荒谷大輔のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
ネタバレ一般的に当たり前、とされていることを、哲学的な議論を参照しながら、本当に当たり前か?と問うてる。しっかり哲学、というか教養、をしている感じがして面白い
「哲学は何よりも実践です。日常生活において当たり前になっていることをもう一度疑い、あらためて考え直すことで、全く当たり前では無い事実を私たちの日常の中に探り当てることが、本来の意味での哲学なのだと思います。」とのこと。
富について
・マルクスの価値形態論
第一形態:それぞれの物に対する個人の欲望の強さが「価値」を決定している、主観的なもの。(自分はリネンが不要でコメが欲しい、ある人はコメは不要でリネンが欲しいという時の交換のイメージ)。個々人の欲望を満足させることで取引が成立。価値は変わっていないのに、2人の効用は同時に増えている、というのが価値の魔法の原初的な部分
第二形態:多数の人々の間での一般的な価値のようなものが生まれ始める(複数の人がいる場所で、リネンとジャケット、リネンとお茶、、などいろいろな交換が行われるようになる)→人々の間でリネンってどれくらいの価値なんだろう?ということを考え始めるようになる
第三形態:主観性が排除され客観的な物になる。(リネンを媒介として色々なものがやり取りされるようになる)。誰もがそれを欲する、という状態。お金なんてただの紙だ、宝石なんてただの石ころだ、といくら個人レベルで吠えたとしても、多くの人が参加する「市場」の価値の決定においては、その声はかき消される。個人がそのもの自体をどう評価するかは自由だが、価値はそうした主観的な判断とは別に、市場によって客観的に決まるもの、とされる。
→個人がどれほど成果を積み上げてもそれがお金にならなければ価値がない、とされるし、たくさんお金があればそのことを根拠に価値がある、とみなされる。
生産者の手元での価値とお金で表象される価値との間には深い谷がある。
なぜ前澤さんの1000億円記帳が人々にとって魅力的か、なぜ人は富を欲望するのか?というと、お金、というものが唯一社会で共有される客観的な価値の基準であるから。
→なんかそう考えてみると、本当にお金、というのは私が社会から便益を得るために必要な分だけあれば良いのかな、と思った。そして逆に、個人の中の価値というか、自分が価値があると思うもの、を自分の中で積み上げていく、ということが本来結構大事なのかな、と思った。
アダムスミス論
スミス自身は富や名声の追求は個人にとってはただの欺瞞だが、社会にとっては社会を進歩させるエネルギーとなってると考えた。また、人々がなぜ富や名声を追求してしまうのか?についての最初期の分析がなされていて、それはプロテスタント神学的な考え方により、絶対的な正しさ、のような、絶対的な救済というものがなくなった。(これまで免罪符などで絶対的に個々人を救っていた教会へのアンチなので)→そうすると人々の間で絶対的な価値、客観的な価値を持っているお金、を追求することがある程度救済へつながりうる、という思想になっていった。という分析。普通に興味深かった。
アダムスミス、そんなに資本主義を個人の幸福的な観点から見るとアンチだと思ってたんや、、っていうのは意外で面白かった。
西洋では宗教が崩壊、日本ではそもそもあまり人生観・世界観に宗教の拘束が少ない状況で、資本主義におけるお金、が人生や行為の意味を作っていた、みたいなことなのかな〜と思った。
美について。
サブカルでは、「神」という表現が使われる。
この「神」は、非常に個人的なもので、より広い文脈ではただの人であることは織り込み済みな上で、あえて利用されている世俗化された「神聖性」が存在している。
1980年代以降、これまで教養教育が担っていた感性の共有が、サブカルチャー(ドラえもん、など)によって代替されるようになってきた。教養主義とサブカルの大きな違いは、押し付けがましさ。サブカルは多様性を尊重し、高次の統一された価値の指標を持つことを許していない。同じ物語を社会全体で共有することを目指す運動:教養主義。作品を通じて望ましい人格を育成することが目標とされていた。
教養主義では私が変容し、理想的な人格の完成することが良いことだが、サブカルでは私の変容は問題にならない。サブカルでは、"神"がたとえば麻薬中毒とかになったら、そのことによって私の世界観が揺るがされることはなく、むしろ"神"側が簡単にその座から引き摺り下ろされる。
このメンタリティの変化は、"大きな物語の終焉"として扱われる。
オタクカルチャーでは、動物化するポストモダンの中で東が述べているように、従来の大きな物語を共有するツリー型の物語消費に対して、それぞれの「私」が「個々の物語」を作り上げるデータベース型の消費が行われている、とされている。(e.g. 二次創作、など)
宇野さんによれば、1990年代の物語は、エヴァのような「何かを選択すれば何かを傷つける→何も選択しないで引きこもる」的な感じ。
2000年代は、ネオリベラリズムが台頭し、「戦わなければ生きていけない」から「究極的には無根拠である小さな物語を、信じたいから信じる」という感性。
←これ、私の感性と似ている。さすが2000年代?
教養主義は、近代社会において宗教権威が相対化され、お金・資本主義が新たな正義となり、道徳的な正しさが市場原理によって設定されるようになった世界において、失われた道徳的正しさを補完するための存在であった、と考えられる。
その教養主義を支えていたのが、「天才」。天才が作った素晴らしい作品を鑑賞することが、感性に基づく正しい判断の基礎となる、と考えられてきた。
夏目漱石、森鴎外、など。
教養主義の感性を支えたのは、ロマン主義。ロマン主義は、オリジナリティを重視。長らく芸術は、神が定めた物事の理念としてのイデアを完璧に模倣できることが良いとされていたのにも関わらず、ロマン主義では変容が見られる。
シュレーゲルという人が発端。自然を生まれた所与のものとしてではなく、生み出す力を持っているもの、とすることにより、自然の一部である人間にも生み出す力がある=オリジナリティがある、とした。神だけがオリジナリティを持っているのではない、というのが新しいところ。
→ここから、芸術家が偉大だとみなされるのは、彼が人間でありながら神に比されるオリジナリティをその内面に持っているから、である。芸術家の苦悩や葛藤が重視されるのも、それが内面の深さを表している、と思われるから。
これが、なんかAIで作品を作る、という行為がなんとなく嫌だな〜と思う理由の一つかもしれない、と思った。つまり、AIは苦悩したりしないから、内面がない。内面がないのに、側だけ天才のような形をしているのが、なんか元々のロマン主義が持っていた、天才の内面があるからこそ天才的な作品が生まれる、という定式を破壊するものに、見えるのではないか、と思った。
新しいものを作り出す力を芸術家の内面に見るという「考え方」を導入することで、鑑賞する側の人間が「神聖性」を読み取ってきた。
制作側はどうすれば神聖性を付与できるのか?
