荒谷大輔のレビュー一覧
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ラカンのテクストを年代順にとりあげ、その哲学的な意義を解明する試みです。精神分析の実践の場面からラカンのテクストを読み解くのではなく、あくまでテクストに依拠した解釈をおこなっているところに、本書のもっとも大きな特徴があります。
ラッセルのパラドクスやうそつきのパラドクスに対するラカンの考えを整理している箇所や、晩年のボロメオの環をめぐる議論につきしたがってていねいな検討をおこなっている箇所は、個人的には興味深く読めましたが、不毛な試みに感じる読者もいるかもしれません。ただし、本書がめざしているのは、あくまでラカンのテクストの整合的な解釈を示すことであり、そのかぎりにおいて本書の議論はじゅうぶんな成功をおさめているといってよいと思います。
もし、本書の議論に不毛さを感じるとすれば、それは本書によって解き明かされている「ラカン」よりも、本書の解読の下敷きになっている「哲学」のほうにあるのではないかという気がします。著者は、カントが認識主体の成立をただ超越論的に要請していたのに対して、ヘーゲルは『精神現象学』の「主人と奴隷の弁証法」にかんする議論のなかで、奴隷たちが「われわれ」としておなじ自己意識を獲得するにいたるプロセスを明らかにしていることをとりあげ、ラカンの「哲学」にもこれとおなじ企図が認められると考えています。しかし、こうした粗い図式だけではラカンの哲学の意義がいまだ明確になっていないように感じます。たとえば本書でもくわしく解説がなされている「四つのディスクール」について、マルクスやアルチュセールの思想の哲学的な意義とのつながりに言及があれば、読者にもラカンの思想の「哲学」としての意義が明瞭に理解されるようになっていたのではないでしょうか。 -
Posted by ブクログ
ポスト資本主義のあり方を贈与経済のアップデートによって模索する一冊。資本主義経済の歴史を概観する前半、そしてそのままではオルタナティブになり得ない従来の贈与経済の限界やデメリットを提示した上で、そのデメリットを乗り越えた新たな贈与経済のあり方を検討するという流れ。
苦学生に対して善意で無償の食事を提供する食堂のおじさん。無事に苦学生は卒業し一人前になったが、忙しい毎日の中で徐々に足が遠のき、恩の返し方も分からず、食堂のおじさんもモヤモヤする、という架空のストーリーが出てくるのですが、「東京の父」と称し接することで負債関係の清算を行おうとするが…、という辺りの話は従来の贈与経済だけではモヤモヤとしたしがらみのようになってしまうという点がわかりやすい。
ところ。
贈与経済1.0のデメリットを乗り越える理念的な議論としてはなるほどなと思いながら読み進めたのですが、その解決方法としてブロックチェーン上に贈与の実績を記録していくことや対価に類するものとしてのトークンの価値付けなどが出てくるところは感覚的な腹落ちにはまだまだ遠いのですが、本書が面白いのは単に議論をしているだけなのではなく、実際に実証実験を行っているところ。本書の時点で実証実験の結果や結論までが示されているわけではないので今後にも期待というところですね。
検討や議論が必要かなというところでは本書の議論は基本的に一対一の贈与だけが前提とされていたところでしょうか。議論をシンプルにするためかもしれないですが、実際には一対複数、例えばNPO等の非営利組織やその事業への贈与などがどのように扱われ、評価されるべきか、といった点も議論がなされ、実装にも反映が期待されるのでその辺りも注視しつつ今後の動きを待ちたい。 -
Posted by ブクログ
経済としての資本主義、社会体制としての資本主義についての本ではない。その問題点の説明もあるし、解決を目指しているが、書かれているのは資本主義社会に囚われている個人の自立についての本。
マルクス主義者と“人間の意識の自立性“を重視した丸山眞男の対立の構造そのまま?
(対立の構造についての別文献からの引用):丸山眞男はマルクス主義が経済構造(下部構造)を変革すれば、人間の意識や精神(上部構造)も進化するというマルクス主義の「機械的な唯物論」を批判し、制度や経済体制だけを急進的に変えても、人々の内面にある「前近代的なエートス(権威への盲従や、共同体への埋没)」が変わらなければ、結局は新しい体制の中にも古い抑圧的な人間関係が持ち込まれるだけだと指摘した。人間の意識の自律性を軽視することは、真の民主化を妨げると主張した。
資本主義社会の未来は怪しい。経済からのアプローチ、政治からのアプローチ、個人からのアプローチそれぞれ説得力があるが、論理的に組み立てられる分なのか経済からのアプローチが一番しっくりくる。単純に読でいる順番?今話題になっている斎藤幸平氏の「人新世の黙示録」なんかは、多分「個人」と「社会」からのアプローチなのだろうと思う。読むリストに。 -
Posted by ブクログ
贈与について『世界は贈与でできている』などからもインスピレーションがあり読み始めました。良くも悪くもお金に振り回されていることに、どこかなにかを感じている昨日今日。これを読んで今どうこうできることはありません。(実装されているコミュニティに参与するくらい?)けれど、違う世界観があるということが、希望に通ずるのかもしれないと感じました。
『世界は贈与でできている』と比べて、感動が少なく、贈与の話なのにどこか空虚さを感じるのは、まだ「ブロックチェーン」や「DAO(分散型自立組織)」がカタカナアルファベットであることや、贈与という精神性が身体外に保存されているかのようである感じがするからだと思いました。
ただ本書は、歴史と実践の説明に重きがおかれていて、筆者の言うように「筆者は死んだものとして」書かれているということも理由の一つだと思います。
信頼を可視化する「ブロックチェーン」と、贈与経済2.0を構成するのは「DAO(分散型自立組織)」であって、それらが2024年から一部地域で試験実装されているのは興味深く読めました。
知らないところでイノベーションは起こり続けているのですね。お金を使い始めたときのような過渡期が今も起こっているのかも…。