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5世紀以前、複数の王族集団から適格者が即位していた大王。だが6世紀初頭、北陸からヤマト王権の有力豪族の招聘によって、王権との血縁が不確かな継体天皇が即位する。彼はどのような背景を持ち、なぜ即位できたのか。あるいは新王朝だったのか――。
王位継承後、朝鮮半島の新羅、九州の国造磐井など敵対勢力と向き合い、反乱を収め権威を確立していく。血統重視の世襲による天皇家を創った「始祖王」継体天皇と、6世紀の倭の実態を描く。
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Posted by ブクログ
日本史には完全に疎いが、ベストセラーになっていたこと、賞を受賞していたこと、また、天皇家は「万世一系」と言われることへの違和感などがあり、読んでみることにした。
結果、「○○は本当でした!嘘でした!」ということはほとんど何もなく、後書きにも「…と考えられる」と全ての文に補って読んでくれ、と書いてあり、すっきりしたものではなかった。
しかし、これこそアカデミアではなかろうか。世にある動画も、個人の書き物も、「○○は実在した!?」など煽ったり、不用意に断定したり、本来はできないはずだ。
それを、あたかも立証された真実のように振る舞うのはどうかと思う。
ただ、自分もこの本を一冊読んでも、全然人物関係や全体像が頭に入らなかったり、古代史を学んだら必ず学ぶ、というようなことを何も知らないので…読み通すのはなかなか大変だった。
そんな中、いくつか書いてあった部分が面白かった。
p76
『日本書紀』の記す継体天皇の即位の経緯は史実ではなく、中国の故事を改変したものだった。その史実性には疑問符を付けざるを得ない。
p116-117
継体天皇の后妃の一覧と子の数を記したリストでは、古事記と日本書紀では結婚した順番も子の数も妃の数も異なっていることを示していた。
p178
『日本書紀』継体紀を通じて、物部麁鹿火(あらかひ)を顕彰して大伴金村を貶める作為が見て取れる。
p227-228
記紀(古事記と日本書紀)の天皇名のリストでは、天皇名と諡号を一覧にし、1〜10代天皇の諡号と40代〜天皇の類似点、12〜14代と33〜39代の類似点を示す。
名前を一つの材料にして、欠史八代(第2代から9代天皇に業績などが記されていないことから)の創作性を指摘する。
いずれも、記紀を鵜呑みにしたのではわからない、朝鮮や中国に残された古文書や、日本国内でも別に編まれた書籍や出土品などと比べることで見える仮説。
深い洞察とはこういうことか、と感じ、良かったです。
もう少し他にも読んで、自分の中でも深めたい。
Posted by ブクログ
6世紀前半に現れた、継体天皇。
天皇への即位、国際情勢、磐井の乱などを『古事記』『日本書紀』
のみならず、その他の史料を活用し、解き明かしてゆく。
・はじめに
序章 歴史の中の継体天皇―記紀から教科書まで
第1章 「倭の五王」以降の王権―五世紀末~六世紀初頭
第2章 継体天皇の出現―六世紀初頭の権力掌握
第3章 動揺する継体朝の倭国―六世紀前半
終章 継体天皇の「遺産」―世襲王権の確立へ
・あとがき
天皇系図、主要参考文献、継体天皇 関連年表有り。
5世紀後半、倭の五王時代と各王権集団の関係。
武烈天皇の真実、大王選定のルール、
継体天皇の登場と系譜分析、
北陸集団のネットワークと畿内拠点。
国際情勢と朝鮮半島での状況、ヤマト王権との関係、
百済などとの双方向交流と王権以外の国際交流。
筑紫の大豪族・磐井の乱と新羅との関係、
王権対豪族と倭王権対新羅王権。
磐井の乱ののちに、氏姓制度、国造制、ミヤケ制を創設。
そして継体天皇の死後、皇位継承を血族の世襲王権に。
初の継承儀礼と「帝紀」の編纂。
『古事記』『日本書紀』に疑問を呈しながら、
『上宮記』や『釈日本記』、稲荷山鉄剣などの史料や銘文を
手掛かりにして丁寧に解き明かそうとしています。
分かりにくい時代ながら、継体天皇と磐井の乱の謎は
ずっと知りたいと思っていましたので、
長い年月の果てにこの本に出会って良かったと感じています。
研究書的な内容で、やや手こずったけれど様々な知識が
怒涛の如く脳内に流れ込み、大いに愉しめました。
Posted by ブクログ
継体天皇について、学校で歴史を習っていた頃は、なんか地味・・・・という印象だった。
そして、近年、歴史関係のテレビや本を読む機会が増え、ひょっとしてこの天皇って歴史のキーマン?というイメージを漠然と抱くようになってきた。(おそらく、昨今歴史についての色々な研究が進み、それが公開され一般にもわかりやすく説明される機会も増えたからだろう)
そして、満を持して(?) この本を読んだ。
正直、難しい部分も多かったのだが。
でも、日本書紀や古事記などの後世に編纂された書物、中国や朝鮮の残る記録、そして古墳や副葬品などの考古学的見地からの知見を突き合わせ、5世紀後半から6世紀にかけての社会や政治権力のあり方が解きほぐされ、なんか目から鱗のようなワクワクする感じを覚えた。
当て字のような漢字表記での人名地名(正直、私には区別をつけたり、ちゃんと読むことも難しい) そういった言葉の使われ方も、記録を読み解く上での大きな助けとなる様子も興味深いと感じた。
(そして、現在の地名などにも、その片鱗が残っていたりする!)
継体天皇の、今城塚古墳に行ってみたい。
Posted by ブクログ
奈良・飛鳥時代の更に前の六世紀の継体天皇についての本。
名前しか知らなかったが、帯にあるように『ヤマト王権の始祖王』とあるのが気になって読んだ。
当時は天皇(ヤマトの大王)は地域の複数の王族集団から有能な人物を選んで据えていた、と本書ではされている。
ところが、大和地方での王族(いわゆる仁徳天皇の血筋)の継承者が絶えたので、継体天皇はその大和の王族たちの血縁を持つ別の有力集団でもあった北陸から迎え入れられたという。
そこから、継体天皇の系譜や当時の朝鮮の国々との関係、そして継体天皇その息子たちがどのように世襲天皇制を作り上げていったかが書かれている。
面白かった!
継承者がいなくなり、傍系から呼ばれた天皇だったとは。
また当時はまだ天皇と呼ばれていないので、日本書紀や古事記には誤りや明らかな国威高揚のための作為があるとしてそれ以外の考古学的な資料や散逸した資料などをもとに継体天皇の実体を推論していく過程が興味深い。
日本書紀の注釈に、今は伝わっていない古代の資料から引用されている内容があるということや、継体天皇の本名がもしかするとこれではないか、というの名前があるのも初めて知ることで面白かった。
日本や朝鮮も含めて、この時代の国は、現代で言う概念の国家とは違う流動的なものであるということがたびたび念を押されており、豪族もあちらについたりこちらについたり、さらに海を越えて朝鮮と結びついたりで国を治めるトップも大変だったのだなー。
同著者の「倭の五王」も、正体が知りたいので読もうと思う。
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