大竹伸朗のレビュー一覧

  • 絵の音

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    初めて大竹伸朗のエッセイを読んだが、作家の創作というものがどのような心持ちで生まれたか、手に取るようにわかるような錯覚に襲われた。

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    2026年03月07日
  • ネオンと絵具箱

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    現代美術家の大竹伸朗さんのエッセイ。

    瀬戸内国際芸術祭でも複数の作品を見ることができる大竹伸朗さん。このエッセイは彼の日常をユルい感じで書いているので、気軽に読めます。
    ですが、彼の美術的なひらめきに満ちた文章がガツンと来ること多数。そして周りの人にたいする愛や、ちょっと親父っぽい哀愁にも愛着を覚え、飽きません。

    写メをとって友達に送っているばかりいる場合ではないのです。

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    2013年09月19日
  • 既にそこにあるもの

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    しいくんの愛読書。
    ずっとすすめられてて、ようやく読んだ。

    最初は、読みにくい文章だなあ、
    と思っていたけれど・・・

    おもしろいっ!

    最近は、電車にのるとき、
    いつもかばんにいれています。


    わたしも、繰り返し読むことに、なりそう。

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    2011年07月11日
  • 既にそこにあるもの

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    こんなにいい本はそうないなぁ、というくらいに良かった。この人の文章は好きだ。勿論、作品も好きなんだけど、アートとしての。パッションがある。というと安っぽく聞こえてしまうけれど、いやいや、本当にこの人にはパッションがある。そして、きちんとした視点がある。それが文章を読んでいるとわかる。(10/4/25)

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    2010年05月15日
  • 既にそこにあるもの

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    やっぱり天才の言うことは凄く納得がいく。
    うん、うん、頷いてばかり。
    気持ちがいい。ホント、その通り。

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    2009年10月04日
  • 既にそこにあるもの

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    何度読み返しても飽きない。いつも持ち歩いて、ふとした時に読みたい。旅先のホテルで、テントの中で、せせらぎの傍で、鉄橋の下で、ベッドの中で。モノを創る、そのエネルギーの根幹は一体何なのか。その衝動はどこからやってくるのか。その見えないエネルギーに突き動かされて、無性にモノを創りたくなる、そんな本。

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    2009年10月04日
  • ネオンと絵具箱

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    ネタバレ

    モロッコ旅行記「カスバの男」は
    巻末の角田光代さんの読書感想文での興奮度が理解できなかった。
    描写は妙にさめているのに、記述内容では興奮している。

    このエッセイ集は全く期待していなかったが、
    通常のエッセイ集が数年前の古いネタなのに、これは、ついこの間のことが書かれ、
    大竹伸朗、静かなその人の、感情の起伏が手にとるように描写されている。

    現在開催中の回顧展の準備での数々のエピソードとそのときの心境、
    牧場での展覧会の開催のいきさつ、宇和島駅のネオンのこと、
    さらには、ロンドンでのラッセルミルズとの出会い。デビットシルビアンとの交友。
    非常に興味深い内容ばかり。
    「全景」を見た人、見る人には必読の書といってもいい。

    このエッセイに書かれているアルバム「3R4」は好きな音のひとつでもある。
    彼等としてはポップなシングルと合わせて「8 TIMES」というCDで再発されたものがここにある。
    もう、20数年前の音だが、数年前のOVALとどちらが新しいとは誰も言えない・・・ 
    (2006/12/12記 月曜社版)

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    2022年11月20日
  • ネオンと絵具箱

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    同名の単行本に収録されたエッセイに、その後書かれたエッセイを加えて文庫化している。宇和島のアトリエとその周辺での身辺雑記と回顧展、直島銭湯の話等どれも興味深く、楽しめた。特に、宇和島のオヤジと鳥羽一郎のド演歌の話は、笑えた。文章も素晴らしい。画家には、名文家が多いが、大竹伸朗も岸田劉生、小出楢重、野見山暁治に続く書き手だろう。

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    2012年06月13日
  • 既にそこにあるもの

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    画家 大竹伸朗のエッセイ集。「既にそこにあるもの」の対峙の中から感覚的にぐっとくるものを形づくっていく大竹さんの創作物には、コンセプトでがんじがらめになったモダンアートとは違う開放感、また爽快感がある。ボアダムスのEYEちゃんとのエピソードは、お互いの感覚の素直さにおもわず笑ってしまったが、「これが素晴らしいもの」という固定概念でがちがちになった人々にはない自由さ、自然さがある。

    エッセイ中の「わからないまま、わかろうとする」という記述には思わずなるほどとうなった。というのも人と人との付き合い方に必要な考え方だなと本能的に感じたからだ。人との付き合いの中でしばしば行なわれるカテゴリー分け。そこに人々のコミュニケーションの欠落を感じる。僕は、世界で一番の芸術は人間そのものだと思うが、人間ほど意図・内容がわかりづらい作品はない。しかし、そこに意味をコンセプトを見出す必要あるのだろうかとしばしば感じる。デュシャンの「泉」に対する無意味な評論と同じように、人間に対する評論(カテゴリー分け)も無意味だと思う。

    勿論、個人の解釈という意味でタグを貼るというなら仕方ない気もするが、そのタグをむやみに人と共有すべきではないと思う。
    「空気が読めない」といわれる人々への短絡的なKYというタグ。そこには「わからない人をあたかもわかるかのように振舞う」という安易な悪意がある。
    そこで「わからないまま、わかろうとする」行為が必要となってくるのだと思う。僕自身はそれを保留と呼ぶが、自分の頭の中でかんがえても分からない事はよくこの保留をつかう。
    人間の内面はわかりづらいだからこそ、この保留がきいてくる。わからない時は棚上げし、わからないまま付き合う、会話の機会が増え相手が心を開いてくれば何を考えているか少しはわかってくるものだ。人間も理性的にだけでなく、感覚的にみる必要もあるのではないか。

    大竹さんの創作物は、内容を理解しようとする必要がない。感覚的に素晴らしいのだ。それは「わからないものをわからないまま」受け取れる作品だからだと思う。作品から感じるどことない人くささ・雑踏感。そこから人々の送る生活がありありと浮かんでくる気がする。

    とエッセイを読んでいると色々な事を考えてしまった。今更ながら、大竹さんのエッセイを評論する事は無駄だと書きながらふと思った。

    大竹さんの感じた事を感覚的に楽しめればいい。それでいいんだと思う。

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    2009年10月04日
  • ナニカトナニカ

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    無意識の層
     何も考えずドンドン上に貼ることを淡々と繰り返せ。
     気に入らなかったら破り取れ。破り取ったらそれを貼れ。

    何でもいいからやる
     徹底的に前向きで一途な思い込み 予期せぬ流れを生む

    きっかけ
     起きることを信じて続ける きっかけは些細な出来事

    理想の絵
     ゴミ収集人がこれはゴミだと一寸の躊躇もなく収取車に放り込んでしまうような絵

    既にそこにあるもの 以降の言葉 ナニカトナニカ
     既にある二つ以上複数のモノや事象、
     それらが合体した結果生じる痕跡や質感、記憶や時間

    五年分のひとりごと 

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    2022年11月09日
  • ナニカトナニカ

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    2013年7月から2018年4月まで。宇和島、ヴェネチア、女木島、ロンドン、iPad、シンガポール、東京、豊島。

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    2019年05月05日
  • ネオンと絵具箱

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    大竹伸朗の展覧会を初めて見たのが2007年の広島市現代美術館で、ちょうどそのころのエッセイであったためすっと入ってきた。松尾くんのこと、とか、林先生、とか、ちょっといい文章。

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    2013年07月07日