佐川恭一のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
これは面白いけど、京大文学部出てるだけではまだ学歴狂を名乗るには足りないよね。もっともっと本当の学歴狂は沢山いて、仮面浪人したり海外の院や博士に行ったりみたいな人のことを考えなければいけないよね。彼らこそがたぶん、真の意味での本当の学歴狂で、文学部卒、というだけでは、まだ学歴じたいが好きなんだ、という感じにしかならない。こういうものが書かれて良かったと思う。作者はこれですっきり学歴引きずり系の作家から離れられるのではないだろうか。ダムヤークのような意味不明系小説をもっと書いて欲しい。とはいえ、一度学歴系の話で話題になってしまった作家だと、これから全くそうじゃない異世界に飛び込んでいくのは、またけっこうハードルが高そうではある。大学なんて学位を得るために一時的に滞在する場所に過ぎないのだから、騙されたと思って居てみて、合わなかったら出てもいい、ぐらいな感じがいいと思うけどねぇ。大江健三郎の影響から離れられると良いね。そしてこれを読んだあなたも学歴が馬鹿馬鹿しく感じられてすっきりすると思う。
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Posted by ブクログ
めちゃ面白エッセイ。笑えて、考えさせられて、また笑えて。登場人物自体かなり逸材揃いだが、著者の方の文章が淡々と描きながらも情緒的であり、読みやすいのに読み応えがある。面白くて一気に読み切ってしまった。垣間見た事のない高学歴な世界の歪な部分を覗き見させてもらえた。
自分も大学受験はかなり一生懸命勉強したが第一志望は落ちて第二志望校に通った。それでも結果として楽しく生きていけたのでこの学歴や受験を拗らせる恐ろしさには気づかなかった。高学歴故に、若さ故に、コストをかけまくった故に、オールインベットしちゃったが故に、狂わざるを得なくなった部分もあると思う。
令和の虎の好きな回に佐伯提督なる志望レベルを下げれない薬学部を目指す多浪生の回があるのだがどういう思考でその判断になるのか理解に苦しんだがこの本を読んで少し腑に落ちた。
受験という残酷で平等に定量化されたレースには人を飲み込む魔力があるりそしてその魔力に抗うには学力は何の役にも立たず、凄く賢い人たちが狂っていく様はある種妙な爽快さがあった。「人間てそういう環境だとそうなるんだなぁ、バランスて大事だなぁ」という清々しく凡庸な感想。 -
Posted by ブクログ
ずっとこういう話を読みたかった!
私自身、子供の頃に勉強をほとんどせず、また一度も受験を経験してこなかった。
負けることへの恐怖で、
最初から推薦で入れるレベルのみを対象にして進学を決めてきた。
そういうことへのコンプレックスから、
高学歴への人に対しての憧れがあり、
また幼少期から受験、勉強一筋で生きてきた人がどのような事を考えてどんな風に毎日を送ってきたかを知りたかった。
本作はそれを余す事なく語ってくれていて、
かつ、ユーモアたっぷりの文章と、
著者が出会ってきた魅力的な天才達の紹介を軸に書かれており、面白くてどんどん読み進められる。
青春×受験戦争って感じのアニメ化してほしい!
