長谷川幸洋のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
「官邸敗北」とは、鳩山政権の首相官邸が政治力において財務省に敗北した、という事実を指しているようだ。昨年のクリスマス頃、2010年度予算の閣議決定前後において、ジャーナリストである筆者に接触してきた官僚の言動を見てそう感じた、現に菅副総理や仙石大臣はその後財務省寄りにスタンスを移し、鳩山首相周辺は処理能力を喪い政権がドーナッツ化している・・・それはその通りだったんだろうけれども、筆者が発見した一事実だけでこのタイトルは少し走りすぎ。小沢幹事長の政治資金問題を巡るメディアの報道姿勢に対する自己批判と、最後は小沢幹事長による二重権力批判まで連ねて一冊の本にしているのだから。
筆者は東京新聞論説委員。国民が薄々感じていた、メディアの無批判な報道姿勢に対する自己批判を堂々と書いた潔さと、政治家と官僚の行動原理に迫る洞察力には敬意を表したい。政治家にとっては政策を実現し、政局を勝ち抜くことが政治力だし、官僚は政治家の手足となって行動する振りをしながら、実際には自省の権益のために行動する。高度成長期には噛み合っていた歯車も、今の時代には自己目的化の弊害が目立つ。政権交代にはそれらの浄化に対する期待が籠められていたはずだが、民主党は政権交代時、官僚に対する準備が不足していた、と喝破する。
政治不信、と一言で片付ければ容易いが、その一言からは何も産まれない。小泉首相の退陣以降、官僚とまともに渡り合える政権が誕生していないことが問題なのであって、今まではそれを政治家の力不足と批判すれば済んでいたけれども、そろそろ自分たちの問題と考える時期が来ているのかもしれない。 -
Posted by ブクログ
新聞の立ち位置、取材対象との関わり、ネットが浸透してくることによる取材方法などの変化。
おそらく、メディアや、ジャーナリズム、マスコミという言葉の定義を行なった最終章が、本当のまとめになるのだろう。
テレビなどと違って、新聞は記者の主観や主張排除することはできないし、排除して仕舞えば存在価値がない。
唯一のジャーナリズムであった特権を失った今、根本から存在価値を疑われてしょうがないと思う。
なんか、表現の公平性に縛られているという部分だけは笑ってしまったが、刊行から4年が過ぎた今、痛感する部分が多い。本当に、2020年どんな形で残っているんだろう。 -
Posted by ブクログ
■新聞
A.デフレは日本経済を長く苦しめた。その責任は、マスコミにもある。記者クラブは日銀の強い影響下にあり、日銀の主張を分析・批判することなく垂れ流してきた。それは、「日銀は強力な金融緩和をしていない」などと書けば、日銀に目を付けられ、特ダネにありつけなくなるからである。
B.東日本大震災の復興予算の流用問題を最初に報じたのは新聞やテレビではなく、週刊誌だった。ここに大手メディアの病理が潜んでいる。この問題を報じたフリーランス記者は、ネットの情報を基に、官僚とケンカしつつ情報を得た。記者クラブ所属の既存のメディアの記者は、こうした手法をとらない。