【感想・ネタバレ】継体天皇 六世紀に現れた世襲王権の「始祖王」のレビュー

あらすじ

5世紀以前、複数の王族集団から適格者が即位していた大王。だが6世紀初頭、北陸からヤマト王権の有力豪族の招聘によって、王権との血縁が不確かな継体天皇が即位する。彼はどのような背景を持ち、なぜ即位できたのか。あるいは新王朝だったのか――。
王位継承後、朝鮮半島の新羅、九州の国造磐井など敵対勢力と向き合い、反乱を収め権威を確立していく。血統重視の世襲による天皇家を創った「始祖王」継体天皇と、6世紀の倭の実態を描く。

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著者の論ずるところが、研究の世界あるいは学会でどのような位置付け、評価となるのかは、門外漢である自分にはよくわからない。しかし、天皇制における「世襲」というトピックに対し、鮮やかなカウンターを持ってきたのは素晴らしいの一言に尽きる。古代史の世界であることもあり、私にとっては決して読みやすい本ではなかったが、再読、および関連書を読んでみようと思った。

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2026年07月27日

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6世紀初頭、ヤマト王権の招聘により“第26代”天皇となった“応神天皇5世”の継体天皇。
彼が持つ背景と、即位の謎にせまる1冊。

国際情勢、磐井の乱、権威の確立。

出自の不明瞭さから様々な議論を巻き起こしてきた
「始祖王」の、“ほんとうの”価値に迫る。

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2026年07月26日

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ネタバレ

・継体天皇(ヲ・フト)はヤマト連合政権で大君を出す集団(氏族制以前のための称す)の北陸集団のトップ。北陸集団も連合政権。北陸集団は、ヲ・フトの曾祖父オオ・フトの代に、近江高島郡三尾を拠点に琵琶湖・淀川水運を利用し越前から摂津まで勢力を広げ、摂津に三島古墳群、大和にもオシサカに拠点。
・ヲ・フトはおそらく青年時代にオシサカにおり、武寧王、イワイ、(毛野)オウミと一緒に過ごしたことがある。
・大君は、5世紀半ばに古市古墳群集団から百舌鳥古墳群集団の済・興・武(雄略天皇)に移行、その後葛城集団の飯豊青皇女を経て、古市古墳群集団に戻り、その後継体天皇。
継体天皇以降は同一系統による世襲王権(群臣の推戴はあるが)。
・任那の百済への割譲は全羅南道南部の「慕韓」を高句麗の圧迫により南遷した百済が倭の事実上の同意により征服したこと。慕韓には十数基の前方後円墳があるが、倭の前方後円墳は時代ごとに規格化されていたのに対し、規格化されとらずヤマト王権によるものとは思われない。倭の影響にはあったが、ヤマト王権以外かもしれないし、倭人が仕えたのかもしれない。
・金官が新羅の圧迫に対し、ヤマト王権と結び対抗しようとしたが、イワイは新羅と結び、金官・ヤマト王権rン豪軍は新羅に敗退。イワイはヤマト王権に敗北し、ミヤケを差し出す。王権の強化へ。

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2026年07月06日

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皇室典範改正で物議を醸している中、本書は時宜を得たかのように登場。25代武烈天皇で、16代仁徳天皇以来の皇統が途絶えるなか、後継者探しに奔走。ようやく見つけた二人の候補。一人は14代仲哀天皇の五世孫だが護衛の兵の到来を見て驚き逃げ出し行方不明になる。継体天皇は、この二人目であり、15代応神天皇の五世孫。二度辞退するも三度目に受け入れる。劉備が孔明を三顧の礼をもって迎えた故事に似ている。この継体天皇の出現は、ひとつのエポックになっているというのが本書の主張である。継体天皇が即位するまでは有力な豪族間で天皇が引き継がれていたが、継体天皇以降は王統を継ぐという概念が世襲制という形で定着する。連綿と継がれてきた皇統、象徴天皇制のなかで、国民の総意としてふさわしいあり方とは何か、改めて考えてみることは大切だと感じた。