(ルックバックやバクマンの漫画を勉強に変更)
ビリギャルとかドラゴン桜のようなダメなところからのスタートって話はあるあるだけど、
天才がどんどん現れる天才達の中で戦っていくところが見たい! -
Posted by ブクログ
あーー笑った。最高の読書時間だった。ほんと漫画のような圧倒的コメディなんだけど、この表現って小説でもできるんだ!って思い知るところがたくさん。めっちゃ面白い。
主人公は受験勉強と読書以外、なんにもしてこなかった38歳、院等寺庵乃雲。
夢はノンフィクション作家になることだが、そのための原稿は未だ書いたことがない。毎朝、母親に叩き起こされ、こんなはずの人生じゃなかったと思いながらネタを探しに京都大学に行く。七浪して合格した院等寺庵乃雲の母校でもあり、京大には変人が多いと言われているからだ。
そこで再会したのは、かつて好意を寄せていた間宮という女性。彼女に半ば強引に連れ回されながらも色々な事件に巻き込まれていく。ほんとめちゃくちゃで馬鹿馬鹿しい世界。
黒ギャルと付き合っている冴えない京大生の謎に迫ったり、高偏差値集団MENSAの試験を受けたり、お見合いをしたり婚活したり、全てノンフィクションを書くために奔走しているのだがうまくいかない。そのくせ自己対話と、頑張らない自分への言い訳は超一流。
さらに後半は、過激思想を掲げる組織の陰謀が忍び寄る思いも寄らぬ展開に。どうやったら書けるのこんなん! -
Posted by ブクログ
読んでてこんなに笑っちゃった小説は初めてかもしれない。
オビの紹介文「失笑連続の全九話」には嘘偽りなく、どれもこれも天まで突き抜けたくだらなさが迸る作品ばかりだが、ふにゃんと漂う青春の残り香みたいな気配になんかあるはずもない幻を重ね合わせちゃうのかなあ。
わかってないはずなのに何故か共感してしまう、童貞ソウルをこちょこちょ刺激する短編集。
以下、気になったものをいくつか。
《清朝時代にタイムスリップしたので科挙ガチってみた》…悪ふざけみたいな題名の表題作。あらすじとしては本当にこのままで、デコトラに轢かれた〈宇山英俊〉が目を覚ますとそこは清朝中国であった。学力には自負のあった英俊は科挙における最大の栄誉「三元の達成」(p39)を目指して、とある邪かつ聖なる悲願の成就のために苦学を続けるのだが…という内容。だが…じゃないよねえ。読まれた方ならわかると思うのだけどもあのシーンにおいて吹き付ける光のシャワーの表現があんまりにも神性を帯びていて、こんなことをやってのける作家先生がおられるのだな、と感服仕りました。
《すばる文学賞三次通過の女》…深酒した時に見る流れ星みたいな作品。知らんけど。目の前をシューッと流れゆくのを確かにこの目で見たはずなのに気がついた時には残像の尾っぽすら掴ませない、ひょっとしたら精子だったんじゃないか。そんな感じ。「変わり映えのしない日常の中でふと気がついて振り返ってみると、ずっとそこにあると信じていたものが、いつの間にか跡形もなく消え去っている。人生とはそういうものだ。」(p90)目の前を流れ去ってゆく膨大なものと、残るわずかなもの。そのカピカピした星屑みたいなものをよすがに生きてゆくのだ。
《花火大会撲滅作戦》…まるで、クソな『ラ・ラ・ランド』。ずっと笑いっぱなし。「空に響き渡る花火が爆撃となって会場に降り注ぎ、すべてのカップルが恐怖のうちに逃げ惑うことを祈った。あたり一面は幸福の絶頂から絶望のどん底に叩き落とされ、はじめからどん底をムカデのように這いまわる僕だけが、爆撃をかわそうともせず大地にへばりつき、泣き叫ぶカップルたちをただただ見渡して腹を抱えて笑っている」(p112〜113)の一節がなんかすごく好き。
あゝ青春。
《コマネチ》…これまたいい雰囲気の好編。二十歳のときに短期間だけ付き合っていた元彼女と久々に再会したらすごく素敵な女性になっていて、あわよくば復縁を…と目論むもあえなく轟沈。なんだけど、別れ際に彼女が二十歳のときと同じように全力のコマネチをご披露してくれてさ…こんなんさ、泣いてしまうよね。ラスト1行の余韻が素晴らしい。
