榎村寛之のレビュー一覧
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たくさん勉強になり面白かった。奈良時代のほうが女性が官吏として活躍できていたり、女房文学の女房は何者なのかとか、基本から立ち返って、様々な視点で学ぶことができた。読み始めたのは半年前くらいで、途中掘り下げてみたい部分なども出てきて調べてみた入りた結果、かなり長い読書期間になってしまった。
斎王から入内し巨大なサロンを築いた内親王とか、平安時代は女の活躍がサブカルチャーに特化していったようで、女の活躍が政治方面で減った反面、表現分野で花開いた。
何回読んでも天皇の名前が覚えられなくて苦労した。読んでる間はふむふむと読めているのに、あとから淳和天皇と言われると、え、誰の息子さんだったっけ?とすぐ直近の天皇すら思い出せない。
奈良時代の遷都や渡来人たちが日本に土着していった過程なども学べ、日本は昔から渡来人とともに作られてできたのだと言う知見も得た。
ともかく学ぶことが多過ぎて、情報量が膨大なので、何度も読み返したい本になったし、もっともっと奈良時代と平安時代を掘り下げたいと思った。
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「源氏物語」書き出し部分の解説に説得力 「平安前期二〇〇年は、奈良時代に作られた律令国家を基盤として、律令国家という外枠を残しながら、古代から中世に向けていろいろな試行錯誤が行われた時代である」(本書より) 古代日本が導入した律令制度は、幕末まで続いたが、あらゆる制度の例に漏れず風化した。平安前期は風化が顕著になった初期の時代とも言える。律令制度の風化を中世化と言えるのなら、平安前期は中世の始まりであったということなのだろう。 個別の記述で面白かったのは、紫式部が書いた源氏物語の冒頭「いづれの御時にか、女御、更衣あまたさぶらひたまひけるなかに」が、帝の身の回りについて具体的にどんな状況だったのか、なぜそのような状況になったのか、ということを詳しく解説していることだ。読後深く納得した。紫式部はおそらく当時の宮廷模様をかなりリアルに描いていたのだろう、ということが分かる。 古今和歌集の編者紀貫之による和歌の復権の話も面白かった。中国の制度に政治も文化も色濃く染まっていた時代に、貫之は下級官吏や武人らでも嗜んでいたサブカルチャーを主流文化にしてみせた。それが故に和歌集の序で、後の世に「六歌仙」と呼ばれる在原業平や小野小町といった先輩歌人をこきおろし、新しい和歌の時代をつくってみせるという決意を述べているのだ、というようなことを説明していて、感心した。
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紫式部や清少納言の活躍した平安中期—よりも後。
平安前期は、あまり資料もなく、よくわからないというイメージがある。
一方、平安後期は、やたらに人がたくさんいて(裏を返せば「キャラ立ち」する人がいない)、入り組んでいて、とかく複雑、というイメージ。
さて、私の典型的な平安イメージ=西暦1000年ごろを起点に、その後を描いているのが本書。
西暦1000年ごろを境に、中世という歴史区分がはじまる。
では、筆者は中世の専門家かというと、実は古代だというので、また驚いてしまうのだが、そこは斎院・斎宮を専門としている研究者であるとのことで、女院や内親王など、高貴な女性たちが「権門」となっていく状況を説明していく。
中宮や皇后が文化サロンの中心となる時代は彰子の後徐々に終わり、その後は内親王や女院たちのサロンが中心になるのだそうで、言われてみれば、と思う。
冷泉・円融の二系統に分かれていた皇統を一つに束ねることになる、三条天皇皇女にして後朱雀天皇皇后の禎子内親王。
頼通の養女嫄子(敦康親王の娘)との間で、どちらから皇太子が出るかという争いを制したのは、禎子。
禎子所生の皇子、尊仁親王即位により、摂関政治が終わる。
禎子と夫の後朱雀との夫婦仲は冷え切っていたとあるので、歴史の偶然も皮肉な感じがする。
しかし、このあたりの話は、他の本でも読める内容。
著者ならではなのかな、と思うのは、第四章の斎王密通事件を扱った部分。
花山朝の斎王に選ばれ、嵯峨の野宮で潔斎中の済子女王が、滝口武者平致光と通じたといううわさが流れたという事件だそうだ。
この件、直後に起きた寛和の変により、結局うやむやになったというが、この致光が十年後の長徳の変(伊周兄弟が失脚する事件)、伊周兄弟と一緒に逃亡していることもわかっているとか。
