最所篤子のレビュー一覧
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オックスフォード英語大辞典の編纂に関わった実在の人々の中にひとりの少女を登場させ、
その時代の女性たちがどのように生きたか、
辞書に入ることを許されなかったことばたちと絡めて描かれた大作。
編纂者の一人である父との二人暮らしの中、1日をほぼ写字室(スクリプトリウム)で過ごすエズメ。
話し相手はパパと、マレー博士(編纂主幹)の家の女中、リジー。
エズメの心の揺れや、子どもならではの失敗や小さな罪を、このリジーが上手にすくい上げ、力になってあげる姿に何度も救われた気分に。
二人の関係性がとても良かった。
主人公よりもリジーに肩入れしながら読んでしまった。
ことばに関係する本だけあって
あちこちに考えさせられる表現や
奥深い台詞が散りばめられている。
本の装丁もすてき。 -
Posted by ブクログ
第一次世界大戦中にイギリスで製本職人として働く少女、父親はおらず母親も亡くなり、少し発達障害を有すると思われる双子の妹とともにボートでの生活をしながら勉強への渇望が徐々に実っていくお話。主人公や周囲の人々が一歩ずつ人生を歩んでいく様がとても丁寧に描かれており、自分も同じ歩調を感じながら読み進めた。女性の権利を訴え勝ち取ったに見えても、実現したときに訴えた階層の女性が除外されたなど、”踏まれる石”が存在する哀しみや悔しさも綴られている。そのような中で”選択肢がある特権を持つ人”がどのように社会に貢献していくかも重要な課題として提起されているように感じた。戦争で傷ついた兵士らの描写は抑えめながらも惨くそれが今も続いていることはやるせない気持ちになる。
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「舟を編む」より昔に辞書を作った人たちの話。
女は全く数に入ってなくて、語源も女が絡むとろくな例えにならない。
それでもコツコツ頑張ってきた人たちがいるから、何とかここまでマシになってきた。とは思えない。
万国共通で爺さんてのはどこまで女をバカにする気なのかと、その辺りの意識は一ミリも進んでないのはなんで?
それでも、女たちの間でも格差はあって、リジーは最後までエズメの味方でいてくれたのが不思議。
母親みたいな気持ちでいたからなのかなあ。
権利についての闘いも、すぐ暴力に訴えようとするのは男も女も変わらないのか。野蛮な手を使う奴は、半分くらいただケンカしたいだけな気もする。
戦争で息子を亡くした母親の言葉は「指導者」みたいな奴には聞こえないんだろうな。
亡くしたのは息子だけじゃなくて、そのうち正気も失くすんだろうって。 -
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19世紀末の英国で、オックスフォード英語辞典が作り始められました。その編集に関わる父親の仕事に興味をもったのが、幼いエズメ。女性参政権運動と第一次世界大戦がある20世紀初頭までの時代の流れのなか、言葉に向き合った彼女の生涯の物語でした。史実の中に架空のエズメを落としこむことで、読みごたえがあり、じっくりと読むのにふさわしい内容となっていました。
小さかったエズメが拾った言葉カードが全ての始まりでした。有名人や権力がある人が言った言葉だけが辞書にのせられるということのおかしさと、普段口にできないような言葉をそういうふうに思わせたのは誰なのか、ということを考えさせられたのは、初めてでした。
知らないがゆえにもたらされた結果や、女性であるがゆえの哀しさを感じる場面も多かったです。が、必ずエズメには寄り添ってくれる味方がいてよかったと思いました。
この本では、あからさまな言葉の表現もありましたが、言葉自体を考える上では必要なことだったと思いました。
『小さなことばたちの辞書』というタイトルの意味をじっくりとかみしめながら、色々と考えさせられた読書時間でした。
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人間は、自身を取り巻く自然を発見しつつその中に生きるのでなく、自ら創造したものの中で生きる。それが自らの生を空虚にすることもあれば、耐えがたい痛みに耐えられる力を与えもする。世界は、都市は、イスタンブルは、そんな人間の在り方が折り重なってできている。そんなことを哲学的かつ詩的に物語っている。
p195「僕らはイスタンブルに暮らす当たり前の住人たちと同じだった。昨日を理想化し、明日について空想した。今日は存在しないふりをしようとした。過去の物語をする一方で未来の物語をし、現在を、過去と未来の間に架かる橋だと思っていた。その橋が崩壊し、その下の無の空間に墜落することが怖かった。僕らは絶え間なく同じ問いを反芻し、頭から追い払えない ー 今日を所有するのは誰だ、今日は誰のものだ?」 -
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これ今年のNo.1候補なのにつけてなかった。
19世紀後半、オックスフォード大辞典編纂という史実をテーマに、実在の学者たちの間にそのひとりの娘という架空の主人公を据えた。女性が学究の徒になることなどあり得なかった時代に、言葉を愛しその蒐集に情熱を燃やすエズメが体験する差別や弾圧は、今の時代を生きる私たちも規模は違えど覚えのあるもので胸に重い。
家族がわりの黒人使用人が自尊心を育んでいくエピソード、そしてたった一度愛し愛される人と出会えたこと…不幸の割合のほうが多かったように見えるエズメの人生だけど、これぞ天職と思うものに身を捧げられたことは、人の大きな幸せでもあるのだ。