内面を掘り返していけば良いのかというと、それはあまりにも観念的で具体性を欠いており難しい。
シュレーゲルは、「今日まで人に知られることのあくまどろんでいる古い力と高尚な精神」に求めた。新しい神話を作ることが芸術の役割になっていった。
のちに続く芸術家たちは、その新しさを担保し続けるために、それまでの物語を一旦共有した上で違いを作る、という形で展開するようになっていった。つまり、芸術を「発展」の歴史ととらえる考え方が新しく生まれた。ロマン主義→写実主義→印象派→シュールレアリズム(超現実主義)、キュビズム→オリジナリティ自体を破壊するアンデパンダン(デュシャンの便器)
現在の芸術は、芸術の発展を画するものではなく、個別の物語の中で価値づけられるものになってきた。また、作家と親しい批評家がもっともらしい理屈でオリジナリティを褒める、ということも起きてきている。このように芸術の価値が自壊していく中で、サブカルチャーが、オリジナルな世界をデータベースとみなし、二次創作をしているのは新しく、オリジナリティの神話の解体につながっている。そして、作品自体というよりはそれが稼げるか、それが多くの人に知られているか、ということが重視されるようになってきた。
体系的な美術作品の価値を示すために、理論的な説明が必要になったのはロマッツォ(1538-92)の時代ごろから。
それ以前は、古代ギリシア以降「イデア」と呼ばれる世界の本質が、実際に世界のさまざまな存在のあり方を規定すると同時に、人間の魂の中にも存在してる、と考えられた。
この魂の中のイデアとは、オリジナリティとは異なり、神が作ったイデアを自分の中にもつ的な意味。
絵画論でデッサンが何よりも重視されるのは、画家は何よりも自然に学ばなければならない、自然の中にあるイデアに学ばなければならない、という発想があるから。これはレオナルドダヴィンチなどから始まる。
今でも芸術大学の入試の一次試験がデッサンなのはこの頃からの影響なのか、と思うと興味深い。
ただ、ルネサンス後期(ロマッツォの時代)になると、自然をそのまま移すのではなく、規則に反するように見えるものの方が美しい、的な考え方「マニエリスム」という様式、が出てくる。ミケランジェロ、ラファエロなど。人物の動きを表現するため、意図的に尺度をずらす作り方。神の作った世界を正確に模倣するのが良いはずなのに、彼らが作るものの優美さが作品の中にある、けど、どうしよう、となる。→ロマッツォの議論がその橋渡しに。
身体動作などの優美さが、神から与えられた恵みであり、自然の幾何学的な把握から抜け落ちる日が、「優美=神の恩寵」として理解された。
ロマッツォは新プラトン主義。新プラトン主義は、フィチーノによるヘルメス文書の翻訳、に痰を発する。ヘルメス文書とは、紀元後1~3世紀に成立したと見られる著作群、ストア派(感情や外部の出来事に左右されず、理性と徳を重んじる考え方、ストイックの語源)や新プラトン主義(プラトンのイデア論を発展させ、世界の全ては究極の絶対的な「一者(いちしゃ)」から 流出し、最終的には「一者」へ還っていくと考える思想)など当時の哲学とキリスト教の教えを混ぜた考え方。
のちに誤解だとわかるのだが、この中に出てくるヘルメスという人が古代エジプトの神と同一とされ、アリストテレスやもそれらの影響を受けている、ということになった。これは、当時の反アリストテレス主義の後ろ盾となった。反アリストテレス主義では、救済はひとえに神の意思によるものとするやり方。アリストテレス主義の方はアリストテレスが万学の祖と言われ、論理学などを考えた人であることからも分かる通り、人間の側で世界についての知識を深めなきゃいけない(主知主義)、と考えており、これが教会の権威に繋がっていた。
だから神の恩寵である優美さは大切にしないとね、って感じ。優美さは不可知論とも繋がりがある。概念的なよくわからないものを大事にしよう、的な。よくわからないものは、論理ではなく、感覚によって掴まれる。神から与えられたカリス(優美)〜カリスマ、が感覚的に重要となる。
何かを「美しい」と称賛する私たちの感性は決して自然ではなく、特定の社会的な文脈の中で位置付けられていると考えられる必要性がある。
科学について
科学が商業化していることを嘆いている・
ガリレオのピサの斜塔の実験は、実は空気抵抗で軽い球の方が早く落ちてる。これは広く知られている真実とは違う話。
万有引力の法則も、定義されるものであり、観察結果から導き出されるものではなかった。当時のアリストテレス系の哲学からはニュートンの万有引力の法則はオカルトと言われていたが、数学的に美しく説明できる、という点が、プロテスタント神学の不可知論と共鳴し、一旦正しいとされた。
原子論的な粒子という世界観に対して、量子力学の発展により、原子=素粒子は、波でもあり粒子でもあるという性質を持つものとされた。つまり、我々は素粒子を統合的に説明できる枠組みを未だ持っていない、ということになる。
ライプニッツは、そのもの自体に力がある、というアリストテレス的な科学感を近代科学に集合させたようなところがある→現代のニュートン力学を批判的に見る視点を与えてくれる。
今まで、ニュートン力学について真実だと思って疑ったことがなかったけれど、それは単なる仮説だった、というのは結構衝撃的。
正義・権利について
資本主義社会においては、みんなが共感できるものが「正しい」とされる。(アダムスミスの道徳感情論。)
一方で、流行に流される正義ではなく、一定の強制力を持って正義を要求する立場 = ポリティカルコレクトネス、も存在する。
(e.g. ハーバーマス:現代では共感できるものを共感し、共感できないものはネットで吊し上げる、というように、資本主義の中の消費者の立場として公共性が作られるようになったことを嘆く。そして、人々が合理的に話し合う熟議制民主主義が必要だ、と考えた。)
ただ、ハーバーマスは、全員が理性的存在である、と捉えているところがかなり微妙で、皆が合意しているわけでもないのに、そういう風に振る舞わなければならない、としているところがおかしい。
かつては熟議があったと思う人もいるかもしれないが、コーヒーハウスでの熟議も、資本主義社会を成立させることを目的として行われていた、熟議の結論として成立したものを、また熟議で壊す、のは難しいのではないか、と筆者は考えている。
リベラル派の主張への反論として下記は非常に勉強になる。
リベラル派(e.g. ロールズ)が解くような理念は、それにコミットした覚えがない人にも強要できるものでしょうか。想定されるような原初状態に置かれたら、人は皆同じ判断をするはずだというロールズの主張が仮に正しかったとして、実際にそのような原初状態に置かれた覚えがない人に対して、リベラルな理念へのコミットを要求することはどのような権利で可能になるのでしょうか。経済的に追い詰められていく低中間層の人々は、不当なコミットメントの前提が「弱者」に過剰な救済を与えていると考えます。そうした考え方は「正しくない」と言ったとしても、彼らとの間の溝は深まるばかりです。知的なエリート層が勝手に設定した「正義」の理念を押し付けられていると思う人々が、経済的・政治的に「強いアメリカ」を取り戻すという言説に魅力を感じるのは、ある意味で必然的な帰結であるように思います。リベラル派の「正義」が成立するためには、人々が実際にその原理にコミットすることが条件になりますが、現実にはすべての人々のコミットを前提した上で、「正しさ」を要求するものになっているのです。前借りされたコミットメントの上に振りかざされる「正義」が、その負債を無視した上で、同意した覚えのない人々にまで「正しさ」の代償を求めているようにさえ思われます。「自由」で「平等」な社会を実現するには、すべての人がその代償を払わなければならないと言われるわけですが、そのような議論はどれほどの普遍性を持ちうるでしょうか。
「自由」や「平等」という考え方は、近代における私たちの社会を成立させるために不可欠なものだと考えられます。それは我々の「権利」とされていますが、それはどのようにして成立したのでしょうか??
遡って考える。
まず最初に言ったのは、ホッブズ(『リヴァイアサン』を著し、社会契約説を唱え、人々の平和と安全のために絶対的な主権を持つ国家が必要だと主張しました。彼は、自然状態の人間は「万人の万人に対する闘争」状態にあり危険なため、人々が契約を結んで国家に主権を委譲することで、この状態から脱して安定した社会を築けると説
)
ホッブズは、人間は、自然状態においては、自由(自分の意思だけで行動する)かつ平等(個々人の間の能力の差はほとんどない)と考えた。ここでの平等は、今言われている平等(差なく)みんな平等であるべき、という考えとは違うもの。
「権利」の近代的な意味を確立したのもホッブズ。ホッブズの「権利」はlus(ユス)が語源で法的に正しい、という意味。ただ、法的に正しい、という意味のラテン語はレクス、というのもあって、そのふたつ。ホッブズは、法律的な正しさつまり「そうしないことを許さない」という形をレクス、「そうしないことも許される」という形をユスと定義した。これは実現可能性だけが与えられていて、実現するか否かは自由という「正しさ」を構築し、それを「権利」とした。