キラキラしてスマートでクリーンなだけが人生じゃないからな。
今の若者の価値観だととにかく無駄な必死さを嫌う傾向が強いっぽいけど、この無駄な必死さでジタバタするからこそ振り返ったときに自分の生きた痕跡がポタポタと滲んだシミのように残るのでしょう。
なんだろう、読み終わった頭の中で山崎まさよしの『One more time One more chance』がずっと流れている気がします。
おおきな満足感。
1刷
2026.2.19 -
Posted by ブクログ
友達のおすすめ。
エッセイは普段あまり手に取らないのでいつぶりか分からないくらいエッセイを読んだ。
いつだかそこそこ有名なお笑い芸人のエッセイを読んだ時にこのエピソード、面白いでしょ!?!?的な雰囲気が出過ぎてて内輪ネタ見せつけられてる感に辟易としてしまいやや避けていたが、本書についてはめーーーーっちゃくちゃ面白かった。(Funny的な意味で)
何回も声出して笑った。
やはり学歴の高い人は何というか言葉のチョイスが秀逸なのと、いうなれば同じ内輪ネタでもここまで面白く書けるのがすごい。これが賢さというやつなのか。
それにしてもここまで熱くなれる受験勉強というのは一種のスポーツだなと思った。 -
Posted by ブクログ
閉ざされた「進学校」という異界
「東大・京大・国立医学部以外は人にあらず」。 進学校という極めて狭い世界で醸成される「学歴狂」の価値観。本書は、その特殊な環境で洗脳された、個性あふれる登場人物たちの群像劇である。
■「学歴高野山」の狂気
著者が記す「学歴高野山」という表現が秀逸だ。 外界と隔絶されたその宗教都市では、神戸大学ですら高卒と同義に扱われる。社会に出ればそれが幻だと分かるが、渦中にいる当事者たちの苦悩や優越感は、紛れもなく本物。 私立進学男子校の出身者であれば、この歪んだ空気に覚えがあるはず。逆に、それ以外の世界で生きてきた読者の目に、この異様な生態系がどう映るのか興味深いところ。
■「統計」への抵抗
本書は単なる学歴マウントや、あるあるネタの羅列ではない。 後半で語られるのは、人間を偏差値や年収、フォロワー数といった「数字(統計)」で単純化して消費する社会への違和感。 大谷翔平や藤井聡太を無反省に賞賛する世間の風潮に対し、個々の精神の複雑さを掬い上げようとする姿勢。文学が果たすべき役割を提示している。
■「京大卒」の解像度
「京大すごいね」という世辞に対し、どう返すのが正解か。 本書は、単なる謙遜ではなく、「癖のある者の集まりで大変なのだ」という内実を言語化してくれる。 学歴があっても、社会に出るにつれて、変なプライドを捨て、外界の価値観をインストールすることが重要であると教えてくれる。
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●好きな文章 「学歴高野山」進学校R高校(P108)
わが校にも似たような雰囲気が充満しており、外界とは隔絶された価値観の小世界が形成されていた。高野山へ行ったことのある方にはわかってもらえると思うが、あそこはまさに宗教都市と言う感じで訪れるだけでも心が洗われる気がするものだが、あの弘法大師空海を起源に持つ当高校は平地に「学歴高野山」を作り出した。学歴高野山を「訪れると頭から煩悩ではなく、「神戸大学」や「大阪公立大学」は消滅する。東京大学、京都大学、国立医学部しか存在しない世界になる。
こうして改めて客観的に書いてみると、なんとアホな考えなんだろうと思うが、あの空間においては、神戸大学を大学と考える事は猛烈に難しいことだった。我々の内部では、神戸大卒とは高卒だった。裏を返せば、人間を洗脳することがいかに簡単なことか、私は身を持って知っており、おそらく今もって、あの時代の洗脳は解けていない。私だけでなく、私と似たような環境に置かれていた進学校生たちは、たいてい皆普通に大学を卒業し、様々な人間と触れ合い経験を積んで、社会に順応し、一般的な価値観をインストールしていく過程を経る。
