と五世紀の東アジア

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    倭の五王について、これまでは記紀と中国史書の突合で、記紀の天皇との比定を行うことにエネルギーが注がれていた。

    本書では、記紀は八世紀における王権確立のためのナラティブ(全て正しいわけではない)との視点から、(間違いもあるにせよ)記録である中国史書を中心に、朝鮮史書や、広開土王碑や古墳群のような考古学的物証を活用しつつ、倭の五王がどの天皇かという点はさておき、五王の時代の国際関係や五王の遣使の意図などについて分析を試みている。

    意図としては、高句麗の南進という国際情勢の中で百済と同盟してこれに当たるという中で、国際的に宋から中国官位を得て正統性を得る必要があったこと(百済も同盟国ながら高い官

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    2022年09月25日
  • 倭の五王 王位継承と五世紀の東アジア

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    倭の五王の正体について無理に記紀の記述にあてはめようとはせず、最も客観的と思われる視点からアプローチしようとする。
    最も客観的な視点とは、中国による倭国の支配者への官位の叙任、巨大古墳の分布状況、朝鮮半島の情勢、記紀による内紛の記述、国内の出土品などである。少ないヒントを頼りに五王が統治したであろう日本の古代国家に迫る。継体以前にも複数の大王輩出の系統があったことや、国内の権力バランスが常に一定ではなかったことなど詳細に説明があり、豊かな想像力で歴史的テクストを読ませる。緩やかな三王朝交代説を様々な視点から補強する論述となっている。

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    2018年11月19日
  • 継体天皇 六世紀に現れた世襲王権の「始祖王」

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    6世紀前半、皇統断絶の危機に際して、北陸から迎えられ応神天皇5世孫として即位したとされ、王朝交代ではないかという説もある継体天皇について、『日本書紀』等の史料を批判的に検証し、その実像を探る。
    隅田八幡人物画象鏡銘文の解釈など、ちょっと根拠が不確かではないかという部分もあったが、全体を通してかなり精緻な史料批判をされていて、その主張はおおむね納得できるものだった。
    天皇・皇室に強い関心を持つ自分は以前より、まるで易姓革命を意識したような日本書紀の記述等から、事実上の現在の皇室の祖だろうと継体天皇に注目していたが、本書を読んで、継体天皇像がより一層クリアになった。すなわち、継体天皇は、決して王朝

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    2026年08月16日
  • 継体天皇 六世紀に現れた世襲王権の「始祖王」

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    皇室典範改正で物議を醸している中、本書は時宜を得たかのように登場。25代武烈天皇で、16代仁徳天皇以来の皇統が途絶えるなか、後継者探しに奔走。ようやく見つけた二人の候補。一人は14代仲哀天皇の五世孫だが護衛の兵の到来を見て驚き逃げ出し行方不明になる。継体天皇は、この二人目であり、15代応神天皇の五世孫。二度辞退するも三度目に受け入れる。劉備が孔明を三顧の礼をもって迎えた故事に似ている。この継体天皇の出現は、ひとつのエポックになっているというのが本書の主張である。継体天皇が即位するまでは有力な豪族間で天皇が引き継がれていたが、継体天皇以降は王統を継ぐという概念が世襲制という形で定着する。連綿と継

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    2026年08月02日
  • 継体天皇 六世紀に現れた世襲王権の「始祖王」

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    ネタバレ

    20260713ー19? 継体天皇の記述が教科書から消えつつあるとは驚き。万世一系の天皇家、という建前に反するからか?でも応神天皇の五世孫なら血統繋がっているじゃないね、と思うのだが。

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    2026年08月03日
  • 継体天皇 六世紀に現れた世襲王権の「始祖王」

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    ネタバレ

    継体天皇は転換点となる人物として関心を持っていたが、整理されたものを読むのは初めて。
    継体天皇の時代をなんとなくわかったような気はするが、断定できることが少ないためか、ぼんやりした感じ。でも、全体感は掴めたので、今後同時代に関する本を読んだときに、本書が道標となりそうだ。

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    2026年07月12日
  • 継体天皇 六世紀に現れた世襲王権の「始祖王」

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    目下、世間を賑わす話題に繋がるものとの認識なのか、話題になっている書籍という気がしますが、なかなか面白い。
    基本的には文献に拠った分析なので、「空想感」があるのは否定できないけれども(研究者には失礼とは思いつつ)、古代史の醍醐味を存分に味わえます。
    でも本書内もちょいちょい触れられますが、やっぱり古墳の考古学調査が欲しいなぁ、制約を誰がかけているのか?詳細不明ですが、不敬でもなんでもなく、豊饒な実りをもたらしてくれると思うのですけれども。