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2026年08月02日

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このところの皇室典範改正でにわかに関連本を何冊か読んだが、そこで天皇系図を見ると、継体天皇は応神天皇の5世の来孫、ということで途中の父祖3代が〇で示されているものもある。むむ、これは父系がうやむやなのか?などと思っていたら、この「継体天皇」の本が新刊で出た。

日本・東アジア古代史が専門の著者が、継体天皇の即位が可能となった歴史的前提、その治世をめぐる国際関係、そしてその死後の世襲王権の成立に注目して述べる。「日本書記」「古事記」など、さらには朝鮮や中国の文書にみえる日本の記述、古墳や出土品の文字など考古学的事物からも読み解く。

継体天皇以前の皇位継承は、複数の王族集団があり、大王位はその集団間を移動していた。5世紀には古市集団と百舌鳥集団が有力で、他に馬見集団と継体天皇の属する北陸集団があった。北陸だが大和政権とは疎遠ではなかった。6世紀初頭になると古市集団の衰退に直面し、継体天皇が即位した。それは5世紀における王族集団間の大王位の移動であり、5世紀的論理に基づいて即位したものであった。・・・しかし継体天皇の画期性は、以後の皇位継承を血族の世襲王権にしたことである。そのために「帝紀」を編纂し、地位の継承を文字によって可視化した。
 ※「帝紀」応神天皇から継体天皇までの継承次第を列挙する王統譜。継体天皇は5世紀の大王の末端に位置する。最初の帝紀は欽明天皇期(継体の子)に作成。

はるか昔の高校日本史のページで見た、讃・珍・済・興・武なども出て来て昔の記憶を呼び戻す。古代史研究も進化しているようだ。

メモ
継体天皇~?450~?531 
・継体天皇の即位は、ヤマト政権の連続性・継続性や王権の変質と関わる大きな問題。ゆえに5世紀の王権との血縁的つながりの当否をめぐって新王朝の成立とみるべきか注目されてきたが、学会では見解の一致を見ていない。
 ※ヤマト政権:邪馬台国が姿を消した後に現れた政権

・大王位の移動 倭の五王における、5世紀前半、讃・珍(百舌鳥集団)から、5世紀後半、済・興・武(古市集団)へ移行

「古事記」712(和銅5)完成とされる。写本が伝わる。
「日本書紀」720(養老4)完成とされる。編年体。


河内春人:1970東京都生。93年明治大学文学部卒業。2000年刑事大学大学院博士後期課程中退、博士(史学) 現在関東学院大学経済学部教授。専攻、日本・東アジア古代史。「倭の五王ー王位継承と五世紀の東アジア」中公新書2018 ほか

2026.5.25初版 2026.7.20第5版 購入 

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2026年08月02日

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ネタバレ

20260713ー19? 継体天皇の記述が教科書から消えつつあるとは驚き。万世一系の天皇家、という建前に反するからか?でも応神天皇の五世孫なら血統繋がっているじゃないね、と思うのだが。

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2026年08月03日

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ネタバレ

継体天皇は転換点となる人物として関心を持っていたが、整理されたものを読むのは初めて。
継体天皇の時代をなんとなくわかったような気はするが、断定できることが少ないためか、ぼんやりした感じ。でも、全体感は掴めたので、今後同時代に関する本を読んだときに、本書が道標となりそうだ。

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2026年07月12日

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目下、世間を賑わす話題に繋がるものとの認識なのか、話題になっている書籍という気がしますが、なかなか面白い。
基本的には文献に拠った分析なので、「空想感」があるのは否定できないけれども(研究者には失礼とは思いつつ)、古代史の醍醐味を存分に味わえます。
でも本書内もちょいちょい触れられますが、やっぱり古墳の考古学調査が欲しいなぁ、制約を誰がかけているのか?詳細不明ですが、不敬でもなんでもなく、豊饒な実りをもたらしてくれると思うのですけれども。

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2026年07月12日

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【本を読もうと思った理由】
元々歴史には興味があった。最近コテンラジオを聞いているが、日本の古代史は史料も少ないため、取り扱いが少なかった。火の鳥のヤマト編を思い出しながら読んだ。