●好きな文章 就活における学歴の価値(P72)
学歴。それは就活段階では異常なほどの力を持つ。もしもあなたが誰もが知るトップクラスの大企業に入りたいと言うなら、基本的に旧帝大や早慶を目指す必要があると思っておくべきだろう。はっきり言ってMARCH関関同立の大学に入り、そこから血のにじむような就活対策によって上位大を倒すと言うストーリーはあまりにも難易度が高い。高すぎる。いや、無理と思っておいたほうがいい。受験での負けを就活で取り戻す努力よりも、受験で勝つための努力の方が不確定要素が少なく、また効果も大きい。
●好きな文章 学歴やスポーツ成績等を無反省に賞賛する社会への批判(P83)
言うまでもないことだが、受験で最も重要なのは大学受験である。中学受験、高校受験で失敗しても、大学受験によって覆せる。それが常識的な考え方だろう。しかし国崎君が東大文一に合格しても、東大寺落ちの記憶を払拭できていなかったように、そして岸田元総理が出身の早稲田大学(二浪)ではなく、開成OBのステータスを押し出していたように、最終学歴だけでなく、中学や高校受験の栄光と挫折もまた人の心に長く残っていくものなのだ。たとえ東大や京大の合格者であっても、それどころか、内閣総理大臣になった者であっても、内面的にも勝者であるかどうかは、結局本人にしかわからない。
私が言うのもなんだが、東大合格〇名、京大合格〇名といった統計上の数字には含まれない、個々の精神の複雑な機微を理解しようとしなければ、少なくとも東大=人生の勝者といった安易なイメージから逃れることを思考しなければ、人間を人間として捉える力を失われていく一方だろう。わかりやすいSNSのフォロワー数やら反応の数を競う態度も、もっと極端なことを言えば、大谷翔平や藤井聡太のような人間を最高の成功者の戻るとして無反省に賞賛し消費する態度も、あまり良い傾向ではないと思う。人々がそうした反射的ですとすら言える反応をひたすら繰り返した先には、ほとんどのものが固有性や複雑性を消去された「統計」として、処理される世界が待っているのではないだろうか?もしかすると既にそうなっているかもしれないし、私もそれを知らず知らずのうちに歓迎してしまっている面もあるのかもしれない。しかし個人的にはその流れに抵抗する態度のうちにこそ、人間の善さが立ち現れるのではないかと思っている。これまたお前が言えたことかと言う話だし、非常に難しいことでもあるが、物事を単純化しすぎる人類への警鐘として、文学と言うものが機能し続けてほしいと私は思っている。 -
Posted by ブクログ
Xで話題になったのを見たのだったのかな
ちょっと、、、、面白すぎるよ
京大生特有の文体のクドさみたいなのはあるw
私も滋賀県出身で、著者よりももっとレベル低いしょうもない自称進学校に通っていたので、めっちゃ言いたいことわかる
なんなんだろうな 関西の京大をはじめとする国公立信仰 そして進学実績重視で、1、2個上を志望校にさせられる感じ
トップ新学校で神戸大をはじめから選べる人ほんまに眩しいよね
マウント柔術師ほんんんまにワロタwwwwどこにでも1人はいる
しかしマウント柔術は僕には効かないので〜の二段構えでダーッハッハ
そうなんよな 大多数の人から何やねんこいつ…と煙たがられてる人でも、その煙が効かんいい友人がおるんですよね -
Posted by ブクログ
ネタバレ「学歴」がいいものがすべて
〜なぜ、私たちは学歴にとらわれるのだろうか。〜
東大・京大・国公立医学部以外は「カス」「ゴミ」と呼ばれるような世界で生きていた主人公(作者本人)。
本作は主人公の学友を紹介するノンフィクションストーリー。
もともと、「東大生」や「京大生」が出てくる番組が好きだったし、自分も高学歴になりたいと憧れていた。
まぁ、成績が伴わず、それは潔く諦めたが…
「東大」のOCに行った時は、かなり興奮したのを今でも覚えているくらいですね!