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    2026年07月12日
  • 継体天皇 六世紀に現れた世襲王権の「始祖王」

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    【本を読もうと思った理由】
    元々歴史には興味があった。最近コテンラジオを聞いているが、日本の古代史は史料も少ないため、取り扱いが少なかった。火の鳥のヤマト編を思い出しながら読んだ。

    【本の感想】
     古代史の研究を読んだのは初めてだった。思えば、最初に歴史に興味を持ったのは、小3の頃祖母に三国志の本を貰ったときだった。今回読んだ6世紀より、さらに300年ほど前。途方もない。三国志演義は脚色され、物語としてとても楽しく読んだ記憶がある。本書は、そうはいかなかった。予備知識もなく、知らない単語、入り交じる漢字とカタカナ、流れも分からない。何度も手戻りしながら読んだので、とても時間がかかった。
     な

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    2026年06月23日
  • 倭の五王 王位継承と五世紀の東アジア

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    河内春人「倭の五王」(中公新書)
    これまでの倭の五王の日本の皇統譜への比定について、中国史書と考古学の知見から批判している。
    0. 4世紀後半、中国は南北朝時代に入っていた、朝鮮半島は高句麗、百済、新羅、さらにいまの釜山あたりには加耶諸国があった。日本(倭)は百済や加耶とは国交があり、新羅とは和戦両方の関係にあった。高句麗は北朝とは緊張関係にあり、つねに南進を目指していた。高句麗、百済、倭ともに南朝との関係を保つことで東アジアでの地位を高めようとしていた。その中で倭の5人の王、讃・珍・済・興の南朝・宋への使節派遣が宋書に記録されている。
    1. 讃は421年に南朝・宋に使節を送った。東晋を2年前

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    2025年05月02日
  • 倭の五王 王位継承と五世紀の東アジア

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    五世紀に日本から中国に使節を派遣した王がいた。それも五人もの王が。宋の史書に倭の五王、讃、珍、済、興、武が中国に外交使節を派遣してきたと書かれている。この五王はそれでは一体誰なのであろうか?その謎解きの面白さがあるが、結論から言うと、その謎は解けていない。これからも解けないかもしれない。しかし、今までの各天皇に対応していた五王が、見方を変えれば違ってくるという面白さがある。また、考古学的に古墳群の成立時期とかを考慮する見方とか、「武」をタケルと読んでいたが、当時に訓読みは存在していなかったという話で、武だからワカタケルと呼ばれた雄略天皇ということにはならないのではないかとか。面白かった♪

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    2023年05月01日
  • 新説の日本史

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    歴史の本を読む時、時にはかなり古い本にも手を出すことがあり、正しい知識を持っていないと誤った歴史を史実として学んでしまうことがある。そんな自分の知識をアップデートしたいと思って手に取った本。自分と年齢の近い、若い研究者の人達がそれぞれの研究分野や時代の新説を解説してくれていて、内容もかなり簡単でわかりやすい。倭の五王の話や、関ヶ原の戦いの原因などは特に面白く読んだ。最後のブックガイドも参考になり、より深く理解するためにここから本を読んでみようと思った。個人的にははじめにに書かれた新説も詳しく知りたくなった

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    2022年05月05日
  • 倭の五王 王位継承と五世紀の東アジア

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    倭の五王ときいたら当たり前のように日本の天皇と紐付けていたが、この本では五王が誰かという点はおいておいて、中国や朝鮮の歴史から倭の五王がどんな外交を展開していたのか、その時代中国、朝鮮、そして倭はどんな情勢だったのかにまず迫っていく。そのうえで日本の天皇と結びつけている様々な説について検証していくが、今まで自分が信じていた説もかなりこじつけであることがわかってきた。歴史の思い込みを捨てて、ゼロベースで史料にあたることの大切さを教えてくれた。

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    2022年05月05日
  • 新説の日本史

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    学校で習った歴史は誰かが教えやすいように作った物語だったのかもしれない。
    もしもコレがこうだったら…と言うものもあっただろうし
    このエビデンスはないんだけどこうしておけ!だったのかも知れない。

    よくよく調べたらこちらが濃厚だとか、見方伝え方によってはこちらが正しい、それが新説の日本史なのではないかと思う。

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    2022年01月04日
  • 倭の五王 王位継承と五世紀の東アジア

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    五世紀に中国南朝へと遣使した倭の五人の王について、記紀に依拠せず中国史料と考古学の成果に基づいて、その実像を検討する内容。記紀の天皇との比定に関する従来の議論についての批判も章立てされており興味深い。

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    2021年12月21日