【本の感想】
 古代史の研究を読んだのは初めてだった。思えば、最初に歴史に興味を持ったのは、小3の頃祖母に三国志の本を貰ったときだった。今回読んだ6世紀より、さらに300年ほど前。途方もない。三国志演義は脚色され、物語としてとても楽しく読んだ記憶がある。本書は、そうはいかなかった。予備知識もなく、知らない単語、入り交じる漢字とカタカナ、流れも分からない。何度も手戻りしながら読んだので、とても時間がかかった。
 なぜ読み切れたのか?それは古代史特有の、想像する楽しさを本書から垣間見ることができたからだと思う。数少ない一次資料を繊細に読み取り、解釈し、そして膨大な余白をオリジナリティある想像で埋める。何より、新しい史料や考古学的証拠が、その想像を補完し、時には裏付ける形で、時には裏切る形で発見される。本書にはそのプロセスが直接書き込まれていた訳ではないが、作者がそれを通じて楽しんでいる様が、継体天皇の研究を通じて伝わった。
 正直、継体天皇に対して特別な興味関心はそそられなかった。研究としての本書の価値は私にはわからない。ただ、今後様々な歴史研究に触れてみることで、その研究と研究の間の余白を想像できるようになり、また、見える風景が変わるようになり、人生が少し豊かになるんじゃないかな、そう思わせてくれた。かなり重たい扉だけど、その先に知らない世界があるのを垣間見させてくれた。とてもよい読書体験だった。

追記
国立博物館めっちゃいきたくなった!

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2026年06月23日

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継体天皇については、はるか古代の倭で、皇統が途切れそうな時に、大王家とはうすい血のつながりがあるだけにもかかわらず、北陸から連れて来られて大王の位についたという雑駁な知識しかなかったが、今回皇室典範の改正もあり皇位継承について興味もあり読んだ。

始めは、本のオビにある「始祖王」の意味がよく分からなかったが、本書を読み難解で理解するのは難しいところはあったが、概ね理解できたと思う。作者の「日本書紀」に対する、中国側の史書を引用しての厳密な資料批判の姿勢には大いにうなづかされた。

何せ文献に乏しい古代の時代の話なので、作者も述べているが、断定調で書いてはいるが「と思われる」を文末に付加して読んで欲しいとの姿勢は、多くの読者が歴史が専門家ではないの事を考えると親切だと思う。いずれにしても継体天皇が現在に続く天皇家の始まりである可能性があるかと思うと、悠久なるロマンを感じずにはえない。
元々古代史には興味はあるので、これからも色々なものを読みたい。

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2026年08月03日

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継体天皇を軸に6世紀の本邦の姿形を文献をもとに解き明かす やや難解な記述も多いため、精読はせずに読み流した 書き込みしながら読んだので数年経ち自分のマインドがフィットする事を願って本棚に陳列しておく

資料はよくまとまっていて参考になる

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2026年07月20日

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ネタバレ

継体天皇まで倭王権は複数の王族集団が王を輩出しており、継体天皇こそが世襲王権の始祖である。自分にとって日本古代史の新しい知見となった。

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2026年07月13日

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まずは6世紀の日本史に対する基礎知識があまりに不足していたため、サラッと読み通すことが困難であったことが悔やまれる。

得た知識としては、この本を読む人はある程度予備知識として持っていたものかも知れないが、

・日本書紀などに記載されている内容が中国の歴史書を模倣しているものであること
・これらの資料が脚色されたものであること
・継体天皇が現在の天皇家につながる始祖であること
・遠いところから来ていきなり権力を握ったこと
・任那4県の割譲はなかった?ということ

といったところか。
磐井の乱に興味があったので、知識欲を少しでも満たせたという点が良かった

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2026年06月02日

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ネタバレ

5世紀以前、複数の王族集団から適任者が即位してた大王。
継体天皇は6世紀初頭にヤマト王権によって招聘された、王権との血縁が不明瞭な北陸の有力豪族だった。王位継承後、朝鮮半島の新羅、国造磐井などの敵対勢力と向き合い、権威を確立。血統重視の世襲による天皇家を創った「始祖王」継体天皇。

継体天皇は色々興味がある。謎が多いし、資料も限られているから色んな意見があったりするんだろうけど…。

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2026年05月27日

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