この致光は、坂東平氏に属し、この一家の一世代上で、あの将門の乱がおこっている。
この人物は、筆者の推測によれば中関白家とかかわりがあり、それゆえ、道長の金峯山詣での暗殺計画での実行者として噂されたり、長徳の件でも一緒に逃亡したのではないか、といい、更に斎王の滝口になれたのも、そのコネクションによるものだったのでは、とする。
かつ、相模の例を挙げ、武人の娘が貴人の女房になる可能性も示唆し、女房の手引きで致光が済子に近づくことができ、その背景に中関白家の意向があったのでは、と指摘する。
この推測の妥当性を判断することは自分にはできないけれど、「やりかねない・・・」と思えてくる。
六章以降は女院が権力を得ていく状況を描いていて、これも面白かった。
白河天皇が制度をかき回す。
例えば鍾愛の内親王媞子(やすこ)が、三歳で斎王となり、准三宮の地位を与え、息子の堀川天皇が八歳で即位するときには退下していた媞子を准母とする。
そして堀河の後見人として、なんと未婚のまま中宮の地位を与えられる。
その後「郁芳門院」という女院になるのだが、ここまでくるともはや驚かない。
十一世紀前半にはそれほど内親王が高位であることを求めてこなかったのに、後三条朝あたりから、天皇の権威を演出する存在として高位内親王、高位斎王を利用し始めたそうだ。
その帰結が、未婚立后であるとのこと。
こうして、中宮彰子=上東門院とは違う形で、高位の女性が「権門」となっていく。
とはいえ、権力構造は複雑。
女院は軍事貴族やら、院やら、力を持つ男性の手ごまの一つとなり、衰退する。
斎王は源平の争乱の中で制度が途切れ途切れになり、やはり衰退する。
北条(平)政子など、女性家長も生まれはするが、貴族・武士の間での女性の存在感は失われる。
雑にしかまとめられないが、こんな趣旨の話だった。
著者の語り口は、序盤はそうでもないのだが、だんだんこなれていくのが面白い。
白河院を「第二のいきあたりばったり」と呼んだり、「〇〇氏の説に激しく同意する」といった言い回しをしたり。
系図や表をまめに掲出してあるので、だいぶ読みやすいのだが、それでもたくさんの人名に翻弄される感はある。
最後まで読み通した自分を、とりあえず誉めてやろう。 -
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面白かった! 筆者はこの本を上梓したくて前作『謎の平安前期』をとりあえず書いたのではないかと思う。ノリノリで書いている姿が頭に浮かぶ。平安後期、従来の摂関政治が終わり、院政へと移行していく中で「女院」という存在がいかなる力を持っていたかということを生き生きと描いている。後の時代を描く書の中で「軍事貴族の○○は○○門院に仕えていた」というような記述がなぜあるのか不思議に思っていたが、本書を読んで腑に落ちた。そして、相変わらずの榎村節! 一般読者には分からないような特殊用語を使わず、現代に引き寄せて説明してくれる。たとえば、『今昔物語集』を平安後期の大スキャンダル事典と言ってみたり、「成人した天皇と関白はマウントを取り合うものだ」という叙述、あるいは、後白河天皇のことを「帝王学や和歌・漢詩などの天皇に必要な教養を身につけず、流行歌である今様にハマって喉をつぶすという、今なら学問そっちのけでバンド活動やカラオケに熱中するような青年時代を送っていた」と描くなど。だから、めちゃめちゃイメージしやすい。読んで楽しかった、良かった!
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平安時代前期の歴史を生き生きと記述した一書。平安貴族社会はのぺーとした一様なものではなく、その時時の天皇、藤原家の面々の思惑、天皇と結婚したキサキに男児が生まれるか女児が生まれるか、といった様々な要因で、あれこれを揺れ動いたいた(当たり前と言えば当たり前)。歴史学者はともすれば(『広辞苑』にも載っていないような)難しい漢語を使うこともあるのだが、著者は分かりやすい言葉、しばしば現代のカタカナ語を使い、現代で言えばこれこれこういうことだと説明してくれるのでとても分かりやすい(呑み込みやすい)。たとえば官位の低い歌人が活躍できたさまを「いわば誰でも参加できるカラオケバトルが宮廷で文化として定着した」「ただしカラオケバトルで優勝しても簡単にはスターになれない(つまり官位はもらいえない)」というように。しかし、記述がとても丁寧で細かいので、知識不足学力不足の僕が、何割くらい理解出来たのかは少々疑問。知識が増えればもう一度チャレンジしてみたい。読んで良かった!