例えば、知る権利、という言葉も、絶対に知らなければならない、というわけではなく、知っても知らなくても良い、っていう感じ。
そしてわかるように、この権利の概念には最初から、「選択の自由」、という自由の概念が組み込まれている。この選択の自由は、従来のキリスト教的価値観での自由、つまり目的は善に向かっていくこと、で固定されているが、その手段は自由、という意味。何をしても良い、という意味の自由ではない。(ホッブズ自体は、のちに「何をしても良い」という意味の自由、の概念を確立する)
ホッブズの自由:人間が自然状態にある時の状態を「事実」として表現したのが自由。そういうものだよね、という記述。つまり、「自然」や「平等」などの「自然権」は、社会契約の後に統治者の手に委ねられ、無くなるものだ、と考えていた。
自然状態(みんなが「自由」で「平等」な状態)では、万人の万人による闘争が行われてしまう、と考えた。そこで、戦争を回避するために人々は共通の権力に服従し、互いの自由を制限するのだ、と考えた。
今我々が考える自由と平等の概念は、ジョン・ロックによって与えられたもの。
ジョン・ロックの自由は、「自然状態においては、自然法の範囲内で、自分が適切と信じるところに従って自分の行動を律し、自分の財産と身体を処置することができ、他人の意思も他人の許可にも依存することもない」ということ。
ロックのオリジナリティ
①自分の財産と身体を処置することができ、というように、「私的所有権」を人間の自然権に加えた。「私的所有権(してきしょゆうけん)」とは、個人や法人などの私人が、特定の財産を排他的・独占的に支配し、使用・収益・処分できる権利
②自然法の範囲で、という部分で、人間の定める実定法に対する概念として自然法、を定義。伝統的には神が作った世界の秩序、を意味する。
この自然法が入ってきたことで、「他者の自由を制限しない限り」という近代的な意味での自由、の概念に近づく。
ロックは、「自然状態には、これを支配する一つの自然法があり、何人もこれに従わなければならない。この法である理性はすべての人々に何人も他人の生命、健康、自由または財産を傷つけるべきではないということを教えるのである。」
と言っている。
ロックは、ただ、自然法の執行の部分で、客観性がないために、もし自然状態であれば、ホッブズと同様に戦争状態が発生してしまう、と考えた。
ただ、ホッブズと違うところは、ロックは、社会契約にあたって、自然状態の権利を放棄しなければならない、とは考えていない。なぜならば、自然状態には自然法があるため、戦争状態になることは多いものの必ずしも戦争状態になるわけではない、と考えられているから。だから、自然状態で持っていた権利が失われるような社会であれば、「契約しない」という選択が残っていることになる。(これがロックにおいては、「抵抗権」政府が国民の自然権(生命・自由・財産)を侵害した場合に、国民がその政府に抵抗し、場合によっては打倒する権利を持っていることの背景)
→この考え方により、
ロックは、自然状態の「権利」を社会契約の後でも主張できる社会を構想しました。自然状態の人間が持っていた「自由」と「平等」は、ホッブズにおいてはそれによって争いが引き起こされるものと位置付けられていましたが、ロックにおいて自然権は、個々人の「権利」として社会の中に残されます。人間がすべて同じ自然法に服するものであるなら、権利についても同様に認められなければならないとみなされたのです、それは、神が定めた「自然=本姓」に準拠した正しさだから。この正しさは、神が定めた自然法が人間の権利の正しさを保障されるから。
でも、現代社会では神、というものは崩壊している→実は我々の社会に、自由や平等、の根拠となるものは存在していない。ロールズのような理論は、皆が同じ理念を共有することを強要してしまっている。
→必要なのは、むしろ自由や平等の権利の理念的価値を前提にせず、それらの理念をみんながコミットしうるようなものとして位置づけ直すことである。
と筆者は締めた。
私、の章
「ありのままの私」への全肯定、(≒自分の判断、自分が感じたことって客観的に見ても正しくて、みんなそう思うよね、と思ってしまうこと、?かな?私の独自解釈)がなぜ起こるのか?について分析
カント
純粋理性批判で、まさに、各人がそれぞれの経験に基づいて物事を判断するのであれば、その判断の客観性はどのようにして担保されるのか?という問題を検討し、人がそれぞれどんな経験をしてきたとしても人間として共有している認識の形式があるから、「客観性」は共有しうると主張した。
形式3つ、どんな物事でも時間と空間の中で経験される、すべての物事が「カテゴリー」と呼ばれる枠組みの中で判断される、誰でも同じように「私」である、
筆者:ただその3つを共有していても、判断が一意に定まるわけではない。
←確かにそう。
カントは最終的には、「理性」で判断の正しさは保証されるが、理性だけで「正しさ」を判断するのはやめよう、と言った。
理性:論理的な推論を行う能力。これを遂行するのに「経験」は必要ない。三段論法などは、A→B、B→CならばA→Cの、ならばA→Cを理解できれば良いのであり、A→Bが正しいか?とかを検証することは含んでいない。
→理性は、正しさを量産できてしまうから統制した方が良い、一方でみんながてんでバラバラなことを言うのを避けるために、理性を統制的に使用し、一定の正しさの基準を共有するのは良い、とした。「虚焦点」的な「理性」。虚焦点:遠近法の参照点。これがないと、へんてこりんなえになる、と言うもの。
ので、つまり、それぞれの経験を行き当たりばったりで自分の認識空間に広げるのではなく、他のものとバランスを取って配置するには、理性の働きが必要だ、ということ。
ただ、その参照点が理性であるべき、と言うのはまた、正しさの押し付けである。
ように見えるが、「私」が「私」である以上同じ「理性」を共有しているはず、と考えたのがカント。
カントにおける「私」=「自己意識」、自分自身も対象とし、観察しているような「私」
そういった「私」が時間を経ても変わらないものとして存在していなければ、そもそも「経験」というものを捉えられない。「経験」が「私」に刻まれていくようなイメージ。
なぜそういう「私」がある、と言えるのか?
そういう「私」を経験した、見たり聞いたりした人はいないのに。(ロックにはじまる経験主義:経験されるものだけを手掛かりにして客観的な議論をしようとするもの、からの批判)
カントの考え方
自己意識としての「私」は、それ自身経験の対象にはならず、決して経験的なものではない。しかし、だからといってそれを超越的と決めつけるのも違う。時間を通じて同一な自己意識は、それ自身経験されるものではなく、むしろ「経験」を「経験」として可能にするための条件になっている。それゆえその存在は超越論的に要請されなければならない。「超越論的」は、そのように経験を可能にする条件を示すものとして、以降の哲学の概念となった。
ただ、上記の考え方は、哲学の中で、批判と問い直しにさらされている。
つまり、人間は本当に同じ「私」=「自己意識」を持っているのか?が問い直されている。
カントは経験を成立させるために必要なもの、として「私」=「自己意識」を定義したが、それが、なぜ「私」=「自己意識」であるべきなのか?ということは説明していない。
実際、めっちゃ酔っ払って記憶にない時の経験を「自己意識」の枠組みに入れることはできない。
こういった自己意識から欠落する経験は、誰のものになるのか?←これが近代における「私」を問い直す鍵。
経験の主体は「私」ではなく、経験の積み重ねに必ずしも「自己意識」は必要ない、としたのはフロイト。意識されない、無意識の領域があることを発見した。
経験と呼ばれるものは、意識とは関係なく、外界からの刺激が脳の神経ネットワークのパターンとして保持される、と考えた。
記憶も、単に経験されたことを蓄積するだけではなく、得られた経験を喚起できる機能。フロイトが「欲動」と定義する
、有機体の内側からニューロンネットワークを活性化する能動的な作用によって、記憶が呼び起こされる。
←これは、経験が自己意識がなくても蓄積される、と言うことを示している。
フロイトにおいて、「自己意識」=「私」は、一定以上の経験のあと事後的に作られるもの。経験の積み重ねの中で、人は物事を「私」という一人称で引き受けることができるようになる。
この「私」がでは、みんな一緒のものか?と言うと、人の経験が違うのだから、必ずしもそうではない、と言える。
フロイトはエディプス・コンプレクスという過程が一般的だ、と考えたが、そこから逸脱する人もいるだろうし。
ただ、とはいえ、「私」が「私」である、ということは疑いようのない事実である気がしてしまうわけで、「私」は事後的にできた、と言われても、にわかには信じ難い部分がある。「私」を中心として世界を考えることは、容易に払拭し難い、近代社会の前提になっている。近代哲学の父、デカルト。
デカルトは、方法的懐疑により、「我思う故に我あり」と言ったが、これは「私」の存在の確実性を言ってるのか?
