中島隆博のレビュー一覧
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『世界哲学史』シリーズ全8巻は、時間的には古代から現代まで、空間的には世界全体を視野に入れて哲学史を叙述するという壮大な企図の下に編まれたプロジェクトであったが、本巻では、十分論じき切ることのできなかった問題を取り上げるということで、新たに13の論考が収録されている。
「デカルト『情念論』の射程」「インドの論理学」「イスラームの言語哲学」「イタリアの現代哲学」「ポスト世俗化の哲学」「正義論の哲学」など、タイトルを見ただけでもバラエティに富んでいるのが分かるが、その内容自体難しいことに加え、それぞれの論考が分量の制約もあり短めなので、なおさら一般読者には敷居が高い。自分の興味が湧く論考に付されている参考文献を読んで、その内容の理解に努めていくのが良いのではないだろうか。
加えて本巻では、編者による振り返りの鼎談があって、各巻のエッセンスや各論考の関連性、編者自身の考え方などについて言及がされているので、各巻を読むに当たって大変参考になると思われる。
一度や二度読んだくらいでは歯が立たないというのが、全巻を通読しての正直なところだが、西洋偏重だった ”哲学” というものについて、どういったことが問題とされているのか、どういった試みが行われているのか、多少なりとも理解することはできたかと思う。 -
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戦争やAI、資本主義と民主主義など現在のさまざまな論点についての識者の発言をまとめた一冊。
大国の覇権ではなく、各国・地域の利害に基づく多様なつながりが増えている現代、米中問題とか対ロシアという近視眼的な見方では追いつかないというのはよく分かる。
個人的に面白く読んだのはAIの話。人間を超えるか、という問いの立て方になんとなく違和感を持っていたけれど、素人にはそれがうまく説明できず、漠然とした危惧にあおられたままだった。その違和感を詳細に言葉で説明してくれた感じ。
たとえば人口「知能」というネーミングが導く恐怖感とか、AIの背後でデータを学習させるために単純作業をする労働者たちが抱える問題、データやツールを独占する国家や大企業の権力の問題の方が、AIそのものよりもはるかに深刻な危惧だ、と。
一方で、そもそも「知性」を外から入った情報を処理して何らかのアウトプットをすること、と定義すると、人間の知性とAIは確かに似たような作業をしているようにも見えるし、「創造性」についても、人が過去の経験や学習を基に作品を創り、AIはデータを基に「創造的な」作品をアウトプットすると考えると、やはり類似性は見える。
それでもなお、本質的な問題は人間の側にある。バイアスがかかったり誤った情報が出てきた時に、それを見分ける能力を持ち得るか、拡散されるフェイクにどう対応するか。現在進行形の課題をしっかり考える足掛かりになる。 -
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【分析哲学の興亡】一ノ瀬正樹
エルンスト・マッハの要素一元論@世紀末ウィーン
思惟経済
→ウィーン学団の「論理実証主義」
→分析哲学
カルナップの原始的、AJエアの倫理
ヒュームの法則であるからべきへ→自然主義的誤謬
べき=論理的規範
クワイン「経験主義の2つのドグマ」→オースティンの言語行為論
【ヨーロッパの自意識と不安】檜垣立哉
ベンヤミン「暴力批判論」「複製技術時代における芸術作品」
【ポストモダン、あるいはポスト構造主義の論理と倫理】千葉雅也
現代思想=否定神学システム(東)
思弁的実在論
フランソワ・ラリュエル
→非標準哲学=メタ・メタ哲学
カトリーヌ・マラブー
→外部なしの内在的な変化を求める破壊的可塑性
【フェミニズムの思想と女をめぐる政治】清水晶子
【世界宗教者会議】冲永崇司
「仏陀による教えとしての因果の法則」釈宗演
創造者ではなく発見者
【哲学と批評】安藤礼二
シャルル・ボードレールからなるフランス象徴主義
→ランボー、マラルメの象徴の詩学
→ベルクソンの記憶、サルトルの想像力の詩学
【現代イスラーム哲学】中田考
【現代資本主義】大黒弘慈
【中国の現代哲学】王前
【AIのインパクト】久木田水生
【日本哲学の連続性】上原麻有子
多元的対話
【アジアの中の日本】朝倉友海
【現代のアフリカ哲学】河野哲也
アルジェリア独立運動におけるフランツ・ファノン
プラシド・タンペルのエスノフィロソフィー
【ラテン・アメリカにおける哲学】中野裕考 -
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昨年の前半は、「世界哲学史」が月1冊出るので、読まないと次がまたくるという強迫観念があった。というわけで、せっせと読んでいたのだが、第8巻がでたら、そのプレッシャーはなくなり、昨年末にでた別巻をようやく3月に読んだ。
前半は、編者による対談での振り返りと編者による追加的な論考。そして、後半は、全8巻のなかで扱えなかったトピックをカバーするという構成。
もともと20世紀以降の哲学は1冊しか割り当てられていないので、仕方のない面はあるのだが、現象学や実存主義に関する記載はかなり薄い感じがあったのだが、編者はそこは意識しているのだけど、そこはこの別館でもあまり扱われない、というのは、面白いな。(個人的には現象がよくわからないというのもあって。。。。)
今回、面白かったのは、中国哲学のヨーロッパへの影響とか、ナチスの農業思想、モンゴルの仏教みたいな話し。どれも知らない話しなので、新鮮な驚きが。。。。
で、締めは、「正義論」。現代の「正義論」といえば、ロールズを起点とするわけだが、そこに対する批判の視点の視点。そして、それも西洋哲学内の批判ではなく、「世界哲学」という立場からの批判の視点の整理は、納得性は高い。
全体としては、別巻ということで、本巻ほどのテンションはないのだけど、ちょっとリラックスして余韻を楽しむみたいな感じかな。 -
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世界哲学史全8巻が好評だったそうなので、編者のお一人である伊藤先生の発案により、別巻発刊となったそうだ。ただ、伊藤先生がご病気ということになってしまい、本巻の座談会は残りの3名の編者による鼎談となっている。その他、16編の論考を収録。うち13編は「Ⅱ.世界哲学史のさらなる論点」でさまざまな論点が提示されている。個人的には頼住先生の「道元の哲学」や岡田先生の「イタリアの現代哲学」、乗松先生の「ロシアの現代哲学」、そして神島先生の「正義論の哲学」などが興味深かった。もちろん短い論考が多いので、隔靴掻痒というか食い足りないというか、そういう部分も多いのだが。それは参考文献を読んでねということなのだろう。
あとがきでは別巻の続編も考えられているそうなので、期待したい。 -
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全8巻の「世界哲学史」も第7巻に到達し、時代は、主として19世紀。
第7巻から引き続いて、経済社会の中心は、まさに西欧+アメリカ中心で、それは哲学の分野でも同じなのかな?