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咀嚼できてない部分もあるが、一気に読んだ。とくに第八章の紀貫之の話は、元々古今和歌集の仮名序に関心があったのでとても面白かった。
いわゆる六歌仙の時代は和歌不遇の時代で、紀貫之らによる古今和歌集は和歌復権の旗印だったと。
仮名序で6名の名を挙げながら全然褒めてないとは知っていたけど、貫之にしてみれば、柿本人麻呂や山部赤人の時代が至高で、在原業平らのことは、最近にしちゃマシな方だけど和歌の魅力はこんなもんじゃない!みたいな扱いだったということか。
ただし、なぜそれが後に六歌仙などと呼ばれるようになったのか、の謎は深まった。
また、女性の活躍の場の変遷(というか活躍の場がなくなっていく様)の説明が詳しい。
古来には女性天皇が何人もいたのに平安期には誕生しなくなった。そのメカニズムについて考えたことがなかったので大変勉強になった。 -
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<目次>
序章 平安後期200年の女人たちとは
第1章 寛仁三年に起こった大事件~刀伊の入寇
第2章 彰子が宮廷のトップに立つまで
第3章 道長の孫、禎子内親王が摂関政治を終わらせた
第4章 貴族と武者と女房と~斎王密通事件と武士
第5章 躍動する『新猿楽記』の女たち
第6章 院政期の中心には女院がいた
第7章 源平の合戦前夜を仕切った女性たち
第8章 多様化する女院と皇后、そして斎王たち
第9章 究極のお八条院八条院暲子内親王と源平合戦
第10章 それから~鎌倉時代以後の女性の力
<内容>
前作『謎の平安前期』に続き、平安時代を朝廷や摂関政治、院政の男たちから描くのではなく、女性、特に斎院を中心に描く。斎王博物館の研究員なので当たり前なのだが、ちゃんと俯瞰しているし、教科書的な部分もきちんと描いてくれているのでわかりやすい。ただ高校レベルの日本史知識を持っていないとちょっとつらいか。歴史の裏的な知識が増える本。八条院なんて、教科書じゃ一言だからね…。 -
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一般的になよっとしたイメージを持たれがちな平安時代であるが、有名な紫式部や藤原道長などが活躍したのは平安時代の後半であり、平安遷都からの約200年間=「平安前期」は、時代の転換期で面白く変化に富んだ時代だったという問題意識から、桓武天皇の事績とその後の皇位継承、貴族と文人の関係、宮廷女官、斎宮・斎院、紀貫之を通して見る平安文学など、平安前期の様々なエピソードを解説。
確かに著者がいうように、平安時代としてイメージするのは平安時代の後半期のことが多く、平安前期については、高校の日本史で習った通り一遍のことは知っていても、その具体的なイメージはあまり持っていなかったので、本書の内容はとても興味深かった。「平安前期200年は、奈良時代に作られた律令国家を基盤として、律令国家という外枠を残しながら、古代から中世に向けてのいろいろな試行錯誤が行われた時代」だということがよくわかった。
特に、平安前期には地方出身のインテリが文人として出世する道があったが後期には閉ざされていったこと、また、平安前期までは宮廷女官も政治の中心にいたが、その後女性が宮中で活躍できる場が少なくなり、女房のサロンに能力のある女性が集約されたことで、女性による王朝文学が華開いたということ、あるいは、和歌の名手は出世とは無縁の人が多かったことなどは、目から鱗だった。
また、天皇・皇室に関心が強い自分としては、平安前期の天皇や皇室についての知識を深めることができたのも有意義であった。
著者は、斎宮歴史博物館の学芸員として長年斎宮の研究や普及に取り組んでおり、本書もその研究成果がふんだんに盛り込まれている(斎宮についての記述が異様に充実している)。また、一般向けの展示解説などの経験が豊富なこともあって、ポケモンやコミケなどの卑近なたとえ話が多いなど、文章もとてもわかりやすかった。 -
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イメージが湧きにくい平安時代の前期200年を天皇、文人官僚、貴族、宮廷女性など多様な視角から描き出そうとする試み。人名などに馴染みがないので読み進めるのが難儀な箇所も多いが、時折平たく噛み砕いて説明してあるので、何とか読み通すことが出来た。
最後の第10章に全体のまとめがあり、これはわかりやすい。序章の年表もわかりやすい。ただ中身はそう簡単に理解できない。とくに第5章、第6章は読み返さないとついていけない気がした。
やや強引にまとめると、中国の律令制を模倣しようとして完コピに失敗した日本があらためて国家目標としたのは、「天皇を中心とした官僚制度」の確立であり、それは桓武天皇から始まりようやく醍醐天皇の時代に完成する。しかし、醍醐天皇の親政時代は同時に藤原支配体制の始まりでもあった。菅原道真排除に成功した時平・忠平以降の「護送船団方式」内の権力争いに最終的に勝利したのが、花山天皇の退位事件であり、新たな摂関政治が始まる。以後の200年近くが平安後期ということになる。