いや厳密には、そこで確実なのは「私」という時間を通じて同一の存在ではなく、思考作用そのものである。
ので、確実なのは思考自体であり、その主体が「私」である確実性はどこにもない。つまり、我思う故に我あり、は結構論理的には飛躍している。思考を成立させるものは、例えば脳のネットワーク、とかもできちゃうわけだから。
これはデカルト自身もよくわかっていて、仮初の、我ありを獲得したあと、すぐに神の存在証明に入り、神が私を作ったのだ、という方向に行った。
現代から見ると、なぜデカルトが、私、を獲得したあと神学に戻るのか?と思ってしまうが、思考作用だけでは「私」を確立できないと、デカルト自身がわかっていたからではないか、と推察している。
確実なのが思考作用だけだとすれば、思考の主体がいつも同じ「私」であるとは限らない。その都度の思考作用に伴って、何らかの意識的な現象が現れるとしても、それらの意識現象を根拠として、「私」という時間を通じて同一の自己意識が成立する可能性はどこにもない。では、その都度の思考作用に伴って現れる意識現象が常に同一の「私」の存在を明らかにすることはどうやったら可能になるのか。「私」の成立過程をめぐる問いが生起する。
デカルトも、都度の思考作用が常に同一の「私」の存在であることは、ほとんど奇跡だと考えた。「私」を同一の存在として創造し続けるような神の意志を想定しなければ説明できない、と考えた。
思考が失われれば消え去っていく「私」という存在は、自分の手で作られてるなどとはいえない、という方が、誠実な態度ではないか、と考えられる。
では私たちが今日「私」と言っているものは、何によって作られているのか。」
著者のanswer、広告技術などの無意識の働きかけによるもの。当たり前、をメディアが発信し、それが本当に当たり前、と認識される、的な感じ。
←これは本当にそうかなあ?というのはちょっと疑問には個人的には思ったけどね。広告に対して批判的でもありうるわけだしメディアも多様化しているし。とはいえ、その被反応様式とかもある程度メディアによって作られてる部分はあるんだろうね。
まとめ
イタリア・ルネサンス期
神への信仰の枠組みは保持されていた。
対立は、アリストテレス主義と、反アリストテレス主義
アリストテレス主義:伝統的で大学や教会が守ってきた「世界は目的論で説明できる」という知の体系。実は12~13世紀のイスラム世界から輸入した思想に影響されている。ギリシアに近かったイスラム世界の方が、古代ギリシア的な思想を発展させていた。ので、その思想を輸入した。その輸入時「ペラギウス主義」:徳を積み重ねることで人間は救済に近づく、という考え方、が問題に。アリストテレスも知を重視してるので、ペラギウス主義的ではないか、と言われた。なぜペラギウス主義がダメかというと、徳がないと救済されないから。元々は信仰が重要、で、何かを頑張ったから得られる権利とかではない、という考え方があり、徳という概念を入れると、神に対して一心に祈るという信仰心が薄れるのではないか?というのが恐れられていた。徳積んでこうって感じ。ペラギウス主義的。主知主義。反アリストテレス主義からは、徳を積むことが良いと考えてるから、徳が買えるという贖宥状とかもみんなが欲しいと思っちゃうんだよ、って感じで贖宥状批判をされることになる。
反アリストテレス主義:その権威主義的な体系を批判し、観察・実験やプラトン的な霊的世界観を取り入れて「もっと自由に自然や人間を理解しよう」とする潮流。
この中も2つに分かれて
①プラトン復興/神秘主義的方向(フィチーノなど)
人間は理性よりも「霊魂の上昇」や「神との合一」を通じて救済される。
これはむしろ「人間の理性への過信を相対化する」方向。ペラギウス的とは逆。プロテスタント神学。主意主義。最終的な救済は全て神に委ねられる。
②自然科学的方向(コペルニクス、ガリレオなど)
実験や数学で自然を理解しようとする。
ニュートンらの「自然科学」へつながる。主意主義。
どっちも教会の教えを信じていないという点で、反アリストテレス的。
これらの神が全部やってるっていう思想は、スミスの見えざる手や、ホッブズ、ニュートンの不可知論に基づく自然科学の展開などに繋がり、中世のキリスト教が持っていた権威が解体され、個人を基調とした新しい神学としての近代が誕生。
その後の思想家は、スミス:神を廃した、共感による道徳論、カント:理性による道徳などを進めた。これらは、宗教を否定しているわけではなく、神を根拠から外しているだけ。
世俗化で、人は自由になったように見えるが、実際は無意識の領域が共感などによる「正しさ」を押し付けられてる的な構造は変わってない。スミス的「私たち」のようなものが誕生する。
資本主義が始まる。
貧困の拡大、感性の共同体の試みとして芸術が誕生。芸術が神から自由になってることは、反アリストテレス的。
さらに経済主義が進み、大きな物語が終焉、小さな物語へ。
そこに反対するものとしてロールズ、ハーバーマスなどの社会契約的な議論が誕生。
ただ、ネオリベラリズムでどんどん経済性が進んでいく中で、労働者は資本主義社会での競争を強いられ、公共性は、一部の知識人だけのものとなった、というのが現代。
最後の新しい社会の構想。
みんなが「私たち」に入れられて窮屈になってるけど、どうしたら「自由」になれるのか?これは近代的な意味での自由ではなくて、むしろ近代が規定してきた「個人としての私」を起点とした強烈な見方を解体するということ。人はひとりでいきなければならないわけではない。フロイトが、意識がなくても、脳のネットワークで経験ができることを言った通り。
だからみんなが出たり入ったりできるような社会、を社会というものの成立要件に超越論的にして仕舞えば、良いのでは?的な感じかな〜〜?ちょと難しくてわからなかった。。。 -
Posted by ブクログ
321
280P
資本主義にも問題点があってそれをどうするかみたいな本て、資本主義って言うものがどういう世界観かっていうのを冷静に切り離して見られるのが良い。あまりにも資本主義の中に生きすぎてるから分からなくなってくるけど、自分のこういう価値観は多分資本主義だから思うことなんだろうなというのが分かって楽しい。
荒谷大輔
1974年生まれ。東京大学大学院博士課程単位取得退学。博士(文学)。現在、江戸川大学基礎・教養教育センター教授・センター長。専門は、哲学・倫理学。著書に、『資本主義に出口はあるか』(講談社現代新書)、『ラカンの哲学:哲学の実践としての精神分析』(講談社選書メチエ)、『「経済」の哲学:ナルシスの危機を越えて』(せりか書房)、『西田幾多郎:歴史の論理学』(講談社)、『ラカン『精神分析の四基本概念』解説』(共著、せりか書房)、『ドゥルーズ/ガタリの現在』(共著、平凡社)など。
資本主義に出口はあるか (講談社現代新書)
by 荒谷大輔
しかし、そうした一般的な理解から、もう少し掘り下げようとするとすぐに壁にぶつかります。まず社会はなぜ、「右」と「左」に分けられるのでしょう。単純に形式的に考えると、社会というのは様々な人の集まりなわけですから、必ずしも二つに分けられるものでもないように思います。政治的な立場の対立点を考えるにしても、なぜいつも「右/左」で考えられるのでしょうか。「伝統を重んじる」とか「平等を目指す」とか、特定の二つの方向に世論が集約される理由が分かりません。もちろん、「中道」という言葉でどちらにも属さないものが語られる場合もあります。が、その言い方はむしろ対立軸を前提にしています。両極端を分けた上ではじめて「真ん中」という言葉が意味をもつわけですから。そもそもなぜ「右/左」の対立軸が社会を考える上で重要なのか、その点をきちんと説明する議論は意外にも少ない気がします。
しかし、一九八〇年代あたりから、「右/左」の対立軸で社会を理解することが非常に困難になってきました。アメリカにおける「レーガノミクス」、イギリスにおける「サッチャリズム」あたりがそのはじまりです。そこでは「ネオ・リベラリズム」と呼ばれる、ある種の「リベラル」な勢力の提唱する政策が、保守層を基盤とした政党によって実現されるという構図が生まれました。
ロックが描いた近代社会の構図は、名誉革命後のイギリスが進むべき方向を示しました。 そもそもロックは、名誉革命の立役者となるホイッグ党を創設した初代シャフツベリ伯爵のブレーンとして活躍し
た人物でした。哲学者としてももちろん有名ですが、政治や経済の分野でも多くの業績を残しています。イギリスにおける利子論争では、利子率に関する自由放任論を展開して議論の一翼を担いました。
名誉革命が起きたときには、反逆罪に問われて亡命していたシャフツベリに付き従ってオランダにいましたが、革命が実現するとすぐにイギリスに戻り、精力的な活動を展開しています。その中で書かれたのが 件 の社会契約論でした。その私的所有を核とした近代社会の構想は、イギリスにおいて自由経済政策を推し進めたホイッグ党の理論的支柱となったのです。
しかし一七五〇年、三八歳のときにディジョンのアカデミーの懸賞論文に当選すると、ルソーは一躍スターへの道を駆け上ります。「学問と芸術の復興は習俗の純化に寄与したか」という懸賞論文の問いに対してルソーは、「否。学問と芸術は習俗を腐敗させた」と答えてみせました。理性的な分別は人為的な技巧であって、真理は感性の誠実さに宿る。その主張は、ルソーの生き方をそのまま表すものだったということができるでしょう。つまり、人類を啓蒙し理性の光で照らすことは欺瞞のはじまりでしかないという主張は、啓蒙主義者たちの中にあって感じていたルソーの孤独をそのまま示すものだったのです。「この地で私は、人々に理解されないゆえに異邦人なのだ」というのが、ルソーがこの懸賞論文のエピグラフに添えた一節でした。