めちゃくちゃキャラの濃い人が多くて、読んでいるだけで笑いが止まらない1冊。
①特に印象に残ったのは、第5章に登場した 〈努力界の巨匠〉菅井だった。
彼は、学内で誰よりも努力をする。
その姿に感服した。
私はミスターストイックである彼のような魂チャレンジはしたことがないのかもしれない。
今、資格の勉強をしているので、1度、限界を迎えるまで、自分をどこまで努力することが出来きるのか挑戦してみたいと思った。
②原口統三『二十歳のエチュード』に記されていた言葉の一節
「勝利はない」
だからと言って、僕が敗北したと、だれが言えよう
この言葉を見て、就活をしている頃の自分を思い出した。
就活で出会った自分より高学歴な同級生たちを見て、自分が「負け組」に見えて仕方なかった。
そう考えると、自分も学歴に囚われているかもしれないと感じると、「学歴狂」の彼らと少し似たような部分もあったのかもしれない。
前述のような考え方をしている自分を知って、自分は学歴コンプレックスを抱いていたのかもしれないと感じた。
しかし、学歴がどうであれ、心から学びたい学問を大学で学べたのは改めてよかったなぁと考えを改めることにしようと思うきっかけになった作品でした!
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Posted by ブクログ
現代に現れた太宰治。
拗らせた自意識。
出口のない煩悶。
人に言えぬ苦しみ。
今どき流行らない、かと言って、いつかの時代ならポピュラーであったということもない、ひた隠しに隠したい思いを、思うさまぶちまける。
素晴らしい。
「この舞踏会から逃げ出すことはできない。出口はない。ダンスの優れた者だけが評価され、評価された者が次の世代を評価する。評価されなかった者に存在価値はない。価値はなくともダンスはやめられない。誰も認めることのないダンスを倒れるまで踊らなければならない。あなたは倒れる。向いてもいないダンスを嘲笑われ、馬鹿にされ、いいことなど一つもなかった舞踏会場の端で、血と汗にまみれて倒れこみながら、あなたはこう言うのだ。「それでも、あいつよりはましだった」そうして誰も見ていない片隅の小競り合いで、やっとささやかな勝利を一つ上げて死んでいく。これはもっとも醜い形式の死だ。」 -
Posted by ブクログ
くっだらない。
笑えるほどくだらない。
久しぶりにしょーもなくて笑えた。
多分多くの男性は、物心ついてしばらく童貞で、程度の差こそあれ、拗らせていて。
でも、そうでなくなったら、そんなことはほとんど忘れて毎日過ごしているものだと思うけど。
いい年して、しっかりそこをほじくり返す筆者の力には刮目した。
学歴もそう。
高校名や現役、浪人、多浪生。
アホみたいにこだわって、撫で回す登場人物は、アホだが、可愛い。
忘れた顔してるけど、割と多くの人は、過去こだわった時期があって、どっか甘酸っぱい思いを味わえるのではないか。
社会人になってからの階級はあんまり笑えないしね。
素晴らしい。 -
Posted by ブクログ
1年ほど前に本書の「こんなんもう手の運動やん」と言った天才同級生の章の試し読みがあまりに面白くて、ずっと読みたかった。購入して読んでみると、超進学校の実態を垣間見ることができた。
本書を読んで南木佳士の「医学生」の帯コピー【必死のユーモア、誠実な青春】を思い出した。
学歴狂の詩もまさにそれである。
最期に著者は同じ属性の男子校で、しかも偏差値至上主義のような環境で育つと、社会性がなくなってしまう危険性があり、大学や社会で周囲の多様性に晒されながら修正し、より豊かな人間性を築いていかなければならない、と言っている。
確かにその通りだが、大学受験にすべてを捧げた青春も羨ましい。大人になると、そんな経験はもうできないのだから。
中高生の夏休みの推薦図書に指定したい作品。