「近代」(=modern)という時代が、まさに「欧米」の時代なのだということをあらためて確認した感じ。
19世紀の哲学ともなると、どこかで読んだことのあるような話が増えてくる。
・まずは、前巻でもでてきたカントを起点として、フィヒテ、ヘーゲルというドイツ観念論の展開。そして、それへの批判としてのヘーゲル左派からマルクスという流れ。
・理性中心の哲学に対する批判として、「生」を重視するショペンハウアーやニーチェ。
・進化論や功利主義、数学や論理学など、科学的?自然主義的な流れ。
・そして、アメリカという新世界からの哲学として、プラグマティズム。
みたいな話し。
こうした哲学は、まさに現代でもなんらかの形で生きていて、どの哲学者がどうだとか、一つ一つの話しがどうというより、やっぱ、私たちのいる世界って、こういう問題設定のなかにあるんだな〜という印象。
という感じなので、欧米以外ででてくるのは、インドと日本。古代のインド思想(ウパニシャッドや仏教)は、「生」の哲学との関係でインパクト大なんだけど、19世紀という時点では、微妙かな。やはり植民地支配というなかでの西洋との関係性のなかにあるなかで、スピリチュアリティという観点で、なんらかの動きを生み出しつつあるというところかな?
日本については、前巻までのところでは、中国からの影響を受けつつもなんらかの独自性を生み出していく感じで面白かったのだけど、この巻では、「文明開化」で、哲学を含めて欧米に追いつこうと一生懸命な感じ。と同時に、そういう表層的な西洋化に対する批判という対抗軸を出そうとしている感じはあるものの、いわゆる西洋哲学批判みたいなのも、実は、西洋のほうで徹底的になされているわけで、なにか中途半端な印象だな。
全体として、19世紀は哲学においても西洋の世紀であって、それ以外の国は、それを受容するにせよ、批判するにせよ、西洋との関係においてしか、自分の立ち位置を見出すことができないということだったんだな〜、と思った。
哲学史を「世界」の同時性のなかでみてみようというこのチャレンジングなシリーズも、あと1巻「現代」、つまり20世紀以降を残すのみ。この時代を1巻だけで扱おうということ自体がすごいチャレンジ。しかも、もちろん西洋だけでなくて、イスラーム、中国、日本、アフリカが語られるという構成になっていて、なんだかとても楽しみ。 -
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タイトルは、中世ということになっているのだけど、「バロックの哲学」というサブタイトルにあるように、西欧だと、いわゆるルネサンス〜バロック、フーコーなら「古典時代」とでもいいそうな時代の話になっている。日本だと江戸時代の儒学の話とかでてきて、いわゆる「中世」というより、「近世」という時代区分の話かな?
西欧哲学では、ついに(?)デカルトがでてきて、スピノザ、ライプニッツと続いて行く。神学なのか、哲学なのかよくわからない「スコラ哲学」が、いわゆる近代的な「哲学」に転換する時期と常識的には思うのだけど、ここでは、デカルトも「スコラ哲学」的な発展の連続性のなかででてきて、この辺にこのシリーズのスタンスがでているな。
そういういわゆる「中世」と「近代」の間に挟まれたこの時代は、ガリレオ以降の自然科学の発達も進み、キリスト教的には「宗教改革」がおきたり、イエズス会が世界に布教活動をおこして、西洋と東洋(とくに中国)の邂逅、緊張をともなった交流が生じたり、いよいよ「世界哲学」的な舞台がそろってくる。(一方、これまで大きな位置をしめていたイスラム的なものが背景に後退)
というわけで、面白い話はたくさんあるし、朝鮮哲学とか、これまで聞いたこともない面白いのだが、全体としては、なんか各論ぽい印象が高まってきているような。。。。
時代が現代に近づいてくると、世界はだんだん一つのものになってくる一方、現代の学問的な研究領域という観点では、専門化が進み、領域間の相互関係がわからなくなってくる印象。
あるいは、議論がだんだん高度になってきていて、私が細かいところについていけなくなっているということかな?
というわけで、個人的には、今ひとつスッキリしない読後感。
あと3冊。第6巻は、いよいよ「近代」、「啓蒙の時代」に突入する。きっと、カントやヘーゲルとかもでてくるに違いない。一方、ヨーロッパ以外ではどういう話題がでてくるか、まったくイメージできない。
どう展開するか?