実際ルソーはその主張において、そしてその生き方において、様々な矛盾を抱えていた人でした。ヴァラン夫人の庇護を受けるためにプロテスタントからカトリックに改宗し、その後再びジュネーヴ市民になるためにプロテスタントに再改宗するというのはまだ軽い方です。それは社会的な制約の問題であって、ルソーの思想の内実に関わるものではないといえるからです。
(1)社会契約をしてルソーが示す共同体の一員になろうとする者はまず、自らの財産のすべてを全面的に譲渡しなければならないといわれます。 これらの譲渡は共同体の全員に求められ、かつその人がもつすべての財産の放棄が必要とされます。つまり、ルソーの社会契約では最初に全面的な私的所有の放棄が求められます。この点においてロックが描く社会像とは完全に対立するものであるということを強く確認しておきましょう。読者の中にはこのことから直ちに、ルソーというのは共産主義だったのかと思われる方もあるでしょうが、それほど単純ではありません。確かに資本主義的ではないかもしれませんが、ルソーの社会契約論はそれでもなお、民主主義のひとつの原型となるものだからです。
(3)そして、この約束ができた人は(1)のステップで投げ出した自分の財産のすべてを元通り手元に戻してよいということになります。 これがルソーの社会契約の面白いところで、社会契約のすべてのステップを辿り終わると結局、プラスマイナスゼロで誰も損しなかったということになります。財産の没収は単に覚悟の問題で、これから一緒に共同体を作るにあたって最初にみなが同じ条件で丸裸になる覚悟だけを問題とするものだったというわけですね。
経済学の原理として有名な「見えざる手」という言葉は、この欺瞞論の文脈で出てきます。各人は「自由」であり、好き勝手に振る舞いますが、それで社会がバラバラになるわけではない。人々はまさに「自由」であることで、自らの快楽を求めて流行に騙されます。それは必ずしも各人にとっていい結果をもたらすものではないものの、社会全体で見ると「神の見えざる手」が働いているかのように、道徳的規範と経済的発展を実現するとスミスはいっていたのでした。これ以上ないくらい皮肉の効いた「経済社会」の描写を、経済学の創始者と呼ばれる人が示しているというのが面白いと思いませんか。
奴隷による労働は、労働者の労働に比べて高いコストを資本家に課すことになるとスミスは訴えます。奴隷の購入代金や維持費用を考えると、「自由」な労働者を雇い入れた方がずっと安くすむというわけです。また、奴隷は単に恐怖によってのみ動かされますが、労働者は自分の欲求に従って働きます。先に見たようにスミスによれば、まさにその欲求こそが結果的に本人を騙すものとされていたわけですが、それでも経済発展に「自由」は不可欠です。奴隷が「自由」になることは、生産性という観点から見て、大きな利点をもつとスミスは訴えたのでした。コスト的な側面を考えても生産性の向上という観点でも、自由労働者は奴隷に勝るというのが、スミスの主張だったのです。
それだけではありません。これはスミスの指摘から外れますが、労働者は奴隷に比べて消費者になるということも無視できない経済的メリットだと思われます。奴隷には賃金が発生しませんが、労働者は賃金をもらって物を買う主体となります。生活に必要なものを買う行為を介して労働者自身が「市場」の一部に組み込まれることになるわけです。こうして「市場」が広がることで、経済は全体としてより大きな発展を期せると考えられます。
「民主主義」という言葉もまた、この当時はまだ「衆愚政治」と同様の悪い意味に理解されていました。「デモクラシー」というのは、言葉の成り立ちとして「大衆による支配」を意味します。それは少なくとも一九世紀イギリスでは「多数者の暴政」を引き起こす可能性をもった政治形態と考えられていたのです。
「教養主義」というのは、かつてはよく知られたものでしたが、いまはもう説明抜きには通じないかもしれません。「教養」という言葉自体は、今日でもなおたびたび持ち出されます。しかし、その「教養」という言葉が、まさに「教養主義」の中で作られたものであることはあまり意識されていないように思われます。実際、「教養」には「リベラル・アーツ」というアメリカ経由のルーツも知られています。その源流は遡ろうと思えば古代ギリシア・ローマまで辿れるものですが、その時代のものが現代まで連なっているわけではありません。「リベラル・アーツ」と呼ばれるものもまた近代において再定立されているのですが、そこには教養主義の影響がありました。日本にとって輸入先が異なるので別系統に見えますが、今日「教養」と呼ばれるものの背景には、近代ドイツにおいて成立した「教養主義」の影響を見ることができるのです。
「教養」は英語でいうと「カルチャー」ですが、これは「文化」を意味する言葉でもあります。つまり、教養主義において「教養を身につける」ということは、文化を共有することを意味するのでした。文化の共有による感性的な共同体の構築という点でロマン主義を継承していますが、「文化」をそこに生まれ育つものとしてではなく、「教養」として身につけるべきものとする点で両者は異なっています。教養主義においてカルチャーは、それを身につけることでひとつ上の文化共同体の一員になるためのものと位置づけられたのです。
ドイツで成立した教養主義での「教養=文化」とは、例えば、ゲーテやドストエフスキー、ベートーヴェンなどです。それらは今日でもなお「教養」に数え入れられています。ゲーテはロマン主義から出発して教養小説の原点となった人ですし、ベートーヴェンはまさに教養主義の中で神格化された音楽家でした。いまの社会での教養主義の影響力はかなり減退しましたので、家庭でベートーヴェンを聞いて感性を養うなどということは、どこかの良家の子息令嬢に限られるイメージかもしれません。それはかつて日本で流行した教養主義の名残を確かに残したイメージだといえるでしょう。「大正教養主義」という言い方もされますが、教養主義が、大学生になったら身につけるべきものとして非常に大きな知的ムーヴメントになったのは、日本では大正時代のことだったのです。今日でも観光客相手に「大正ロマン」という言葉を使って「古き良き時代」をノスタルジックに語ることがありますが、それはまさに教養主義の根っこにあるロマン主義的感性に訴…
教養主義はしかし、この「大学」を今日のような先進的な研究と高度な教育の拠点として位置づけ直しました。近代の大学のシステムは一九世紀初頭に成立したドイツの大学をモデルに作られますが、そこで打ち出されたのが「研究を通じた教育」という理念でした。学問の最先端で研究する研究者がその最新の内容を学生と共有し、学生もまたその最先端の研究を通じて学んでいくというのがその理念の内実です。「ゼミ」として知られる教育方法、つまり「ゼミナール方式」は、教員と学生がともに研究することが同時に学生の教育にもなるという理念のもとに実施されました。これはいまでも大学で広く採用されている教育システムになっています。
しかし、時が下ってその「理性」が信じられなくなるに及んで、その同じ限界が反対に、その先にありうる「隠された真理」を暗示するものと見なされます。先に見たように、啓蒙主義の限界を超えたところにこそ真理があるというのがスピリチュアリズムの感性だったわけです。当時、科学者や哲学者など、合理的な思考を突き詰めたような人々が、その先にスピリチュアリズムに没入することが多くありました。それはまさに、スピリチュアリズムが理性の先を示すものだったからにほかなりません。
しかし、ロック的な社会を乗り越え、「新しい社会」を作ろうとする試みの中で歴史上最も大きな力をもったのは、やはりマルクス主義でしょう。実際二〇世紀にはマルクスの思想に基づく共産主義国家が、資本主義に対して世界を二分する状況になりました。どんな政治的ポジションをとるにせよ、われわれが生きる「この社会」において、マルクス主義が重要な参照項であることは間違いありません。
そうして実際二〇世紀、革命によって数々の共産主義国家が誕生しました。では、そうして誕生した「新しい社会」は、ロック的な社会よりも「よい」といえるものだったでしょうか。その点は考える必要があります。ルソー的な社会の実現の試みが生んだ悪夢については、すでにロベスピエールで見ました。マルクス主義による革命は、その例外となったのかどうか。もう少し立ち入って検討してみましょう。
実際マルクスは、同時期の他の社会運動家と比べて決定的に異なる特徴をもっていました。マルクスは、古典派経済学の理論を精緻に分析し、ロック的な社会に内在する論理を明らかにしてみせました。マルクスは経済学の研究を通じて、経済的な構造の限界を明らかにするという方法を採ったのです。学問的な意味でのマルクスの功績は、その政治的な影響力の陰に隠れて、なかなか公平に評価されづらいところもあります。しかし、理論的な可能性については、政治的なポジションのとり方とは別に、きちんと検討する必要があるでしょう。本書ではその点まで立ち入った話をすることはできませんが、別に良書もありますのでそちらをご参照ください。
ただ、そうしたマルクスの理論的な分析は、マルクス主義の展開の中で政治的なスローガンに変えられました。マルクスとともに、マルクスの援助者として初期マルクス主義を守り立てたエンゲルスにいわせれば、マルクスが示したのは「科学的な社会主義」とされました。オウエンのような理念先行型の運動は「空想社会主義」でしかないと 腐されます。マルクスが描く「新しい社会」はそれとは異なり、「科学」に基づくので…
一般的にいって、「科学」という言葉を使うだけで何らかの優位性を示せたと思えるような感性は、多分に政治的です。学問としての科学には、その方法に即した限界があります。「科学」はいつでもよい未来をもたらしてくれると信じるような科学万能主義は、研究費獲得のために科学者の側で意図的に便乗する事例も見受けられますが、本質的には政治的な機能しかもちません。それはいまでも広く観察される社会現象ですが、この当時のエンゲルスの議論もそうだったと思…