そうそう見つからないけどね、凡人には。それでも目標としたい。 -
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先に、ジェリコの製本職人を読み、読むことにしました。ジェリコの製本職人のほうが、私は好きでした。
史実とフィクションを取り混ぜ、その時代の空気を感じさせるとても好奇心が満たされる物語でした。
そして、時代が経っても、女性が尊重されない現実に悲しくなる思いです。
ミイベルが、魅力的に描かれていて、心に残りました。
最後に主人公の娘が、スピーチするところで終わるところも良かったです。
p231
「恐怖ってのは当たり前が苦手なのさ」メイベルが言った。「おっかねえと思ったら、普段どおりのことを考えて、普段どおりことすりゃいい。聞いてるかい?そうすりゃ恐怖は引っ込むよ」
p237
「でも、彼を愛してないの。」略
「わたし、やっと自分がわかりはじめたような気がしてるの。誰かの奥さんとか母親になることは、どうしてもわたしに合わないのよ」
これが、女の人のセリフなのが、とても素敵ですね。
p238
あなたのような身の上になることは、あなたが思うほど珍しくありません。財産ある、あるいは学問のある大勢の若いお嬢さんが、同じように不測の事態に陥ってきました。略
恥ずかしくないお仲間もいるということよ
話の中で、
女性が性を楽しむことがなぜいけないのか、
参政権がないことをなぜ不思議に思わないのか
それに気がつかないことが、とても危険だということが書いてあり、考えさせられました。
翻訳であるために、日本語にない言い回しでしたが、それがまた物語を魅力的にしていました。
翻訳もとてもよかったです。 -
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ネタバレイスタンブルの地下牢に収容され、拷問を加えられている政治犯、ドクター、学生のデミルタイ、床屋のカモ、キュヘイラン爺が、拷問の合間の牢で語る話。暗い話は禁止、空想の中でラクを飲みタバコをふかしながら、笑い話や自分の家族の話を語る。拷問でボロきれのようになりながら、そしてまた拷問に連れて行かれるのではないかと足音に怯えながら語る話は、岡真理の戦争の対義語としての文学の話や、寓話で鶯は養えないと言いながらもラーゲリで生きるために物語をしていた捕虜たちの話を思い出す。夢想する地上の美しいイスタンブルと、囚われている地下牢のあるイスタンブル。でもその地上のイスタンブルとて、政治犯を捕らえようと罠が張り巡らされ、パンを得るためには奴隷になるしかない、どうしようもない現実がある。その現実を変えるために革命を求め、捕えられて地下牢で拷問されている彼らや、彼らを拷問する人々から、人間の際限のない残酷さと、悲惨極まりない現実の中でも物語ることで希望を得ていく無限の想像力と、なんというか人間の限界と無限性みたいなものを感じた。極限状態を描きつつどこか黙示録的というか。
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ネタバレ印象的だったのは 姉と妹の関係性。
そしてまわりのひとびと。
モーディには私がいなくては。
わたしが彼女でもそう思ったと思います。
彼女の面倒を見なければと思う反面、
なぜわたしが、もしモーディがいなかったら私は、でもモーディが自分から離れていくのは嫌だ。
そんな を救ってくれたのはロッタ。
最初こそあなたは私の妹のなに?と反抗的な気持ちを抱くものの、ロッタは妹はこれくらい1人でできると教えてくれた。
だからこそ彼女は受験に前向きになれのでは?
も彼女の大切な友人。
暮らしは違えど親身にしてくれて、お姉さんのような友人だなと思いました。
そしてバスティアン。
彼女を精神的に支え応援し続けてくれた。
彼は自国へ帰ってしまったけど、それで終わりではない。きっとこの物語には続きがある。
バスティアンと彼女はいつかまた出会って手を取り合うだろう、そう思えた終わり方でした。
他のキャラクターもみな濃く、生き生きとした人物だと思いました。
決して明るい話ばかりではないけれど、
その時代を生き延びている逞しさを感じた
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著者のバックグラウンドを知らないと、なかなか理解が進まないはずだ。
クルド系トルコ人のソンメズ氏は、1980年の軍事クーデターの混乱のなかイスタンブルで法律を学び、人権弁護士として活動していたが、その活動中に警察に襲撃されて瀕死の重傷を負い、その後英国へ亡命。現在はトルコと英国を行き来しながら作家活動をしているが、イスタンブルの街への痛切な思いが、この小説に込められていると言う。
イスタンブルの地下牢獄の一室に、学生のデミルタイ、温厚なドクター、気難しい床屋のカモが閉じ込められていた。苛烈な拷問を待つあいだ、彼らは互いに物語をして時を過ごす。そこに激しい拷問を受けたばかりの老人キュヘイランが加わる。彼は幼い頃から父が影絵で物語ってくれたイスタンブルに憧れていた。彼らはまるで疫病を避けて家に閉じこもり物語をし合った『デカメロン』のように物語り合い、空想の世界でお茶を飲み、煙草を味わう。やがて彼らの過去が少しずつ明らかになり、と同時にそれぞれがまた拷問へと連れだされていく。
創作物語ではなく、これに似た経験から書かれたものではないかと思って読むと、心が騒ぐ。
ただ暗いだけではなく、嘲笑を誘う皮肉も込められている。そして芯にはイスタンブルへの愛が感じられた。