オウエンの失敗に見られるように、共同体内部で一般意志の共有を貫徹することはルソー的な意味での「平等」な社会を実現するためには不可欠のことといえます。もし一般意志が複数に分裂してしまえば、共同体の存続自体が危ぶまれることになるでしょう。それはオウエンが演じてみせたことであり、ルソーがあらかじめ理論として指摘していたことでもありました。それゆえ、マルクスが共産主義社会の実現のために「プロレタリアート独裁」の必要性を訴えたことには、一定の理路があったといえます。しかしながら、まさにそうした同じ「一般意志」の共有のためには、反対者の排除が必要になります。真の「平等」を実現するために、独裁体制において決められた事柄を共同体の隅々まで貫徹させることが求められたのです。ルソー的社会の悲劇は、マルクス主義を例外とするものではありませんでした。
しかし、物事を総合的に判断するのが真の学問だという意識は、一九世紀後半から急速に失われていきました。それは、単純に高度に専門分化した知のそれぞれについて一人の人間が詳しく知ることが難しくなったということだけでは説明がつきません。というのも、学問にとって知の総合が不可欠という意識が全体に保たれていたならば、そのための努力がなされてもいいはずだからです。自分が専門的に探究する分野が学問全体の中でどのような位置にあるものかということを個々の研究者が常に意識して研究していたならば、学問は今日のような状況にはなっていなかったでしょう。これは実際に様々な学問分野を横断してみればすぐに分かることですが、それぞれの専門分野で実質的に「同じこと」が別な言葉で議論されているということがよくあります。文脈を補わないと分からない数式を用い、専門家にしか通じない言葉を独自に定義しながら、さも重要そうに論じられる事柄が、他分野ではすでに何十年も前に議論されていたということが本当によくあるのです。学問の専門の壁というのは、他分野の研究者の介入を防ぐためにわざわざ高く設定されているのかと穿った見方をしたくもなります。少なくとも個々の研究者が学問全体についての意識をもっていたならば、同じ問題を一々最初からやり直すなどということは起きないと思われるのです。
しかしなぜ、大学はこのような状況になったのでしょう。答えはある意味で簡単だと思われます。というのも、いまの社会においては、自らの専門分野が学問全体の中でどのような位置をもつかを考えることが、まったく「お金」にならないからです。特定の専門分野で認められ「研究者」として生きていくためには、専門分野を究める必要があります。そして、研究者としての希少価値は、ほかにその研究をできる人間がいないということで生み出されます。だとすれば、専門は細かければ細かいほどよいということになるでしょう。まずは「哲学」という大きな学問の枠組みで物事を考える必然性が薄れ、天文学、物理学、心理学などといった個別の学問領域が分かれていきました。そして、それぞれの学問分野においても、専門はどんどん細分化されて、隣接領域でさえ隣が何を研究しているかをよく知らないという状況が生み出されます。そうして学問が細かく分かれていけばいくほど「専門家」の価値は上がっていくというわけです。その中で知を総合しようとしても、「専門家」から細かい部分の知識の欠如を指摘され、全体を否定されるのが関の山でしょう。またそうして、研究者がみな総合的な見地を手放せば、もはや誰もお前の研究はすでに他分野でやられていると指摘する人間もいなくなります。あるいは実際に指摘しても体よく無視されるだけというのが何度か試みた筆者の経験したことでした。全体的な視点をもたず、より細かく精緻な議論をすることこそが学問だという考えが、こうして学界を支配することになったのでした。全体のことを考える時間は端的にいって無駄で、目の前の専門を掘り下げることでこそ生産性が高められる。アダム・スミスが唱えた社会分業制は、こうして学問の領域にしっかりと根を張…
また愚痴になりました。ともあれ、こうしたロマン主義化のために、教養主義はこの後台頭してくるナチズムやファシズムと十分な距離をとることができませんでした。それらの運動はまさに、「文化」や「民族」を仮構して共同性を確保しようとするものにほかならなかったからです。実際、ロマン主義化した教養主義は、その基本的な構図において、ファシズム/ナチズムとの共通点を多くもっていました。日本で「教養主義」の中核を担った京都学派の戦争協力の問題、ドイツではハイデガーのナチズム協力の問題がしばしば俎上にのぼります。ですが、ここではそれらの問題に立ち入らず、もう少し簡単に教養主義とファシズム/ナチズムとの接点を見たいと思います。「第三帝国」の問題です。
「三」という数字で歴史の過程をはじめから終わりまで辿ってみせる思考様式は、非常に簡単で力強く、その後、様々なバリエーションで繰り返されました。例えばロシアにおいては、第一にローマ、第二にコンスタンティノープル、第三にモスクワというかたちで「終わり」に至る歴史が語られました。東西に分かれる前のローマ帝国を起点に、東側コンスタンティノープルのキリスト教、つまり東方正教会がやがて「ロシア正教」となってモスクワに至る歴史的な過程が、終末論のイメージと重ねられているわけです。これはある意味で非常に素朴な民間信仰ですが、この考え方が「教養主義」の本丸、ドストエフスキーに流れ込んでいます。ドストエフスキーが素朴な宗教的観念に囚われていたというのではなく、「第三帝国」にまつわる思考様式が、ひとつのモチーフとして流れ込んでいるというわけです。ナチス政権成立前のドイツで『第三帝国』というタイトルの本を著したメラー・ファン・デン・ブルックは、ドストエフスキー研究者でした。
ロック的な近代社会を乗り越えようとするルソー的な試みは、こうして様々なかたちで挫折します。ロマン主義、教養主義、スピリチュアリズム、マルクス主義、ファシズム等々、それらが近代の歴史において果たした役割と可能性、そして悲劇の度合いは様々でした。しかし、そこには常に、ロック的な社会に対するルソー的な反発がありました。近現代の歴史を二極で説明するというのは、いかにも乱暴な図式ではありますが、こうして縦のラインを切ることで見えてくることもあります。そのひとつが「右/左」という対立軸の捻れです。
ナチズムやファシズムは一般に「右派」あるいは「保守」と見なされます。「右」といわれるのは、それらが民族や伝統を重視し、自由主義に対立することに由来します。自由主義を「左」に見ての「右」です。しかし、マルクス主義に代表される「左派」もまた同様に、ロック的な近代社会を乗り越えようとするものでした。こちらは自由主義を「右」に「左」と位置づけられます。そうすると同じ自由主義が「右」でもあり「左」でもあるということになってしまいます。ここに「右/左」という政治的な対立軸の混乱がはじまっています。「右」「左」は事柄を示す言葉ではなく、相対的な位置を示すものに成り下がってしまうわけです。このように整理すると、問題の本質が見えなくなります。
ナチズムやファシズムは、民族や伝統を掲げることで、王党派と同様の懐古主義的な視線をもっていると見なされます。それゆえに「右」あるいは「保守」といわれるわけです。しかし、そこに誤りがあります。ナチズムやファシズムにおける「民族」や「伝統」は、かつての王党派が守ろうとしたものとはまったく違います。同じように「伝統」を掲げるとはいえ、既得権益の保全とかつて実際に存在していた秩序の回復を目指した王党派と、民族・文化を基礎に新しく社会を作り直そうとする民族主義では、求めているものが違うのです。後者の「文化」は実体的に存在するもの/したものであるよりもむしろ、理念的に想定されるものでした。実際、ナチズムやファシズムに見られる民族主義は、自由主義的な社会に替わる新しい社会を急進的な仕方で求めます。そこには既得権益を守ろうとする保守的な姿勢はまったくありません。彼らのような立場を「革命的保守」と呼ぶこともありますが、そのようないい方は「保守」という言葉から意味を奪うものといわざるをえないでしょう。「急進的な保守」などということは、言葉を記号化し、特定の歴史的知識を背景にしないと理解できない文脈依存的なものにしてしまうのです。
このモンロー・ドクトリンが単に「アメリカ合衆国」への不干渉を求めるものであったならば、話はそれほどややこしくはありません。「永世中立国」を宣言して自国を紛争から守る方法は今日のスイスでも有名ですし、それは慣習的に国際法として認識されてきたものでした。
少し考えてみれば明らかなはずなのですが、民主主義というのは必ずしも自由経済の採用を含意しません。例えば分かりやすいところでいえば、一九七九年のイラン革命後に誕生した「イラン・イスラーム共和国」は、普通選挙を行い、基本的人権と民主主義を憲法に謳う国ですが、同じ憲法に「すべての法律や規則はイスラーム教の原理に基づく」という条文をもっています。いわゆるイスラム原理主義と呼ばれる国は、民主主義国家なのです。しかし、この国は自由経済を採りません。経済運営も、国や「ボンヤード」と呼ばれるイスラム原理に基づいた半官半民の組織が大きな割合を占め、アメリカが期待する「自由経済」は採用しない方針を貫いています。アメリカは、この「民主主義国」を「テロ支援国家」と認定して国交断絶しているのでした。
ハーバーマスの議論は、その「公共空間」のイメージが企業や政治家によってコントロールされる側面が強調されていますが、あえて 敷衍 すれば、それは消費者が消費者として介入しうるものでもあるでしょう。企業や政治家もまたその「イメージ」に左右されるわけで、例えば「クレームを入れる」「分かりにくいと批判する」「失望したので応援しないと表明する」などといった行動によって「共感」の輪を広げ、消費者としての権力を振るうことができます。現代のわれわれは、市民的な言説によって政治に介入するよりもむしろ、「消費者」という匿名の集団の一員として「公共空間」に参加しているというわけです。「そんなことをしていると消費者にそっぽを向かれることになるぞ」というのが市場原理を介した実際的な権力となっているということですね。
それでもなお、それはひとつの「信仰」にすぎません。「信仰」というと聞こえが悪いように思うかもしれませんが、根拠のないものを無批判に信じるという点において、それはまさに「信仰」というべきものなのです。 かつて宗教が社会全体で機能していたときには、神が存在するということは、この上ない現実性をもつものでした。なぜならば、みながそのことを信じているのですから。神の存在は、それが仮にまったく無根拠なものであったとしても、みながそれを信じている限りにおいて、根拠云々とはまったく異なるリアリティをもっていたわけです。
お金についての「信仰」も、まったく同様です。こちらの場合には経済学者が無根拠であることをはっきり認めているという違いはありますけれども。あらためていうまでもないことではありますが、われわれの財布に入っている一万円札は、単に「日本銀行券」と書いてある紙切れであり、もし他人がそれを受け取ってくれないならば、ほかに何の役にも立ちようがありません。神の方はまだ自分は信じるということができますので、そちらの方がよっぽどリアルだといえます。お金の場合は、それ自身が何の価値ももたないことを誰もが知っていて、なおかつ信じ続けられるものなのでした。
もちろん、それでもみなが信じている限り、お金の社会的機能はどこまでも現実的です。しかし、ではなぜみなそれを信じられるのでしょうか。お金の価値はみなが信じている限りで成立しているということは、信じなくなればお金の価値が失われるということを意味します。そんな馬鹿なことがあるかと思うかもしれませんが、そうしたことは歴史上何度も実際に起きているのでした。「ヴァイマル憲法とナチズム」の項でもお話ししましたが、「ハイパーインフレ」という現象は、まさにみなが信じていたはずのお金の価値が信じられなくなったことで起きたものでした。昨日まで稼…
デカルトが「私」の存在を発見したのは、方法的懐疑と呼ばれる思考実験の中でのことでした。デカルトは一切の理論的な前提を排し、まずはすべてのことを疑ってみる中で、それでも疑いえない「真理」がないかを探しました。「すべてを疑うこと」を真理を見出すための方法にするというのが、「方法的懐疑」と呼ばれるものの内実になります。
マルクス主義も同じです。プロレタリア独裁によって獲得される「自由」は、資本主義社会において労働者が奪われていた本来的な人間性を回復するものと見なされました。先に見たように理論家としてのマルクスは、必ずしも政治的運動に限定されない意義ももっているのですが、政治として展開されたマルクス主義は、失われたものの回復というロマン主義的な色彩をもっていました。「疎外論」と呼ばれるものです。「本当の私」というテーマはそこでも、積極的服従と一般意志の専制へと繫がっていったのでした。
同じ構造は、カントのような理性主義にも見られます。理性主義においては「理性」こそが「本当の私」と考えられました。人々はみな同じひとつの理性を共有しているのだから、人がみな「理性的」になれば、ロック的な社会の問題は解決されると考えられます。しかし、意外に思われる方もいるかもしれませんが、そこにも一般意志の占有の問題が発生します。細かな議論はできませんが、例えば人類学の発展にともなって、西洋社会が信奉してきた「理性」は、必ずしも同じひとつのものに集約されないことが示されました。極めて論理的な思考の枠組みが、西洋社会が思い描く「理性」と鋭く対立する場合もありえます。西洋社会が思い描く「理性」こそが「本当の私」などとは決していえないことが様々な社会構造の研究によって明らかにされたのです。
これらの事柄は、単に幼年期を特権化したファンタジーではなく、「私」という枠組みを外しさえすれば、誰でもいつでも実際に立ち戻れるものだというのが重要な点です。先にも申し上げたように、われわれの方で勝手に思考の枠組みを適用して世界を認識しているだけで、現実の方はいつでもそこにあります。満員電車の中でそのフィルターをいきなり外すと吐き気を催すかもしれませんが、自分の身体がフィジカルに擦り減っている感覚を感じ取ることはできるでしょう。そして少し余裕が出れば、陽の光や空気感、なんでもない日常の風景が確かなリアリティをもって働きかけてくるのが分かるはずです。そこでは「私」なるものの社会的な位置づけは失われ、自分の身体もそれらの風景の一部になっている感覚が得られると思います。
話し言葉を書くというのは、ひとつの大きな矛盾です。筆者にとって一般向けの本を書くのははじめての試みでしたが、ここで書かれたことは筆者が大学で教えはじめてから授業で話してきたことがもとになっています。荒谷の話は授業で聞くと楽しめるが、本で読むと訳が分からないという、褒めているのか貶しているのかわからない感想をしばしばもらうことがあり、それならばと思って書いたのが本書になります。 -
Posted by ブクログ
題名だけをみると、リーマンショック後に多く出版された資本主義批判本が連想され、ある点では実際にその通りではある。しかし、本書は他書のように富の偏在に直接焦点を当てるのではなく、現在の特に旧西側自由主義国家に見られる混乱の原因がその思想的根幹をなす「自由」と「平等」が全く異なる仕方で人々に諒解されていることにあると指摘し、その発生の起源に立ち戻り徹底的に問い直そうとする試みに特色がある。
本書はその自由主義内部の断絶が、そのルーツである2つの社会契約説の相反する立場にあることを指摘するものだが、出色なのはその異なる立場が現在も民主主義の「保守」と「リベラル」の中に保存されているという一貫した主張を貫いている点だと思う。17世期の社会契約説の誕生日に始まり、産業革命後のロマン主義やマルクス主義、そして二度の大戦の契機ともなった民族主義、そして戦後の安定した経済成長とその崩壊まで、全てを「ロック的なるもの」と「ルソー的なるもの」の相克に収斂させて捕捉できるとしている。この単純化が極めて分かりやすい。
これだけで十分新書としては成功していると思うのだが、終章で著者はさらに踏み込んで「資本主義の出口」のあり様を探る。現在の閉塞の原因は社会契約論が「自らの意志」という「神話」に過度に依存したことにあるとし、これを打破するには身体外部から押し付けられた「私」を放棄し、自ら「ゲーム」を選択することのできる地平(「ゼロ地点」)を確保すべきと説く。「身体レベルでの現実から再び『自由』と『平等』を問い直す」ということが具体的にどういうことなのか、それは現行の資本主義の枠内で実践できるのか、具体的には明らかにされていない。また、昨今のSDG’sを重視する風潮が一時的なものでなければ、著者が諸悪の根元にあるとみる「個々の主体が自由に振る舞うが社会全体の問題には目を瞑る」というアダムスミス的分業が修正されていく可能性もなくはないだろう。しかしいずれにせよ、とにかく新書らしく明快で手軽に政治思想史のエッセンスに触れられるのは素晴らしいと思う。 -
Posted by ブクログ
インパク知9・9
かかった時間120〜150分
めっっっっちゃおもしろい!!!
個人的にはサピエンス全史と同じ種類のおもしろさ。帯に書いてあるのだが「ロックとルソー」で近代以降の社会を説明しきっている。
ロックが、あくまで労働者としての個人の意思決定に委ねた自由な経済活動を肯定する立場なのに対して、ルソーは一般意志的な概念?の参与者としての個人の確立を教養主義によってめざし、結果として存在するはずの、文化や民族の連帯に基づけば福祉も必要だろうという立場である、と分析したうえで、産業革命はロック的で、それの揺り戻しとしてルソー的な理想が目指されたけど、それは革命やら全体主義やらオカルティズムに変容する傾向があり、実際に苦い歴史も作ってしまった。戦後は、高度経済成長の目くらましのおかげで、本来は両立するはずのないロック的な経済活動とルソー的な福祉や終身雇用システムが噛み合っていたように見えるけど、やっぱりボロが出てきて、ロック的資本主義はもう限界だし、ルソー的な福祉はやってる余裕がないし、みたいな話だった。
面白い…書き切れないのでまた書くかも…いまのところ今年イチだわこれ。周りに勧めまくりたい。筆者にファンレターのひとつも出したい。
この方の専門書も読んでみようかと思うくらいには、エキサイティングでおもしろかった!!! -
Posted by ブクログ
面白いテーマ。各界激賞!神田昌典さんも評価してた。
「ペイフォワード」を連想しつつ読み始める。
1,2章はアダム・スミスに始まる資本主義経済の構造論。
ルソーも登場。
平等、自由になるはずが資本家に富が集中し、マルクスが登場。
このあたりは格調高かった。
3章から贈与経済のおはなし。
例が思い切り身近。
苦学生に無償で食事を提供する食堂の人。無事苦学生は卒業し一人前に。
父とも仰いでいたが、いつしか足が遠のき、食堂の人は憤る、、、
今さらお金を渡せばいいものでもない。
マオリ族も登場。豊かな家が他の家をもてなし、いつしか上に立つ。
ヒエラルキーが生まれる。「ハウ」「シニファン」、、、
そのとき!ブロックチェーン、トークンが登場。
・・・ここで急にわからなくなってきた。
贈与経済。お金じゃない経済。
これを説明するのにブロックチェーン?
「信用」みたいなもの、相続不能。
中国の、基準のわからない信用システムとは違う、絶対的なもの、、、
ああ、ついていけなくなった。
人と人との信頼関係を数値化するのか?
著者は哲学者。
なるほどではある。
でも現実離れしている気がするなあ。
まあこれをきっかけに考えていけばよい、ということなのだろう。
概念として必要なのはわかる。
今の金さえあればいい、金がないから悪さする、金のためなら何でもする、
ではない世界は絶対ある、はず。
第1章 なぜお金を稼がないと生きていけないのか――資本主義経済の構造を探る
第2章 理想の社会を作ろうとする試みはなぜ失敗し続けるのか――もうひとつの「近代社会」と戦後秩序
第3章 贈与経済はなぜそのままでオルタナティブになりえないのか――贈与経済論の再構築
第4章 これからの社会はどうあるべきか――他者との自由な関係に基づく「新しい経済」
第5章 いま、何をすればいいのか――「贈与経済2.0」の作り方
第6章 未来の社会はどのようになるのか――「近代社会」を超えて -
Posted by ブクログ
前段の資本主義の考え方や贈与の格差の整理は役に立った。
本題である贈与経済の実装へのチャレンジについては、ブロックチェーンで実現するかどうかも含めてなかなか実装は難しいだろうなぁと感じているので、読んでてモヤモヤが残るのは確かだが、どうすれば新たな経済システムをつくっていけるのか、にもがく様子の記録を残してくださってることは評価したい。
それは無理だろう、意味がわからない、と切り捨てるのは簡単だが、「よくわからない」を自分の中に蓄積していけなければ結局新しい仕組みに「乗るだけ」の自分になってしまう。社会実装は私たちがどう受け止めるか、どう育てるかも重要なファクターだと思う。 -
Posted by ブクログ
荒谷大輔(1974年~)氏は、東大文学部卒、東大大学院倫理学科博士課程単位取得退学の哲学者。江戸川大学基礎・教養教育センター長兼社会学部人間心理学科教授。
本書は、前半で、18~21世紀の様々な社会思想の展開を、ジョン・ロック(1632~1704年)とジャン=ジャック・ルソー(1712~1778年)の思想の対立で描き、後半で、それらを踏まえてできている、我々が生きる「この社会」をゼロから見直してみようと提案するものである。
論旨は概ね以下である。
◆ロックの社会契約論は、(但し書き付ではあるが)「私的所有」を核とし、17世紀の名誉革命後の英国の進むべき方向を示すと同時に、アダム・スミスを祖とする古典派経済学、資本主義的社会システムに繋がっていった。
◆ルソーの社会契約論は、明示的にロックを敵としたもので、個人の意志=人民の「一般意志」と考え、18世紀のフランス革命の理論的支柱となった。
◆現在我々が当然のものと考えている「平等」と「自由」という理念は、そもそも相容れないものであるが、ロックとルソーにおいても全く異なるものである。「平等」について、ロックは「機会の平等」(人間には大差がないという考えに基づいており、結果の不平等は問題にしない)、ルソーは「結果の平等」(必要に応じて結果の不平等は調整すべき)を主張する。その結果、目指すべき政府については、ロックは「小さな政府」、ルソーは「大きな政府」となる。また、「自由」について、ロックは「消極的自由(~からの自由)」(束縛から解放されること)を、ルソーは「積極的自由(~への自由)」(自分で自分を律すること、即ち、個人の意志=一般意志に従うこと)を唱える。そして、これらの違いから、今日の政治的スタンスについて、前者を「右/保守」、後者を「左(フランス革命時にロベスピエール一派が議会の左に陣取ったことに由来する)/リベラル」と呼ぶ。
◆近現代史を、①1800~1850年、②1850~1950年、③1950~2000年、④2000年~の4つのフェーズに分けると、その間の主な社会思想は以下のように整理できる。①【ロック的】古典派経済学、【ルソー的】ロマン主義、教養主義、②【ルソー的】ニュー・リベラリズム、スピリチュアリズム、マルクス主義、ファシズム、ケインズ経済学、③【ルソー的】学生運動、新宗教ブーム、熟議民主主義、④【ロック的】ネオ・リベラリズム。
◆我々が生きる「この社会」はロック的な資本主義社会の道徳と経済を基盤としているが、その限界が見える今、我々はそれを乗り越える必要がある。新たな枠組みを予め特定することは控えるが、大事なことは「自由」と「平等」を確保した上で、ゼロ地点に立ち戻って新しい思考の枠組みを生み出すことである。
私は、資本主義の限界、ポスト資本主義のあるべき姿を考えるため、これまで、ジョセフ・スティグリッツ、トマ・ピケティ、水野和夫、広井良典、斎藤幸平ほかの、経済学、経済思想、政治思想、近現代史等に関する様々な書籍を読んできて、本書も題名に惹かれて手に取ったのだが、ロックとルソーの思想の対立で近現代思想史を描くというアプローチは、少なくとも私がこれまで読んだ本にはなく、面白く有用なものであった。
(但し、上記論旨に記載の通り、題名にある「資本主義の出口」に関しては、「それを考えることが大事だ」としか書かれておらず、それが哲学者たる著者の狙いだとは言うものの、読者(本を選ぶ側)を惑わせないために、題名は『ロックとルソーで読み解く近現代思想史』とでもすべきだったと思う)
(2021年10月了) -
Posted by ブクログ
ロックとルソーは、それぞれに王政に代わる近代的な社会システムを構想したが、この二人の社会契約論の著者の対立は、右/左が問題になる最初の場面での軸となった。ロベスピエールは、ルソーのように生きることを誓ってフランス革命をテロリズムに導いた。より穏健な改革を求めた人々は、ロックの名誉革命を範にブルジョワジーの権利を代表した。
ロックは名誉革命が実現する中で社会契約論を書き、私的所有を核とした近代社会の構想は、イギリスにおいて自由経済政策を推し進めたホイッグ党の理論的支柱となった。ロックの議論を基にアダム・スミスによって展開され、デイヴィッド・リカードが体系化した理論が、今日の経済学の原型となった。
ルソーは、人間が本来享受していた幸福は、土地を囲い込んで私的所有を訴える人間が出てきたために失われたと主張し、かつてあったはずの自然状態の幸福を取り戻すための社会契約を示した。
「ロマン」という言葉は、ラテン語が様々な地方に派生したロマンス語に由来する。ロマン主義とは、ラテン語やエリート的な啓蒙よりも、庶民の生活の中で紡ぎあげたロマンス語や庶民の感性にこそ真理があると考え、失われた自然を取り戻すことを目指した。ドイツ地方に伝わっていた民話を集めて童話を再構成したグリム兄弟は、普遍性を作ることを意図して、この作業を行った。
ロックによる平等は、スタートラインの平等を示しているので、結果の不平等は含まれていない。ルソーによる平等には、必要に応じて結果の不平等を調整すべきという考え方が含まれている。
現代社会は、ロック的な資本主義社会の道徳と経済を基盤としている。ロック的な近代社会を乗り越えようとするルソー的な試みは、ロマン主義、教養主義、スピリチュアリズム、マルクス主義、ファシズムなど、様々なかたちで挫折した。労働者を経済の中枢に取り込んだリベラリズムは、高度経済成長の終焉とともに力を失い、剥き出しの自由主義へ回帰した。
ロックの自由は、個々人を分断しながら市場の道徳への服従を強いるものだった。人々が自分の事だけを考えて社会秩序が維持されるのは、自分がやりたいことの決定を市場原理にあずけることを成立要件とするものだった。一方で、ルソーの自由は、共通の規範への積極的な服従を求めることで、一般意思の占有の問題を引き起こした。